読書ノート 1995

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書名 著者
自伝旅行 安岡章太郎
筒井順慶 筒井康隆
旅のかたみ 下重暁子
高野聖・眉かくしの霊 泉鏡花
エロチック街道 筒井康隆
いつまでも、クリスピー 田中康夫
将棋 日本の名随筆 別巻8 団鬼六 編
あらくれ 徳田秋声
窓辺のサガン 下重暁子
栽培植物と農耕の起源 中尾佐助
文明の生態史観 梅棹忠夫
海辺の風景 安岡章太郎
精神と物質 利根川進、立花隆
機械・春は馬車に乗って 横光利一
ウィタ・セクスアリス 森鴎外
杳子・妻隠 古井由吉
接着のはなし 井本立也
眠れる美女 川端康成
多情多恨 尾崎紅葉
転落の詩集・智慧の青草 石川達三
ヘラクレイトスの火 E.シャルガフ
江戸は夢か 水谷三公
田園の憂欝 佐藤春夫
元禄御畳奉行の日記 尾張藩士の見た浮き世 神坂次郎
警視庁草紙 山田風太郎
華麗なる誘拐 西村京太郎
田紳有楽・空気頭 藤枝静夫
昭和天皇独白録 寺崎 英成/マリコ・テラサキ・ミラー
旧約聖書を知っていますか 阿刀田高
堕落論 坂口安吾
とどめの一撃 ユルスナール
嵐が丘 エミリー・ブロンテ
 フランス文学講座2 小説II  菅野昭正ほか
 マノン・レスコー  アベ・プレヴォー
 痴人の愛  谷崎潤一郎
 忍法関ヶ原  山田風太郎
 明治バベルの塔  山田風太郎
 魔群の通過ー天狗党叙事詩  山田風太郎
 国旗が垂れる  尾辻克彦
 最暗黒の東京  松原岩五郎
 無限の中の数学  志賀浩二
 檸檬  梶井基次郎
 龍の契り  服部真澄
 パラサイト・イブ  瀬名秀明


書名 自伝旅行 著者 安岡章太郎 No
1995-01
発行所 角川文庫 発行年 昭和52年 読了年月日 95ー01ー03 記入年月日 95ー01ー07

 
初めて接する安岡章太郎のもの。軍人であった父の転勤にともない市川、京城、京都、弘前、青山、代田、身延山、金沢、と子供の頃転々とした各地を訪ね歩くという、紀行文の形を取った自伝。最後は父母の実家のある高知で終わる。私が書いてみたいと思っていたたぐいの作品だ。いや、物書きならこうした自伝的要素の強い作品を一度は書いてみたくなるだろう。作者が各地で感じたものは風景の風化の早さだ。例えば昭和6、7年頃の渋谷はまだなんとか郡の村であり、デパートはなく、馬糞のにおいが残っていた(126p)。そしてこの旅行は「自分の足で自分の過去を消して行くことになった」とあとがきで著者は述べている。

 作者は高知で生まれはしたが、すぐに市川に来たので高知での生活体験はない。
「にもかかわらず、私を精神的に支配している“過去”は、やはり自分の古い血縁が代々住みついたこの家に直接むすびついている」と言っている。
 同様に、
「私の性格や気質をつくっている精神的風土としての故郷は、自分が一度も暮らしたことも、長く逗留したこともない高知というところである。」とも述べている(191p)。10歳までを七根で過ごした私にとって、その影響は決定的だといえる。

 著者は代田の家を戦災で失い戦後その土地を手放す。その場所を訪ねた著者はそこに隣人で、亡くなって久しい漫画家「小野佐世男」の表札を見いだす。それは愚行といえば愚行である。しかしそこに安岡は自分に欠けているなにかをみる。自分がどこかを転々としている間にすり減らし、落としてしまったもの、つまり家に対する執着だ。
「・・・この人たちが、家のどんなに大切なものかを、知っており、また家をいったん失っても如何にして取り返して守りつづけるか、というもっと大切なことを本能的に心得ている・・・」(153P)と述べている。 「満州からかえってきた私は、日当たりのいい洗面所でフンドシの洗濯をしながら、この温かな日光と肌触りのいい水がある限り、日本はじつに好い国なのだという気がした・・」(163p)
 
「つまり、父もまた“なけなしの資本を頭の中に詰めこんで、これを元手に食って行くより仕方のない”連中の一人だった。」(23P)これは漱石の引用である。

 昭和46年「文芸春秋」連載。


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書名 筒井順慶 著者 筒井康隆 No
1995-02
発行所 角川文庫 発行年 昭和48年 読了年月日 95ー01ー07 記入年月日 95ー01ー07

 
表題の他に「あらえっさっさ」「晋金太郎」「新宿祭」をおさめる。「筒井順慶」は、歴史小説を標榜するが、小説執筆をめぐる作家と編集者、筒井一族の子孫とのごたごた、どたばたがストーリーの中心であり、主人公は順慶の子孫と名乗る作者自身。現実世界と過去の世界が行ったり来たり絡み合い、この作者ならではの異色の小説。それでも先祖の名誉のために、いわゆる「洞ヶ峠」には山崎の合戦の当日、順慶がいなかったことを資料をもって主張し、また当時にあっての日和見を正当化している。物語の最後に作者の部屋に現れた「すごい好男子」の順慶入道の口から、日和見の肯定を作者は語らせる。

 順慶は今の日本の現状を「
『日本はその戦争を眺め、片方では同情し、戦争をやめさせろと叫び、他方では武器を作って儲けている。どっちへ大きく傾いても、日本全体にとっては具合の悪いことになる。今はちょうど均衡がとれている。全体主義国、資本主義国、どちらへも笑顔を向け、その間隙を縫ってサイケだハレンチだと卑下しながら経済は繁盛している』・・・『それを恥じる必要はちっともないんだよ。気にしなくていい。よそで戦争をやっているなら、それは人類にとってマイナスだが、せめてプラス・マイナス・ゼロにするため、今のうちにせっせと余分な金で文化を築きあげなさい。形あるものとして残さなくてもいいんだ。精神文明として残るからね』・・・『これはわたしのやったことの弁解じゃない。わたしを日和見順慶と呼びたければそう呼んでもいい。汚名を拭い去られるよりは、日本全体の日和見主義の罪障意識の犠牲になっていた方が気が楽だ。・・・・』
 そして夜明けの空に消えていく大入道に向かって「あなたの子孫は」とたずねる作者に対し「すべての日本人の贅肉だ」と答えてこの小説は終わる。

 いわれてみるとまさにその通りだ。今日の日本の文化の豊かさを思うとき、私も順慶的日和見は正しかったと思う。だが東西対立が消滅した今、日本は順慶のようなどっちつかずの態度は許されず、積極的なリーダーシップを発揮すべきだと、多くの人が主張している。一昨年来の政治の激変も背景にはそのことがあるだろう。「洞ヶ峠」の年から2年後に36才の若さで死んだ順慶がもし家康による天下の平定まで生きていたら、どういう生き方をしただろうか。
以前の「脱走と追跡のサンバ」より面白い。

 「あらえっさっさ」は芸能界を、金嬉老事件を下敷きにした「晋金太郎」はマスコミ界を、それぞれパロディ化したものだ。「新宿祭」はかつての国際反戦デーの新宿騒擾事件を下敷きにし、すっかりそうした社会的ガス抜き的騒ぎが消滅してしまった時代に、毎年新宿騒擾事件のあった10月21日に、デモ隊と機動隊が衝突のショウを新宿舞台に繰り広げるというもの。いずれもパンチの効いた作品だ。


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書名 旅のかたみ 著者 下重暁子 No
1995-03
発行所 メディアファクトリー社 発行年 94-10-10 読了年月日 95ー01ー20 記入年月日 95ー01ー21

 
日比谷図書館で見つけた下重さんの本。国内外の各地への旅の度に買い求めた思い出のみやげ品のことを綴った軽いもの。塗り物、ガラス、陶器、着物、和傘、チョゴリ、リャマの敷物等、50品ほどのものが1ページの写真と2ページの文とで紹介されている。ここに紹介された数々の品と比較すると、私が旅先で買うみやげは恥ずかしいほど貧弱だ。上述のようなものに対する作者の鑑識眼、センスは私には一生無縁のものであろう。小さいときからそうした環境に育つことが大切なのだ。筆者は軍人の家庭に育ったという。安岡章太郎といい軍人の家庭は裕福で、こうした文物に対する鑑識眼があったのだろうか。著者は生産者の職人から直接買うことも多い。そうした所に寄れるのも下重さんが名士であるからだろう。ものによっては数個を買っている。ほとんどが自分用だからその資金もさることながら、収納スペースも我々とは違うのだろう。そしていろいろなところへよく行く人だなと思った。文体、リズムとも私のリズムとよく合うと思った。三井ホームPR誌「ホーム’80」連載。

 ソウルの項に糸のように白い柳の花「柳絮」のことがでていた。かつて6月初めのデュッセルドルフの街で、降ってくる白い糸くずのようなものを見てなんだろうと不思議に思ったが、あれは柳の花だったのだ。


                            
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書名 高野聖・眉かくしの霊 著者 泉鏡花 No
1995-04
発行所 岩波文庫 発行年 1936年、92年改刷 読了年月日 95ー01ー27 記入年月日 95ー01ー29

 
泉鏡花の代表作「高野聖」は、飛騨の山中を旅した修行僧の、人里離れた山中の一軒家での不思議な一夜の体験を語った物。飛騨の山道で、一人の行商人の後を追って、未だだれも生きて戻ったことがないという深い山道に入る。蛭が上からぼたぼたと落ちてくるような深い森を抜けた僧はやっと見つけた一軒家に今宵の宿を求める。そこには中年の女と一人の白痴で不具の男とが暮らしていた。女は僧を下の谷川に導き、僧が谷川の水で体を洗うのを体を寄せて手伝ったりする。そんな女に僧の心は微妙に揺れる。谷川からあがってくると里の下男がいて、これから馬を売りに出かけるところだという。女の、体の不自由で言葉もしゃべれない白痴を優しく面倒を見る姿に、僧は心ひかれる。心尽くしの食事の後で女は白痴の男と納戸で寝て、僧に自分らの寝室を明け渡す。その夜、僧は猿や、馬、がまなどの動物が戸口の所にきて盛んに騒ぎ立てる気配を感じる。その何ともいえぬ不気味さに僧は一心に経を唱え、一夜を乗り切る。

 翌朝その家を辞した僧は女のことが忘れられず、修行を捨ててあの一軒家に戻ろうと足を止める。そこへ馬を売ってその金で生きのいい鯉を買って帰る下男に出会う。下男は女と白痴にまつわる身の上話をする。もう何年も前に医者の娘であった女は、患者であったまだ子供の白痴を連れてこの山にこもってしまったのだ。いつのまにか女は時たま迷い込み、女の色香に迷った旅人をすべて動物に換えてしまうようになった。昨日の馬も実は僧が後を追った行商だったというのだ。

 短い小説だが、濃厚な中身と強烈な印象を与える作品だ。ただ「春昼・春昼後刻」の方がぞっとする感じは強い。それは獅子舞の子供が死んだ男の霊に引かれて、同じように水死し、さらにその後を女が追うという結末の不気味さからくるものだ。明治33年の作品。この頃の日本には、昼なお暗く人が足を踏み入れられないような森があったのだ。そうした森はこのような幻想とロマンをかき立てる。私も子供の頃には森に対して大きな畏敬を抱いていたように思う。こうした深い森が周辺から失われてしまった今の時代の子供たちは、森の神秘性など感じることがあるのだろうか。巻末の吉田精一の解説が簡潔で、わかりやすい。

 「眉かくしの霊」もやはりお化けもの。こちらはちょっと登場人物の関連がわかりにくいところがある。大正13年作品。


                            
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書名 エロチック街道 著者 筒井康隆 No
1995-05
発行所 新潮文庫 発行年 昭和59年 読了年月日 95ー01ー31 記入年月日 95ー02ー04

 新橋駅の100円コーナーで買った。題にひかれたのだ。表題の他17編の中・短編が納められている。言葉遊びや奔放な想像力にあふれる作品で、作者の持ち味がよくでた作品集だと思う。「エロチック街道」はある男がある町に着て、そこから隣の町まで行くのだが、その町の人から教えられた近道として地下の洞窟に作られた温泉の流れに乗って、一人の湯女と全裸で一緒に流れて行くという物。町の雰囲気が内田百間の作品を思い出させる不気味な雰囲気を持っている。裸電球が洞窟の上には所々ぶら下がっているとはいえ、地下の温泉をどこまでも下っていくというのは、かなり恐怖を感じるはずだが、主人公はそんなそぶりは見えない。あるいは私がかつて夢に見たように、トンネルの中に潜り込むという行為の中に、母の胎内への回帰というある種のなつかしさがあるのだろうか。この作品の寓意はそうした物であろうか。

「遠い座敷」は主人公の子供が、遊びに行った山の上の方の友達の家から、山裾にある自分の家に帰るのに、その家から次々に座敷を開けて降りていくという話。家どうしが段々状の座敷でつながっているのだ。裸電球に照らされる一つ一つの座敷を通っていくうちに少年は次第に、何気ない床の間の様子や、掛け軸、欄間の彫り物などに恐怖を感じる。最初はきちんと襖を開け閉めしていたが、最後は泣き出さんばかりに次々と座敷を駆け抜け、家にたどり着く。田舎の座敷の床の間や、掛け軸、欄間に突然恐怖を感じた記憶は私にもある。

 南北戦争後、解放された黒人奴隷の一団が、日本に漂着し、収容されたある藩の地下牢でジャズを演奏しているうちに、その殿様はじめ、家臣一同を虜にし、ついには城中が彼らにあわせて太鼓や、琴、尺八、あるいは音のでるもの何でも動員して、彼らのリズムに合わせて大合奏に発展するという「ジャズ大名」。

「また何かそして別の聴くもの」、「日本地球ことば教える学部」等は一見ナンセンスなことば遊びの作品。徹底したことばの意味の解体。例えば「
また何かそして別の聴くものとかけて、銀行の窓口係りと解く。その心は、新幹線の脱線事故の如し。

                              
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書名 いつまでも、クリスピー 著者 田中康夫 No
1995-06
発行所 角川文庫 発行年 昭和62年 読了年月日 95ー02ー02 記入年月日 95ー02ー04

