読書ノート 2008

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書名 著者
日本のたくみ 白州正子
五味マージャン教室 五味康祐
菊と刀 ベネディクト、ルース
老化とは何か 今堀和友
実存主義とは何か サルトル、J-P
すべては音楽から生まれる 茂木健一郎
あおべか物語 山本周五郎
自由人バードの生活2 西方保弘
わがツッパリ人生 落合英之
樅の木は残った 山本周五郎
日本婦道記 山本周五郎
さぶ 山本周五郎
はじまりのレーニン 中沢新一
リアルであること 中沢新一
蟹と彼と私 荻野アンナ
幕末不戦派軍記 野口武彦
生命とは何か シュレーディンガー
ケータイを持ったサル 正高信男
阿弥陀堂だより 南木佳士
冬物語 南木佳士
地球環境を壊さないで食糧問題を解決する 新村正純
ダイヤモンドダスト 南木佳士
「たばこは百害あって一利なし」のウソ 武田良夫
ローマ人の物語 迷走する帝国 塩野七生
容疑者Xの献身 東野圭吾
手紙 東野圭吾
ノラや 内田百
投資銀行バブルの終焉 倉都康行
電子の海、光の場 吉田伸一
量子力学と私 朝永振一郎


書名 日本のたくみ 著者 白州正子 No
2008-01
発行所 新潮文庫 発行年 昭和59年刊 読了年月日 2008−01−27 記入年月日 2008−02−01

 
昨年来の白州正子作品。扇作りの職人から初めて、櫛、陶器、木工などの日常品、あるいは刺青、石垣積み、陶器の偽物作りなど少し変わったものなど、それぞれの職人を取材し、紹介したもの。皆自分の仕事に喜びを持ち、金のあるなしにかかわらず、豊な環境の中で暮らしていると、著者は言う。カラーを含むたくさんの写真入り。

 登場する職人で私の聞いたことのある人は皆無。もともと私にはこうした工芸品のたぐいに無関心であるから当然であるが。
 こうしたものに関心を持つのはブルジョアジーでなければ出来ないことだと思って読んでいた。白州正子がどういう生活をしていたかはまったく知らなかったので、終わり近くなってハシ職人のところで、白木のハシを2〜300組をまとめて買ったという記述がでてきて、自分の趣味のためにそんなにたくさんのハシを購入するのかとびっくりした。さらに読み進めると、白州正子はこうした手工芸品の店を銀座に持っていたことがわかって納得した。

 相変わらず、端正で巧みな文章だ。それぞれのものについての歴史的背景が簡潔に書かれていて参考になる。例えば刺青の歴史、あるいは古事記や源氏物語に登場する櫛のことなど、著者の広い学識を感じさせる。取り上げられたたくみたちは、取っつきにくく会うまでが大変だが、会って心を開くと技の核心部分まで明らかにしてくれるという話が多い。著者は書くことが取材された側への迷惑になる事があるという、ノンフィクション作家の宿命についても触れている。

 取り上げられた多くのものが、放置すれば廃れ行く伝統工芸であることが示される。著者のようなリッチな人々がこうした伝統工芸を支えているのだろう。

                                          

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書名 五味マージャン教室 著者 五味康祐 No
2008-02
発行所 光文社カッパブックス 発行年 昭和41年初版
読了年月日 2008−02−14 記入年月日 2008−02−15

 
サブタイトルは「運3技7の極意」

 毎週雀卓を囲みながら、「手を見て打つな、河を見て打て」「直感は過たない、過つのは判断である」といった五味康祐語録が浮かんでくる。40年ほど前に読んだにもかかわらず、その内容がレトリックとともにこれほど思い出される本も珍しい。私の麻雀のバイブル的存在だ。麻雀は今の私の大きな楽しみであるので、本書を再読してみたいと思っていたが、家にはなかった。
 たまたま、永六輔のトークショウが麹町であり、それに出かけるついでに国会図書館に寄り、午後のひととき、本書を再読した。

 心理編、基礎技術編、高等戦略編、インチキ防止編、むすびの5編から出来ていて、それぞれにたくさんの項目が並んでいる。冒頭の2つの語録の前者は高等戦略編、後者は心理編にある項目だ。いずれの項目も麻雀歴を重ねた現在、ますますなるほどと思うし、また基礎技術面でも新たに教えられるところもある。

 本書の面白さはそのレトリック:例えば26pには「
どんな醜い女でも善哉善哉(よいかなよいかな)といって愛せるのが色の道の妙境。マージャンもどんな配牌やつもの悪さでもくさってはいけない」。色の道はさておき、くさらなければいつかはつきが回ってくると実感するこの頃である。

 有名人のマージャンが俎上に乗せられているのも五味康祐の本ならではのこと。川上監督、別所勝彦、勝新太郎、吉行淳之介、大山康晴名人など。これらの人にたいする評価は概して厳しい。吉行淳之介はB級であると明言されている。その吉行は、五味康祐のマージャンがこれほどのレベルにあるとは知らなかったと、本書をほめていたという記憶がある。

 本書の最後の項目は「
マージャンとはついに牌の手ざわりを楽しむゲームである」となっている。私も少しこの境地に近づいてきたように感じる。
                                           

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書名 菊と刀 著者 ベネディクト、ルース No
2008-03
発行所 社会思想社 現代教養文庫 発行年 1967年初版、1980年第51刷 読了年月日 2008−02−29 記入年月日 2008−03−15

 
東洋英和女学院大学の市民講座で「私が出会った1冊の本」というのが昨年秋から今年に掛けて開催された。緑豊かなキャンパスが家から歩いて15分ほどのところにあり参加してみた。全部で12回、主として東洋英和の教授が自分が影響を受けた本を紹介する講座であった。その中の1冊が本書であった。

 実は本書を手にしたのはもう20年以上前のことだ。途中まで読んでそのままになっていた。内容が面白くなかったわけではない。日本人と日本文化に対する鋭い指摘に、感心した記憶がある。最後まで読み通せなかったのは、長すぎたからだろう。細かい文字の文庫本で、370ページもある。市民講座を機会に再読した。

 優れた日本人論である。市民講座の山岡清二講師はその後色々出た日本人論の基本になった本であると言っていた。うなずける。これも本書について必ず言われることであるが、ベネディクトは日本に一度も来たことがなく、文献と在米日本人からの聞き取りだけで、これだけのことを書いたことに改めて驚く。アメリカにとっては今までの基準のあてはまらない初めての敵が、どういう考えでどういう行動をするかを明らかにすることがベネディクトの目的であった。あの戦争の時、日本でアメリカの国民性をこれほど深くさぐる努力がなされていたとは思えない。最初読んだとき、恥、世間、義理、人情、報恩などという言ってみれば主として封建制下に形成された日本人の心性に注意が行った。今回読んでみて、敗戦における天皇制の役割と、戦後の日本への予測が特に印象に残った。それは、アメリカに占領されたイラクの現状と、占領下の日本の状態が余りにも対照的であるからであろう。

149pには近代天皇制を以下のように描写する;
 
近代日本においては、「忠」を直接な個人的なものとし、特にそれを天皇一人に向かわせるためにあらゆる努力が払われてきた。維新後最初の天皇は、傑出した、おのずからの威厳をそなえた人であって、その長い治世の間に容易に、身をもって国体を象徴するものとしてその臣民の賛仰の的となった。彼は稀にしか公衆の前に姿を現わさなかったが、その台臨は不敬に当たらぬように、あらゆる崇拝の道具立てをととのえた上で上演された。彼の前に頭を垂れる時、集まった多数の群集の中からは、ささやき一つ起こらなかった。彼らは眼をあげて彼を凝視しようとはしなかった。

そして154pでは以下のように述べる:
 
日本はまた敵国の占領軍に対して不服従サボタージュを用いなかった。日本は日本固有の強み、すなわち、まだ戦闘力が破砕されていないのに無条件降伏を受諾するという法外な代価を「忠」として自らに要求する能力を用いたのである。日本人の見地からすれば、これはなるほど法外な支払いには相違なかったが、その代りに日本人の何ものよりも高く評価するものをあがなうことができた。すなわち、日本人は、たとえそれが降伏の命令であったにせよ、その命令を下したのは天皇であった、と言いうる権利を獲得したのである。敗戦においてさえも、最高の掟は依然として「忠」であった。

354p:
 
日木人は、ある一定の行動方針を取って、目標を達成することができなかった場合には、「誤り」を犯したというふうに考える。彼はある行動が失敗に終われば、それを敗れた主張として棄て去る。彼はいつまでも執拗に敗れた主張を固守するような性質にはできていない。日本人は、「ほぞを噛んでも無益である」と言う。一九三○ 年代には軍国主義が一般に容認されていた手段であって、彼らはそれによって世界の賞賛を―彼らの武力にもとづく賞賛を―得ることができると考えた。そして、そのような計画が要求する一切の犠牲を忍んだ。一九四五年八月十四日に、日本の最高至上の声として認められている天皇が、彼らに敗戦を告げた。彼らは敗戦の事実が意味する一切の事柄を受け容れた。

364p:
 
どんなに多くの賠償要求をつきつけられるにしたところで、再軍備を許されないドイツは、今後十年内外のうちには、もしもフランスの政策が強大な軍事力を打ち建てるというのであるならば、フランスではおそらく不可能と思われる、健全なかつ富み栄える経済の基礎を築くことができるであろう。日本もまた、中国に対する同様の強みを、十二分に活用しうるようになるであろう。中国では軍国化ということが当面の目標になっている。そして中国の野望はアメリカによって支持されている。日本は、もしも軍国化ということをその予算の中に含めないとすれば、そして、もしその気があるならば、遠からず自らの繁栄のための準備をすることができるようになる。そして東洋の通商において、必要欠くべからざる国となることができるであろう。その経済を平和の利益の上に立脚せしめ、国民の生活水準を高めることができるであろう。そのような平和な国となった日本は、世界の国々の間において名誉ある地位を獲得することができるであろう。そしてアメリカは、今後も引き続きその勢力を利用してそのような計画を支持するならば、大きな助けを与えることができるであろう。
 ベネディクトが本書を書いたのは1946年である。ドイツと日本のその後の発展が見事に予測されている。

 365p以下には、日本人は個人として、国家として、辱めを受けるのは、誹謗、嘲笑、侮辱、軽蔑であって、自分の行為の結果としての例えば敗戦などという重大の事件でも、それを屈辱として憤慨すべきものとはとらないとしている。そして、それと関連して、日露戦争で敗れたロシアに極めて寛大であったのは、ロシアから日本が辱めを受けたことがないと感じていたからだとする。旅準陥落の際にとった乃木将軍のエピソードが述べられている。日露戦争がきれいな戦争であったことが本書からもうかがわれる。

                                          

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書名 老化とは何か 著者 今堀和友 No
2008-04
発行所 岩波新書 発行年 1993年 読了年月日 2008−03−11 記入年月日 2008−03−15

 
著者は著名な生化学者で、後に東京都老人総合研究所の所長をやった人。澁谷の雀荘近くにある古本屋で見つけて購入。

 老化について専門的立場からわかりやすく書かれている。

 老化とは「加齢に伴う生理的機能の低下」と定義する。(26p)。
 個々の細胞には分裂寿命というものがあって、一定の回数の分裂をするとそれ以上分裂できない。(30P)。しかし、このことが老化の直接の原因とは言えない。心臓、脳、肺といった器官の細胞は生殖期以前で分裂を止めてしまう。一方内分泌細胞とかグリア細胞は後生殖期に至るまで補充可能な体制にある。前者の器官が機能を持ちこたえているのは後者の器官が支えているからである。恒常性保持能力、つまりホメオスタシスの衰えが老化の原因である。ホメオスタシスを支配しているのは脳の視床下部であり、この器官が老化のペースメーカーの一つである(44p〜)。

