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建築士をしている弟から、机の整理をしていたらこんなものが出てきた、と「西武八ケ岳高原海の口地区開発構想」という冊子が送られてきました。
そう、我が山墅がある 現在の「八ヶ岳高原 海の口自然郷」の半世紀以上前の基本計画書です。

基本計画書ー
基本計画書

昭和47年(1960)12月に西武グループの西武都市開発鰍ェ作ったものです。私がここに入ったのは昭和62年(1987)ですが、その前年に商号変更して叶シ洋環境開発となった 会社です。いまでも地元の人に「ああ、西武の別荘地ですね」と言われることが多いですが、当初はアタマに「西武」の名が大きく冠されていたことによるものです。この 基本計画書が作られたのは昭和47年ですが、このあたり一帯の開発計画はずっと以前の昭和30年代にスタートしています。現在の姿と比べると、はるか昔々の話になります。

横岳の尾根沿いにあたるこのあたり一帯は国有林でした。それが西武に払い下げられた時期と規模、金額はいま手元に資料がないのではっきりしませんが、戦後の混乱期だと思われます。 国有林を民間会社に払い下げるなど、今なら自然保護の観点からも考えられないことですが、戦後のわが国の林野行政は愚行の連続と言われるように、緑を守るどころか破壊の方向に向かっていました。 独立採算の名の下に職員の給料を払うために国有林を伐採したり、切り倒した樹木を運び出すために観光の名を借りてスーパー林道を通したりすることが、最近までまかり通っていました。

このあたりを管轄するのは臼田営林署ですが、私は以前3代にわたる署長と親交を結びました。そのうちの一人は平成24年現在、明治神宮の森を監督する総責任者を務めていますがいまだに行き来しているほどです。 森のことにまったく無知だったのでこうした専門家と付き合う必要があったのですが、おかげで我が敷地の植栽の多くは営林署員の手で植えられたので元気に育っていますが、逆に 戦後の林野行政の無茶を知ることにもなりました。

例えば直径1.5メートルはくだらないカエデの巨木を輪切りにしたテーブルと椅子を買わないかと言われたことがありますが、こんな巨木いまではどこを探してもないでしょう。数百年の年輪を刻んだ原生木を切り倒して いたことがわかります。

話を自然郷の由来に戻します。西武鉄道は箱根土地社長にすぎなかった堤康次郎氏が1932年(昭和7年)に経営危機に陥っていた武蔵野鉄道の株式を買い集め、再建に乗り出すところから始まった会社です。川越鉄道、武蔵野鉄道、西武農業鉄道 といったローカル鉄道をつぎつぎに取り込んで大きくして戦後は国会議員として衆議院議長までつとめました。この間、政界とのつながりがあったのかもしれませんが、八ヶ岳の土地は西武に払い下げられます。 何百万坪という広さですが、このほか同時に、ほぼ同規模といわれる稲子湯あたりの国有地も払い下げを受けました。

払い下げを受けた横岳東麓一帯の開発を行ったのが、西武都市開発(その後西洋環境開発)です。 現在は特別清算された会社なので、すこし開発の歴史に触れる必要があります。

特別清算とは
会社が合併・破産以外の事由で解散した場合に、会社の全部の法律関係を整理決済し、その財産を株主に分配する清算手続が行われる。通常清算と特別清算 とがあり、 債務超過の疑いがある場合など、裁判所の命令により開始され、その監督の下で行われる清算を「特別清算」という。破産ほど厳格な手続では なく、関係者の自治に委ね、破産に比べ弾力的に資産処分ができるので「ミニ破産」とも呼ばれる。大企業の子会社が会社を清算するときに使うことが多い。