 
これも新橋駅の100円均一セールで買った。はじめて読む作者のもの。

 テレビの深夜のニュースキャスターを勤める26才の歌代聡子の職場での仕事ぶりと、ボーイフレンドとのつきあいを軽いタッチで描いたもの。主人公が魅力的に描かれている。作品の特徴は、ストーリーの一区切りごとに「作者自身による解説」と題する解説が載っていること。毎回ハイヤーで局から送り迎えが来る主人公は、ボッテガ・ベネタのバッグを手に、左手にはムーン・フェーズの時計をし、ゲラルディーニのキーホルダーを取り出しマンションのドアを開ける。郵便受けにはイタリアからエアカーゴで届いたファッション誌「Donna」が入っている。ピカデリーのジーンズとクリッツィア・ポイのシャツに着替え、セーラム・ライトをアルフレックスの椅子に腰掛けて吸う。イタリアのミネラルウォーター、サン・ペリグリーニョを飲む。

 私にはセーラム・ライト以外何のことかわからない。これを作者が解説してくれる。ファッションだけではない、「ヘラルドトリビューン」の解説、あるいはヒルトンホテルはアメリカではあまり人気がないといったアメリカ版「暮らしの手帳」誌のアンケート結果を紹介し、日本でなぜヒルトンホテルが人気が高いかまでを解説している。あるいは都内の有名そば屋の評価、本当の高級住宅地は田園調布や成城学園ではなく、例えば渋谷の松涛とか五反田の池田山であり、池田山には「プリンス・ヒロのママの実家がある」と書く。とにかく軽い。わずかに重いところは、南アの人種差別に対する各国の経済制裁について主人公がその効果や、実行すること自体への疑問を番組中に述べて、ディレクターと衝突するところくらい。主人公はテレビの影響力の大きさをよく知っているが、テレビでしゃべることは流されているという感じをどうしても拭い去ることができず、その埋め合わせとして、雑誌に短いエッセイを連載している。筋といってはそれだけのこと。後になってみれば時代の先端的風俗を知るよき作品になるのかもしれない。面白かったのはエッセイは原稿用紙4枚で、これは中途半端な枚数で書くのに苦労すると主人公は言っていること。こう言う主人公に対してある編集者が、決められた枚数よりオーバーした原稿を削っていくと、文章がぐっと引き締まって良くなると言っている。今のエッセイ教室とあわせて考えると面白い。私も体験的にそうだと思う。

「月刊カドカワ」86年ー87年連載。


                           
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書名 将棋 日本の名随筆 別巻8 著者 団鬼六 編 No
1995-07
発行所 作品社 発行年 91年 読了年月日 95ー02ー04 記入年月日 95ー02ー04

 
日比谷図書館。将棋に関する28編の随筆を集める。

 菊池寛、織田作之助、井伏鱒二、深田久弥、山口瞳、亀井勝一郎等将棋好きの文士は多い。坂田三吉と木村八段との南禅寺の対局のことを書いた織田作之助の「聴雨」が一番いい。この対局で、坂田は木村の7六歩の初手に対して、9四歩と突くのだ。結局は破れるのだが、作者は三吉の人間性には暖かく、そして勝負に関しては厳しい目を注いでいる。大内九段の「将棋の来た道 日本編 抄」も面白かった。この本は大内九段と二枚落ちを指してもらったとき記念に頂いたがまだ読んでいないものだ。山口瞳の「八段 二上達也」は二上八段との飛車落ち対局のことを書いたもので、この本の中では唯一将棋の棋譜と局面図が載っているものだ。ただいただけないのは、前日神経質になりすぎて食べ物から、睡眠まであまりに気を使いすぎかえって体調をめちゃめちゃに崩して(それも二日酔いと睡眠不足、下痢)対局に臨む下りが書いてあるのだが、これはプロに対し失礼だ。

 題材としては大山と升田を取り上げたものが多い。昭和の将棋界を語るにはこれしかないと言っていい存在なのだ。「67才の鉄人・大山康晴」の中に、文化功労賞受賞の祝賀会で大山は「
私の集大成を問われるときが、刻々と迫ってきております。今後とも・・・」といったとある。「私の集大成」。確かに凡人に言える言葉ではない。でも誰もが晩年になったらそう思うのではなかろうか。同じ祝賀会で内藤九段が得意ののどを披露したあと、あなたは大山が大嫌いだったのではなかったかと著者(湯川恵子)に訊かれ、そんなことはないと否定し、「・・・あれほどの人物や、何を言うても何をしても許されるんよ・・・しかしその割にはあのおじちゃん、地味やな〜ぁ」という下りがある。大山の人柄を見事に言い当てている。大山のこうした人柄が私は好きで、尊敬する。

                           
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書名 あらくれ 著者 徳田秋声 No
1995-08
発行所 新潮文庫 発行年 昭和24年 読了年月日 95ー02ー16 記入年月日 95ー02ー17

 
お島という勝ち気で、たくましく活動的な女の半生。泡鳴の「放浪」と同じように事実を淡々とつらねて行く自然主義文学の特徴的作品。文章は所々飛躍があって、物語の状況のイメージがわかないところがある。しかし、風景描写はすばらしい。時代設定がよくわからない。明治の中ごろの話かと思って読んでいたら、イルミネーションや、蓄音機、電話等が出てきて、昭和の初め頃のような気もする。

 母親から徹底して嫌われ、7才で他家へ預けられ、そこの使用人と結婚させられるが、夫がいやですぐに逃げだし、その後再婚した相手が、女を作ったりしたので別れ、最後は小野田という洋服職人と一緒になり、一かどの洋服屋を構えるといった流れ。その間に、兄に連れられ行った信州と思われる山の中で、旅館の主人に心惹かれたり、お島の男性遍歴が展開する。だがその遍歴が少しも陰湿でいやらしいものではない。それは主人公のどんな環境におかれても、どんな労働もいとわないたくましい、活動的な生き方による。小野田を初め、兄も、二番目に結婚した鶴も、旅館の主人も登場する男が皆女にだらしなく、しかも働きがいのない男ばかりなのに、お島はそれら男性を支えて朝早くから夜おそくまで働く。そのことを彼女は何とも思わないのだ。こうして後半では、小野田を助けて得意先獲得にかけずりまわり、一文なしの状態から洋服屋を構えるまで頑張る。有島武雄の「ある女」の主人公とはまた違った、当時の文学としてはおそらく珍しいタイプの働く女性で、読み進めていくうちに魅力を感じてくる。

 最初の養家の使用人との婚礼の時、披露の宴席につくまで相手の男性がだれだかわからなかったというのにも驚いた。大正から昭和の頃でもまだそんな状態だったのだろうか。主人公が働き者で、いろいろの仕事をやるので、当時の労働の中身と現代を比較し、日本の産業構造の移り変りの激しさを感じる。

「それでも・・・ブックガイド」評;大胆な移動および「心理」描写の大胆な省略によるヒロイン像がきわめて印象的。


                             
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書名 窓辺のサガン 著者 下重暁子 No
1995-09
発行所 主婦の友社 発行年 平成3年7月初版 読了年月日 95ー02ー20 記入年月日 95−02−21

 
日比谷図書館。赤いカバーのついたハードカバー。前の猫が3階のベランダから落ちて死んで、憔悴しきっているところへ迷いこんだ雌の、白と黒のぶち猫への猫馬鹿ぶりを、きれいな写真をたくさんはさんで綴ったもの。子供がないとはいえ、下重さんの猫好きは相当なものだ。迷いこんだ猫にしては毛並みがよく、立派な猫だ。前の猫もそうだが、このサガンも雑誌などによく登場するらしい。でもマンションに閉じこめられたサガンはかわいそうだ。わが家の猫の方がはるかに幸せだろう。おばさんとミーのことを私も書いてみようか。でも下重さんとは生活のレベルが違うから、誰も読んでくれないかもしれない。下重さんの優雅で恵まれた生活が自然と出てくるから、こんなたわいのない話でも人々の興味をそそるのではないか。

                             
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書名 栽培植物と農耕の起源 著者 中尾佐助 No
1995-10
発行所 岩波新書 発行年 1966年初版 読了年月日 95ー02ー25 記入年月日 95ー02ー25

 照葉樹林文化圏という概念を提唱した本として是非読みたいと思っていたが、先日やっと八重洲ブックセンターで見つけた。知的刺激に富む名著だ。栽培植物は人類の産んだ大きな文化遺産であるという基本姿勢に立ち、人類の歴史を見ていく。野生の植物がどのように栽培化されていき、農耕が起こったかは地域によって異なる。それらの差異をとらえて著者は熱帯根裁農耕文化、サバンナ農耕文化、地中海農耕文化、新大陸農耕文化、それに加えてヒマラヤの南面の中腹からシナ南部、日本の本州の南半分にわたる地域で独特の発展をとげた照葉樹林文化に分ける。著者のよって立つところは植物学だが、同時に文化人類学的見地からの考察がたくさん加えられ、読み物としても面白い。

各地域の代表的栽培植物は以下のようになる;
熱帯根栽農耕文化圏:バナナ、サトウキビ、ヤムイモ、タローイモ
サバンナ農耕文化圏:ササゲ、シコクビエ、ヒョウタン、ゴマ
地中海農耕文化圏:オームギ、コムギ、エンドウ、ビート
新大陸農耕文化圏:ジャガイモ、カボチャ、トウモロコシ、菜豆
照葉樹林文化圏:茶、絹、ウルシ、柑橘、酒、シソ

 野生植物の栽培化は気の遠くなるような長い歴史をかけて人類が達成した偉業である。その過程は推定しかできないが、読んでいてロマンすら感じる。このなかでバナナが人類の最も古い栽培植物であり、しかも根菜であるというのが一番意外だった。

 小麦と米については米は小麦よりうまいことは多くの所で認められつつあり、明日の人類の主穀は小麦であるより米であると認められつつあると述べている(139ページ)。
 アジアとアフリカの停滞は除草という労働を集約しなければならないサバンナ型農耕のため、農業の生産性が頭打ちとなり、農業生産に基盤をおくその文化も停滞せざるをえなかったとしている(112ページ)。


                            
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書名 文明の生態史観 著者 梅棹忠夫 No
1995-11
発行所 中公文庫 発行年 1974年 読了年月日 95ー03ー15 記入年月日 95ー03ー25

 
栽培植物と農耕の起源を読んで、同じ京都学派に属する著者のもう古典的ともいえるこの本も読んでみたくなった。「文明の生態史観」ほか10編の論文を収載。

 著者はアフガニスタンとインド、さらにはタイ、ビルマインドネシア、ベトナム等の調査旅行の体験をもとにして、従来とは違った歴史の見方を提出している。それは169ページから170ページに要約されているが、ヨーロッパとアジアの旧世界を次のように分けるものだ。

 この世界の東西の端にあるヨーロッパと日本を第一地帯とし両者の間には極めて高い歴史発展の類似性があるとする。残りの地帯を第二地帯とする。この地帯の特徴は大陸を右上から左下にかけて貫く大乾燥地帯の存在であって、この地帯は破壊と暴力をもたらす悪魔の巣としての歴史的役割を果たす。この地帯には四つの大きな文明地帯に分かれる。すなわち中国世界、インド世界、ロシア世界、地中海・イスラム世界である。第一地帯の特徴は高度文明社会であること。それは封建制度の存在とその後の革命により高度資本主義社会を築いたという歴史展開の共通性を有する。この見方に立てば決してアジアは一つではないし、西洋と東洋という概念もきわめて曖昧であると著者は説く。そうしてインドは東洋と言うより根では西洋とつながっており、インドから西のイスラム圏は「中洋」と呼ぶのがふさわしいとする。

 世界第二の経済大国になった今ではそう考えても違和感がないが、この論文が書かれたのは1956年で、戦後11年、新幹線もない高度成長前の時期であることに驚く。読んでみて和辻哲郎の「風土」を連想した。こちらはより実証的である。
 

                             
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書名 海辺の風景 著者 安岡章太郎 No
1995-12
発行所 新潮文庫 発行年 昭和40年 読了年月日 95ー03ー28 記入年月日 95ー04ー01

 
表題の他短編6編を納める。「海辺の光景」(カイヒンと読む)は高知の海のみえる精神病院が舞台。入院中の母の危篤の知らせを受けやってきた主人公の、母の死までの9日間が時間であるが、すでに意識のない母、精神病院の日常、看護人や医師との折衝、患者との会話等の中に、主人公の回想が随所に織り込まれ、一つの家庭の歴史を通して人生の荒涼たる風景が展開される。軍の獣医として復員してきた、生活能力のない父と母と、カリエスを病む主人公の戦後の生活の中で、段々と正気を失っていく母が回想の中で綿密に語られる。以前読んだ「自伝旅行」に共通する自伝的色彩の濃い作品。生きることの悲しみが、母のみならず、父や、主人公、あるいは入院中の患者たちを通してにじみでる。初めて読む作者の小説だが、優れた感動的な作品だと思う。

「それでも・・・・ブックガイド」評;不思議に生々しい虚しさ。正統派向き。ことに「回想」導入のツボと「結末」の描写の効果を学ぶべし。

 その結末は母が死んだ時病棟からでた主人公の目に飛び込んできたのは、潮が引いたために海の沖の方まで海面から突き出た黒い杭であった。その少し前に患者の一人が主人公に、人が死ぬのは潮が引くときだからまだ母は死なない、といった言葉が本当だったのだ。


                             
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書名 精神と物質 著者 利根川進、立花隆 No
1995-13
発行所 文芸春秋社 発行年 1990年 読了年月日 95ー03ー30 記入年月日 95ー04ー30

 
利根川がノーベル賞をとった直後に立花が利根川にインタビューしたもの。研究に対する利根川の考え方や業績そのものを知る上で結構面白かった。田中金脈を弾劾した同じ立花が堂々と利根川と渡り合って、専門的な論議を展開しているのはすごい。

 利根川が中心テーマとして、遺伝子発現の調節という、モノーらの業績に触発されたものをもっていたということが興味をひいた。抗体遺伝子の発現課程での組み替えと、体細胞変異を証明し、また初めて抗体遺伝子のDNA配列を明らかにしたノーベル賞受賞の成果も、その延長線にあるものとしている。考えてみれば、私は高校の1年後輩に当たる彼のことをまったく知らなかったのだ。ただ世間の噂として、ユニークな、日本社会とは異質な考えを持つ人、あるいはある人が云っていた「奥さんに暴行した」といった反感の方ばかりだった。
 確かに異質だ。だからノーベル賞がとれたのだ。その業績も抗体の多様性発現のみでなく、DNAの介在配列の発見とも絡んでいることを知った。