 実際には脳神経・内分泌・免疫というホメオスタシスのスーパーシステムが高齢化により衰えることが老化の原因である(73p)
 脳神経と内分泌系の関係で、脳の左半球が免疫系を支配していて、左利きの人は自己免疫疾患になりやすいという昔からの言い伝えは、これと関係しているのではないか述べている(70p)。母も、その弟も自己免疫疾患が原因で亡くなっており、その血を受け継いでいる私は本質的には左利きである。

 細胞死、アルツハイマー病、疫学研究についてもそれぞれに章をもうけ記されている。細胞死については、核の破壊にともなうプログラム死と細胞質の変化が引き起こす壊死との二つがある。特に後者の説明には時間経過=エントロピーの増大という概念を適用し、死とはエントロピーがこれ以上増加出来ない平衡状態とする。細胞は、栄養物という形で、低エントロピーを取り入れて増大するエントロピーを打ち消している。(104p〜)。

 疫学のデータを批判的に検討し、著者は確実に老化を遅らせる因子は栄養と運動であるといっている。また、寿命と老化とは別のものであるというのは本書の一貫した指摘事項であり、長寿地域の特色を調べても、必ずしも老化を遅らせる因子を見つけられるものでないとしている。

                                           

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書名 実存主義とは何か 著者 サルトル、J-P. 伊吹武彦他訳 No
2008-05
発行所 人文書院 発行年 1955年初版。2004年新装初版7刷発行 読了年月日 2008−03−19 記入年月日 2008−03−25

これもまた、東洋英和の市民講座で取り上げられた一冊。

 実存主義という言葉には、反体制的で先鋭で、ヒッピーに通じるどこかデカダンなにおいを感じていた。つまり若い頃には実存主義に漠然とした憧れを持っていた。人間の条件の基本は実際に存在することだと、主張する哲学だとくらいに思っていて、サルトルの著書など読んだことがなかった。市民講座の原島正東洋英和大学教授のテキストのサブタイトルは「実存主義はヒューマニズムである」となっていて、興味をそそられ読んでみる気になった。

「実存主義はヒューマニズムである」というのは、本書の中の1編。1945年に書かれたもので、予想していた難解さはなく、比較的楽に読めた。翻訳もきっとよいのだろう。
 本書を読む限り、実存主義は自堕落、絶望、デカダンといったものではなく、人間の肯定、人間賛歌であるという印象だ。

 以下本書からいくつかのキーワードを拾ってみる:
実存は本質に先立つ」 39p。以下にペーパーナイフの例を引いて、ペーパーナイフは本質が実存に先立つが、人間においては、本質の前にまず実存があるという。

「人間はあとになってはじめて人間になるのであり、人間はみずからがつくったところのものになるのである。このように、人間の本性は存在しない。」「人間はみずからつくるところのもの以外の何ものでもない。」42p。

「…人間はみずからあるところのものにたいして責任がある。」「…それは、厳密な意味の彼個人について責任をもつということではなく、全人類にたいして責任をもつという意味である。」43p

50pには
「もし神が存在しないとしたらすべてが許されるだろう」というドストエフスキーの言葉を用い、それこそ実存主義の出発点であるとする。そして、人間は逃げ口上を見つけることができず、それゆえ孤独であるとする。こうした人間の状態をサルトルは「人間は自由の刑に処せられている」と表現する。

いかなる一般道徳も、何をなすべきかを指示することはできない。この世界に指標はないのである。」 56p
…この主義は人間を行動によって定義するものである以上、これを静寂主義の哲学と考えるわけにはいかない。また人間の悲観論的記述とも考えられない。人間の運命は人間自身のなかにある以上、これほど楽観的な主義はないからである。」 64p。
                                           

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書名 すべては音楽から生まれる 著者 茂木健一郎
No
2008-06
発行所 PHP新書 発行年 2008年1月 読了年月日 2008−03−22 記入年月日 2008−03−25

 
音楽が脳にどのような作用を及ぼすかは、音楽なしの日常生活が考えられない私にとって関心の深いところ。茂木健一郎はどのように考えているのだろうかという興味から読んでみた。

 期待とは違っていた。音楽と脳活動の類似性が述べられ、さらに音楽に対する筆者の熱い思いが溢れた本と言ったところ。

 筆者は「クオリア(質感)」と言う概念から脳と心の関係を解き明かそうとしているが、数量化できないというクオリアの特質は、言葉や理論では語り得ない音楽の本質と通じているとする。(24p)

 脳の活動とは1千億個のニューロンが奏でるシンフォニーであるという。そして天才とは脳の中でいい音楽が鳴り響いている人達であるという(58p)。これは単なる比喩にとどまらず、複雑なネットワークの形成された脳内では、休むことなく発生するリズムとビートの融合によるシンフォニーのような現象が実際に起きている。(108P)

124pには以下のように述べている。
 
この世には、音楽にかかわらないものはなにもない。生きるということは、時々刻々のすべてが音楽であって、自分の 〈 生 〉の履歴は余さず音楽として感じることができるのではないか。世界はおしなべて音楽なのではないか。なにをおおげさな、と思われるだろうか。だが、脳科学を研究しながら 〈 私 〉 について考え続ける私にとって、音楽の本質をつきつめればつきつめるほど、あらゆる自分の行為を音楽として実感し始めているのは、まぎれもない事実なのである。目の前の事象を音楽として感受する姿勢は、ますます自分の中で徹したものになりつつある。なぜこのような態度を持つに至ったかと問われれば、次のように答えるしかない。「意味」の領域がはらむ不健康な側面から自分を解き放ち、人生を全うする手段として、音楽を選んだのだと。音楽は意味から自由であり、生命運動に近い。だから、私の音楽に対する関心は一貫して生命哲学と密接につながっている。おそらく、ニーチェが音楽に興味を持っていたのも、そういう理由からではないか。

 著者の取り上げたのはクラッシック音楽。モーツアルト初め、何人かの作曲家に言及されているが、特にシューベルトへの傾倒が深く、交響曲「未完成」について詳しく書かれている。
 ずっと以前、ビートルズの「イエスタデイ」の公演を聴いたレオナード・バーンスタインは「少なくともシューベルトよりは上だ」と言ったという記事を読んだことがある。著者の、ビートルズを初めとするポップミュージックへの思いを聞いてみたかったが、ポップスへの言及はなかった。

 口述筆記で作成されたもの。

2008−04−04
 新橋駅地下の通路でシューベルトの「未完成」他の入ったCDを購入。300円。

                                   

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書名 あおべか物語 著者 山本周五郎 No
2008-07
発行所 新潮文庫 発行年 昭和39年刊、平成19年71刷 読了年月日 2008−04−11 記入年月日 2008−04−15

 
初めて読む山本周五郎作品。

 きっかけはある偶然から。旧甲州街道を歩いていて、2月に初狩を通ったとき、街道沿いにある山本周五郎の生家を見た。その日、帰ってメールを開けると、エッセイ教室の熊谷さんからメールが入っていた。私のHPの読書ノートへの感想を述べたものであったが、その終わりに2日前に「山本周五郎の妻」という演劇を見てきたこと、山本周五郎の作品も読んだことがないと多少の嘆きがそえてあった。数時間前その生家の前を通った作家のことが言及されている偶然に驚いた。私も山本周五郎の作品は読んだことがなかった。

 渋谷に出るとき、長津田の駅ビルの本屋に立ち寄り文庫の棚を見た。驚いたことにたくさんの周五郎著書が並んでいた。私でもその題名を知っている本書を選んだ。

 根戸川河口の東側にある浦粕という漁師町にふとやってきた物書きの私は、そこの風景が気に入り、住み着いてしまう。浦粕町の南には沖の百万坪と言われる広大な荒れ地が広がり、そこを縦横に水路が走っている。私はそこで一人乗りの底の平らな船、べか船をある老人から強引に買わされてしまう。長いこと使われずにいた青い色をしたその船の底には穴が空き、舳先は折れてしまう。それを私は三と五十で買う。こうして始まるこの小説は、浦粕町で私が見聞きした30余りのエピソードを綴った作品。貧しく、狡猾で、欲望むきだしで、開けっぴろげで、どこか暖かい人々の常識を絶するようなエピソードの数々。

 2番目の「蜜柑の木」は恋の物語。「この土地で恋といえば、沖の百万坪にある海苔漉き小屋へいって寝ることであった」にもかかわらず、男は中学生が女学生の恋するように、亭主持ちの女に恋をしてしまう。男はやがて女に誘われ、海苔漉き小屋で寝る。しかし、女には亭主の他にも沢山の男がいることを知った彼は、別れる。彼は男女の仲は蜜柑の木のように二人が同体になって育てるから蜜柑が出来る、あっちの男と寝たりこっちの男と寝たりすると、なすびやカボチャがなってしまう、と別れ際にいう。それ以後、女の亭主は、夫婦が二人で育てた蜜柑を食ったら、その駄賃ぐらいは払えと、女房と寝た男達に言って回った。それで亭主は「すっかり役者(賢いというほどの意味)になった」という評判が立った。

 こうしたエピソードを「蒸気河岸の先生」と町の人々に呼ばれている私は、淡々と綴っていく。変わっているのは、町の人々の話す言葉はかっこつきで出てくるのに、私の言葉はまずないと言っていいこと。意識的に私の言葉を消している。巻末の平野謙による解説では、これは浦粕の人々と私の間には尋常な一対一の会話が成立しないことを示しているという。あれほど町に溶け込んでいたように見える私も、しょせんは無に等しかったことを提示しているのだという。それは、最終章「三十年後」で、浦粕を再訪し、当時小学生で、最も私と親しくしていた「長」が、私のことを憶えていなかったということにも示されている。とはいえ、登場人物に注ぐ作者の目は暖かく、読者も同じ暖かい視線に同化していく。

 時代は昭和初期。モデルは浦安である。山本周五郎は大正15年から昭和4年までの4年間そこに住んでいた。べか船の三と五十という価格は、3円50銭のことだろうか。本書では値段はすべて単位なしの数字で示されている。
 平明な文章でありながら、味わい深いものがある。書店に並んだ山本周五郎作品の多さもうなずける。

 初出は昭和36年、文藝春秋社より。

                                          

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書名 自由人バードの生活2 著者 西方保弘 No
2008-08
発行所 発行年 2008年2月刊 読了年月日 2008−04−13 記入年月日 2008−04−13

 
畏友西方さんの身辺雑記集。パソコンファイルをプリントアウトしたもので、古希を前にした3年間の活動記録であるが、350ページにもおよぶ膨大なもの。これだけの記録を残すことにいつもながら驚く。海外ホームステイまで行う英語の勉強、読書、食べ歩き、エッセイの添削、ゴルフ、絵描き、とその活動は相変わらずエネルギッシュである。

 2006年の読書メモには、池波正太郎の本が76冊記載されている。また、2007年に読んだ英語の原書は35冊で、その中には「風と共に去りぬ」や「怒りの葡萄」が入っている。原書を読むことが絶えて久しい私は、これには絶句した。マージャンや将棋で日々流されていく私を反省する気持ちと、なにもそんなにしなくてもいいのではないかという気持ちが半々だ。西方さん自身は、色々な課題を自身に課して挑戦するというプロセスそのものを楽しんでいるように見えるから、他人がとやかく言うべきことでもないが。

 楽しいのはグルメ日記。池波正太郎ゆかりの店などと並んで、マックのメニューや、コンビニ弁当の評価まで載っている。
 エッセイの添削は、下重エッセイ教室のかつての受講生に頼まれ、私が西方さんに紹介したという経緯がある。西方さんは快く添削を引き受けてくれた。メールを通して行われた2編の作品への添削の経緯がかなりのページをさいて記録されている。適切なコメントにより、作品がぐんぐんよくなっていくのがよくわかる。