西洋環境開発の歴史

1960年12月        西武都市開発鰍ェ「西武八ヶ岳高原海の口自然郷」基本計画書発表。

1964年 4月26日   堤康次郎氏、心筋梗塞にて急死(76歳)  
       9月1日    東京プリンスホテル開業(510室、開業直前に西武百貨店から西武鉄道に移管される)
                  父の遺言で兄はホテル経営には手を出さないことになっていたという取り決めに違反
                  したためという。 
1966年      清二氏西武百貨店社長に就任
1968年10月30日   八ヶ岳高原ロッジ新築完成 
1969年        八ヶ岳高原ヒュッテ開業 
1970年 6月     西武化学(八ヶ岳の土地保有) が鉄道グループから流通グループへ移管
1972年 1月1日   西武化学から分離した西部都市開発鰍ェできる。
         八ヶ岳高原キャンプサイトオープン。西武都市開発、豪華ヨット「シナーラ号」をチャーター
1983年      セゾンカード発行
1985年      西武流通グループから西武セゾングループに。
1986年 1月     西武都市開発鰍ェ叶シ洋環境開発に商号変更。
1987年 3月2日   ホテル西洋銀座開業。日本初の本格的スモールラグジュアリーホテル。この年百貨店グループ売上高、業界首位に。
1988年12月15日   西武セゾングループがインターコンチネンタルホテルズ社を2800億円で買収。
1933年      西武百貨店が初の赤字に。
1995年 2月     西洋環境開発、広島県の第三セクター2事業からの撤退決定。
    3月     西洋環境開発が5つのゴルフ場をゴルフ西洋に譲渡 
    4月      西洋環境開発、西武百貨店などグループ各社に150億円の第三者割当増資 
   10月     第一勧業銀行など8行が返済繰り延べに応じる金融支援を西洋環境開発に実施 
1996年11月     西洋環境開発、八ヶ岳高原音楽堂を西武百貨店に売却 
1998年 2月4日   セゾングループがインターコンチネンタルホテルを英バス社へ売却(3700億円) 
1999年      清二氏すべてのグループ代表から退任。
2000年 7月18日   西洋環境開発鰍ェ特別清算申請(負債5538億円) 

                  西洋環境の巨額の負債がセゾングループの解体に至る原因とされるが、実態は
                  母体の西武百貨店の代わりに行なったリゾートや美術関連事業の借入金が膨大に
                  なったことが致命傷とされる。                
                 その後西武百貨店は「そごう」と経営を統合し「ミレニアムグループ」となり、
                  さらに「セブンイレブン」を経営する「セブン&アイグループ」の傘下へ吸収されていく。
2003年      西武百貨店、私的整理で減資。ミレニアムリテイリング傘下に。
2006年6月     セブン&アイ・ホールディングスがミレニアムリテイリングを買収したことで完全子会社
                (百貨店事業の中間持株会社化)され、西武百貨店とそごうはセブン&アイグループの一員となる。

2009年8月1日   株式会社「そごう・西武」設立(そごうが西武百貨店とミレニアムリテイリングを吸収する3社合併)。
                  株式会社「そごう・西武」の株主は株式会社「セブン&アイ・ホールディングス」。そごうとの提携
                  開始から9年目で一社化となった。

現在          「八ケ岳高原 海の口自然郷」の資産の所有会社は株式会社「そごう・西武」で、その下で
                 (株)「八ヶ岳高原ロッジ」が資産の運営管理を委託されているというかたちになっている。

すでに「八ヶ岳高原海の口自然郷」に山荘を構えている人なら思いは同じでしょうが、西洋環境開発がここだけの経営に専念していれば何の不都合も なかったことが上の年表からも読み取れます。バブル期に手を広げすぎ、土地を買い集めすぎ、金を借りすぎたことが破綻の原因で、この土地のリゾート開発の 構想そのものは多くの人の共感を得ていた事業だったのです。

セゾングループ、西武鉄道グループ、ともに一代で王国を築き、ほぼ同時に崩壊していった二つのグループは、背景となった兄弟の確執の歴史もまた ドラマチックなものがあります。「八ヶ岳高原海の口自然郷」はその確執と密接な関係があります。