 利根川はコンセプチュアルなアイディアの大切さを強調する。つまりどんな実験をすればその問題に答えがえられるかというアイディアだ。さらに運とセンスが発見を左右すると云い、多くの科学者が間違った実験に時間をとられているという。私の半生を省みて恥ずかしい。利根川の、生殖細胞と体細胞での遺伝情報が違うことを明らかにした、マウス胎児と抗体生産ミエローママウスとのDNAとRNAのハイブリッド形成が違うはずだという実験はやはりすばらしい着想で、これが結局ノーベル賞につながった。(160ページ)。

 Rループ法による介在配列の発見は彼の第二の大発見であったがほぼ同時期に他の人に先を越されていた。

 本書の最後で立花の問いに誘い出されるように利根川は以下のように述べる:
我々の自我というものが、実はDNAのマニフェステーション(自己表現)にすぎないんだと考えることも出来るわけです」。だがそれでいて自身を唯心論者だという。「この世がここにかくあるのは、我々のブレインがそれをそういうものとして認識しているからだといことになる。・・・つまり、人間のブレインがあるから世界はここにある。そういう意味で唯心論なんです」それでは認識主体としてのブレインが一切なくなってしまった世界は存在するのかどうかとの問いに「僕らのブレインの理解力をこえているから、わからないというほかないだろうね。サイエンティストというのは、本質的に理解能力をこえたものや、実現の可能性のないと直感的に判断したことは、避けて通るクセがあるのです

 立花がうまく利根川を引き出している面白い対話集だ。


                             
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書名 機械・春は馬車に乗って 著者 横光利一 No
1995-14
発行所 新潮文庫 発行年 昭和44年 読了年月日 95ー04ー14 記入年月日 95ー04ー30

「機械」は金属看板の製作所に働く私とその主人、同僚の間の入り組んだ心理が綿密に述べられる。文庫本で30ページの作品。まず題材が特異だ。個人経営の金属処理工場が舞台で、そこの主人はこの技術で他の追従を許さないものを持っているのだが、人がよくて金を持たせれば必ず落とすという人だ。私はそんな主人にひかれる。前からいる同僚軽部は私が技術の秘密を盗みに来たのではないかと疑う。そこへもう一人の職人、屋敷が入社する。今度は私が屋敷が秘密を盗みに来たのではないかと疑う。市から依頼された大量のネームプレートを作り上げた日、主人はその代金を落としてしまう。私と軽部と屋敷は職場で酒を飲むが、屋敷は水と間違って重クロム酸塩の入った水を飲み死んでしまう。軽部が殺したとも、私が殺したともはっきりしない最後の結末はミステリアスだ。「機械」という題は、この三人の間の複雑な人間関係は見えざる機械が計ったようにいつも進めているのだとい考えに基づく。あるいは主人の奇行も長年の塩化鉄の作用で脳がやられ、これまた機械のように進行しているという考えによる。そして私の頭も塩化鉄でやられもはや自分のものではなく、私が屋敷を殺したかどうかわからないのだ。

「それでも・・・・ブックガイド」評;生真面目な「新趣向」だが、進取の気概は学びたい。

 この他著者の初期の時代から晩年にいたる九編の短編を収載。いずれもそんなに古さを感じさせないもおしろい作品だ。例えば「ナポレオンと田虫」はナポレオンのお腹に大きな田虫があり、それはナポレオンが領土を制圧するのにあわせて大きくなっていったといったストーリーで面白い。

 雨の夜、宿から逃げ出した劇団の一座が疲労と飢えから生死の境をさまよったことを書いた「時間」にはこんな記述がある:
まことに死の前の快楽ほど奥床しくも華やかで玲瓏としているものはないだろう。88ページ

 一九二五年頃のパリのサロンでの会話を内容とする「厨房日記」では、日本が地震国でありそのことが日本の文化に重層性をあたえ、全国民の知力の全体は自然を利用することのみに向けられるようになったとのべられている(153ページ)。これなど今回の神戸震災のこととあわせて考えてみると面白い。防災に完璧を求める今の論議は横光からみれば人間の思い上がりではないか。

 隣人の軍人のことを書いた「睡蓮」の一節から:
私はこんなに思うことがある----人間は生活をしているときと特に観察などをしようとせず、ぼんやりとしながらも、自然に映じて来た周囲の人の姿をそのまま信じてだれも死んでしまうものだと云うことを。そして、その方が特に眼をそばだてて観察したり分析したりしたことなどよりも、ときには正確ではなかろうかということをしばしば感じる。176ページ

 肺病病みの妻とのことを書いた「春は馬車に乗って」にはいわゆる新感覚派らしい表現としてこんなのがあった:
渚では逆巻く濃藍色の背景の上で、子供が二人湯気の立った芋を持って紙屑のように坐っていた。52ページ

                           
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書名 ウィタ・セクスアリス 著者 森鴎外 No
1995-15
発行所 岩波文庫 発行年 1950年改版 読了年月日 95ー04ー20 記入年月日 95ー04ー30

「男性性器の変化を女中の前で書生が話す」という下りがあると、本書の内容を聞いたのは高校時代のことだ。読みたいと思ったし、読みたくないとも思って今日まで来た。この間田川でテレビのチャンネルをひねっていたら、NHKの教育テレビで加藤周一が「森鴎外には性を真っ正面からあつかった作品もある」と本書のことを述べていた。それで読む気になった。

 明治42年「スバル」に発表され発禁になったという内容だが、今見ればどうということもない。本人も云っているように、哲学者の主人公は性的に淡泊なのかもしれない。ここに書かれた幼児からの体験はむしろつつまし過ぎるものだ。思春期の内心から突き上げてくる性の衝動は本書にはほとんど述べられていない。面白かったのは今の高校に相当する学校の寮での同性愛の横行。主人公の金井もその対象とされそうになってあるときは窓から逃げたりしている。またマスターベーションを行った後では頭痛がしていいものではないといったりしている。ポルノグラフィーという言葉はすでにこの頃から使われていたのにはびっくり。

 主人公は20歳の時、先輩に強引につれて行かれて初めて吉原で女を抱く。その次の朝の感情をこう述べている。「
あれが性欲の満足であったか。恋愛の成就はあんな事に到達するに過ぎないのであるか。ばかばかしいと思う。それと同時に僕は意外にも悔いというほどのものを感じない。良心の呵責というほどのものを覚えない」とし、さらに病気の心配をしている。けれども全体として「ちょうど空気の受けた波動が、空間の隔たるに従ってかすかになるように、この心理上の変動も、時間のたつに従って薄らいだ。」そして日ましにはっきりしてきたのは「なんだというと、僕はこれまでは、女に対すると、何となく尻ごみをして、いくじなく顔が赤くなったり、言葉がもつれたりしたものだ。それがこの時から直ったのである。」。そして主人公は吉原が病みつきになることはなく、その後一度だけ行くが、女と腕相撲をしただけで帰ってくる。

 鴎外四八才の時の作品。


                          
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書名 杳子・妻隠 著者 古井由吉 No
1995-16
発行所 新潮文庫 発行年 昭和54年 読了年月日 95ー05ー08 記入年月日 95ー05ー13

「杳子」(「ようこ」と読む。杳はくらいという意味)は精神に少し失調のある女子大生杳子と、大学生の語り手との恋愛を描いたもの。二人が出会ったのはある山中の谷。そこの岩の上に坐っていた杳子を山から下ってきた彼が見つける。この出だしの部分の谷の描写からしてきわめて綿密で、単に風景の描写にとどまらず、風景を見る人物の心理まで立ち入り、すでに現実と心象の区別が判然としないという特徴がでている。方向感覚を失って座り込んでいた杳子を麓まで連れていった彼は、その後街で偶然に彼女にあう。杳子は精神に時々失調を来す。特に方向感覚に狂いを来す。それを治してやろうと彼は杳子を連れて都会の公園めぐりを行う。そして二人は恋愛関係に陥る。この間の二人の行動には都会に生きる若い二人の孤独が深くにじみでている。彼は杳子との結婚を決意する。読んだ後ですがすがしさの残る恋愛小説であるが、よう子の行動や心理を通して見ると、我々が正常と考えているものがほんとにそうなのだろうかという気になる。登場人物はこの二人と杳子の姉が最後に出てくるだけ。個人の心理描写に徹していて、社会的な問題は一切出てこない。

「妻隠」(「つまごみ」と読む。漢和辞典、広辞苑ともにこの言葉は載っていなかった)は郊外のアパートに住む若い夫妻の心情を書いたもの。こちらの方は隣の建設会社の独身寮の若い住人たちや、新興宗教の勧誘に訪れる老婆なども登場する。だが二人はそれぞれ社会から一定の距離を置いたところがある。老婆は夫に嫁を世話するといい、また妻の礼子には亭主に死なれるといったりする。そんな風な雰囲気のある夫婦の間のこれまた心理のやりとりが濃密に描かれる。


「それでも・・・ブックガイド」評:克明さの極致。本格心理派向き。

                             
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書名 接着のはなし 著者 井本立也 No
1995-17
発行所 日刊工業新聞 発行年 昭和59年 読了年月日 95ー05ー12 記入年月日 95ー05ー12

 
たばこフィルターでは糊付け不良で相変わらず困っている。今年は製造部門でプロジェクトを組んで対策に乗り出すとのことで、私も私なりに勉強しようと思い借りてきた。

 ものはなぜくっつくのかというのは簡単なようでなかなか奥が深い。当然ながら表面科学や高分子化学、物性論とかかわってくる。このあたりの話はおもしろい。例えば純金の表面に溶融させてくっつけたポリエチレンの表面はエポキシ樹脂で見事にくっつく。これはこの面で固化したポリエチレン分子が配向していて、オリゴマーがないからである。オリゴマーがあると凝集力が小さくなり破断しやすくなる(89ページ)といった話だ。最後の方の表面張力から接着を論じたところは数式がたくさん出てきて煩わしかったが全体としてわかりやすく書いてある。接着の理論としてアンカー説、吸着説、拡散説、電気説、酸塩基説などの諸説があり、色々な国の研究者がそれぞれの主張をぶつけあっている。著者はファンデルワールス力を主体とする吸着説を取っている。すぐにフィルターの糊付け不良に役立つものではないが、この分野が予想以上におもしろい分野であることはわかった。


                            
 日比谷図書館。

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書名 眠れる美女 著者 川端康成 No
1995-18
発行所 新潮文庫 発行年 平成3年改版 読了年月日 95ー05ー23 記入年月日 95ー05ー27

 
色々の女性経験もある67才の江口老人は、友人の紹介で海辺のある娼家に行った。この秘密の娼家の客は老人ばかりで、客は一晩、特別の睡眠薬を飲まされ、ぐっすりと眠らされた若い女と添い寝することになっているのだ。そして過ぎ去った若き日々を思い出しながら安らかな気分の一夜を過ごす。男性としての能力をまだ失っていない67才の江口は、肉体的関係を持つことなく一晩を過ごすことに不満を感じ娘の身体を色々愛玩するが、眠らされた娘は決して目を覚まさない。こうして一夜は明ける。江口は何回かこの家に通う。その度に違う女が眠らされている。江口はそれぞれの女に触発され、自分をめぐる女達を思い出す。それは自分の娘であったり、行きずりに関係した神戸の女であったりする。江口は娘をいじり回すが、結局は自身も睡眠薬を飲んで全裸の若い娘のそばで寝てしまう。しばらくしたときある老人がこの娼家で死んで、密かに別の旅館に連れ出され、そこで急死したことにされたことを知る。4回目に来たときは女は2人だった。二人の間に挟まれて江口は自分の最初の女は誰であったかと考えてみる。それは母であったとひらめく。そしてその夜のうちに色の黒いやせた方の娘は、呼吸を乱して死んでしまう。娼家の女主人はてきぱきとその死体を運び出し、江口に余計な気を使わずもう一人の女と寝るように言いつける。といった筋。

 何とも切なく、老いを身につまされる作品だ。「雪国」や「伊豆の踊り子」など今まで読んだ川端の作品の中では最も共感が持てる。この家にやってくる老人達の心境にはまだ間がありそうだが。この家の客達の心境を主人公は以下のように思いやっている:
 ・・・
ひそかにおとずれる老人どもには、ただ過ぎ去った若さをさびしく悔いるばかりではなく、生涯におかした悪を忘れるための者もあるのではないかと思われた。・・・眠らされている若い女の素肌にふれて横たわる時、胸の底から突きあがって来るのは、近づく死の恐怖、失った青春の哀絶ばかりではないかもしれぬ。おのれがおかして来た背徳の悔恨、成功者にありがちな家庭の不幸もあるかもしれぬ。・・・はだかの美女にひしと抱きついて、冷たい涙を流し、よよと泣きくずれ、わめいたところで、娘は知りもしないし、決して目ざめはしないのである。老人どもは羞恥を感じることもなく、自尊心を傷つけられることもない。まったく自由に悔い、自由にかなしめる。してみれば「眠れる美女」は仏のようなものではないか。そして生き身である。娘の若いはだやにおいは、そういうあわれな老人どもをゆるしなぐさめるようなのであろう。(74ページから75ページ)

 また老人の最初の夜の感慨にこんなのがある:
娘の乳房の形は美しいようである。しかし老人は人間の女の乳房の形だけがあらゆる動物のうちで、長い歴史を経るうちに、なぜ美しい形になって来たのだろうかと、あらぬことを考えたりした。女の乳房を美しくして来たことは、人間の歴史のかがやかしい栄光ではないだろうか。(26ページ)

「それでも・・・ブックガイド」評:エロじじいの少女愛玩。

 巻末の解説は三島由紀夫。この作品を徒然草以来の半端もの愛好趣味の陰で軽視されてきた「
形式的完成美を保ちつつ、熟れすぎた果実の腐臭に似た芳香を放つデカダンス文学の逸品である」としている。昭和35年ー36年「新潮」連載

 本書には女から右腕を借りてきて、それを愛撫し、ついには自分の右手と付け替えてしまうという男の話「片腕」と、若い文学志望の二人の女の寝ているところに忍び込み、はずみで二人を殺してしまった男の話を主として裁判記録から綴った「散りぬるを」の二編を収載。いずれもデカダンのにおい濃い作品。川端にこのような作品群があることは初めて知った。いずれも面白い。高校の教科書では「雪国」までは取り上げられても「眠れる美女」はとても無理だ。もっとも作品が出来たのは私が大学を卒業する年だから、私の高校時代の教科書には取り上げられていないのは当然だ。