                                            

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書名 わがツッパリ人生 著者 落合英之 No
2008-09
発行所 NHK文化センター 発行年 平成20年3月刊 読了年月日 2008−04−21 記入年月日 2008−04−21

                     
 
下重暁子のエッセイ教室での作品をまとめ、多少の文章と、多数の写真を付け加えた自分史。自費出版。ハードカバーの立派な書籍。題字は同じエッセイ教室の受講生上村さんの夫、カバーデザインも受講生の倉方やすこさん。

 家族への深い情愛に改めて感心する。たくさんの写真の中では、今は亡き夫人が美人であること、落合さんが若い頃からダンディであったこと、車好きでたくさんの車、それも高級な車、に買い替えていること、若い頃はハイキングなどにも行っていることなど、興味深く眺めた。

 ツッパリというのは、終戦直後に中学生で、今でいう番長を張っていたことからきている。私は作品の中では、その当時のことを書いたものが好きだが、数が少なくて残念だ。


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書名 樅の木は残った 著者 山本周五郎 No
2008-10
発行所 新潮文庫 発行年 平成15年刊 読了年月日 2008−05−02 記入年月日 2008−05−05

 
周五郎の本領である時代物。まず読むとしたら本書であろう。

 寛文年間、1660年から70年代初めに起こったいわゆる伊達騒動を題材にした長編小説。文庫本で3卷、1300ページを超える大作。NHK大河ドラマの初期の頃この作品が放映されたが、飛び飛びにしか見なかった。もちろん歌舞伎も見たことはない。だから伊達騒動のこともまったくと言っていいほど知らないが、かつて、陰でこそこそ策謀を巡らす人物が「まるで原田甲斐のようだ」と評されるのを耳にしたことがある。それほど原田甲斐を腹黒い悪人とする見方は一般に広く流布していたのだ。山本周五郎はそうした見方を180度転換させる。彼こそは、一身を挺して幕府による伊達藩取り潰しを防いだ人物であるとする。

 伊達藩の若い藩主綱宗は、吉原へ何日間か通い詰めたというような些細な理由で幕府より逼塞を命じられる。代わりに2歳の亀千代が藩主になる。後見役の一人、伊達兵部宗勝が藩の実権を握る。家老職に任じられた甲斐は伊達兵部の懐刀として活躍し、伊達安藝ら反対派に対して容赦ない処置を執る。あるいは幼い藩主の毒殺までを計る。そして最後は、大老酒井雅楽頭の屋敷で、伊達安藝に斬りつけ、その場で酒井家の家臣に斬り殺されるが、伊達藩は取りつぶされることなく、安泰であったというのが伊達騒動のあらすじだ。

 山本周五郎の小説は、従来事実と伝えられてきた事柄をそのまま認め、それらを原田甲斐が伊達兵部の与党となり、あえて敵の懐に飛び込み、伊達藩にもめ事を起こし、それを理由に伊達藩をつぶし、酒井雅楽頭と兵部との間で伊達藩62万石を分割するという二人の間の密約を未然に防ぐためであったといういう観点から解釈したものだ。藩主逼塞の背後に幕府の外様大名を取りつぶそうという意図を感じ取った甲斐は、志を同じくする伊達安藝および同僚の茂庭周防と盟約を結び、それぞれの立場から兵部の陰謀を防ぐ努力をすることを誓う。兵部の懐に飛び込んだ甲斐は、怪しまれないために、安藝や周防と意図的に疎遠にする。そのためには、茂庭につながる妻とも離縁する。兵部の横暴を非難する家臣や同僚に対しても、それを明るみに出せば騒動になり、幕府の思うつぼだと見る彼は最後まで、自分とは関係ないこととして、しらを切る。表面の無関心振りの裏で、何をたくらんでいるかわからないという従来の甲斐に対する評を逆手にとった解釈で、こうした場面は随所に出てくるのだが、本書の読みどころの一つである。
 山本周五郎描く甲斐は、物静かで、優しく、女性にはもて、家臣からは慕われている魅力的な人間である。
 甲斐の親しい同僚や友人の中には、彼が完全に兵部に取り込まれたと思い、失望するものが出てくる。甲斐と親しかった伊東七十郎はしびれを切らして、兵部暗殺を謀る。それが露見して七十郎は断罪されるが、その父母、兄も死罪になる。お家に騒動を起こさないためにはそうした厳しい処罰もやむを得ないと甲斐は動かなかった。

 伊達騒動の大きなエピソードである幼君毒殺未遂のことも、本小説では甲斐の使用人であった若い毒味役が毒味をして死ぬのだが、兵部一派による毒殺未遂であることはわかっていながら、甲斐はこれは食中毒による死だと事件のもみ消しに躍起となる。

 下巻285ページ:原田甲斐が家臣に言う言葉
 「
――意地や面目を立てとおすことはいさましい、人の眼にも壮烈にみえるだろう、しかし、侍の本分というものは堪忍や辛抱の中にある、生きられる限り生きて御奉公をすることだ、これは侍に限らない、およそ人間の生きかたとはそういうものだ、いつの世でも、しんじつ国家を支え護立てているのは、こういう堪忍や辛抱、――人の眼につかず名もあらわれないところに働いている力なのだ」(原文のまま。句点、漢字の使い方が著者独特である)
 作者は本書における甲斐の基本的な生き方として、この言葉を甲斐自身に述べさせている。

 伊達式部宗倫との領地争いで、裁定に不満を募らせた伊達安藝はその決着を幕府に求めて上京する。こうした騒動は酒井雅楽頭と伊達兵部にとっては、自分たちの野望を実現させる絶好の口実となる。甲斐は安藝の上京を必死で食い止めるが、それもかなわなかった。甲斐が自分と伊達兵部との間で交わした密約の書類を入手していることを知った酒井雅楽頭は、甲斐を含め上京した伊達藩の家臣を自邸での評定の際に謀殺することを計画する。そしてその通り実行される。酒井家家臣に斬られて虫の息の甲斐は、最後の力を振り絞って安藝のところに寄り、自らの刀に血を付け、甲斐が安藝を斬りつけたかのように装う。

 かくして甲斐は死に、一族は男は当歳の孫まで死罪となる。兵部は伊予の伊達預かりとなるが、仙台伊達藩の62万石はそのままお咎めなしとなる。

 登場人物が多岐にわたり、その名前を覚えるのに一苦労する。そうした読みにくさはあるが、これだけの長編でありながら構成が綿密で、展開に狂いがない。甲斐の愛人おくみや、前の藩主の逼塞に際して君側の奸臣として暗殺された家臣の娘の宇乃、あるいは浪人柿崎六郎兵衛とその妹おみやなど、多彩な脇役が登場するが、いずれもストーリーの中で無駄なく収まっており、それぞれの人物の描き分けも適切である。
 あえて言えば最後の酒井邸における刃傷事件の記述で、瀕死の甲斐が安藝を斬ったのは自分だと見せかけるというところにはかなり無理がある。

 読んでいて思ったことの一つは、当時の武士階級の暮らしぶりが豊であったこと。4千石の石高である甲斐の家の使用人はどのくらいいるのか見当もつかないほど多い。江戸の愛人宅での宴席には、芸人が何人も来る。彼らは朝から酒を飲む。登場人物の酒好きはあるいは作者の酒好きの反映かも知れない。「あおべか物語」にも酒飲みがたくさん登場する。

 甲斐の領地船岡の屋敷の広さもかなりのものだ。領地内の山に小屋を持っていて、そこに寝泊まりし、猟をするのを何よりも好む人物として描かれる。中巻の冒頭の章は、甲斐が長年追いかけていた「くびじろ」という大鹿をようやく追いつめ、最後の対決をするストーリーである。この章は全体の中では異色であるが、独特の緊迫感に満ちていて、印象に残る。

 NHK大河ドラマは平幹二郎が甲斐役をやったのを憶えている。唯一憶えているシーンは処刑される伊東七十郎が、首が切られた瞬間に体が後ろに倒れたら、兵部の身に災難が起こると言い残し、その通りになるところだった。原作をそのまま使ったシーンだった。調べてみたら、吉永小百合が密かに甲斐を慕う宇乃の役として出ていた。1970年の放映である。ちなみに伊達兵部は佐藤慶、酒井雅楽頭は北大路欣也、おくみは香川京子、おみやは佐藤友美である。

 もう一つわかったことは、村上浪六という作家が、昭和2年にすでに「原田甲斐」という小説で、山本周五郎と同じ観点をとっていたと言うこと。

「樅の木は残った」は昭和29年から31年にかけて日本経済新聞に連載されたものである。

                                          

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書名 日本婦道記 著者 山本周五郎 No
2008-11
発行所 新潮文庫 発行年 昭和33年刊、平成18年 90刷 読了年月日 2008−05−14 記入年月日 2008−05−20

 
荒俣宏が新聞の書評欄で本書を取り上げていたと、エッセイ教室の熊谷さんが言った。彼女はそれに触発されて読み出したようだ。一つ読み出したらなかなかやめられないという意味で「ピーナッツのようだ」と彼女は言う。

 家を守り、夫につくすために一筋に生きた江戸時代の武士階級の妻や娘の物語。山本周五郎が描く11編の封建道徳下の女たちの生き方は、いずれも凛として、真っ直ぐで、すがすがしい。それは彼女たちが強制されたのではなく、自分の意思として進んで家のため、夫のため、主人のためにつくしたからである。そのうえ男たちも彼女たちの努力に値する人物として描かれており、また彼女たちの献身を当然のこととしては受け取っていない。例えば、「風鈴」を読み進めているうちに胸にこみ上げてくる感動を覚える。それは、農民との接触の中で培った年貢査定役という自分の職務は他人には出来ないと、出世話を拒んで、貧乏に甘んじてその職を続けることを選んだ夫と、それを支えた妻の話である。

 第1話の「松の花」は、亡くなった妻の形見分けをしようと、着るものをあらためてみたら、何回も洗いざらしてつぎのあたった木綿の粗末なものばかりであった。妻は生前「武家の奥はどのようにつましくとも恥にはならぬが、身分相応の御奉公をするためには、つねに千石千両の貯蓄を欠かしてはならぬ」といっていたことを初めて知った、禄高千石の紀州藩家臣の物語。こうした無名の努力があって世の中が支えられていると、夫はあらためて思い、生前よりも一層妻と一体になれたと思う。

 最後の「二十三年」は主家への忠節を貫いた、奉公人かやの話。奉公に上がった武家の妻が幼い男子を残して亡くなる。そしてその藩も取りつぶしになり、主人は仕官の道を求めて遠くの藩へ移住する。今後は十分なこともしてやれないからと、主人はかやを実家に返し、嫁に行かせようとする。しかし、小さな子供をかかえた主家からどうしても離れることは出来ないと決心した彼女は、身を投げ、わざと口がきけず、精神も狂った振りをする。そして、どうやら主家に付いていくことを許される。新しい土地で彼女は献身的につくし、残された幼子を立派に育て上げる。やがて成人したその子は、かやが口がきけることにずっと前から気が付いていたという。かやが聾唖者を装ってからすでに23年の歳月が経っていた。彼女は思いを口にしようとしたのだが、23年間聾唖者を通したことで、実際に言葉が口からでなかった。

 題名は婦道記であるが、登場する相方の男もまた立派で、妻や娘、奉公人に対して深い思いやりを示す。周五郎が描く倹約、節制、勤労、忠節などは、時代を超えた価値であろう。