セゾングループと西武鉄道グループの栄枯盛衰

昔は川越鉄道、武蔵野鉄道、西武農業鉄道と言ったローカル鉄道を一代で日本有数の私鉄、西武鉄道に育て上げたオーナーであり、政界では衆議院議長まで つとめた堤康次郎氏が亡くなったのは昭和39年(1964)4月26日だった。恒例に従い二日後には衆議院本会議場で追悼演説が行われ、遺族が参列した。本会議場には未亡人はじめ清二、義明の義兄弟が最前列にモーニング姿で並んだが蜜月はここまでだった。

追悼演説
故堤康次郎氏の追悼演説を聞く(左から)堤清二氏、操夫人、義明氏
=1964年4月28日、衆院本会議場

ドン康次郎は艶福家で多くの「第二夫人」がいた。「康次郎の女性関係は派手だった。下はお手伝いさんから上は華族まで“女”と名のつくものであれば“手当たり次第”だった。お手伝いさんから女子社員、部下の妻、看護婦、マッサージ師、乗っ取った会社の社長夫人、秘書、別荘管理人、旧華族…社員たちの言葉の端にのぼっただけでもざっとこんな具合である。このあと始末は部下の仕事だった。愛人の数は有名な女優を含めて、正確な数は誰もわからないし、本人もわからなくなっていた」。
評論家の大宅壮一は、堤に「近江の知能犯」というレッテルを貼り、噂と断ったうえでこんな話を紹介している。「関東大震災の直後、一家全滅したようなところの焼跡に、かたっぱしから「堤康次郎所有地」と書いた棒杭(ぼうぐい)を立てた。どこからも文句がでなければそのまま、出れば法廷でお抱えの弁護士をつかって、所有権を証明する物的証拠を示せ、と争ったという。(ウイキペディア)

3番目の正妻である操夫人の長子、清二氏と愛人として別邸を与えられていた石塚恒子の子、義明氏は早くから後継者争いを取沙汰されていたが、指名されたのは世間の思惑に反し、清二氏より7歳年下の義明氏だった。このことがのちのち兄弟の確執につながる。

亡父の遺志とはいえ、長兄なのに当時弱小だった池袋の小さな百貨店に過ぎなかった西武百貨店を与えられた清二氏は発奮する。20年余りのちには西武百貨店、西友、パルコなど約 200社、年商5兆円というセゾングループを築き上げる。一方、本業の西武鉄道など本体部分を引き継いだ異母弟の三男、堤義明氏も後述のように鉄道部門のほか100を超えるプリンjすホテルグループを擁するコクドグループを築き上げた。

兄弟が疎遠になったことを清二氏は2013年1月の朝日新聞のインタビュー記事でこう語っている。
「おやじが死んで、最初のころは月1回ぐらい、昼飯を異母弟と一緒にすることにしていたんですが、話が合わない。昼飯がおいしくも、愉快でもない。こちらも、あっちも会食 に積極的でない。以来、没交渉のような状態です」。

また同じ「西武」なのにカードが互いに使えないことについても、
「1985年以降、グループの名から少しずつ『西武』を外したのは『鉄道離れ』を意識したわけではなく、例えば、クレジットカードが『西武』だと、他の百貨店が入れないことからです。 西武鉄道系のプリンスホテルでは、うちのカードは使えなかった。あそこのトップ(義明氏)は変わった人でしてね。『俺のところは、月賦で払うようなお客は、お客じゃない』 と言うわけです。カードによる支払いは月賦じゃないのにね」といった具合で、絶縁は今も続いている。