                            
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書名 多情多恨 著者 尾崎紅葉 No
1995-19
発行所 岩波書店 発行年 1993年 読了年月日 95ー06ー03 記入年月日 95ー06ー03

 
紅葉全集第六巻収載

 気位が高く、傲慢なところさえあると思っている私の明治の男性に対するイメージを頭から壊してしまう、妻に死なれて悲嘆の涙に暮れてばかりいる男の物語。

 学校の教師をしている鷲見柳之助は、三年連れ添った妻のお類にちょっとした病気で死なれてしまう。それからというもの何につけても亡き妻のことが思い出されて、涙に暮れ、なにごとも手につかない。実際彼のポケットには涙でくしゃくしゃになったハンケチが何枚も入っている。唯一無二の親友の葉山はいろいろと親身になって慰める。柳之助は葉山の妻のお種が嫌いで葉山の家に行っても顔を合わせたくない。お類の母は類の妹のお島を柳之助の後妻に入れようとするのだが、柳之助はそんな気はまったくなく、家に来てかいがいしく世話をするお島を追い出してしまう。

 葉山は柳之助に自宅に来るように申し出て、柳之助はその二階にやっかいになる。少しも打ち解けるところがなく、嫌いであったお種に柳之助はいつのまにか好意を感じるようになる。そして園遊会に出かけるために装ったお種を美しいと思う。葉山が関西方面へ長期出張中、彼は二階に寝に上がるまでの宵の間を下の茶の間でお種のそばで過ごすようになる。ある雨の夜、亡き妻、類を思ってあまりの寂しさに寝付かれず、胸の苦しさに夜中に種の寝所に入って行く。起き出した種は彼を慰め、彼は二階に帰る。次の夜もやはり寝付かれなかった彼は同じように種の部屋に行く。そこでは舅が種のそばで寝もやらずに番をしていたのだ。結局柳之助は葉山の家を出て近くに下宿するのだが、日を明けずに葉山の家には通ってくるというところで物語は終わる。

 読んでいてまるで漫画だなと口に出したところが何回もある。全体が滑稽なほどの男の純情を描いている。本当にあの明治の男はこんなに女々しかったのだろうか。物語の展開はきわめてスムーズで無理がない。当時の挿し絵が入っていてこれがまたイメージをかき立てる。全集ならではの味。x光線という言葉がすでに出てきてびっくりした(250ページ)。1896年(明治29年)読売新聞連載。

 巻末の解説で丸谷才一は
「日本の男がスサノヲノミコト以来、高度成長経済までの長い期間、じつによく泣いた・・」と述べている。そして紅葉のこの傑作長編は「源氏物語」に由来することは間違いないと指摘している。

「それでも・・・ブックガイド」評:完成された言文一致体小説の嚆矢。日清戦争直後の何かと気忙しい当時、これだけ退屈なものを書いてしまう点が凄い。

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書名 転落の詩集・智慧の青草 著者 石川達三 No
1995-20
発行所 新潮文庫 発行年 昭和24年 読了年月日 95ー06ー12 記入年月日 95ー06ー23

 
「転落の詩集」は、男に捨てられスリに身を落とした乳飲み子を抱えた女と、その女の取り調べに当たった若い刑事の物語。刑事は女を何とか立ち直らせようとして就職の世話をしたり個人的に面倒を見る。ついには女を自分の下宿に泊めたりする。いつしか女は刑事に恋をする。刑事はそんな女の気持ちを受け入れられない。そして女は窃盗の犯を重ね、刑事宛の手紙と詩を書いて自殺を図るが、未遂に終わり、刑に服するという話。昭和一四作。

 「知慧の青草」は大学卒業を目前に控えた五人の男子学生と、その中の一人、白井の妹恭子の六人の青春物語。五人は社会に出る不安を抱えながらも、大島へ行ったり、上越にスキーに行ったりして、最後の学生生活をエンジョイする。作品は昭和一四年のものだが、このあたりの風俗は私の学生時代と大差ない。恭子は女としての自立意識に目覚めた女である。病弱な高杉は恭子への思いを抱いたまま自殺する。スキーにいった先の宿で、竹内と恭子の間になんらかの肉体関係が生じ、そのことを悩んだ、竹内が一人で吹雪の夜のスキー場にさまよい出ていくといった話が展開する。

 石川達三は今ではほとんど忘れられてしまった感のある作家だが、若い頃の私はいわゆる社会派作家として好きな作家であった。「人間の壁」や「四八才の抵抗」は新聞連載を拾い読みしたし、三〇代には政界の汚職をテーマにした「金環蝕」などを読んだ。久しぶりに読んで、相変わらずわかりやすい作品だと思った。いわゆる純文学とは違うのだろう、「それでも・・・・ブックガイド」には一切出てこなかった作家の一人だ。ここに描かれた青春像には、今の時代にも通用する新鮮なものがある。この作家は題の付け方がうまいというのは定評であるが、「転落の詩集」という言い方は一時はやったような記憶がある。


                           
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書名 ヘラクレイトスの火 著者 E.シャルガフ、村上陽一郎訳 No
1995-21
発行所 岩波同時代ライブラリー 発行年 1990年 読了年月日 95ー06ー13 記入年月日 95ー06ー17

 
生物種は違っても核酸塩基の中のプリン塩基とピリミジン塩基のモル比は等しいことを明らかにし、DNAの二重ラセン構造を導く基礎となるデータを提供した科学者ではあるが、いわゆる分子生物学を認めない異端者としてその名を聞いていたシャガフの回想記の形を取った現代文明、特に現代科学に対する痛烈な批判の書である。副題は「自然科学者の回想的文明批判」。

 シャルガフは自己を「
科学者としての私の最大の欠点・・・そして、私が成功者とならなかった理由の一つ・・・は、私がことを単純化しきれない人間であるということにあるのではないか。」(146ー147P)と分析している。この場合成功者でないというのはノーベル賞をとれなかったというレベルのことをいう。その代わりに著者の身に付いたと思われる博学というか、西欧的教養の深さが本書の特徴であり、私の知らない西洋の古典や文学からのふんだんな引用が随所にちりばめられている。それがかえって本書をワトソンやクリックのものに比べて読みにくいものにしている。それは物事を一つの立場から単純化できず、色々なものに興味を感じる著者の本質からきたものであろう。だから当然現代科学のありかたに対しても、特に職業科学者という階層のあり方に痛烈な批判を展開する。

職業としての科学と、人間精神の働きのなかの一部として表出される科学とを区別しなければなりません」という(268P)。

科学とは、自然の中の探索可能な部分についての真実を学ぼうとする試みである」と彼は云っている。それゆえ「神の存在や非存在を決定したり、霊魂の重さを量ったりすることは、科学の仕事ではありません」といっている(264P)。

昔、私は信じていた。人間の運命は、自分自身の心からくるものだと。そして私はやがて学んだ。その心なるものは、自分のDNAによって自身に組み込まれているのではない、ということを。」(129p)

 著者の主張は、分子生物学のその後のはなばなしい発展と、その可能性を考えるとき、かなり異端であり、私はこうした見方はとらない。それはノーベル賞にもれたことに対する反発から来ているのかも知れない。またその古きよき時代の科学者観、科学観にも賛同しかねる。ただ、物事を単純化できないというシャルガフの性向には私自身共感を覚えるところがある。


                            
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書名 江戸は夢か 著者 水谷三公 No
1995-22
発行所 ちくまライブラリー 発行年 1992年10月 読了年月日 95ー06ー22 記入年月日 95ー06ー23

江戸は極楽である、しかし失われる運命にあった極楽である。
こう言ったのはほかでもない、『門閥は親の敵』と、江戸体制を切って捨てたので知られる福沢諭吉でした。
」で、始まる本書は、豊富な例を引き、特に同時代のイギリスと比較することにより、江戸時代が、決して暗い惨めなものではなかったことを強調する。「江戸は夢か」という題は、その時代は昔見た夢のようになりはててしまっているが、そうではなくて我々は今でも江戸の遺産をたくさん引き継いでいるという意味であると書き出し部分はとれるように書いてある。 

 まず、イギリスの貴族の支配は土地の所有に基づくものであるが、江戸の武士の支配は帰属による支配であり、その点から見れば江戸時代は封建制の解体が進んでいた。イギリスの貴族と違って武士は「民間」には不在であった。そして支配者と被支配者の距離も大きくはなかった。支配される側の民度も、その識字率の国際比較からみて世界の先進地域に遜色ないものであったとしている。

 近代国家の条件を近代的戦争遂行能力の有無とすれば、江戸武士は戦闘集団としておよそ惨めな状態にあった。江戸は近代国家の資格に欠ける近代社会であったと著者は言う(145ページ)。また百姓一揆に対する幕府の処置はイギリスなどに比べて寛大であり、そうした寛大さが一揆多発の背景にあることも指摘し、多発する一揆が必ずしも支配階級の圧政が一段と増し、あるいは被支配側の困窮が深まったからだとは必ずしもいえないと云い、歴史資料を一面的に見ることを戒めている。一揆は春闘的なものではなかったかと著者は言う(190ページ)。

 本書ではいわゆるマルクス主義的進歩史観に対する皮肉や批判が至る所に散りばめられているが、最後もそうした批判を述べたあとで「
ことのついでに、江戸武士の腑抜けた支配もまんざらでもなかった、そう思い直してみてはどうでしょうか。無論、江戸は極楽ではありません。それにしても、様々な『正義』と『法則』を掲げて、全体主義の賛美と追従に走ったマス・インテリを知る私達二〇世紀人には、時として夢のように懐かしく思い起こされる世界ではありました。」で結んでいる(199ページ)。江戸は我々が夢として賛美するに値する時代と云うわけだ。

 私が高校で学んだ日本史とはまったく違った江戸時代の解釈だ。私の心中にここ10年近く芽生えた江戸へのノスタルジーに訴える。それはあの七根の夢のような、至福に満ちた幼年から少年にかけての私の体験と深く結びつく。時がきわめてゆっくりと流れ、公害も、資源枯渇の心配いらない自足の桃源郷世界といったら言い過ぎだろうが、七根の時代とともに、私にとっては江戸時代は夢のように思える。

 私自身も近ごろとみに江戸時代は夢のような極楽の時代ではなかったかと思う。芭蕉や蕪村の俳句を育んだというだけで、その社会がきわめて成熟した水準の高いものであり、そのことは当然人々の日々の生活も豊かであったことの証明だと思う。そして鎖国を貫きながら、自足の経済でたくさんの餓死者を出すこともなく、三〇〇〇万の人口を養った経済力。しかもそれは自然を破壊することなく、自然のなかに取り込まれた見事なシステムであった。蒸気機関車を生み出し、産業革命を起こし、その延長で資源を枯渇させ、自然環境をつぎつぎに破壊して行く今の世界の在り方に対する、アンチテーゼとしても江戸は夢の世界なのだ。
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書名 田園の憂欝 著者 佐藤春夫 No
1995-23
発行所 筑摩書房 発行年 昭和44年 読了年月日 95ー05ー30 記入年月日 95ー07ー01

 
40年振りの再読。もうすっかり内容は忘れていた。もっともストーリーといってないく、情景描写と心情の描写を特徴とする作品だから無理もない。読んでみて風物描写の美しさはすばらしいと思う。それ以上に興味があったのは作品の舞台の市が尾の鉄町の当時の情景だ。鉄町というから今の桐蔭学院のあるあたりだが、このあたりは今でも田園の面影を色濃く残している。大正七年のこの作品に美しく描写された草深き鉄町からは、遠くに夜汽車の汽笛が聞こえる。そしてその鉄道のN駅まで二里とある(19ページ)のは中山であろう。地理的には小田急の柿尾の方がはるかに近いが、80年前には小田急はまだなかったのだろうか。村の人々は米を作り、雨の降り続く日は雨戸を閉め切って一日寝ていて、食事を節約する。もちろん電灯はない。農家では機織りも行う。そして主人公の移り住んだ家からはるか正面にはなだらかな丘があり、その斜面では植林用の苗を植えている。

 二匹の犬と女とこの地にやってきた小説家と思われる若い主人公は、鬱蒼と木々の生い茂った庭の一隅に薔薇を見つける。日が当たらず、病んだ薔薇のために周りの木々の枝を落として日当たりをよくする。そうするうちに秋の長雨にシーズンとなり、主人公の心も沈み、ついには幻覚や幻聴に悩まされるようになる。そして自分の無意識は都会に帰りたいという妻の意識に支配されているのではないかと思うようになる。やがて庭の薔薇は花をつける。ある朝主人公は妻にその中の花を一つ採ってくるように言いつける。妻は全部の花を切って持ってくる。彼は妻をなじるが、やがて「おお薔薇、汝病めり」という言葉を何回も何回も繰り返すというところで作品は終わる。

 例えばセミの脱皮の描写(12ページ)や、夜ランプの灯をめがけてやってくる虫の描写など、すばらしい。そこには当然主人公の心情が深く絡んでいる。

 全体から倦怠感と頽廃のにおいが立ち上る。しかしそれは快い倦怠感であり、頽廃である。憂鬱とはしょせんこの程度の、生き死に関わることもない、贅沢な感情なのだとあらためて思った。また繊細で、病的な主人公の感覚には、ある種のリアリティと新鮮さがある。そしてこの小説全体は青春の書である。「田園の憂欝」という題からしていかにもロマンティックだ。そのうえこの作品の副題は「病める薔薇」である。40年前にこの小説を読んだきっかけは同じ作家の「望郷五月歌」であるのは間違いないが、この題、特に副題の持つロマンティックな響きにひかれてであったこともまた間違いない。

 40年後の再会というかなり期待した今回の再読であったが、それほどのこともなかった。特にストーリーがあるわけでなく、風物と心理の描写を特徴とする小説であってみれば、その中身など覚えているわけがなく、その上当時の読後感が具体的でなく、観念的なものであって、今回の読後感とつき合わせようにないこともその一因だ。高校時代の余り親しくもなかったクラスメートと40年振りに会ってもこんな感じがするだろう。

19ページ上段:富士、夕焼け
 39ページ:無意識のこと

 大正7年作
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書名 元禄御畳奉行の日記 尾張藩士の見た浮き世 著者 神坂次郎 No
1995-24
発行所 中公新書 発行年 昭和59年9月 読了年月日 95−07−07 記入年月日 95−07−07