 昭和17年より連載を始めたもの。昭和18年の直木賞に推されたが、辞退した。
 
                                  

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書名 さぶ 著者 山本周五郎 No
2008-12
発行所 新潮文庫 発行年 昭和40年発行、平成19年9月88刷 読了年月日 2008−05−28 読了 記入年月日 2008−05−31

 
江戸の若い職人を主人公にした時代小説。さぶと栄二は表具と経師をあつかう芳古堂の職人。二人は同い年であるが、栄二は腕もよく、男前で頭も切れる。一方、さぶはぐずで、仕事も糊を作ることしかできない。お互いに恵まれない境遇に育った二人は心を許しあった仲だ。

 古くからの得意先の綿文の店で仕事中、栄二の道具袋から、その店が所有する金襴の切れが見つかり、栄二は盗みの疑いを掛けられる。それを晴らすために綿文に乗り込んだ栄二は、追い返され、暴行までされ、さらに、番所で目明かしにも打ちのめされる。そして栄二は石川島の人足寄場送りとなる。自分を陥れ、暴力をふるった相手への復讐の念に燃える栄二は、寄場で名前も名乗らず、かたくなに自分の殻に閉じこもり、黙々と土木作業に従事する。栄二の人柄を慕って何人かが彼の周りに集まるが、決して心は開かない。そんなある時、石垣の基礎工事で、海岸に穴を掘っているとき、石垣が崩れ、栄二はその下敷きになる。大勢の人が集まり必死の作業で彼の救出にあたり、死を覚悟した彼はすんでの所で救出される。それ以後、彼も世の中は自分一人だけで生きているのではないと思うようになり、皆に心を開いていく。そして、寄場を出た後、待っていたさぶと二人で店を持ち、また、綿文の奉公人であったおすえと所帯を持つ。

 全編を通して、主人公は栄二である。それなのに、さぶというタイトルになっている。さぶと、彼らの行きつけの料理屋の女おのぶは、寄場に入った栄二を何回も見舞い、貧しい中から差し入れをする。こうした人の支えがあってこそ世の中は成り立っているという著者の思いをこめて、あえて題名を「さぶ」としたのだろう。

 栄二を陥れた人物は誰だろう、暴き出されたその人物にどのような社会的制裁が加えられ、栄二がどのように気持ちを整理するのかという興味をもって読み進めた。しかし、作者はそのことにはこの作品のテーマではないというように、最後にあっさりとその人物をと動機を明かしただけである。

 興味を引いたのはこの小説の舞台の大半となった人足寄場という施設の存在。小説であるからそのまま受け取るわけにはいかないが、それほど史実とかけ離れたものではなかろう。219pには以下のような記述がある:
江戸市中には田舎から出て来た者や、天災、貧困、性格などから、多くの浮浪者や小泥棒などが絶えない。そのほか牢を出たが職も身寄りもない者などを集め、これらに手職を与え、賃銀を貯えさせ、機会があれば市中へ出て、一般市民と同じ生活のできるような人間にする、というのが人足寄場にたてまえなのである、と与平は語った。「僅かな恩銭は取られますが、寝て喰べて働いて、病気になれば只で薬をくれて、稼いだ賃銀は自分のものになる」と与平は続けて云った・・・・

 この小説の中には、寄場から出ることを拒む人物も、わざと寄場に避難してくる人物も出てくる。小説で読む限り、江戸時代のインフラストラクチャーはよく整っていたと思う。

 初出は昭和38年「週刊朝日」連載。

                                           

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書名 はじまりのレーニン 著者 中沢新一 No
2008-13
発行所 岩波現代文庫 発行年 2005年6月 読了年月日 2008−06−08 記入年月日 2008−06−10

 
電車の中で読む文庫本がなくなったと思った矢先、机の上に積まれていた本書が目に入ったので、ポケットに入れて出かけた。以前、NHKテレビの日曜朝の週間ブックレビューで紹介されていて、購入したものだろう。

 本書の帯には「西欧形而上学を突き破る弁証法的唯物論の可能性」と白抜きしてある。レーニンの「唯物論と経験批判論」や出版されなかった「哲学ノート」などに当たり、その哲学的核心を明らかにしようとしたもの。ギリシャの古典哲学から始まり、グノーシス主義、キリスト教神学、ヘーゲルを中心とするドイツ観念論などを引用し、対比し、レーニンの思想の本質に迫ろうとする。

 例えば117pにはこんな記述がある:
だが、未来に実現されるベきプロレ夕リア哲学は、その素朴さ、その飾り気のなさ、その勇気、その豪胆さによって、壮大な西欧形而上学の全歴史の転倒をめざしている。唯物論は、「精神(ガイスト)」の底を破って、それを自然と生の無底の運動にむかって開いていこうとしている。そのとき、弁証法はふたたび、はじまりの哲学者のもとで守っていた、あの素朴さとディオニュソスの力をとりもどすことになる。亀裂の発生した「精神」の底部からは、暗い存在の底からの「物質」の運動が、いきおいよく吹き出してくるようになる。上品さはないが、ここには裸の客観、むきだしの真実がある。レーニンはそういうものを、弁証法的唯物論と呼ぼうとした。
 本書の主要な部分はこうした記述だ。私には具体的にイメージすることが出来ない。つまりほとんど理解できなかったと言うことだ。にもかかわらず読み通してしまった。

 一つには20世紀の歴史に最も大きな影響を与えた人物のことを知りたいという欲求から。亡命時代にベルンの図書館に日参し、ヘーゲルを読みあさったといったエピソードが所々に出てくる。最初の2つの章は、子供や動物を愛し、音楽を好み、よく笑ったレーニンの人柄と、それがどのように彼の思想、唯物論に結びつくかが書かれている。笑いについてはバタイユの哲学が詳しく紹介され、25pにはレーニンの哲学との関係が以下のように記述されている

レーニンも、笑いのなかにあって、「その先には進もうとさえしない」。なぜなら、笑いこそ、人間の本質をなすものの根底に立って、精神にその外に広がる無底の宇宙への通路を開くものであり、笑いに凌駕されているとき(こういうとき、レーニンは頭をテーブルの下につっこんで、わきおこる笑いの嵐にたえた)、人間は先へ進むことも、後ろに退くことも、まったく意味を失ってしまう、無底の空間をつきうごかすたえまない運動と、一体であるからだ。笑いが開くその無底の空間を、レーニンは「物質」と名づけた。そして、その「物質」にむかってこころみられる、知性のおこなうかぎりない接近の実践運動を、「唯物論」と呼んだ。だから、レーニンの唯物論とは、笑う哲学の別名なのだ。笑う哲学である唯物論は、笑いによって、信仰と宗教を凌駕しようとするだろう。またそれは、笑いによって、革命をおこなう。
 本書のカバーには真ん中に笑っているレーニンの写真が載っている。

 レーニンはある文章の中で「
・・・誤りをおかさないのは、何もしないものだけである・・・」と述べており、中沢はそれに次いで、「レーニンはなにかをつくりだすために、すすんで誤りをおかそうとしていたのだ。たしかに、世の中で、誤りをおかさないのは、なにもしない者だけであるから。」(122p)と述べている。その通りである。資本主義市場経済が世界を制覇した21世紀の現在から見て、レーニンに導かれたロシア革命が、壮大な誤りであったのか、あるいはロシアの近代化にとって避けることの出来ないプロセスであったのか。私には前者であるように思われる。ロシアの近代化にはもっと穏便な別の道があったような気がする。

 本書の終わり、260pで著者は以下のように言う。
 
共同体が夢見ながらもサステナブルな組織としては実現できない「理念(イデアル)」を、人々は短い時間の間だけつくられる組合型の組織のなかで、現実化しようと試みてきた。共同体の現実のなかでは、不完全な「改良」しか可能ではないのに、理念に突き動かされる組合は、それを完全な「革命」にまで徹底しようとする。このような理念的な組合型組織が、さまざまな教団や修道院やサンガとして、共同体的な現実のまっただなかに存在しつづけてきたことによって、人類は自分の可能性として「偉大さ」や「崇高さ」や「純粋さ」のイメージを、明確に保ち続けることができた。「共産主義」は、そういう組合型の組織の抱いた近代のイデアルの一形態にほかならず、それが決定的に失われた現在、人類はみずからの未来へのビジョンを喪失してしまったように、感じられている。
極めてユニークで、面白い見方だと思う。

                                          

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書名 リアルであること 著者 中沢新一 No
2008-14
発行所 株式会社メタローグ 発行年 1994年9月 読了年月日 2008−06−11 記入年月日 2008−06−17

「はじまりのレーニン」の中にもリアルということが出てきた。それで、長いこと本棚に眠っていた本書を読んだ。何かの書評で見て購入したのだが、そのまま放っておいた。

 我々をとりまく種々の妄想を突き抜けて、「リアル」と直接に接せよというのが主張だ。例えば、死は人間にとって最大のリアルであり、それを現代社会のように隠蔽することなく、もっと直に触れることの必要性をチベット仏教などを引き合いに出して説く。著者の専門は宗教学である。宗教と広告の関係への考察も行われる。

 48P以降にモーゼによる出エジプトの意義が述べられている。著者は人類がさらに飛躍するためには再度の出エジプトが必要であるという。中沢は前書「はじまりのレーニン」の最後に共産主義は近代のイデアルの一形態だと評価したが、レーニンのソビエト革命とモーゼの出エジブトとを重ね合わせているように思えた。そして、エコロジー運動には、砂漠から緑豊かなエジプトに戻る運動あるとし、批判的である。

 チベット仏教の指導者、ダライ・ラマについて書かれた一章もある。それを読むと、ダライ・ラマの人気はグローバルであることがわかる。中沢は以下のように書く(73p):
ダライ・ラマは、この三十数年のあいだに、あらゆる意味で巨大な存在となった。彼の存在が、いまや人類的な意義をもっていることに、たくさんの人々が気がつきはじめている。彼はチベット民族のかかえる、とほうもないジレンマとたたかいながら、人類の希望のシンボルであることの重さに、いま耐えているのだ。
                                           

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書名 蟹と私と彼 著者 荻野アンナ No
2008-15
発行所 集英社 発行年 2007年8月 読了年月日 2008−06−14 記入年月日 2008−06−17

 
荻野アンナのエッセイだったか短編だったか、九州への行き帰りの機内誌で何回か読んだことがある。独特の面白い文章を書く人だと思った。

 蟹とはガンのこと。彼とは、十数年のつきあいが私との関係を「男と女からボケナスとカボチャにした、結婚抜きで、いわゆる空気にような存在」となったボーイフレンドのバタさんのこと。そのバタさんに食道ガンが見つかり、亡くなるまでの闘病小説。私は最後までバタさんを支える。

 作品の書かれた背景については何も知らない。しかし、これだけ詳しい病状経過を書けるというのは、作者の実体験を抜きにしては考えられない。それでいて全編にユーモアが溢れ、カラッとしていて、読んでいて気が滅入ることがない。全編から作者の強烈な作者魂が立ち上ってきて、何よりもそれにうたれる。

 疝気の原因なるウイルスがガン細胞の増殖を抑えると言った、インチキ療法を受けたりするところはあるが(多分このエピソードは完全なフィクションだろう)、全体としてガンに関する広範な専門知識がよく消化された形で書かれている。特に河童が手術室に入って手術の経過をつぶさに観察する形で書かれた、手術の描写には真迫力がある。他の臓器を傷めないように、あるいはガン細胞の転移を防ぐように注がれる技術と細心の注意とそれを支える外科医の手先には感心する。術後すぐに歩いたり、あるいは数日で退院した例をよく耳にするが、手術のめざましい進歩が背景があるのだ。本書の帯には「役に立つ闘病小説。おすすめ。」という蒲田實氏の推薦文が載っている。