堤義明氏は、西武鉄道のみならず、土地所有会社にすぎなかった「コクド」を足がかりに、日本中で100を超えるプリンスホテルを建て、あわせてゴルフ場、 スキー場を経営する一大レジャー産業に育て上げた。一方、堤清二氏の方も西武百貨店にとどまらずパルコ、西友、クレディセゾンなど小売流通部門に手広 く事業を展開、一時は世界一流のホテルグループ、コンチネンタルホテルを買収、ホテル西洋を経営し、ヨットハーバーまで運営するセゾングループ (旧・西武流通グループ)を作り上げた。辻井喬のペンネームで小説家、詩人としても高名で日本芸術院会員でもある。

堤清二
堤清二氏
セゾングループの中にあって小売業を脱して生活総合産業を標榜した堤清二氏の理想を具体化する企業が西洋環境開発(旧:西武都市開発)だった。 さらに言えば、この会社のみならずグループの理想をかたちにした核になる事業が現在の「八ヶ岳高原海の口自然郷」だった。

当初は「西武海の口自然郷」という名称だったが、日本に多いチマチマした小区画の別荘団地にしてはならないというコンセプトで一族の女性たちが積極的 にアイデアを出したという。ヨーロッパ型のリゾート地を目指して事業は順調に進んだ。堤清二氏本人はじめ妹、堤邦子さん(パリに客死)など一族の別荘 が自然郷の中心部にあった(現在は処分されているようだ)。彼女は日本で結婚・離婚、フランスに渡り30余年間をパリで生活、この間カジノ船「ソシ エテ・リディア」を開業(フランス)したが4年で倒産、セゾングループが後始末をしたと言われる。

清二氏の母、操は倒産した東京土地の社長青山芳三の娘だった。堤康次郎は零落した青山家の姉妹四人がみな美人だったので、すべて“愛人化”しようとした。長女は”無事”だったが次女、三女・操、四女(16歳だった)と3人に手を付けた。三女の子が清二、四女の子が邦子だった。そういうこともあって清二氏はとかく”不行跡”が続いた堤邦子を経済的にも社会的にも支えつづけた。

当初「八ヶ岳高原海の口自然郷」の経営はよかった。だが、ほかでつまづいた。西洋環境開発は、バブル期に滋賀、宮城、群馬県などで積極的に大規模リゾート開発を手 がけたのだが、バブル崩壊で行き詰まり、経営が破綻する。1999年3月期には有利子負債5500億円、債務超過3700億円を抱えるまでになった。堤清二氏は「西 洋環境開発の処理ではセゾングループが最低1401億円を負担する」という確認書を銀行団に提出した。

グループのオーナーが決めたことだが、西武百貨店の社長や役員が反旗を翻す。グループとはいえ、西武百貨店が西洋環境開発の債務保証をしているわけで もないのに支援金を出すのは株主代表訴訟につながる、というもっともな理由だった。西武百貨店は交渉の席につかなかったため11月末に資金ショート寸前 まで追い込まれた。

その後セゾングループは西洋環境開発の特別清算について、第一勧業銀行など銀行団と話し合いが進み、合意にこぎつける。西洋環境開発が所有する未造 成宅地などの保有資産を売却し、傘下のマンション管理会社、不動産仲介会社などを営業譲渡する。 西洋環境開発に出資している西武百貨店、パルコ、西友、クレディセゾン、西洋フードシステムズの5社で 1000億円程度の支援金を負担する。そのうちグループ中核の西武百貨店は未上場企業の株式売却、池袋店を証券化して売却することで数百億円の資金を調達 するなどが骨子だった。このことは同時にセゾングループは堤清二氏と決別することを意味していた。

こうして2000年 7月18日、西洋環境開発鰍ヘ特別清算を申請した。負債総額は5538億円だった。堤氏は1991年にすでに「引退宣言」をしていたが、その後も、 セゾングループの実質的な代表の立場を保ってきた。しかし西洋環境開発の処理をきっかけに、名実共にグループの代表の立場から退いた。