 
尾張藩の百石どりの下級武士、朝日文左衛門の元禄から享保にわたる三十四年間の日記。大の酒好き、芝居好きの文左衛門はまたなんにでも興味を持ち、しかも偏執狂的な書き魔で、四十五才で死ぬまでに膨大な日記を残した。この日記からは元禄の世相が生き生きと読み取れる。武士の生活ぶり、主人公の酒飲みぶり、芝居(人形浄瑠璃)見物、色々な犯罪、さまざまな男女関係のもつれ、藩主生母の淫乱ぶり、農民や町人の貧窮ぶりなど多彩で、絢爛といっていいほどである。

 日記から感じられることは、一言で言えば、この時代は、雑然とした活気に満ちた時代だったということだ。元禄も末になると、バブルが弾けたように不況、不作に見舞われ、貧窮した人々が何人も自ら死んでいったことも描かれているが、そうした中にも、毎日のように大酒をのみ、二日酔いに苦しむ生活を続け、上方への公務出張は、御用商人が毎晩酒と女の招待で、豪遊をする。屋敷敷地は250坪前後。今の私の家の4軒分だ。しかも勤務たるや一月に三回お城に出ればいいという今のサラリーマンには考えられないような楽な物だ。そして刀を盗まれたり忘れたりする何ともしまらない当時の武士の話がいくつも出てくる。やはり太平の世の中だ。

 本人も含めて多くの同僚が本妻と妾の間で悩んだり、色々な罪人の処刑を見にいったり。江戸時代の刑罰は今から見るとずいぶん厳しかったと思う。盗みや詐欺、横領で死罪になったりしている。忠臣蔵については討ち入り当時は人々あまり関心を示さなかったとある。当時流行りだした心中の数々も述べられている。

 名古屋城に秘せられていたこの日記は250年余り後の戦後になって公開された。何のために書いたのだろうか。大酒飲みの下級武士と日記という取り合せは何だかそぐわない感じだ。どの日記でもそうだが、書き手はどこかでいつか読まれることを意識して書く。文左衛門も例外ではない。上方出張で悪所に行く下りなどは当字を使ってぼやかしているところなどまさにその典型だ。

 山田社長が面白い本だと云っていたので日比谷図書館で目についたもの。
 

                            
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書名 警視庁草紙 著者 山田風太郎 No
1995-25
発行所 河出文庫 発行年 94年3月 読了年月日 05ー07ー22 記入年月日 95ー07ー22

 
明治6年10月、征韓論に破れた西郷がひそかに東京を去るところに、たまたま警視庁の川路大警視、加治木警部、油杖巡査らが出会うところから、この文庫本で上下合わせて900ページ以上の物語は始まる。

 創生期の警視庁に対抗するのは、江戸「最後の」南町奉行で今は数寄屋橋の3畳3間の庵に住む駒井相模守、その部下の元同心千羽兵四郎、元岡っ引きの冷や酒かんぱちの面々。時は西南戦争の少し前。明治政府はまだその権力を確立してはいない。旧幕臣らはいぜんとして新政府に反感を持っている。だが旧幕臣の中には警官として新政府に職を得ている者も多い。仙台藩出身の油杖巡査、同僚の藤田巡査は新選組の副組長だったり、今井巡査は見回り組で坂本龍馬を切った犯人ではないかといわれる人物だったりする。そんななかで色々な事件がおきる。川路以下警視庁は死力を尽くし治安と国家安全のために尽くす。その事件とは、岩倉具視の襲撃事件だったり、井上馨の汚職事件に絡まる殺人事件だったり、政府が一時的に施行した売春禁止法で捕まった多数の娼婦を(そのほとんどは没落した士族の娘)牢から逃がす話、維新の混乱が元になった旧藩内の遺恨事件だったり、伝馬町獄長による殺人事件だったり、あるいは会津藩士による政府転覆の反乱事件だったり(綱淵謙錠の短編に同じ題材のものがある)、毒婦高橋お伝の事件だったり。いずれも幕末から維新への大変革が色濃く影響している事件だ。これらの事件に兵四郎らは旧幕臣に味方する立場から関わり合い、ことごとく警視庁の邪魔をする。いつのまにか兵四郎はそれが生き甲斐となって行く。

 登場するのが凄いのだ。西郷、井上、黒田、大久保ら明治維新の立役者はもちろん、山岡鉄舟、清水の次郎長、大政、小政といった幕府側の人間はもとより、三遊亭円朝、河竹黙阿弥、漱石、一葉、鴎外、露伴、乃木希典、それに東条英機、板垣征四郎や小山内薫の父など当時活躍した人や、まだ子供であった実在の人々が随所に登場して、虚実なえ混ぜになって物語は進行する。その中に明治初年の風物、特に東京の風物がいきいきと描かれている。新橋横浜間の汽車、煉瓦づくりに一新されたガス灯が点った銀座(物語の舞台としても重要な役割を持っている)、伝馬町から市ヶ谷に移った監獄の様子、初の軽気球の実験等。

 最後は警官2人を殺してしまった兵四郎が、明治10年2月、川路に警視庁抜刀隊の一員に組み入れられ、西南戦争に出陣して行くのを隅のご隠居こと駒井(この人物はこの作品の中で最も魅力的である)と、兵四郎の恋女房のお蝶、かん八が銀座四丁目の角で見送るところで終わる。川路は兵四郎を裁くことをせず、自分の部下に取り込むことで駒井に自身の勝利を誇示するのだ。だが、川路の選んだ道を突き進んだ日本は結局はそれから70数年後には破綻すると作者は述べている。一気に読んだ。幕末史以上に明治の一桁の時代の歴史は波乱に富んでいて面白いことを再認識した。

 20近くのエピソードからなるこの物語はそれぞれが経時的に並べられていて、お互いに関連しあうのだが、あまりにも多数の登場人物がでてきて、しかもたくさんの事件が起こるので、一気に読んだにもかかわらず前の事件や登場人物のことが思い出せないことが再三あった。年齢のせいだろうか。
 初めて本格的に読んだ山田風太郎の作品だ。筆者は大変なインテリだ。その歴史に関する詳細な知識には舌を巻く。

「それでも・・・ブックガイド」評:西南戦争を背景とした、新旧捕り方のドジ合戦。虚美絢い交ぜの呼吸、精密にして滑稽。
 また同書の別の部分では次のようにいっている;
山田風太郎の考証は綿密で、彼の「虚実皮膜」の見事さは、「実」が正確であればあるほど「虚」が生きるというバランスにある。歴史小説を書きたいのなら、この二人(もう一人はフローベル)をまず熟読すべきですね。(205ページ)

 昭和48年から49年にかけて「オール読み物」連載。


                           
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書名 華麗なる誘拐 著者 西村京太郎 No
1995-26
発行所 講談社文庫 発行年 95年3月15日 読了年月日 95ー07ー25 記入年月日 95ー07ー25

 
オウム真理教のサリン無差別殺人を予言したような小説。今月田川にいった際、飛行機のなかででも読んだらといって山田社長が私にくれた。

 IQ140以上の天才といわれ、ある大学で英才教育を受けた一団が、1億2000万人の日本国民を誘拐したと宣言し、5000億円もの金を政府にゆする。彼らは最初新宿の喫茶店でコーヒーポットに青酸カリを入れ、まったく無関係な若いカップルを殺す。そして国民全体を誘拐したと首相官邸に電話するのだ。まに受けない政府を信じさせるために、さらに札幌で一人の若者を無差別殺人の犠牲にし、ついには、福岡発の全日空機を爆破してしまう。それでも要求に応じない政府に愛想をつかし、マスコミを通して、彼らの指定する安全ワッペンを身につければ身の安全は保障するという。ただしワッペンは1つ5000円だ。いくら警察官や自衛隊を動員しても1億2000万の国民一人一人を守ることは不可能だ。ワッペンは飛ぶように売れ、1500億円もの金がワッペン製造の老夫婦の口座に入る。きわめて巧妙にして卑劣な犯罪だ。この黒幕は弁護士。警視庁に協力して彼ら一味を追い詰めるのは、混血の私立探偵左文字とその妻。英才教育を受けた人々のリストから彼は一味を割り出すが、証拠がないのでどうすることも出来ない。彼らの犯罪は完璧であるように思える。だが、ワッペンを付ける人がふえればふえるほど彼らは落し穴にはまっていたのだ。つまりワッペンを付けた人が殺された場合、それは彼らブルーライオンズの仕業ではないことを証明しなければならないはめになったからだ。

 一味には生体実験を行なったこともある医師もいて、自白剤まで使うとこなどまさにオウム事件の先取り。オウム事件のように別件逮捕で犯人を捕まえなくても左文字の考えたおとりで彼らは一斉に捕まる。


                           
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書名 田紳有楽・空気頭 著者 藤枝静夫 No
1995-27
発行所 講談社文芸文庫 発行年 1990年 読了年月日 95ー08ー02 記入年月日 95ー08ー05

 
面白い小説だ。「田紳(田舎紳士という意味)有楽」は、菩薩の生まれ変わりという偽の骨董屋が、庭の池に茶碗や、ぐい呑み、丼鉢などの陶器を沈めておく。底の泥のなかで数年のうちにいかにも古物らしい風格が出てくることを期待するのだ。小説ではこの茶碗や丼鉢は人間に変身できる能力を有しており、またぐい呑みは池の出眼金と和金の合いの子のC子に恋をし、子供まで産ませる。彼ら無生物がそれぞれ「私」という言葉で、その心情や、あるいは丼鉢のような蒙古からヒマラヤ山中を旅してきた自分の素性を語ったり、さらに今は諏訪の山中の池に大蛇となって住むかつての主人を絞め殺し第4代の阿闇梨に成り代わったり、あるは茶碗のように主人に骨董商売の教授までしたりする。主人は56億年後の弥勒菩薩による救済まで生き延びようと思うのだが、誰かがそのころは地球は太陽に呑み込まれていてやがては太陽もブラックホールになってしまうときかせる。そして最後は骨董屋の主人の一室で茶碗、丼鉢、それに主人の先輩に当たる妙見菩薩らが集まり鉦や骨笛を鳴らしどんちゃん、ぴーひゃら大騒ぎをする。楽しい小説だ。

「空気頭」も変わった小説。前半は結核を病む妻との生活を綴ったもの。後半は自分の頭に巣くうウイルスの発作で、上盲症と性欲の異常高進に悩まされる主人公の奇怪な話。性欲の相手として何人かの女を相手にするのだが、B子の性の激しさにはついてゆけない。そこで漢方の強壮剤を自ら作る研究をするのだ。それは主人公が大学の医局で扱った糞尿を原料にするもの。そしてついに糞尿のなかに竹筒を沈め、その中に浸出してくる液体という強壮剤を得ることに成功する。この漢方薬のおかげで再びB子の相手をするようになるが、やがてB子の身体から糞臭が漂うようになる。彼は妻の病気の気胸療法にならって頭への空気注入法を考案し、これにより脳下垂体の近くに巣くうウイルスの活動を抑えることに成功する。ある時B子のいるキャバレーで彼は天井に浮き上がるという体験をする:

 私は、自分の頭蓋が空っぽになっていることを自覚しました。全視野が健康に解きはなたれ、遥かの下界のフロアの隅を這いまわるゴキブリの姿まで、私はくっきりと網膜にとらえることができました。
「ああ」
と私は思いました。満足と喜びの情が潮のように私の胸を浸しはじめました。私は、自分の精神が今、空白であると同時に残る隈なく充足していることを感じました。自分がB子からも、糞尿からも、すべてのこれまでの煩わしい苦悩から、まったく解放されているのを信ずることができました。
(246ページ)

 二つの作品に日本文学の豊穣にまたしても触れられた幸福を感じる。

「空気頭」に対する「それでも・・・ブックガイド」評:渋くて新鮮でかなり変な小説。「私小説」もここまで変になった。

本書から
金魚の描写 23ページ
戦時の心境 196ページ
玉音放送  197ページ


                           
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書名 昭和天皇独白録 著者 寺崎 英成/マリコ・テラサキ・ミラー No
1995-28
発行所 文春文庫 発行年 95年7月10日 読了年月日 95−08−09 記入年月日 95−08−09

 
昭和21年春に側近に語り、その記録を外交官であった寺崎氏がまとめたもの。
 東京裁判での追訴を逃れるための言い訳的な色彩が濃いというのが読後の印象。


                           
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書名 旧約聖書を知っていますか 著者 阿刀田高 No
1995-29
発行所 新潮文庫 発行年 平成6年 読了年月日 95ー08ー25 記入年月日 95ー09ー16

 
実存主義に対する明快な説明(188Pから190Pにて)がある。実存主義とは人間はその本質を、自ら選び、決定することができると言う考え方だという。サルトルによればそもそも人間は何者でもなく、何者であるかは人間によって決定されていくという。そしてそれはすべて存在するものにはまず本質があり、定義がありしかる後に存在する、そして人間もその例外ではないと言う、旧約聖書を貫く考え方の本質に鋭く対立するものであると説かれている。

 英雄アブラハムから始まり12章で構成される、きわめてわかりやすくなじみやすい旧約聖書のダイジェストである。そこに展開するのは我々からは想像を絶する血生臭い歴史、残虐性、唯一絶対神にたいする暴力的な信仰の厳しさ、歴史認識の彼我の差(邪馬台国のありかさえわからない、つまり歴史を残すことを考えなかった我々の祖先)である。こういうものが西洋のバックボーンであるとするなら、しょせんは我々との溝は越えがたいほど深いと感じる。

 例えば私でも知っているのはカインによる弟アベル殺し。私には人類はじめての殺人がよりもよりもよって兄弟の間で起こらなければならないことに、きわめて大きな疑問と嫌悪を感じる。そうしたエピソードがわざわざ語り継がれたことの意味は何であろうか。カインもアベルもその子孫は続かず、その後の聖書には関係しないのにだ。アベルは神に偏愛され、そのためにカインの恨みをかって殺されたとされている。神に愛される方が殺されるというのは解せない。さらになぜ神はアベルを依怙贔屓したかについて筆者は、神のえこひいきには理屈などないのだという。旧約聖書にはこうした神の不条理がよく出てくる。そしてそれはそれでいいので、何か文句あるかと開き直ったところがあると筆者はいう。要するに彼らの神は絶対的なのだ。

 この本はアメリカ旅行に持っていった。行きの飛行機の中ではかなり読み進めた。この中に出てくるエピソードくらいは欧米の文化を知る上では知っておかなければならないものだ。