 最後の章は蟹曲という北関東のある町にあるバタさんの墓に参り、私と友人のピエがその周辺のお寺などを巡る話。水子供養のだるまに私は「今回の生ではニンシンできなかったけれど、バタさんがまた生まれかわる時はわたしが生んであげます。また会おうね。」と記す。張りつめてきた私の、つまり作者の、バタさんへの愛、切ない心情が吐露される。

初出「すばる」2004年〜2005年

                                           

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書名 幕末不戦派軍記 著者 野口武彦 No
2008-16
発行所 講談社 発行年 2008年2月 読了年月日 2008−06−22 記入年月日 2008−06−24

 
書評欄で目についた本。
 武具奉行同心という役柄にある下級武士が、長州戦争のために京都、大坂に出張した際に残した日記を基に、その中に描かれた4人組が以後幕末の主要な戦いに参加というより居合わせたという構想の下に書かれた幕末物語。豊富な資料に基づいた幕末史のディテールが面白い。

 長州征伐のために大坂にやってきた4人組は、そこに滞在する間に、戦争などどこ吹く風といった具合に、大坂の食い倒れと女を楽しむ。それも弾薬などを調達するという武具奉行の役目を利用し、業者に接待させたり、あるいは公費を使っての遊興である。けしからぬと思うよりも、江戸の世の泰平さが思われて、むしろほほえましい。

 4人組が居合わせたことになっているのは長州戦争、彰義隊、日光での戦、奥州での戦い、そして箱館五稜郭での戦い。
 例えば、長州戦争で、長州側の使った銃はミニエー銃といって、銃腔面に螺旋状に溝がが切ってあるライフル銃(追記参照)。一方、幕府軍は旧式のゲーベル銃。射程も威力も違い、幕府軍は敗退する。その時、鎧や具足をつけていると、銃弾があたった際に金具などが体に食い込み、かえって傷を大きくすることが判明した。それで、幕府軍は鎧を脱ぎ捨てて、敗走した。これが日本の戦争で鎧が使われなくなった最初であると著者はいう。p44〜。

 全体として、幕府の指導者に対して厳しい見方をしている。腰抜け、無能という見方だ。慶喜はくそみそだが、最後まで抗戦した榎本武揚も、見てくれを重んじる人物とされている。彼の宣言した蝦夷共和国についても高い評価は与えていない。もっとも、蝦夷共和国で日本で初めての選挙が行われ、日章旗が国旗として用いられたことを本書で初めて知った。五稜郭攻略の際に幕府軍が購入した軍艦は、アメリカの南北戦争で南軍が造った船であり、一方、榎本軍の主力艦はクリミア戦争で活躍したロシアの老朽艦であった。こうしたディテールが本書の読み応えだ。

 あとがきで、同じ頃起きた南北戦争の戦死者62万人、あるいはパリコンミューンの内乱での死者2万5千人と比べて、鳥羽伏見から函館五稜郭の戦いまでの死者1万8686人というのは極めて少ないと、著者はいう。


2010−02−24 追記:
 昨日、中学時代のクラスメートと昔話に花を咲かせる機会があった。Sさんが言うには1年の理科の時間に、銃弾が回転するライフル銃の利点は何かと先生に聞かれた。Sさん手を挙げて、相手によく突き刺さると答えた。先生は笑ってそうではないという表情をした。ついで私が弾が真っ直ぐ飛ぶことだと答えたという。私はまったく記憶にない。半世紀以上前の授業内容のいくつかは私も覚えている。ただ、その内容がそれぞれに違うのが面白い。Sさんは先生に笑われたのがよほどショックだったのだろう。
 しかしライフル銃の利点として弾道の安定性と殺傷力のアップの両方を考えていい。

                                           

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書名 生命とは何か 著者 シュレーディンガー No
2008-17
発行所 岩波新書 発行年 1951年刊、1979年35刷刊 読了年月日 2008−07−03 記入年月日 2008−07−06

 新聞の一面の下段に文庫本化された本書の広告が出ていた。私の書架にあった本書は新書版、79年刊のものである。本書を最初に読んだのは20才の頃だ。その後紛失し、再度読みたくなって購入して、そのまま本棚に眠っていた。

 1944年刊、その時点に立って読むようにした。理解しがたいところがあって最初の時全部読み通したかは定かでない。今読むと、本書がウイルキンズ、クリック、ワトソン初め、多くの人を生物学研究へと駆り立てるきっかけとなったのがうなずける。遺伝、突然変異への簡潔な説明は著者のこの方面に対する知識が半端ではなかったことの証拠。統計力学的立場から見た遺伝子、あるいは生物体という見方が新鮮。目に見える物理法則は、多数の原子の集合体の平均値に対して適用されるもので、それを構成する個々の原子の挙動はまったくランダムである。生物の場合には、統計が適用されそうもない少ない数の原子で秩序が保たれていることが特徴で、不思議なところだと著者は指摘する。遺伝子の大きさを求め、それがわずか1000個程度の原子に相当し、しかも極めて安定で永続性を持っているから、分子以外ではあり得ないという記述(79p〜)などは、分子生物学を作った人々をかき立てたに違いない。ただし、シュレーディンガーは遺伝子をタンパク質分子であろうとする当時の見方を受け入れている(p51)。

 私がこの本を読んだのは、その題名にひかれてのことだろう。当時ソ連のオパーリンが「生命の起源」という書を表し評判になっていて私も読んだ。原始地球の有機物のスープの中でコアセルベートという液滴ができ、それが生命へと進化していったという説だ。オパーリンとの関連で多分本書も読む気になったのだろう。

 本書の後半部分に「生命とは何か」についての著者の考えが述べられている。それはエントロピー増大に逆らう存在、負のエントロピーを環境から取り入れて規則性を維持するものであるという。物理学では無秩序性から統計的に秩序が生まれる。それに反して、生物では秩序から秩序が生まれる。物理学で歯車時計は統計的な法則には従わず、秩序から秩序を生んでいるように見える。しかし、歯車時計とて統計的法則に支配されているのであって、ただ、常温では歯車自身を構成する分子の熱運動による不規則な動きは統計的に無視できる。生物も歯車時計と似ていて、固体を要として、秩序から秩序を生みだしている。この固体が遺伝物質を形作っている非周期性結晶であり、熱運動の無秩序から十分に保護されている。

 私なりに要約すれば、生物体とは、非周期性結晶により秩序から秩序を作り出している存在ということになろうか。

 生物の形質が、二つの細胞の核の物質構造によって運ばれることは一大驚異であるとシュレーディンガーは述べる。それ以上の驚異は我々がそのことについてかなりの知識を獲得する能力を持っていることであるという。そして、その能力により遺伝の驚異を解明することは可能であるが、2番目の驚異は恐らく人間が理解できる範囲を越えているだろうと述べる。(p53〜54)

 分子の小ささについては、ケルビン郷が使った例えとして、コップ1杯の水を海に流し、十分に撹拌した後、任意の場所からコップ1杯くみ上げると、最初のコップの中の水分子が100個見つかるというのを書いている(p7〜8)。クレオパトラのワインという最近の例えの源はすでにここにあったのだ。

                                           

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書名 ケータイを持ったサル 著者 高正信男 No
2008-18
発行所 中公新書 発行年 2003年9月 読了年月日 2008−07−09 記入年月日 2008−07−14

 
サブタイトルに「人間らしさ」の崩壊とある。

 かつての職場の上司、山田隆一さんが、こんな本も面白いよといって、メールで勧めてきた。7月のエッセイのテーマが電話であったので、読んでみた。

 著者はサルを研究する学者。今時の特に若い人達のケータイでの会話は、サルが仲間内で交わす会話とかわらないというのが趣旨。サルのグループ内での音声による情報交換を詳しく研究し、そのデータを基に論旨が展開されていて、単なる直感による観察ではない。

 言語というものは、公的な機能を果たす側面と、私的な機能を果たす側面とに分けて考えることが出来る。人間の言語の特徴は前者にある。サルも会話をするが、それは私的な面での会話である。今の若者のケータイでの会話は、公的な情報交換を果たすものではなく、限られた仲間内の私的情報交換にしかなっていない。つまりサルの会話とかわらないというのだ。

 そうなった原因を著者は、専業主婦の誕生(昭和の10年代ころで、それ以前は女も男と同様に働いた)、戦後の専業主婦の増大、母子密着型の子育て、その結果としての子離れの出来ない母親と、人生の移行を体験しようとしない子供の発生、そして「家の中主義」の蔓延による公的空間までもあたかも私的空間のように捕らえた行動に出るというふうに分析している。

                                           

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書名 阿弥陀堂だより 著者 南木佳士 No
2008-19
発行所 文春文庫 発行年 2002年9月 読了年月日 2008−07−18 記入年月日 2008−07−19

 
目先のことにとらわれるなと世間では言われていますが、春になればナス、インゲン、キュウリなど、次から次へと苗を植え、水をやり、そういうふうに目先のことばかり考えていたら知らぬ間に九十六歳になっていました。目先しか見えなかったので、よそ見をして心配事を増やさなかったのがよかったのでしょうか。それが長寿のひけつかも知れません。

 本書96ページにある阿弥陀堂守の老婆の言葉である。友人の池田さんから、この言葉を引用して本書に感動したというメールは昨年秋にもらった。私がHPに読書ノートを掲載するきっかけとなった出来事の一つだ。この言葉を知ったとき、今の私の毎日の生活と心境に余りにもよく合っていて、驚いた。延び延びになっていたが、やっと手にして読んだ。

 池田さんから言われるまで、南木佳士という作家をまったく知らなかった。

 前半は孝夫が信州の山奥から上京し、同郷の美智子と再会し、結婚するまでのいきさつが展開する。孝夫は作家を目指し、美智子は大病院に勤める優秀な医師である。

 後半は、作家としての行き詰まりを感じていた孝夫が、恐怖性障害に陥った美智子の立ち直りをはかる目的もあって、故郷の信州の山奥の村へ帰ってきてからの生活。川をはさんで23戸しかない集落で、瓦屋根のある家は、一番高いところにある阿弥陀堂だけで、他はすべてトタン葺きの家である。そこで孝夫はかつて祖母が一人で耕していた田畑を耕し、妻は村の診療所で診療に当たる。阿弥陀堂には老婆が一人で堂守をしている。孝夫が中学の時に村を出る頃からの堂守だ。村役場の若い女性職員の小百合が老婆の話を聞き出し、それを村の広報誌に掲載するようになる。

 こんな設定の中で、孝夫は汗水垂らして農作業に打ち込み、妻は村の老人相手の診療を続け、二人して時々阿弥陀堂を訪れ、老婆の話を聞く。老婆は一人で野菜を作り、阿弥陀堂で生活している。そうした生活の中で二人は次第に心の健康を回復していく。
 小百合は珍しい肺の肉腫を発病する。たまたまその分野を専門としていた美智子は、町の病院の医師を指導して、彼女の治療に当たる。そして小百合は治る。43歳になった美智子が妊娠を告げることでこの小説は終わる。

 老婆の言葉に象徴される田舎での生き方、今でいえばスローライフへの共感を誘う小説だ。著者自身が医師であり、作家である。美智子には著者の分身が重ねられているのだろう。

 小説の終わりの方、216pから、3ページを費やして、孝夫が傾倒する開高健への熱い思いが述べられている。作者自身の思いであろう。

 この小説はその題名のまま、数年前に映画化されている。

                                           

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書名 冬物語 著者 南木佳士 No
2008-20
発行所 文春文庫 発行年 2002年1月 読了年月日 2008−07−28 記入年月日 2008−11−04