この間の、銀行がつれなく西洋環境開発鰍切り捨てる手口や私財100億円を出した経緯などを朝日新聞デジタルの「証言そのとき」というインタビュー記事(2013年 3月18日)で赤裸々に語っている。堤清二氏は経営者というより、やはりすぐれた文人「辻井喬」としての側面が色濃く出ている。これは有料配信記事なのと新聞社の サーバーにあるものなのでいずれ消されることから、テキストだけ別掲(「詩と芝居と経営と」9 引退 劇は失敗)した。サイトの亭主は人後に落ちない銀行嫌いだが、これを読んでリスクを取らずに冷酷に切る銀行商売がますます嫌いになった。

西洋環境開発鰍フ消滅により同社が経営していた「八ヶ岳高原海の口自然郷」は、西武百貨店の管理下に移され、その後上の年表にあるように西武百貨店自体が持株会社の変遷や他の百貨店との合併を繰り返したことでめまぐるしく形態が変わったが、現在は株式会社「そごう・西武」の所有で、その下で関連会社の(株)「八ヶ岳高原ロッジ」が資産の運営管理を委託されているという形になっている。

堤清二氏死去
セゾングループを立ち上げ、1970年代以降の消費文化を育てるなど、経済人として活躍する一方、辻井喬(つじい・たかし)のペンネームで作家・詩人としても活躍した堤清二 (つつみ・せいじ)さんが、11月25日午前2時5分、肝不全のため、都内の病院で死去した。86歳だった。親族で27日、密葬が営まれ、後日、お別れの会を開く。喪主 は妻麻子さん。

西武グループ創業者で衆院議長も務めた故堤康次郎さんの次男として生まれ、議長秘書を経て、西武百貨店、西友ストアー(現西友)などの社長を務めた。堤義明・元西武鉄道会長は異母弟になる。

80年代から90年代初頭にかけて、西武百貨店、西友、パルコを中核とした流通グループを、生活総合産業を掲げ幅広い事業を手がけるセゾングループに育てた。進出した事業 は、ホテル事業やマンション販売、リゾート開発、金融サービスなど多岐にわたった。しかし、金融機関からの借入金に頼った拡大路線がバブル崩壊で破綻(はたん)し、ホテル 事業、リゾート開発などから撤退。2000年には不動産会社の西洋環境開発を清算する際に、私財提供を余儀なくされた。グループ企業の経営から退き、セゾン文化財団理事長を務めた。

また、詩人・辻井喬として61年の「異邦人」で室生犀星詩人賞、92年の詩集「群青、わが黙示」で高見順賞のほか、00年には日本の敗戦や戦後と向き合った長編詩「わた つみ 三部作」で藤村記念歴程賞を受けた。
小説家としては69年、婚外子としての自身の複雑な出生などをつづった自伝的作品「彷徨の季節の中で」でデビュー。経済人で歌人だった川田順をモデルにした小説「虹の岬」 で谷崎潤一郎賞を受けた。03年から04年にかけて朝日新聞に新聞小説「終わりからの旅」を連載した。04年に「父の肖像」で野間文芸賞。07年に芸術院会員、12年に 文化功労者。朝日新聞文化財団理事を務めた。(2013年11月28日付朝日新聞)

堤清二氏にはもう一つの顔があった。大学時代に共産党入党、「横瀬郁夫」という筆名でかなり知られた存在だった。しかし路線対立で除名処分になった。同じ共産党を除名された 水野成夫(産経新聞社長)らを主人公とした『風の生涯(日本経済新聞に連載)という作品がある。三島由紀夫のスポンサーでもあり、三島が主宰した「楯の会」のメンバーに 制服を提供したり、自決後の追悼会にポケットマネーから資金の一部を提供したほか、三島映画上映企画などでも損得を度外視して会場を提供したりしている。亡くなったのは、 三島由紀夫の命日、すなわち43年目の憂国忌の朝だった。

堤義明
堤義明氏
[西武鉄道グループの歴史]