                           

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書名 堕落論 著者 坂口安吾 No
1995-30
発行所 角川文庫 発行年 昭和32年 読了年月日 95ー09ー11 記入年月日 95ー09ー11

 
戦中の「日本文化私感」「青春論」から戦後の「堕落論」ほか全部で12編の評論を集めたもの。その主張は強烈である。恰好をつけずにありのままに生きよというのが根本の姿勢だ。おそらく安吾の思想のすべてがこの一冊に凝縮されている。

 志賀直哉、夏目漱石、小林秀雄に対する痛烈な批判がそれぞれ展開される。要するに彼らの文学はきれいごとであって、実人生を精一杯生きている人間が描かれてないということ。

日本文化論
24ページ;芭蕉への高い評価
 また、竜安寺の石庭への疑問や、あるいは京都奈良の名跡などよりも、現在を生きる人間の必要の方が大切であり、そのためには古い寺院など滅んでもかまわないと断言する。
28ページ;京都奈良の名跡について。36ページ;同上
青春論
79ページ;宮本武蔵論

堕落論
100ページ;
 ・・
日本は負け、そして武士道は亡びたが、堕落という真実の母胎によって始めて人間が誕生したのだ。生きよ堕ちよ、その正当な手順のほかに、真に人間を救い得る便利な近道がありうるだろうか。
101ページ;
 「
戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。」と安吾はいい、だが人間は弱いからどこまでも堕ちることができず、武士道を編み出し、天皇制を編み出したとする。そして堕ちることにより自分自身の武士道を、天皇制を生み出せと説く。「そして人のごとく日本もまた堕ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。」と結んでいる。

恋愛論
166ページ;
 
私は弱者よりも、強者を選ぶ。積極的な生き方を選ぶ。この道が実際は苦難の道なのである。なぜなら、弱者の道はわかりきっている。暗いけれども、無難で、精神の大きな格闘が不要なのだ。

大阪の反逆
190ページ;
 ・・
文学には、本質的な戯作性が必要不可欠なものであると私は信じている。
193ページ;
 
志賀直哉は、本質的に戯作者を自覚することのできない作者で、戯作者の自覚と平行しうる強力な思想性をもたないのだ。
 199ページ;
 
日本文学は貧困すぎる。小説家はロマンを書くことを考えるべきものだ。多くの人物、その関係、その関係をひろげて行く複雑な筋、そういう大きな構成のなかにおのずと自己を見いだし、思想の全部を語るべきものだ。

                           

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書名 とどめの一撃 著者 ユルスナール、岩崎力訳 No
1995-31
発行所 岩波文庫 発行年 95年8月 読了年月日 95ー09ー14 記入年月日 95ー09ー16

 
飛行機の中で読んだ毎日新聞の書評欄に載っていたので読んでみた。陶然たる味わいのする翻訳の純文学。こういう雰囲気は久しぶりのような気がする。

 物語は第一次大戦のさなかに起こったロシア革命をめぐり、ボルシェビキ軍と反革命軍が争ったバルト海沿岸の地方での、男二人と女一人の間に起こった悲劇。ドイツの若い貴族エリックはバルト海沿岸での反ボルシェビキ軍の中隊の指揮官として、かつて少年時代を過ごした館に赴く。そこにはコンラートとその姉ソフィーとが彼を迎えてくれる。多くの兵士達の間にあって彼らのために働くソフィーは、一兵士に陵辱される。そして、エリックに愛を告白し身を任せようとする。だがエリックはそれをかたくなに拒む。この辺の心理のやりとりがこの小説の真骨頂だが、ざっと読んだだけではややわかりにくい(例えば五〇ページからのソフィーの告白の後のエリックの心理)。ソフィーはクリスマスイブに催されたパーティーで、これみよがしに別の下士官と公然とキッスをする。エリックはその相手を殴り倒す。

 以前からボルシェビキに密かに心を寄せていたソフィーは、自分の愛がエリックに受け入れられないことから、赤軍へと走る。赤軍とのある戦いでエリックの隊は苦戦し、ようやく生還するがその際彼は最愛のコンラートを失う。ポーランドに撤退したエリックの中隊は偶然に、春の洪水に孤立した赤軍の一体と遭遇し、彼らを捕捉する。その中にソフィーがいた。もうこの時点では赤軍も、反革命軍もお互いに捕虜はおかないのが常態となっていた。エリックも部下に捕虜の処刑を命じる。そしてソフィーの最後の願いを聞き入れて、彼女には自らが拳銃の引き金を引く。

 物語はエリックの回想として語られる。抽象的な語りで細かい状況は漠然としかわからない。それでい物語の悲劇性は見事なまでに盛り上がる。私はほぼ読み終えるまで作者が男性だと思って読んでいた。読み終える少し前に、書店でつけてくれる表紙のカバーをはずして、本のカバーを見て作者が女性であることを知った。

 作者は62年にこの小説にかなり長い序文をつけている。その中でエリックのソフィーの「執拗な情熱への嫌悪と憤激は、彼が思うほどまれなものではなく、男がはじめて恐ろしい愛に出会ったときに受ける衝撃の結果として、ほとんど月並みでさえある。」と言っている。私自身思い当たるところがないではないが、それにしてもこの物語のきっかけとなるエリックの嫌悪と激情にはやや理解しがたいところがある。作者にこの作品を書かせたきっかけは三人の中に内在する高貴さであったとしている。高貴さとは、利害打算の完全な不在を意味するとユルスナールはいう。そしてエリックとソフィーの間には兄妹のような絆があり、それ故、結末でどちらが死ぬかは問題ではなく、また二人が憎しみあっていたか、愛し合っていたかも問題ではないと言いきっている。
 
 一度この物語りの舞台となったバルト三国の上空を飛んだことがある。多分、89年の秋だ。当時ラトビアがソ連からの分離独立を求めて、ソ連との間に緊張が高まっていた。乗った日航機はモスクワ経由で日本に向かったが、エストニアのタリンの上空にかかったとき機内放送で、今ニュースによく出てくるタリンの上空ですとわざわざ伝えた。遥か下に、バルト海の海岸とタリンの町がかすんでいた。それからすぐにベルリンの壁は壊され、東欧の社会主義は雪崩を打って崩れ、ついにはソ連も消滅した。

 原作は1939年刊


                           
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書名 嵐が丘 著者 エミリー・ブロンテ、田中西二郎訳 No
1995-32
発行所 新潮文庫 発行年 読了年月日 95ー09ー30 記入年月日 95ー10ー02

 
理解を超える激情。ヒースクリフ、キャサリン、ヒンドリー、こうした激情は日本文学にはむしろ希ではないか。源氏物語の六条御安息所、あるいは「ある女」の葉子。それとても登場人物のすべてが偏屈と激情の塊みたいな人物で、お互いに終始悪態、罵言を投げかけあっているという小説は日本では考えられない。

 ヒースクリフはアーンショー家に拾われてきたジプシーの孤児である。ヨークシャーのこの田舎の名家にはヒンドリーとキャサリンという兄妹がすでにいた。ヒースクリフはこの兄妹と一緒に育てられたて成人する。だが当主がなくなった後はヒンドリーに迫害され、使用人扱いされる。幼い頃からともに育ったヒースクリフとキャサリンは当然のごとくお互いに深い愛情を感じる。だが、キャサリンは4マイルほど離れた名家のリントン家のエドガーと結婚させられ二人のなかは引き裂かれる。ヒースクリフは出奔する。だがやがて一財産を作って嵐が丘に帰ってくる。そこで、妻を亡くし酒と博打に溺れるヒンドリーに対するヒースクリフの壮絶な復讐が始まり、ついにはヒンドリーは博打で破産状態に追い込まれる。かつての立場が完全に逆転したなかでヒンドリーは死んでしまう。一方キャサリンは押し掛けて会いにきたヒースクリフに会った直後から、精神に異常をきたし、女の子を産み落とすと死んでしまう。亡くなった後でもキャサリンに対するヒースクリフの思いは変わらない。埋葬されたキャサリンの墓を暴いたりする。エドガーの妹イザベラはヒースクリフに恋する。二人は結婚するが、財産とエドガーへの復讐をもくろむヒースクリフには愛情など最初からない。イザベラは逃げだし、ヒースクリフの知らないところで息子のリントン・ヒースクリフを産む。母を亡くしたリントン・ヒースクリフはやがてヒースクリフに引き取られる。ヒンドリーには亡き妻フランセスとの間に一人息子のヘアトン・アーンショーがいた。嵐が丘でヒースクリフと住むヘアトンにまで彼の復讐の念はおよび、ヘアトンは下男同様の状態におかれる。

 キャサリンの娘エドガー・キャサリンは嵐が丘に住む従兄のリントンに関心を持ち、やがて恋に陥る。この二人の間の感情も複雑である。ヒースクリスはリントンを唆してキャサリンを引き付ける。彼の狙いはエドガー家の財産を娘婿のリントンに引き継がせ、病弱なリントンの死を待ってすべて自分のものとすることだ。そしてその目論み通りになる。リントンの死後、キャサリンとヘアトンは親しみを増してゆく。そして、復讐を完成させたヒースクリフはそれでもキャサリンの面影が忘れられず、キャサリンの幻影につきまとわれながら、四日間自らの食を断ち、死んで行く。彼が亡くなった後付近の荒野にさまよう二人の幽霊を見たという噂まで広まる。

 何ともすごい物語だ。一種の純愛物語とも、あるいは復讐譚ともとれる。一体人間はこれほど激しい感情を持ちうるのだろうか。そして全編を通して現われる肉親どうし、あるいは使用人と主人の間でかわされる悪口罵言の数々の激しさ。

 物語はアーンショー家の乳母の娘としてヒンドリーやキャサリンとともに育ち、キャサリンとともにリントン家へ仕えたネリーの回想として語られる。登場人物のなかで、唯一正常な感覚をもっていると思われるのは、このネリーだ。他はいずれも激しい愛と憎悪の感情に突き動かされ、その言動はとても我々の理解を越える。こうした激情は時代の特徴なのか、あるいはイギリスの地方の紳士に特有のものなのだろうか。少なくともイギリス人の特徴とは考えられない。結局は作者の想像の産物なのだろう。

 読んでいてよくわからなかったのが嵐が丘の家の構造。とてつもなくでかい邸宅であるという感じはするが、それがこの小説を理解するためにはかなり重要であるにもかかわらず、全体の構造、あるいは各部屋の構造や様子がどうもイメージしにくい。どうも一つの部屋、特に主やその妻の部屋は独立していて、日本の一つの家に相当するもののように扱われている。それに周辺の敷地内も想像を絶する広さである。パークと称する狩り場が屋敷内にあるように読める。


                           
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書名 フランス文学講座2 小説II 著者 菅野昭正ほか No
1995-33
発行所 大修館 発行年 1973年 読了年月日 記入年月日 95ー10ー10

 
エッセイ教室の10月の課題「におい」を書いていて、プルーストの「失われた時を求めて」の有名なマドレーヌのくだりに言及する羽目になった。もちろん原作は手にしたこともないので、このくだりだけでも読んでみようかと、昨日の帰りがけに日比谷図書館に行ってみた。全集の「失われた時を求めて」の第1巻はあいにく貸し出されていて、しかたなく隣の書架からこの本を借りてきてプルーストの所を読んだ。「失われた時を求めて」の解説が篠田一士のものよりわかりやすく書いてある。この本を読んでいると、この超大作に挑戦したい気持ちになる。残りの人生の期間を考えるとその気持ちは無理にでも押さえつけなければならないが。

 「失われた時を求めて」の主題は題がまさに示すように時間と記憶。
以下本書の保苅瑞穂執筆のところから:
 
「捉えられない」時間、それでいて一切を変貌させずにはおかない時間、・・・この時間こそが『失われた時』のなかで描き出されるプルーストの姿なき主人公となるのである。(268P)
 
人間は、彼の透視的な視線にすぐれて時間的な存在と映るのである。ここにいう時間的な存在とは、簡単にいえば、現在の背後に測り知れぬ過去を宿す存在ということである。それゆえプルーストは、時間の次元の加わったいわゆる「立体心理学」によらなければ、人間的な現実は捉えられないと考えた。人間が時間という深みをもった存在になるのは、人間が時間の推移のなかで刻々に変容するのが一見、自我の死の連続のごとく見えても、その死は個々の自我の完全な消滅を意味せず、いわば仮死状態の記憶となって精神の深部に堆積するからなのだ。・・・彼にとって人間は、この重層化された厖大な時間の層を内的な実体としていきる存在、つまり「時間のなかに沈んでいる巨人」なのだ。・・・・
 プルースト的人間の特徴はこの内在化された時間の感覚にある。もしこの内的な時間を失えば、人間は「動物の奥底に震えているような存在の意識」しかもたない、特性なきものに堕するだろう。・・・
 こうして人間を自己喪失の不安から救いだし、彼に紛れもない自己の同一性を確認させるものは、記憶ということになる。しかしこの場合の記憶は、人間を彼自身の時間に連れもどすところの知性によって甦る記憶、つまり意志的な記憶である。
 ところがここに、もう一つの記憶がある。・・・・読者は思いがけず、趣の異なる、緊迫した文章に出会うことがある。それは、過去の時間が不可逆的な流れに逆らって、突如再生してくるときである。すなわち、プルーストの文学の根幹にすえられた感情的記憶、つまり無意志的記憶が出現するときである。・・・・
彼の場合、再記憶は神なき人間に残されたほとんど宗教的な体験といってよく、それがもたらす非理性的な陶酔感の描写は、近代文学にあまり類例をみないものである。彼がそれほどまでに記憶を神聖視したのは、記憶、わけても無意志的記憶を、認識の最良の手段とみなしたからにほかならない。・・・・・
時間はこの恩寵(再記憶の恩寵)のなかで「純粋状態にある時間」に変質する。時間は非回帰性、あるいは破壊力を失うのである。このとき人間は時間の支配圏を去って、自分を不滅と感じる陶酔の状態におかれている。永遠という時間感覚のなかにいるともいえる。それゆえ再記憶によって見いだされたものはたんなる過去の一瞬なのではなく、永遠の現在時なのだ。そしてこれをプルーストは時間の本質と考えた。


 時間と記憶、私の精神のなかでも最も関心のあるところだ。こんな解説を読むとこの大編に挑戦したくなる。
本書には「ジャンクリストフ」や「チボー家の人々」など大河小説が生み出された背景や、作品の解説があり、なつかしく読んだ。