 
表題の作品他、全部で12編の中編が収められている。いずれも著者の生い立ちと医者という職業を背景にして書かれた作品。生活に密着した作品集で、安心して読め、読後間が爽やかだ。

『冬物語』は真冬に氷上のワカサギ釣りに熱中する若い医師の物語。妻との間に子供も生まれたばかりの医師は、こうして平凡に信州の田舎町で一生を終える、何とつまらない一生だと感じ、なるべく家庭から離れるつもりで、ワカサギ釣りにのめり込む。ある日、彼のいたところの氷が割れて、湖に落ちる。それを救ってくれたのは初老のかよさんだ。彼女は医師を家に連れて行き、朝飯を振る舞い、衣服を乾かしてやる。隣室には脳溢血の後遺症でもう3年も寝たきりのかよさんの夫がいる。かよさんはワカサギ釣りで生計を立てているだけあって、名人とも言えるほど釣りがうまい。医師はかよさんを師と仰ぎ、ますます熱中する。努力の果てに死を見なければならない臨床医の徒労に比べて、ワカサギ釣りははるかに明日への活力を与えてくれると感じる。ある朝、かよさんが夫の容態が変だからと、医師を呼びに来る。行ったときは夫はすでに息絶えていた。それは病院で体験する胸の痛くなる緊張感とは対照的に穏やかな臨終の風景であった。
 今は失われてしまった理想的な死に方が描かれた作品。

『スイッチバック』は、脳血管性痴呆の進んだ父を、やはり在宅で看取る医師の話。妻から、朝になっても父が起きてこないと告げられた医師は、そのままでいい、責任は俺がとると言って、何もしなかった。それは医師になって20年になろうとして初めての体験であった。p166には以下のようにある:

 
これが病院での出来事であったら、眠ってしまった原因を探るために頭部の CT をはじめとするあらゆる検査を行ない、食べられないのだからと点滴を開始し、とにかくできるかぎりの医療行為をつくす。患者が死に至ったとき、やれるだけのことはやったのだとの勝手な満足感を家族と共有するためである。責められたときの担保でもある。多くの場合、それらの処置で患者は延命する。しかし、すでに十分に看病疲れしている家族たちから感謝の言葉を聞くことはめったにない。
「あんとき、なんにもしなけりゃあ昔みてえに静かにおしまいだったでしょうかねえ」
 ベッドの横に力なく坐り込んだ介護人の口から、どこかうらみがましい質問を受けるのも常であった。

                                           

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書名 地球環境を壊さないで食糧問題を解決する 著者 新村正純 No
2008-21
発行所 日本食糧新聞社 発行2008年7月年 2008年7月 読了年月日 2008−08−02 記入年月日 2008−10−09

 
筆者の主張は農業も環境破壊の元凶であるから、工業化し生産効率を上げれば環境への負担を減少させることが出来るというもの。豊かな農地こそ環境保全の象徴であると考えるのが普通だが、それに真っ向反論しているところがユニークで、過激だ。著者は私の大学のクラスメートで、食品会社を定年後、三重大学の非常勤講師をしている。農業の工業化というのは著者の長年の持論で、私も機会あるごとに聞かされてきた。

 著者が地球環境上の最大の問題としているのは、二酸化炭素増加による温暖化。前半ではその事実がたくさんの資料を引用して述べられる。人類が農業を習得し、農地や牧草地を拡大させたことにより、森林が減少したのが、最大の地球環境破壊だと著者は言う。二酸化炭素固定能力が農地や牧草地に比べて、森林はずば抜けて高い。したがって、農地を森林化することにより、二酸化炭素の増大に歯止めをかけられる。減少した農地は、工場化し、そこで食料を作れば、土地が3次元的に利用でき、また、年間を通じての生産が可能だから、土地の利用効率も、労働生産性も飛躍的の向上すると言うのが著者の主張だ。

 工業化することによって余分に必要となるエネルギー、例えば人工環境を維持するため投入するエネルギー、あるいは工場建設に投入されるエネルギーが、どのくらいで、それが二酸化炭素収支でペイするのかということについては詳細が語られていない。植物工場の試みが思ったほど進まないのは、こうした点にあるのではないかと思う。

 理想的には農地の代わりに増えた森林で、木材として固定された炭素資源を使ったバイオエネルギーと太陽光発電がエネルギーの主力となればいい。そのためにはまだまだ解決しなければならない技術的課題が山積しているようだ。
                                           


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書名 ダイヤモンドダスト 著者 南木佳士 No
2008-22
発行所 文春文庫 発行年 1992年2月 読了年月日 2008−08−12 記入年月日 2008−11−04

 
表題の他全部で4編の中編を収める。これも『冬物語』と同様、著者の経歴を背景にした作品集。信州の山の中のでの育ち、幼い頃の母との死別、小学校同級生の女の子、上京、信州の診療所勤務、ワカサギ釣りといった環境やエピソードが重なって出てくる。この本では、それにカンボジアでの難民医療に当たった作者の経験が加わり、『ダイヤモンドダスト』以外の3編はその体験が下敷きになっている。特に『長い影』は、薬も医療器具も不十分なカンボジア難民医療現場で働いた看護婦のトラウマを扱っている。

『ダイヤモンドダスト』は芥川賞を取った作品。和夫は生まれた故郷の信州の山里にある診療所の医師。彼の父、松吉はその地方を通る軽便鉄道の運転手で、早くに妻を亡くし、和夫を男手で育てる。その山里が別荘地として開発され、人々は山林を売って町へ出て行ったりする。松吉の運転する軽便鉄道もやがて廃止される。和夫は父の運転する軽便鉄道に乗り合わせた俊子と知り合い結婚する。俊子は一人息子の正史を残して、24歳の若さで肺がんでなくなる。和夫は男手で正史を育てる。父は、脳溢血で倒れて以来、体が不自由である。そんな時、和夫の小学校から高校まで同級であった悦子が、別荘地でテニスのコーチをしているのに出会う。彼女は土地を売った金で、アメリカに渡り、優雅な生活をしている。和夫の勤める病院に末期肺ガンのアメリカ人宣教師マイクが入院する。ベトナム戦争でファンと無戦闘機に乗っていた軍人だ。たまたま、脳溢血の再発で倒れた松吉はその宣教師と同室に入院する。退院した松吉と正史の面倒を悦子が見てくれる。やがて、松吉は家の前を流れる川に水車を作ると言い出す。和夫、悦子もそれに協力し、完成させる。松吉は完成した水車をマイクに見せると言って聞かないが、マイクは既になくなっていた。水車が回り出し、夏が過ぎ、微妙に揺れる和夫の気持ちを知らぬげに、悦子はアメリカへ帰っていく。一面に霜の降りたある朝、松吉は庭の上に倒れていた。そして、きしみながら回っていた水車の芯棒も折れていた。水車の上にはダイヤモンドダストが輝いていた。

 自分の死期を知ることは幸せなことだと言って、自らモルヒネ注射を所望し死んでいった妻の俊子。ベトナムで燃料の切れたファントムから海上へ脱出する際に見た星空の美しさを和夫に語り、最後の治療に感謝しつつ死んでいったマイク。そして、ダイヤモンドダストの輝く初冬の朝、自宅の庭で、自分が作った水車の前で倒れていた松吉。いずれも医者である作者から見た理想的な死であろう。

                                           

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書名 「たばこは百害あって一利なし」のウソ 著者 武田良夫 No
2008-23
発行所 洋泉社 発行年 2007年7月 読了年月日 2008−08−26 記入年月日 2008−10−09

 
喫煙者の権利も守ろうという趣旨の団体に入っている。そこから送られてきたもの。筆者との面識はないが、私と同じJTにいた人。当然喫煙擁護の立場から書かれている。題から来るほど内容は感情的でもなければ、ヒステリックでもない。事実に基づき、冷静にタバコを擁護している。各種統計、論文、書籍、新聞記事からの膨大な引用があり、新書版で200ページの本だが、たばことそれを巡る社会的な情勢を知る上で大変参考になる。

 高まるタバコバッシングの背景には、受動喫煙の害、タバコが麻薬などと同様に依存性であるとする見解、そして、社会一般の「パターナリズム」がある。

 これに対しするタバコ会社、あるいは著者の見解は、受動喫煙の害は科学的に証明できていない、依存性は極めて軽微で、何よりの証拠にはタバコをやめた人がここ数十年の間に日本でも数千万にのぼる、パターナリズムは個人への余計なお節介、あるいは被害者バッシングの一種であるとしている。被害者バッシングの例として著者は、先年イラクでのボランティア活動で武装勢力に誘拐された3人の日本人へのバッシングを挙げている。

 喫煙者率が他の先進国に比べてかなり高い日本人が世界一の長寿であるという矛盾への説明としては、それをジャパニーズパラドックス(フランス人が虚血性心疾患にかかりにくいことを「フレンチパラドックス」といい、そこから由来する)として説明を回避するものと、喫煙の寿命への効果は2,30年後に表れるから今は長寿を誇れるのだというものがあるとのこと。著者はいずれも否定し、喫煙による超過寿命というものも考慮に入れる必要があることを主張する。

 そこから著者の筆は西洋近代医学、さらに疫学への批判へと向かう(p90以下)。もちろん著者独自の見解ではなく、すでに多くの人から言われていることだが、よくまとめられていて参考になる。例えばサラ・ネットルトンという人の挙げた近代西洋医学の特徴が紹介されている:心身二元論、機械モデル、技術志向、還元主義、特定病因論。こうした見方ではなく、人間の健康あるいは病気を、心や社会的な状態などを含めたもっと広い立場から見る必要があるという。これはタバコ擁護論の基本的立場として従来から言われていることだ。疫学への批判は、統計的相関を因果関係に直結することの危険性の指摘。107p以下に喫煙に関する例がいくつか挙げられている。

                                           

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書名 ローマ人の物語 迷走する帝国 上・中・下 著者 塩野七生 No
2008-24
発行所 新潮文庫 発行年 平成20年9月 読了年月日 2008−10−02 記入年月日 2008−10−09

 
紀元211年から284年までを扱う。皇帝で言えばカラカラからディオクレティアヌスが即位するまでである。この二人の皇帝の名前は私でも知っている。カラカラは今でもその名を冠した大浴場跡がローマに残っている。しかし、その間の皇帝の名前はまったく初耳の人ばかり。それもそのはず、いずれも短命で次から次へと変わっている。上巻の最初に一覧表が出ているが、実に22人の皇帝が輩出している。238年には4人の皇帝がたっている。そのほとんどが殺害されている。そして、ヴァレリアヌスに至ってはササン朝ペルシャとの戦いで捕囚され(260年)獄死するという前代未聞の出来事が起きる。さらにこの時期にはガリアが一時独立し、また、シリアには女帝ゼノビアが君臨するパルミラが出来、ローマに反旗を翻す。迷走する帝国というタイトルにピッタリの時代だ。この世紀は危機の3世紀と歴史家から呼ばれているとのこと。

 カラカラ自身が共同皇帝であった弟のゲタを、母親の目前で殺害するところから始まる。この世紀に登場する皇帝はほとんどが軍人である。そして、北方の蛮族の浸入を防ぎ、東方のペルシアの進出を迎え撃つ戦に明け暮れる。以前のようにライン・ドナウの帝国防衛線の外に出て戦うのではなく、浸入してくる蛮族との戦いである。ゴート族に至っては黒海から海路、ギリシャの都市を襲い、略奪して引き上げていく。軍人皇帝たちは、最後は不満を抱いた部下に謀殺されるというケースが多い。謀殺されねばならない理由が、今ひとつ抽象的でピンとこないが、直接の原因を明らかにするような歴史資料が残っていないのだろう。次の皇帝はどこかの軍団の司令官クラスが、部下から推挙されて就任する。皇帝になってもすぐにはローマに帰還しない。3世紀後半の皇帝にとって、首都ローマの存在理由は、蛮族やペルシア相手の戦闘で勝利した後の凱旋式挙行の地でしかなくなった(下巻148P)。
 遠征先で秘書の手で殺害されたアウレリアヌスと、その後に帝位を継ぎ、やはり前線で下級兵士に殺されたプロブスについては、その時期、統治する側とされる側の距離が余りにも近づき過ぎたと指摘する。そして、世の中実力主義だけではだめで、生まれも育ちもいい「貴種」も必要だと著者は言う(下巻158)。