総帥、堤義明氏の生い立ちだが、堤康次郎と内縁関係にあった石塚恒子の間に生まれた(未入籍)。母は新潟県出身の歯科医師で衆議院議員をつとめた石塚三郎の娘。 早稲田大学商学部時代に康次郎から「冬の軽井沢に人を呼ぶ方法を考えろ」と言われ、スケート場を開設、成功を収めたことから後継者と見込まれたようで、康次郎が亡 くなった後、周囲では、「グループは次男の清二が継ぐ」と噂されていたが、三男の義明氏がグループ本体のコクド・西武鉄道グループを引き継いだ。オーナー就任後 10年ほどは康次郎の事業をそのまま引き継ぎ、おとなしくしていたがやがて折からのバブル景気とともに全国にプリンスホテルをつぎつぎ建てて隆盛に導いていった。

1973年 11月    西武鉄道社長。
1976年 7月     プリンスホテル社長(〜1987年6月)。
1989年 1月     西武鉄道会長。

大津プリンス
びわ湖大津
プリンスホテル
ハゲ山に近い当初の姿
大津市の高台に建つ堤康次郎の銅像
琵琶湖のほとりに「大津プリンスホテル」(2016年4月1日、びわ湖大津プリンスホテルに改称)が建っている。38階の高層ホテルで、高さは地上133m。滋賀県で最も高いビル であり、ランドマークとなっている。オープニングの時は招かれてサイトの亭主も泊まったことがことがあるが、見晴るかす一面の畑のまっただなかにそそり立っている。なぜこんな ところに、と思うところだが、理由は堤義明氏の父、康次郎がここ大津の出身だからである。父のモニュメントの意味がある超高層ホテルなのだ。こればかりではない。 滋賀県大津市御陵町にある大津市歴史博物館前には大きな堤康次郎銅像が建っている。軽井沢千ヶ滝にも像はあるがここのが一番大きい。

ところで「プリンスホテル」 の名前の由来だが、戦後家計が逼迫した旧宮家や藩侯の屋敷を堤康次郎が買収し、下に羅列したように跡地にホテルを建てていったこ とに始まる。皇室御用達としては三越が長く君臨していたが、テレビの「皇室アルバム」放送で高島屋が食い込んだ。その一角に「西武」が入るための戦略という面もあり 、昭和天皇の皇女、島津貴子さんをプリンスホテル内のショッピングモール「ピサ」に社員として迎えたり、名誉職ながらプリンスホテル取締役にするなど皇室とのつなが をはかっている。

[プリンスホテルの場所の元の持ち主]
東京プリンスホテル・・・徳川家霊廟跡
品川プリンスホテル・・・毛利公爵邸跡
大磯プリンスホテル・・・吉田茂元首相邸跡隣
軽井沢プリンスホテル・・・元根津嘉一郎別荘
千ヶ滝プリンスホテル・・・朝香宮沓掛別邸跡
高輪プリンスホテル貴賓館・・・旧竹田宮邸跡
新高輪プリンスホテル・・・旧北白川宮邸跡
横浜プリンスホテル貴賓館・・・東伏見宮別邸跡
赤坂プリンスホテル旧館・・・李王家邸跡
といった具合である。

一方でスポーツ振興に力を入れ、福岡にあった球団、クラウンライターライオンズを買収し西武ライオンズのオーナーとなり(1978年)、球団はパシフィック・リーグの 王者となり、何度もリーグ優勝・日本一と好成績を残している。スキー、アイスホッケー、フィギュアスケートの強化に力を入れ、日本オリンピック委員会(JOC)の初 代会長などを務める(〜1990年5月)など貢献した。長野五輪招致では大きな役割を果たした。

1980年代後半のバブル景気真っ只中、米国の経済誌『フォーブス』に「世界一の大富豪」(The World's Billionaires)として取り上げられ、その保有総資産額は3兆円 と報じられたりした。神奈川県の自宅から原宿神宮前のコクド本社までヘリコプターで“通勤”する姿がテレビなどでもよく放映された。

