我が家の猫
 
 「おばさん」猫が家にやってきたのは1987年のお盆だ。今年(2003年)で17年目に入って、衰えが目立つが、まだ健在だ。娘のミーは今年の春、15才で亡くなった。おばさん猫については、97年に以下のようなエッセイを書いた。テーマは「お盆」である。
 ミーの最後についても次ページに記す。
 
おばさん猫                                        
                                                             
 台所の網戸に、4本の足の爪をかけて、うす茶色の腹を見せへばりついた猫。その猫は追っ払っても追っ払っても、何が気に入ったのか我が家に入ろうと、懲りずに同じことを繰り返した。そんなことが1日、2日続いて、ついに根負けして、家に入れた。ちょうど7月のお盆の時だったので、生き物にむごい仕打ちはしない方がいいという気持ちもあった。まだ大人になりきっていない、しっぽの長いきじ猫だった。前足を揃えて猫の正座すわりをすると、身体の横を回ってきたしっぽの先端がちょうどその前足の所に来た。その姿が端正だった。黒い目が丸くて大きく、器量のいい、おとなしい猫で、野良猫には思えなかった。そのうちきっと飼い主が探しに現れるか、自分で帰るだろうと思って名前を付けそびれて、「ねこ、ねこ」と呼んだりした。

  庭で元気よくバッタを追いかけていた夏が過ぎ、秋が来ても猫は帰らず、我が家の猫となった。子供を産まれると困るので、避妊手術をしてもらおうと私は思ったが、「雌だから、一度は子供を産ませてやりたい」という妻の言葉に従った。春先に猫のおなかが少し膨らんでいるように見えたと思ったら、4月になって、雄雌1匹ずつの子供を産んだ。細く小柄な猫であったが、私たちを警戒しながら赤ちゃん猫に乳を含ませている姿は、健気であった。子猫は「ムー」と「ミー」と名付けた。そして母猫は「おばさん」ということになった。これ以上子供を産まれてはかなわないので、おばさんは避妊手術をした。そして、ミーにもかわいそうだったが同じ処置をした。ムーもミーもすくすく大きくなっていったが、一年後の春の到来とともに、ムーはどこかへ遠出して、ついに帰ってこなかった。

 若い母猫に「おばさん」はかわいそうだと思ったが、「お母さん」では呼びにくいし、子供を産むまでのあっという間の早さから考えて、すぐにおばさんの年齢に達してしまいそうだったので、そのままにした。妻が近所の奥さん方と立ち話をしている足下を、おばさん猫が通り抜けたので、「あらおばさんどこへ行くの」と語りかけて、相手の奥さん達がビックリしたといったエピソードもあった。
 
 おばさんはおとなしい猫で、あまり声を出さない。家に入りたいときは、鳴き声で知らせるのではなく、ガラス戸や網戸に身体をぶつけて知らせる。その仕草は最初に我が家に来たときと変わらない。甘ったれで、弱虫で、近所の猫仲間の序列ではどうも最下位にいそうなおばさんだが、どこでどう捕るのか、鳥を捕るのが得意で、よく雀や他の野鳥をくわえては、誇らしげに家に入ってくる。そんな時、かって草原や森で獲物を追っていた祖先の血が、今も脈々と流れているのを感じる。
 
 猫も人を選ぶ。ミーばかり可愛がる娘には、おばさんは冷たい。そのかわり私にはいつも甘える。夕餉の食卓でビールを飲んでいると、私の膝の上にポンと飛び乗ってくる。つまみの裂きイカを分けてやり、おばさんを膝に飲むビールに、私の表情は一段とゆるむ。

 おばさんも今年のお盆で我が家に来てからちょうど満10年。ひょっとすると私の祖先の誰かが、おばさんに姿を変えて帰ってきたのかもしれない、と思ったりする。


 
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