 衰亡へ向かう大きな原因として、塩野はカラカラ帝による、ローマ帝国内のすべての自由民へローマ市民権を与えた法律の施行を挙げている。それまでは取得権であったものが既得権へ変化し、そのためにローマ市民の気概が薄れたことが、ローマの衰亡の基本にあるという。それが帝国の指導者層の質の低下を招き、経済の低迷を招いたという。

 下巻の最後は、多くの歴史家がローマ衰亡の一因としてあげているキリスト教浸透に関して、特に1章をあてて書いている。ローマ人は信仰の自由を基本的に認めていて、キリスト教自体は問題としなかったが、それが反ローマ的行動をとると処罰した、というのが筆者の見方だ。迫害もそんなに多数のキリスト教徒にはおよんでおらず、対象とされたのは聖職者クラスの人だという。

 キリストの神は人間に、生きる道を指し示す。ローマの神々は生きる道を自分で見つける人々の傍らにあって助ける神々である。生き方への確固たる自信を失いつつある時代の人にはキリスト教は大きな意味も持つと著者は言う(下巻211p)。

 下巻207p以下には、ローマの指導者の顔についての著者の感想が書かれている。マルクス・アウレリウス帝は品格の高い立派な顔だが、弱いとした後で、創生期のローマのトップの顔の剛毅さ、活力に満ちた若々しさをたたえ、カエサルに至ってはもうこれは抹殺するしかないと思ったブルータスの心境が理解できるほどの面構えだとしている。また、5賢帝のなかでもトライアヌスとハドリアヌスには自信に満ち、昂然たる雰囲気があるという。そして、それに比べて3世紀の皇帝たちの顔は上品でも弱さがあり、下からのし上がった人々には猛々しさしか感じないという。本書にもたくさん挿入されている皇帝たちの彫像をみて、私も同感であった。
                                            

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書名 容疑者Xの献身 著者 東野圭吾 No
2008-25
発行所 文春文庫 発行年 2008年8月 読了年月日 2008−10−26 記入年月日 2008−10−28

 
電車の中で読む本を切らしていた。長津田で田園都市線に乗り換える際に、5,6分時間があったので、本屋に飛び込み文庫本コーナーに行った。元の職場の後輩金木さんが、私のHPの読書ノートへの感想をメールしてきた中に、最近読んでいる作家として、宮部みゆきと並んで東野圭吾という名前があった。それを覚えていたので、探してみたら、本書を初め平積みされていた同じ作家の作品がすぐに見つかった。本書にはベストセラーNo1のポップが立っていた。人気作家のようだ。

 直木賞を受賞したミステリー。読み出したら一気に読んでしまった。

 今は高校の教師をしている天才数学者石神の完全犯罪を、大学の同期生であった物理学者湯川が見破るというストーリー。
 石神のアパートの隣室にはホステス上がりの靖子が中学生の美里と住んでいる。彼女らの所にやってきた前夫に脅迫され、はずみで靖子親子は男を殺してしまう。それに気付いた石神は二人をかばう決心をし、数学の方程式を解くような論理の整った完璧な解決策を考え出し、実行する。彼は弁当屋に勤める靖子に一目惚れし、毎朝弁当を買ってから学校に行っているのだ。警察は当然靖子に目をつけて身辺捜査をし、アリバイを追求する。しかし、当夜親子で映画を見て、カラオケに行ったというアリバイは崩れない。

 湯川は大学の後輩であり担当の刑事草薙から事件を聞く。卒業以来初めて石神を訪ねた湯川ではあるが、天才的な数学的頭脳の持ち主としての石神に、学生時代に印象を抱いていた。一緒に弁当屋に行く際、ガラスに映った容貌を気にしたりした石神の仕草から、彼が靖子に好意を抱いていると湯川は直感する。そして、石神が事件に何らかの関係していると考え、推理を働かせる。自分に迫ってくる湯川の推理を察した石神は最後の手段に出る。自分がやったと名乗り出たのだ。すべての事実、事件後の彼の行動は、論理的に彼の犯行であることを示していた。万一に備えて、そこまで彼は事前に手を打ってあったのだ。こうして彼は靖子の罪を引き受ける。

 しかし、湯川は石神のトリックを見抜いていた。石神も実際に一つの殺人を犯していたのだ。
 靖子が前夫を殺した日が明記されていない。死体が発見された日は明記されていて、その前夜が犯行時刻であると、読者は思ってしまう。これが作者が仕掛けたトリックだ。

 自殺まで考えていた石神は隣に引っ越してきて、挨拶にきた靖子に一目惚れしてしまう点と、その後の関係も毎朝弁当を買いに立ち寄るだけという石神が、犯人の身代わりまで買って出るという設定に多少の難がある。しかし、冒頭の何気ない隅田川沿いのホームレスの描写が最後に生きてくる構成など、綿密によく構成された作品だ。数学の4色問題などにも触れられていて、知的刺激にも富む。そして、何よりも靖子親子とそれを助ける石神の献身に感情移入してしまって、このまま事件が迷宮入りしてくれればいいと思ってしまった。

 今映画になっているという。

                                           

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書名 手紙 著者 東野圭吾 No
2008-26
発行所 文春文庫 発行年 2006年10月 読了年月日 2008−11−12 記入年月日 2008−11−17

「容疑者Xの献身」を読んで、金木さんにメールした。その返事に、本書も面白く、彼女はこちらの方がいいと言ってきた。

 犯罪を扱った小説だが、これはミステリーではない。犯罪者の肉親の苦悩を扱ったもの。

 たった一人の身内、弟、直貴を大学に入れたいために、学資を盗みに入り、そこで老婆を殺してしまった兄、剛志。裁判で15年の刑に服する。
 直貴は働きながら通信教育を受け、大学を卒業する。音楽の才能があり、友人とバンドを組む。メジャーデビューといったときに、彼が殺人犯の弟であることが知られ、レコード会社から断られる。親しくなった女性の親も、彼が強盗殺人犯の弟であることで、交際を断られる。ただ一人、工場で働いているときに知り合った由実子が直貴と壁を作らずに接してくれる。そして二人は結婚する。

 兄からは毎月近況報告を兼ね、弟宛に手紙が来る。弟は兄のことは隠して定職を得るが、兄の手紙が原因で身元がばれ、職場を変わったりする。家でも、妻と子供が近所の人々からから避けられる。
 由実子と娘が、路上でひったくりに遭い、娘は怪我をする。初めて犯罪の被害者になった直貴は、謝りに来る犯人の両親を自分には出来ないことで立派だと思う反面、彼らを許すことは出来なかった。

 直貴は、自分や家族の受けた様々な差別、苦悩を手紙に書き、こうしたことは今まで知らせなかったが、肉親のこうした苦しみを知ることもまた兄が受けるべき罰であると書き、今後いっさい縁を切る、と最後の手紙を兄に出す。その後で、被害者の仏前に手を合わせるべく、遺族を訪ねる。そこにはやはり兄から毎月、お詫びの手紙が届いていた。そして、これが最後の手紙といって一通を渡された。そこには、弟の最後の手紙を読み、自分の存在が最後まで弟を苦しめていたことを知り、震撼したとあった。「私は手紙など書くべきではなかったのです」。

316p〜324p:直貴と彼の職場の社長との話が本書の一つのポイントで、作者の主張だと感じた。犯罪者の肉親への世間の差別は当然であり、それによる肉親の苦しみまで犯罪者は自覚して、背負うべきだという。

 読み終えて、暗い気持ちになる。犯罪者の家族に過酷すぎる内容ではないか。罪を犯した人の救いはどこにもないのではないかと思った。

 最後は、直貴が兄のいる刑務所で慰安の歌を歌う。大勢の受刑者の中に、一人頭を垂れる兄の姿を舞台上から見つけた直貴は、身体の奥から熱いものが押し寄せてくるのを感じる。そして「イマジン」のイントロが繰り返される中、彼は声が出なかった。
 このシーンが兄と弟が再び絆を取り戻すことを示唆するものであると祈りたい。
 
                                      

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書名 ノラや 著者 内田百 No
2008-27
発行所 中公文庫 発行年 1980年初版、2008年改版10刷発行 読了年月日 2008−11−28 記入年月日 2008−12−03

 
10月から、NHKBSで朝8時から10分間、私の1冊、日本の100冊という番組をやっている。朝ドラの後だから、いつも見ている。各方面の著名人が影響を受けた1冊を紹介している。動物写真家の岩合光昭が取り上げたのが本書。放映のあった日にたまたま青葉台に行く用事があったので、ついでに本屋によって本書を購入した。

 番組で内容の簡単な紹介があったので、予想はしていたが、読んでみてびっくり仰天した。失踪したネコへの思い入れが尋常ではない。毎日ノラのことを思い、老年の百關謳カが涙を流して泣いているのだ。百關謳カも子供のころから身近にいたネコを特段好きであったわけではない。ノラに限ってのこの思い入れは、恐らくノラを子猫から育てたからに違いない。子猫というのはそれが一匹身近にいれば、他はもう何も要らないと思うほどのものだ。私も今の飼い猫ランを育てた経験から、百關謳カにすっかり感情移入できる。以前我が家で「おばさん」ネコが生んだムーとミーの2匹が育った過程は、私がまだ勤め人で、四六時中そばで観察していたランの場合とは違うので、ランほどは思い入れがない。百關謳カも、作家として毎日在宅の身で、ノラの成長を身近で見守ったから、これだけのネコ狂いになれたのだ。幸いランは我が家に来て5年目を迎えたが、生後6ヶ月くらいの時、不治の病の疑いをもたれた。その時の私の動揺と不安を思い出しながら、百關謳カに同化していった。

 ノラも隣家の庭で生まれた野良猫。百關謳カの所にやってきて、そのまま育てられる。雄ネコだったために1年半ほどして、姿を消す。さあ、それからが大変だ。毎日ノラの帰りを待ちわびる。ちょっとした気配に、帰ってきたかと戸を開ける。新聞広告を出す、警察に頼む、新聞にチラシを入れる、それも日本語だけではなく英語のチラシまで入れる。百關謳カが住むのは麹町で、少し離れた永田町には当時昭和30年代には、米軍のハイツがあったからだ。そして、少しでもそれらしいネコを見掛けたという電話があると、奥さんや門弟と思われる人が駆けつけ、確認する。死んで埋葬されているネコを掘り出してまで確認するという念の入れ方だ。しかし、結局は現れなかった。

「ノラや」の他、全部で14編の作品が収められている。最後の数編はノラの後に内田家にやってきた、しっぽが短い以外はノラそっくりの「クルツ」というネコを書いたもの。クルツは雄ネコであるが出奔することなく内田家で死ぬ。最後は毎朝獣医が往診して治療に当たり、百關謳カもそのために早起きするほど大事にされた。それでも、ノラへの思いのほうがずっと深い。