「頭のいいやつは要らない。物事の判断はすべて私が行う」と言ったり、土地所有会社にすぎないコクドを舞台に多くのホテル経営やレジャー産業に手をひろげ、借入金を 膨らませて帳面上は赤字経営にして税金をほとんど払わないという強引な手法も次第に批判を受けるようになった。筆者は親しくしていた西武ゴルフ社長や広報室長が一夜 にして飛ばされて唖然とした覚えがある。

仕事柄、義明氏とは何度か食事をしたり、ゴルフをしたりした。忘れられないのは上毛高原プリンスホテル開場の時だ。招待された我々数人はバスでこのホテルに出向いたのだが、 義明氏は夕方ヘリで到着した。ホテルの支配人には「4、5年は赤字でもいいが、そのあとは 黒字にせよ」と命じていた。まさに君臨していた。食事の時たまたま解禁時期が迫っていたボジョレーヌーボーの話になった。義明氏ボジョレーヌーボーの何たるかをご存じなかった。新しいブドウを強制発酵 させたもので云々と記者が説明した。すると広報部長を呼んでこの秋にこれでイベントをやれ、と命じたものである。

まだ日本の輸入量は微々たるもので大手代理店がほぼ独占していたからプリンスホテルが参入する余地はないと思ったのだが、解禁日に新高輪プリンスホテルに招待された。その時前年のソムリエ大会で 優勝したものの社内では一顧だにされなかった田崎真也氏が呼ばれ、シャンパングラスをピラミッド状に積み上げて上からボージョレーヌーボーを滝のように流すショーを見せられた。 どこで調達したのか不思議だったが、プリンスホテルの営業力を見せつけられたものである。

ついでながら、翌日ホテル隣接のコースで義明氏とゴルフをした。何番かのティーグランドで私が打とうとしたら、左上の斜面からドタンドタンと生き物が走り降りてきた。イノシシ と思ったので怖くはなかったが、小さいもののクマだった。クマの通り道をコースにしたので毎日の様に行き来しているとキャディーが教えてくれた。グリーンで寝ている時もあるというので、 驚いたものだ。

この当たりがプリンスホテルに代表される義明ワールドのピークだったのだろう。バブル崩壊後、西武グループの経営は次第に厳しくなっていき、2004年4月8日に西武鉄道が総会屋に利益供与をしていたことが発覚、西武鉄道の会長職を降りた。こ のときはグループトップにとどまったが、2005年3月3日、西武鉄道株式に関する証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載、インサイダー取引)の疑いが発覚したのが命 取りになった。

東証一部に上場していたが、2004年12月17日上場廃止となった。また本人も東京地検特捜部に逮捕され、起訴される(判決は懲役2年6月、罰金500万円、執行猶予4年) こととなり、コクドおよび西武鉄道をはじめとする、すべてのグループ会社の役員職から辞任した。

同時に、西武鉄道グループはメインバンクであったみずほグループへ経営権が移り、コクド・西武鉄道・プリンスホテル間をめぐる堤家との複雑な資本関係は、西武ホー ルディングス発足と第三者割当増資によるサーベラスらの外部資本注入により整理された。2006年3月27日の再編では、グループ持株会社の西武ホールディングスのもと にプリンスホテルと西武鉄道が入り、コクドはプリンスホテルが吸収する形となった。

本人も表舞台から姿を消していたが、2011年7月16日にグランドプリンスホテル新高輪で催された日本オリンピック委員会(JOC)と日本体育協会の創立100周年祝賀式典に 招待され、初代日本オリンピック委員会会長を務めた経緯から特別功労者として表彰された。このとき石原慎太郎東京都知事の隣に立つ写真や映像がひさしぶりにメディア に出た。

堤義明氏が226億円支払い、西武と完全に訣別(2016.2.10)