 篠田一士の「二〇世紀の十大小説」のなかではこの無意志的記憶に関して以下のように述べている:
 
・・・・そして、生のさなかにおいて、なにかの機縁で、突如噴きでるように、われわれに襲いかかってくる、ある時、ある場所での、束の間の事柄の回想こそ、真の印象で、俗にいう、人生とはこういうものだと安易に納得させるような、型通り、つまり、人為による印象などには、生そのものとは、なんも関わりもないと、きびしく排除するのである。なぜ、真の印象が、思いがけないとき、あるいは場合、すなわち、情況のなかで、よみがえってくるかといえば、印象の享受者である、われわれ自身の存在が、生誕から死にいたるまで、クロノスの矢、すなわち、時間によって貫かれているからである。そして、この時間は、われわれに、忘却と回想という、二つの痛切な恵みをあたえてくれ、忘却の土質と回想の地下水とは、複雑というか、われわれの理知や推理では、到底及びがたい相関関係を、たえず形づくりながら、人間の記憶作用を利用、かつ、その意表を衝くようにして、目もあざやか、われわれの感覚のすべてを震撼させるような、回想の瞬間をあらわにしながら、つぎの瞬間には、嘘のように消滅させてしまう。そう、嘘のようで、嘘でない、これが生の実相というべきものなのである。

                           
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書名 マノン・レスコー 著者 アベ・プレヴォー、青柳瑞穂訳 No
1995-34
発行所 新潮文庫 発行年 昭和49年 読了年月日 95ー10ー15 記入年月日 95ー10ー15

 
天性の娼婦の性格をもつ一人の女に変わることなく情熱を捧げ尽くした男、騎士グリュウを通して語られる恋愛賛歌の物語。

 グリュウは地方の名家の出で、学問もでき、将来を嘱望された青年であったが、ある時、その享楽的性格から尼にされるべく、両親に修道院に送られて来たマノンに会い一目惚れしてしまう。そして彼女をさらってパリへと駆け落ちする。だが二人には金銭上の色々の不運が襲いかかる。グリュウは友人のチベルジュやその他知己をたより金策に奔走するが、貧乏な生活にはグリュウ以上に耐えられないマノンは、金持ちの老人G・・Mの愛人になってしまう。そんな彼女を男は取り返すが、それが元で二人は刑務所みたいなところに入れられる。それでも何とか出所した男は(その過程で人を殺したりする)マノンも骨を折って脱獄させる。再度二人の愛の巣を金銭上の不運が襲う。こんどマノンを金で陥れたのはかってのG・・Mの息子だ。グリュウはそんな浮気なマノンでも愛さずにはいられない。そして策略をめぐらしG・・Mをその屋敷から追い出し、そのベッドでマノンと一夜を過ごそうとしたところを、老G・・Mに踏み込まれる。そして二人は再度監獄へ送られる。名家の出のグリュウは父の努力もあってすぐに出されるが、父と老G・・Mの策略でマノンはアメリカ送りとなる。どこまでもマノンをあきらめられないグリュウは父やチベルジュに背き、マノンと同じ船に乗って新大陸に渡る。ニューオルレアンの植民地で二人は一緒に暮らせるようになるが、マノンの美貌に惚れた司政官の甥との間に一悶着起こし、二人は逃げ出すがその途中でマノンは死ぬ。わざわざグリュウを探してやってきたチベルジュにともなわれてグリュウは帰国する。

 原題は騎士グリュウとマノン・レスコーの物語。この方が内容をよく表している。だがマノン・レスコーという女が、文学の上ではかってないタイプの女であったために、この小説はマノン・レスコーで通っているようだ。金のために平気で愛人の元に走るような女を最後まで愛し続け、惜しげもなく金を使い、人まで殺し、あげくはアメリカの流刑地まで追いかけて行くグリュウの情熱には脱帽と同時に羨望を感じる。これほどの恋心というのは小説の上でも珍しいのではないか。

 大昔、知人の妹でまだ小学生だった女の子がこの小説を読んだという話を聞いたことがある。ずいぶんませていると思ったが、ストーリーは単純、いやらしいところもなく、結構小学生が読んでもいいものかも知れない。それから40年近く立って私は読んだわけだ。本はもうずっと前に買ってあったものだが、読んでみようと思ったのは坂口安吾の堕落論かなにかでマノン・レスコー的生き方を絶賛してあったからだ。

 この小説でもまた一つの部屋がかなり独立した空間となっていることを思わせる。
 1731年の作品。作者の実生活もこれに近い奔放なものだったという。

本書から:
71ページ;恋愛賛歌
101ー102ページ;恋愛論
101ページ;憎めないマノンの性格がよく出ている
164ページ;恋する男の甘さ、馬鹿さかかげんがよく出ている。


                            
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書名 痴人の愛 著者 谷崎潤一郎 No
1995-35
発行所 新潮文庫 発行年 昭和22年 読了年月日 95ー10ー21 記入年月日 95ー10ー21

 
私、譲治は28歳の時、浅草のカフェでかぞえで15歳の奈緒美という女を見初め、引き取って教養ある女にする決心をする。歌や英語の勉強をさせてなおみを磨くが、やがて当然ながら結ばれ、籍まで入れる。謹厳な電気技師のサラリーマンである私は、なおみの西洋的な美貌と、これまた日本人離れした身体の虜になる。しかし、ナオミは、慶応の学生たちと私の目の届かないところで遊び回り、4、5人の男と関係を持っていた。私は疑いはしたが、ナオミをあきらめきれずそのわがままを許し、贅沢な彼女のいうままに高価な着物などに湯水のごとく金を使う。学生の一人熊谷との浮気の現場を押さえるにおよび私もついに彼女を追い出す。だが、追い出してしばらくしてからやってくるようになったナオミの見せる数々の媚態に、もう彼女とは縁を切ろうという決意もだんだんと崩れる。そしてついにはまた同棲し、彼女の言うままに家の財産を持ち出して、贅沢な生活をおくるというころで話は終わる。

 この小説は再読である。いつ読んだのかは覚えていない。ただナオミという名前と、彼女が男に馬乗りになり、部屋をはわせるシーンだけは頭に残っていた。しばらく私はナオミという名前を聞くとこのヒロインを連想したものだった。今読んでみて、文章の平明さにびっくりする。文章と同様、話の運びに無理がなく、きわめて分かり易い小説である。それでいて性をめぐる人間の業の深さ、性の深淵といったものを強く感じさせる。ナオミはマノン・レスコー以上の悪女であるかも知れない。しかし、関東大震災前の時代の女としては、きわめて自立的な生き方を目指している。憎めない魅力をナオミに感じるのは、私の中にもあるマゾヒズム的心情のなせる業であろうか。

 妻がある私立高校の受験の時に最近読んだ本のことをきかれ「痴人の愛」と答えて、試験官をあきれさせたといった。なにしろあまり意味も分からずにナオミ、ナオミと覚えていたので、面接でもこの本が出てきてしまったという。それでもその高校は受かったとのことでだ。
大正14年(1925年)作。

「それでも・・・ブックガイド」評:真のスケベが大傑作を生む見本。

 
私がナオミに「出て行け!」と怒鳴ったあとの描写にこんなのがある
その瞬間、私は実にナオミの顔を美しいと感じました。女の顔は男の憎しみがかかればかかる程美しくなるのを知りました。カルメンを殺したドン・ホセは、憎めば憎むほど一層彼女が美しくなるので殺したのだと、その心境が私にハッキリ分かりました。
・・・(230ページ)

                          
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書名 忍法関ヶ原 著者 山田風太郎 No
1995-36
発行所 文春文庫 発行年 1989年 読了年月日 95ー10ー28 記入年月日 95ー10ー28

 
山田風太郎がまたブームだと新聞で読んだことがある。
 忍法関ヶ原は、関ヶ原の戦い前夜、石田三成の領地にある鉄砲鍛冶部落を徳川方に寝返らせることを、家康から直に命令された伊賀もの達の活躍を描く。彼らの忍法が作者独特の奇想で、エロティックなものだ。例えば、糞臭を発散させ周りに蝿の大群を引き寄せて相手をまいたり、塩漬けになり体中の水分を脱水し、ひからびた小人になる術、くの一忍者が狙った相手を色仕掛けで落とすため交合術の粋を尽くすと言った具合だ。結局かれらは鉄砲鍛冶を徳川方につけることに成功する。

 このほか長崎のバテレンの有力者を陥れるために、これまた色仕掛けを駆使し、敬虔なクリスチャンの心を惑わす「忍法天草灘」。この中では精液で屏風に男女交合の絵を描き(実際には人の目には見えない)、部屋の住人である商家の娘は聖書を読みながら、脳裏に卑わいな男女交合の秘図が浮かんでどうしようもなくさせるといった話ばかりだ。

 「忍法甲州路」は、ある藩の跡目に関するごたごたに絡む剣の用心棒と暗殺者達の死闘。催眠術をかけて、あたかも大根でも切ってしまうように相手を倒す三人兄弟の用心棒に三人の刺客が挑む。彼らはその催眠剣法を破る秘法を吉原の女郎との交合からそれぞれ学びとる。つまりその女郎はすぐに眠ってしまうのだが、眠ったままで男の相手をするのだ。このセックスから三人はそれぞれに催眠剣法を破る夢中剣法とも言うべきものを思いつく。さて若い娘を守り江戸に向かった用心棒の一行のうち二人を討ち果たす。そして最後の一人も討ち果たすが、その瞬間夢中状態にあった三人は、苦もなくその若い女に討ち果たされるといった話。

 「忍法小塚ッ原」もまた奇想天外な話。首切り役人として並ぶものない技を持つ鉈打天兵衛は、ついに切り落とした首を再度つなげる術を完成させるのだ。その秘術とは男の精液と女の愛液の混ざったものだ。これを刀に吹きかけて切ると血が出ず、しかも精子が毛細血管のような役目をして血液を運ぶので、切れた首が再度つながるという。奔放な想像力の所産だ。こうして希望者に対しては首のすげ替えを行うことになる。彼の意見では、胴体の力が強ければ首から上がかわっても、胴体の持ち主の意識が優先するというのだ。何回目かのすげ替え実験でついに天兵衛の考えが正しいことが実証される。さて、天兵衛に弟子入りした平馬は、吉原の女郎との交合で天兵衛の望む秘薬を自ら提供し、彼の首切りの技を習う。しかし彼の目的は首切り役人になることではなかった。彼は井伊直弼の首を狙っていた一味だったのだ。首尾良くその壮挙が成功した暁に、万一天兵衛に首をはねられ、それを誰か他人のものと取り替えられてはたまらないと思い、天兵衛を殺して立ち去る。万延元年の三月二日の雪の夜のことである。
 まあ何とも凄い想像力にあふれた作品である。全編に強烈なエロチシズムが漂う。

                          

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書名 明治バベルの塔 著者 山田風太郎 No
1995-37
発行所 文春文庫 発行年 92年8月 読了年月日 95ー11ー02 記入年月日 95ー11ー03

 
今度は明治もの。表題は万朝報暗号戦という副題が付く、30年代の新聞業界を舞台にしたもの。主な人物は万朝報の社主黒岩涙香、その記者の幸徳秋水。アイディアマンの涙香はライバルとの競争に打ち勝つため、言葉遊びのクイズの掲載を思いつき実行する。つまり、ある文をバラバラに分解したものを示し、そのもとの文が解明できれば多額の賞金が手に入るという趣向で、出題はすべて涙香が考えた。これは当たって万朝報は部数を伸ばす。このクイズをめぐってやがて話は足尾銅山の鉱毒問題に絡んだ話になり、田中正造や当時の有力官僚、古川鉱業の重役、新橋の芸者などが登場する。足尾銅山をめぐる官産の癒着を激しく弾劾する黒岩であるが、田中正造に天皇への直訴文を頼まれて断る。そんな涙香に飽きたらない秋水は田中のために直訴文を書く。そしてこのクイズの問題を一つ自ら作り、唯一その正解がわかった黒岩の愛人の新橋芸者は、黒岩の乱れた私生活(妻の母との関係)を目の当たりすることになる。こんな話だ。

 このほか、「いろは大王の火葬場」、「牢屋の坊ちゃん」「四分割秋水伝」を掲載。「いろは大王」は東京に初めての牛鍋のチェーン店を作った木村荘平が、新式の火葬場を作り、その釜開きに誰か有名人を使いたいと思い、死を目前にした名士に次々と火葬の約束をさせようと部下を励ます。しかし、小泉八雲を初め、いずれも断られる。そして結局は自分がその火葬場の客の第一号になるという話。かなり前に週刊誌に連載された風太郎の古今の有名人の死に際を書いたものを読んだことがあるが、この小説にも斉藤緑雨、歌舞伎の左団次他たくさんの名士の死が出てくる。この荘平なる人物は二〇数軒のチェーン店をいずれも自分の愛人に店長をやらせていて、子供も一〇数人を数える。洋画家木村荘八はその子供達の一人だ。「牢屋の坊ちゃん」は日清戦争の講和の清国の全権大使に拳銃を撃って、無期懲役に処せられた人物の、釧路と網走の刑務所における痛快な行状記。看守に反抗する度に厳しい罰則を課せられながらも、耐え抜いて、最後には保釈される。漱石の坊ちゃんの文体をまねして書いたと、作者の後口上にはある。「四分割秋水伝」は幸徳秋水の評伝を、上半身、背中、下半身、大脳旧皮質の四つの面から試みたもの。もちろん秋水にきわめて好意的に書いてある。

 いずれも面白い。急速に発展して行く明治の世相が、鮮やかに描かれている。そしてそうした社会の抱える多くの矛盾も。明治も歴史小説の対象になるのだ。巻末の解説は金井美恵子。最近の山田風太郎の見直しブームの記事の中で確か金井美恵子の名前も出てきたが、この取り合わせは面白い。金井は風太郎の歴史小説を司馬遼太郎との対比で、徹底した娯楽性を追求しているとして高く買っている。しかし風太郎に主張や思想がないわけではない。先の「警視庁草紙」でもそうであったが、明治時代に結局は力、つまり軍備を重視した方向に進んでしまったことが、近代日本の最大の不幸であったという主張は一貫して貫かれている。


                            
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書名 魔群の通過ー天狗党叙事詩 著者 山田風太郎 No
1995-38
発行所 文春文庫 発行年 90年4月 読了年月日 95ー11ー06 記入年月日 95ー11ー06