 文庫本で300ページ。いずれも雑誌掲載である。ネコのことでよくもこれだけ書けるものだと感心する。ノラに関しては、繰り返し同じ話が出てくる。それでいて飽きないのは私がネコ好きのせいでもあるが、百閧フ文章の独特の味のためでもある。「ノラや」を単行本にする際、読み返すのが辛いので、この作品は書き下しただけで、手入れをまったくしなかったと作者は書いている。それにしては、子猫の仕草の描写が適切で、舌を巻く。私がランの子猫時代に見た仕草の数々が、驚くほど生き生きと表現されている。

                                          

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書名 資銀行バブルの終焉 著者 倉都康行 No
2008-28
発行所 日経BP 発行年 2008年7月 読了年月日 2008−11−17 記入年月日 2008−12−03

 
山田隆一さんがメールでこんな本があると知らせてきた。折から、アメリカのサブプライムローンに端を発した金融危機が、世界に広がり、日本でも日経平均株価が一時7000円を割り込むまでの大幅に下落した。本書の副題は「サブプライム問題のメカニズム」である。

 著者は邦銀の海外関連会社やアメリカの大手銀行で実際に金融業務に携わった人。たくさんの金融用語が使われていて、理解しにくい所が多い。キーワードを拾い出せば以下のようなものか:商業銀行、投資銀行、金融工学、現在価値、交換、信用保証、証券化、デリバティブ、レバレッジ、LOB、格付け、バブル

 私なりに要約すればこうなる。
 1990年代、従来の商業銀行はこぞって投資銀行の業務を取り入ることを目指した。本書で頻出する商業銀行と投資銀行の定義、業務内容が明確でないが、前者が金を貸して利ざやを稼ぐのに対し、後者は債権・証券の引き受けの手数料とアドバイスを主たる収入源とする。商業銀行はバーゼル規制によりバランスシートに規制された融資額しか融資できないが、投資銀行にはこの規制がないので、多額の資金が動かせる。こうしたことから商業銀行も投資銀行業務へと転換を図った。そうしたことが可能になったのは、金融工学の発展があり、あらゆる証券、債権、資産を現在価値に計算する手法が開発されたためである。現在価値が算出できれば、どんなものでも交換が可能である。そして、それは色々な金融デリバティブを生みだした。現在価値の付与ということは住宅ローンまでにおよんだ。住宅ローンに現在価値を付与することで証券化され、市場での売り買いの対象となった。そしてそれを支えたのが格付けである。格付けを盲信してパッケージにされ切り売りされたサブプライムローンに潜むリスクに多くの投資家に気付かれなかった。世界中の金融機関が住宅債務保証の証券化されたものを購入した。あるいは債務保証証券から派生するデリバティブ商品を購入した。一旦住宅の値段が下落し始め、ローンの返済が滞りだすと、その証券は紙くず同然になる。アメリカでの住宅ローンの額は2兆ドル以上の巨額のものだから、気が付けば、多くの金融機関が多額の損失を蒙っていた。

216pには以下のように書いてある:
 
だが、この米国が主導してきた新自由主義的なイデオロギーに基づく投資銀行スタイルの金融は、結果的に、その「自由」を拡大解釈し、さらにその裏に付着している責任を暖味にしたが故に、大きく躓くことになった。住宅価格の上昇を前提としつつ証券化市場でのリスク・テイクを見込んで、信用力の低い借入れ人に対して無造作に住宅ローンを提供していった行為は、当局の視野の外側で急激に増加し、当局の監督外で急速にそのレバレッジ行為が進んだのである。その自由の進展過程では、誰も責任を取らなくなってしまった。住宅ローンをアレンジするモーゲージ会社は、リスクは投資銀行が引き取るものと考えた。投資銀行は、そのリスクは投資家である保険会社やへッジファンド、商業銀行などが引き取ると考えた。だが投資家は、数多くのローンがパッケージされて切り分けられた証券化商品に、個別リスクを感じることはできなかった。リスクが分解され、分散される中で、責任感は雲散霧消してしまったのである。

 著者は一時的にせよ、アメリカ流の新自由主義が停滞すると見ている。さらに、基軸通貨としてのドルの地位が揺らぎ、通貨も無極化の時代に向かうだろうと見ている。

                                           

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書名 電子の海、光の場 著者 吉田伸一 No
2008-29
発行所 新潮選書 発行年 2008年10月25日 読了年月日 2008−12−10 記入年月日 2008−12−13

『ノラや』を書店で買ったとき、ついでに目について購入した。アマゾンだけに頼っていてはこうした本とは出会えない。書店で本を購入するメリットだ。

 サブタイトルは「量子場理論への道」であって、量子論あるいは量子力学の解説でははい。しかし、当然量子力学の発展の延長として量子場理論が語られる。書き方が現在の観点からではなく、当時の科学レベルに立ち返って、その時点で何が問題であり、その解決のために誰がどう考えたかという書き方をしていて、わかりやすい。科学史としてもよく書けている。難解な理論を出来るだけわかりやすく書こうという著者の並々ならぬ努力を感じる。場の量子論など私に理解できるものではないので、シュレーディンガーの波動関数を知ったハイゼンベルグが激怒したとか、ディラックの難解な論文を読んだ当時学生だった湯川秀樹は「ディラックの論文を読むと腹が立つ」といい、朝永振一郎は「ディラックの論文を読むと悲しくなる」と言った(P129)という1行か2行付け加えられたエピソードに引かれて読み進めた。

 ニールス・ボアーの1912年の原子模型は、初めて電子の軌道を量子化したものである。彼はプランクの量子を思いつきで原子模型に持ち込んだもので、実験的根拠はなかった。しかし、その後、水素原子の輝線スペクトルがこの原子模型から導かれることが証明された。ボアーの仕事はパッチワーク的に色々な人の論理を取り入れ、一つのセオリーにまとめていくのが特徴であると著者は言う。このような科学者の人間性への言及が至る所に出てきて、興味をそそられる。

 前半のアインシュタイン、プランク、シュレーディンガーの業績あたりまではなるほどそうであったのかと理解できるような気がする。しかし、後半のハイゼンベルグ、パウリ、ディラックの仕事、さらにヤンとミルズによる量子場理論に至っては私の理解力をまったく越えている。

 著者は量子場理論がポピュラーでないのは、難解であると同時に、量子力学と違って、実際面で適用されることが少ないからだという。にもかかわらず、そこに示された世界観は、20世紀が到達した知的水準として是非触れてみて欲しいという。著者は量子場を理解する手助けとして、隣接する無限個のバネのというイメージを与えている。

164p:
量子場の考えに従うと、この世界の最も基本的な構成要素は、空間の至る所に存在する場であり、あらゆる物理現象は、場の振動が波として伝わっていく過程として表される。
222p:
量子場の理論は、「空間の中を運動する小さな粒子」という19世紀的な道具立てを必要としない。原子論では原子の存在がそもそもの前提となるが、量子場の理論では、あらゆる物理現象が場から生起する。粒子的な振舞いをする素粒子は、量子場の振動がとびとびのエネルギーを持つことに由来する。

 本書を読んでいて、私が自己流に納得したことは、E=
mc2 というアインシュタインの公式の意味。振動(エネルギー)すなわち質量である。そして質量を粒子と置き換えれば、量子論の理解が一歩進むかも知れない。

不確定線原理について 110p以下
「電子自体の位置と運動量は正確に定まっているのに、測定しようとすると対象の状態を乱してしまうので、人間はそれを知るすべがない」という解釈は間違いであると著者は言う。ハイゼンベルグ自身がこのような解釈をしていたとのこと。人間が知る知らないにかかわらず、電子の位置と運動量は不確定原理を満たしている。電子が原子核に吸収されてしまわないのはこの原理の表れである。つまり、原子核というごく狭い範囲に電子の位置を限定すると、運動量の不確定性がとてつもなく大きくなり、電子はそこには存在し得なくなる。

 私が量子力学に興味を持ち、いくつかの通俗書本を読んだのは40代の頃だ。化学を専門とする者として、その基礎にある理論に触れておこうと思った。粒子に波の性質があるという基本的な考え方はなかなかイメージしにくかったし、今でもそうだ。恐らく、日常の常識では考えられないような理論に触れることは、それが理解できないでも、知的満足、もっと言えば知的虚栄心を満足させてくれる。量子力学はそうした点で打ってつけの分野である。久しぶりに読んだ量子力学、さらにその上の量子場論もそうした読書の域を出ないものだろう。

                                            
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書名 量子力学と私 著者 朝永振一郎 No
2008-30
発行所 岩波文庫 発行年 1997年1月 読了年月日 2008−12−26 記入年月日 2009−01−01

 
日本で2番目のノーベル賞受賞者である朝永振一郎の業績は、湯川秀樹ほど知られていない。私もどういうものか知らなかった。『電子の海、光の場』の中で朝永の業績が紹介されていて、初めて知った。ディラックの式を計算していくと、色々な場合に無限大という解が得られてしまうのだが、朝永は数式に入れる数値として、理論値の代わりに実験で得られる値を用いることによる近似計算を行い、有限の解が得られ、それがまた実験結果と良く一致することを見出した。いわゆるくりこみ理論である。

 この際、朝永の書いたものを読んでみようと思って本書を入手した。対称性、量子力学と私、滞独日記(抄)、くりこみ理論、粒子・波動という5つの大きな項目の下にさらに数編ずつの著述があって、巻末の詳しい解説まで含めると、全体として400ページを越えるかなりの分量。量子力学を一般向けに書いたものがほとんどであるが、これだけの著述を残したことにまず驚く。

 三高、京大とも湯川秀樹と同級生。卒業後は理研の仁科研究室に入る。2008年のノーベル物理学賞は、南部、益川、小林の日本人3名が受賞という快挙だったが、湯川、朝永を含めこれらの人が仁科に繋がるという解説記事が、少し前の新聞に出ていた。理研という機関の大きさを改めて感じさせる。

 朝永の業績は戦前から、戦争直後になされた。戦後の47年と48年に論文数のピークがある。戦時中や敗戦直後の海外情報の入手も困難であった時代に、これだけの研究が出来たことに驚く。計算の話がよく出てくるが、紙と鉛筆と計算尺で、何日も何日も複雑な計算を行ったのだ。量子力学とは数学であるとさえ思う。

 「量子力学的世界像」の中で(p340〜)、原子、電子、陽子、光などの概念を明確に規定することは数学的な表象によらなければほとんど不可能であり、数式なしで説明することは、絵画や音楽を文字で説明するのと同じようなことであると述べている。本書はそうした努力をまとめたものだ。「光子の裁判」では、法廷の場で光を裁く形をとり、弁護人が、量子力学的立場から、二つの窓を同時に通過したという光子を弁護する。測定された瞬間に光子はどちらか一方の窓を通ったことにされるという、観測されるものと観測するものの間の量子力学的な関係が解説される。大変ユニークな解説である。それでも私の量子力学全体に対する理解は、著者が望んだレベルには達していない。

 朝永の業績の大きなものとして、「超多時間理論」というのがある。朝永のノーベル賞が報じられたとき、サトウサンペイの漫画で、職場でいつも知ったか振りに何ごとも得意になって解説するいやな男が、「超多時間理論」という言葉が新聞を大きく飾った日は欠勤したと言うのがあった。とても印象に残った漫画だったが、その理論の中身は知らなかった。40年以上もたって本書を読んで、どんな性質のものであるかを知った。量子論を相対性理論と整合させるために、ディラックは個々の電子にそれぞれ特有の時間を対応させた。朝永は、それら無数の電子の時間を一つの時間にまとめる理論を提出した。それが超多時間理論である。と言われても何のことかはさっぱりわからないが。

 巻末にノーベル賞受賞講演の英文原稿が掲載されている。皮肉なことに、この文章が簡潔で、わかりやすかった。「くりこみ」の英語として「renormalization」という単語を当てている。 

                                          

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