 
人間の不条理性、歴史の無惨さ、人生の滑稽さ、悲劇が描かれている。例えば、この世には女というものがあることを思い出し、脱走した隊士たちは、予想に反し捕まることもなく明治の世で活躍し、一方、京都に行けば我らが守護神と頼む慶喜がなんとかしてくれるだろうとの期待のもとに、最後まで従った者は、三百五十人余りが斬罪という苛酷な運命に見舞われる。幕軍総督田沼の愛妾おゆんと奸党の総帥市川の娘お登世の二人の女は作者のフィクションであろうが、この二人を通して、天狗党に対する客観的な目が注がれている。もちろん史実には忠実であろう。読んでいてこれは確かに吉村の作品でも記してあったという場面が随所に出てきた。これは史実を淡々と綴った吉村昭の「天狗騒乱」とほとんどたがわないストーリー展開であることを見ればわかる。吉村の小説を読んでいたので、山田の小説もきわめてスムーズに読み進められた。本当はこの二の作品を読み比べてみたかったから、丸善で見つけたとき買ったのだ。

 しかし人も通らない冬の山道を、幕府軍と戦いながら、京をめざし200里を歩き通した千人足らずのこの集団ほど、異様なエネルギーに満ちた集団は、かつてあったであろうか。そうした集団を作り出した幕末という時代は確かに日本の歴史に光彩を放つ時代なのだ。

 もし徳川幕府が継続していたらどうであったかとふと考えた。富国強兵の道を歩むことなく、したがって50数年前の無謀な戦争もなく、きわめて穏健な平和国家、今と同じような平和国家の道を100年以上に渡り歩んできたかもしれない。そして、徹底した地方分権という民主主義の一つの理想形態を完成させていたかもしれない。

 攘夷と開国との関係 93ー94ページ
 戸田五郎:七根を知行地として持っていた旗本が戸田という。戸田五郎は目付として幕府から水戸藩に使わされ心ならずも天狗党に合流するはめになった松平頼徳の降伏を斡旋したという。この人物と七根の代官はどういう関係にあるのか。 
 ゲリラとはナポレオンに対抗したスペインの戦術からきているなどと、明治20年代に言わせるのは、いかにも風太郎らしい。

                           
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書名 国旗が垂れる 著者 尾辻克彦 No
1995-39
発行所 中央公論 発行年 昭和58年 読了年月日 95ー11ー07 記入年月日 95ー11ー07

 
国旗が垂れるは、団地から一戸建ての家に移った男が、正月に国旗を掲揚したことを「先生」あてに、ある種の後ろめたさを感じながら手紙で報告するという形式の小説。これでも小説なら、私にも書けそうな気がする。私が言っているのは形式の問題であって、中身のことではない。新鮮な切り口と、国旗に対する一般の人々の微妙な心情が、淡々とした語りの中に見事に描かれている。国旗はどこで買えるか。主人公は荒物屋から始めて、いろいろな商店を回ったあげく、家に帰り、同居中の母から呉服屋にあると教えられる。こうして手に入れた国旗を元旦に人目に付かないように玄関先に掲げる。垂れた国旗の赤い日の丸の部分が、わずかに白い布地から顔を出している風情がとてもいいと男は思う。だが、辺りの家を見回して、国旗を掲揚しているのは遠くに一軒だけだ。何となく恥ずかしくなった『私』は家から出られなくなった。

 冒頭のこの小編の他「やめる」「湯の花」「露路裏の紙幣」「風の吹く部屋」「殴られる男」「バーバー『肌ざわり』」を納める。イラストを書くことを職業とする、妻と離婚し、小学生の女の子と二人で暮らす主人公の生活がほのぼのとした暖かいタッチで描かれる。人生に対する作者の優しい視点が伝わってくる。その中で、主人公は我々が日常何気なく見逃してしまっているものを、独創的な視点から見る。それは電柱に貼られた引っ越しの広告だったり、銭湯に貼ってある手配写真であったりする。一読、その語り口に好感を覚えると同時に、私にも書けそうだと思った。娘がきわめて魅力的だ。その台詞を読んでいて、テレビ漫画の「チビマル子」のイメージが浮かんできてしょうがなかった。

「それでも・・・ブックガイド」評:
 閑やかで恐いフェティシスム。脇役の娘の魅力に注意。

1981から82年にかけて発表。


                           
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書名 最暗黒の東京 著者 松原岩五郎 No
1995-40
発行所 岩波文庫 発行年 88年 読了年月日 95ー11ー17 記入年月日 95ー11ー25

 
明治中期の東京の下層貧民街のルポルタージュ。下層社会の貧困にあえぎ、不衛生で、その日暮らしの生活が、わざわざ日焼けして貧民街に潜り込んだ著者により、いきいきと描かれている。その生活は確かに悲惨だ。だが、そこには、庶民の生活の活力のようなものを感じる。あるいは庶民達の連帯も描かれている。

 今はない車夫(当時の東京には4万人の車夫がいて、一日25銭の稼ぎを得るためには一日1万円の車代を都民が支出しなければならないと著者は計算する。これは当時の150万都民の米代の3分の1に当たる)、残飯販売屋(市ヶ谷の陸軍の兵舎からでる残飯を、大八車でもらい受けてきて、貧民街の人々に売るのだが、これが大繁盛する)についての詳しい記載など貴重な歴史的資料ではないか。煮込みとか深川丼などは当時の最下層労働者の食べ物だった。貧民街(芝浜松町にも大きなものがあったという)にすむ人々の職業は様々。日雇い、車夫、旅芸人、屑買い、鋳掛け屋、縁日の商人、按摩、看板書き等の中に羅宇屋というのもある。これはキセルの掃除屋だがもう今はいないのかも知れない。かなり前に羅宇屋がテレビで放映され、東京から羅宇屋がなくなろうとしているといっていた。それはあたかも貴重な無形文化財が失われようとしているかのような印象を持った。だから、彼らが貧民街の住民であるということは意外だった。伝統文化や風物は、当時の人々が貧民と考えていた下層の人々が支えるものかも知れない。
1893年(明治26年)刊

「それでも・・・ブックガイド」評:明治中期の貧民ルポの傑作だが、一場に逞しくあふれだすおぞましきものの小説的迫力を学んでおきたい。


                           
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書名 無限の中の数学 著者 志賀浩二 No
1995-41
発行所 岩波新書 発行年 95ー08 読了年月日 95ー11ー23 記入年月日 95ー11ー25

 
無限というものを数学がどう扱い、そのために数学がどう変わってきたかをわかりやすく解説してある。高校の時にこんな本を読めば数学がどんなにか楽しく、またよく理解できたのではなかろうか。

 例えばラジアンということの明確な理解は、あるいは本書をもってするのかもしれない。
 角度をパイ表示で表すことの背景には、円と三角関数のとの密接な関連があるのだが、そんなことすら高校時代には理解できていなかった。パイと無限の関係、あるいは三角関数と無限の関係が本書にはわかりやすく書いてある。考えてみれば、2辺の長さが1の直角三角形の斜辺の長さは、有限の数の序列では表せないのだ。

 すべての関数は巾級数に展開できるというのも驚きである。後半はわかりにくくなる。ただ数学というのは、一つの世界観の表明ではないかと思った。興味深かったのは、無限を積極的に考え、それを数学に持ち込んだカントルがユダヤ人であり、またそれを発展させ20世紀に現代数学を発展させた人々の多くがユダヤ人であったということ。量子力学を確立するのに力のあったボルン、シュレディンガー、ボアー、そしてアインシュタインなどがユダヤ人もしくはその血を引く人々だったことから、それが「ユダヤ人の物理学」と呼ばれたとのことだ。そしてこの量子力学を表現する数学がユダヤ系の数学者たちによって創設されたことを考えると、20世紀の数学と物理学にユダヤ的思想がどれほど大きな影響を与えたかは計り知れないと著者はいう。(215ページ)


                            
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書名 檸檬 著者 梶井基次郎 No
1995-42
発行所 新潮文庫 発行年 昭和42年 読了年月日 95ー12ー07 記入年月日 95ー12ー07

「檸檬」他全部で20編の短編を納める。あるいはこれが、31歳で亡くなった梶井基次郎のほぼ全作品かもしれない。いずれも病的なまでに鋭い感覚に満ちた作品。比喩が多いが、私のリズムにあう切れがいい文書である。頽廃の先に一種の明澄な世界が描かれている。下重さんが大変好きだというので読んでみた。彼女の文体や教室での話からして、なるほどと思う。「Kの昇天」「冬の日」「ある崖上の感情」「交尾」などいい作品だ。作者も肺病に悩み若くして亡くなるのだが、作品の主人公も多くが肺を病む患者である。結核がもたらす異常なまでの繊細で、鋭い感受性が我々に素晴らしい文学を残してくれた例を梶井の作品も示している。

本書から:
 昭和の初めにはまだ赤坂あたりに蛍が舞っていた(P88)
 影のもつ微妙な深さ(P131ー132)
 日光の欺瞞性(P188)
 憂鬱という言葉がよく出てくる。また「ある崖上の感情」では窓を通してみる光景、あるいは窓に見える光景のもたらす不思議な魅力、幻想が主題である。下重さんが「憂鬱」「窓」というテーマを課題として出したのは恐らく梶井基次郎の作品の影響であろう。


                           
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書名 龍の契り 著者 服部真澄 No
1995-43
発行所 祥伝社 発行年 平成7年7月 読了年月日 95ー12ー25 記入年月日 95ー12ー25

 
山田社長が面白いよといって貸してくれた。福岡からの帰りの飛行機の中でも読み通した。スケールがでかくて、筋立ても無理がなく面白かった。

 香港返還をめぐっては実は、毛沢東が共産中国の承認と引き替えにイギリスと結んだ密約があり、毛は香港を永久にイギリスの手に委ねることを約束した。ところがこの密約の文章がある火災で失われてしまい、やむなくサッチャーはイギリスが手塩にかけてきた香港を中国に返すことに同意したのだ。この密約の背後には世界制覇をもくろむ財閥「ゴルトシルト」家の思惑がある。この失われた文章は火災現場に居合わせた東洋系の美貌の女の手に落ちるのだが、これをめぐってイギリスと中国が入り争奪戦を演じ、それにアメリカが関わり、さらにゴルトシルト家の日本およびアジア制覇を阻止する目的で、日本とが絡み合うといったストーリー。密約文書を持ち出した女優アディール、その場に居合わせ、その後ワシントンポストのレポーターになったダナ、日本の外務省の若い調査員の沢木、ソニーの大賀前社長を思わせる西条、香港の住人で得体の知れない劉など、多彩な登場人物もそれぞれリアリティーがある。この中では劉が魅力的だ。

 各所になぞを秘めて事件がテンポよく進む。そして最後には北京の霊廟の毛沢東の遺体の前ですべての謎が解明される。そしてその歴史的資料は持ち主の女優アディールの手で燃やされる。作者の知識の広さには脱帽。国際情勢、歴史、コンピュータ、金融、諜報活動等に驚くほどの博識である。舞台はロンドン、香港、カリフォルニア、北京と地球を股にかける。千枚という大作はすらすらと読めるが、途中でなされる小さな謎解きが、あれそんなことがあったっけと思い出す努力をしなければならなかった。これは私の年令からくるものだろう。しかしそうした謎解きがひとつとして無理がなく、ストーリーがよく構成されている。

95ー12ー30
 新聞を見ていたらこの本の作家はまだ若い女性だった。写真入りの広告が出ていたが、ロングヘアの女性だった。内容と文体と真澄という名前からすっかり男だと思っていた。綿密なストーリー構成はクリスティーがそうであるように、女性が特異とするところで本書にもその特徴がよく出ている。


                            
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書名 パラサイト・イブ 著者 瀬名秀明 No
1995-44
発行所 角川書店 発行年 95年4月 読了年月日 95ー12ー31 記入年月日 95ー12ー31

 
今年第2回日本ホラー小説大賞受賞作。作者は東北大学薬学部大学院に在学中の研究者。私より30才も若い。 「利己的な遺伝子」を下敷きにしたサイエンティフィックホラー。

 聖美という若い女性が交通事故で脳死状態になる。実はミトコンドリアの「彼女」が聖美に取り付き、事故を起こさせたのだ。聖美の腎臓は14才の女の子に移植される。聖美の夫の利明は薬学部で助手をしていて、ミトコンドリアの研究に打ち込んでいる。彼は妻の肝臓細胞を培養することを思いつき、実行する。Eve1と名付けられたこの肝細胞はミトコンドリアの活性が異常に高く、ついには自己増殖し出す。「彼女」の意図は、太古の昔我々の祖先の嫌気性細胞の中に入り込んで、やがて共生する形で生きてきたミトコンドリアが、その共生関係を逆転させ自らが支配者となることにあったのだ。「彼女」は利明が妻の細胞を培養することまで見越して、聖美を事故死させたのだ。自己増殖した細胞はやがて聖美の形をとって、利明に襲いかかり強姦するように利明と性交する。自分の子孫を残そうとするのだ。利明の必死の追跡も及ばず、そしてぶよぶよした肉の塊のような「彼女」は、腎臓を移植された女の子の子宮に受精卵を移す。するとたちまちに女の子の腹は膨らみ、子供を出産する。その子は目の前で大きくなり、それは利明の目から見れば完全無欠の女性だった。彼女の意志一つで、人間など焼き溶かすことも、鞠のように投げつけることもできるのだ。利明にとっては生かしてはおけないものだった。だがこのミトコンドリア・イブにも一つの欠点があった。そのミトコンドリアのDNAに僅かではあるが男性からのDNAが混じっていたのだ。やがてイブの内部で男と女が争いだし、この化けものは利明の体にとけ込んで消えてしまう。利明もその生命を失う。

 専門用語が至る所に出てくる。またミトコンドリアに関する最新の科学情報も挿入されている。普通の人が読んだら退屈するのではないかと思った。だがストリーの面白さはそれを補って余りある。

 例えば上述の性交場面の記述はこんな風だ:
迷宮のようなマトリックスの谷間を縫うようにしてふたりのDNAが暴走する。情報伝達因子が狂ったように活性化し、稲妻のごとくシグナルを発する。膜電位が上昇する。二価イオンが奔流のように流れ込んでくる。利明の細胞が震える。ミトコンドリアが震える。脂質が、糖が、タンパクが震える。核ゲノムが感じている。コドンが、ヌクレオチドが、塩基が感じている。炭素がぶるぶると振動し聖美の愛撫に感じている。(295ページから296ページ)

                           
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