堤氏の株の処分
堤氏所有の株の処分形態。
元オーナーは完全に西武と訣別する。
西武鉄道の有価証券報告書の虚偽記載で株価が急落したとして、同社とプリンスホテルを相手取り株主が起こした損害賠償請求訴訟をめぐり、西武ホールディングスは10日、元グループオーナーの堤義明氏ら旧経営陣から255億円を回収することで合意したと発表した。旧経営陣から、西武HDの筆頭株主である資産管理会社「NWコーポレーション」(旧コクド)の株式を取得する。これにより、西武HDと堤氏の間では、株式保有を通じた資本関係も完全に消滅する。

西武HDの前身である西武鉄道は、有価証券報告書の虚偽記載問題で2004年に上場廃止となり、株主からの損害賠償請求訴訟で226億円を支払った。西武側は、堤義明氏ら旧経営陣に責任があるとして支払いを求めていた。

堤氏は西武HD株を売却して現金7億円を支払うほか、保有するすべてのNW株(214億円相当)で代物弁済する。ほかの元役員4人もNW株を手放す。西武HDはこの金額を16年1〜3月期決算に特別利益として計上する。かつて上場していた西武鉄道などが株主から起こされていた損賠訴訟は十数件あったが、訴訟の大半が決着したため、西武HDは昨年8月、同社がそれまで支払ってきた金額を堤氏らに請求していた。

堤氏は「従前より、会社に生じた負担は、ほかの元役員でなく私が負うべきものと考えていた。会社に資産の提供を申し出、身をゆだねることとした。解決に至り感謝している」と表明。西武HDの後藤高志社長は「当時の最高責任者として、潔く責任を全うしようとする姿勢を真摯に受け止めたい」とコメントした。

夫人も去り、残ったのは愛人2人とJOC最高顧問の肩書だけ

新聞の経済面では上のようなことだが、裏事情とその後はどうなのか。それにこたえる「週刊新潮」の記事があるので紹介する。

西武ホールディングスが255億円の「立て替え金」を堤氏から回収する形だが、この255億円というのは事件で西武鉄道が上場廃止となり、被害を被った株主から訴訟を起こされ敗訴 したもの。賠償額はのちに西武ホールディングスが肩代わりしたが、2015年8月、堤氏と当時の経営陣4人が弁済を申し出てきた。とはいっても堤氏側にそんな現金はなかったので、会社 側はグループ内の持ち株会社「NWコーポレーション」の株を手放すことを求めた。

「NWコーポレーション」とは、グループの中核会社だった旧コクド(国土計画)を引き継いだ会社。今でも西武ホールディングスの株を15%持ち、堤氏はNW社の4割ほどの株主 だった。手放した株は910株。これは議決権が行使できる3分の1以上になり、株数がまとまっていることから1株3400万円の値段がつけられその金額は約309億円。そこから 西武ホールディングスが立て替えた255億円(遅延損害金を含む)を差し引いた。堤氏に残ったのは約54億円となる。

堤氏は表向き神奈川県二宮町の屋敷に住んでいることになっている。そこには夫人も住んでいたが住民は最近見かけないという。「堤さんの行状にあきれ果てて出て行ったと聞きました。 もともと堤家には『高輪スポーツ』というファミリー企業があり、テニススクールを経営し夫人が代表になっていた。NW社の株も29株持っていて1株3400万円の値がついているので総額 10億円近くになる。ところが4年前に夫人が代表を外れ、埼玉県の入間市に登記を移している」(西武グループ幹部)

入間市の住所には堤氏の愛人・O女史が住んでいる。もともと東京・杉並区の邸宅に住まわせていたので”荻窪夫人”と呼ばれていたが、事件後入間市の約1万平方メートルの邸宅に転居。 堤氏が7億6000万円の金融債と月々75万円のお手当を出していることが明らかになっている。そんな愛人のところに大事なファミリー企業を移したのだから夫人も面白いはずがない。

「しかしそのO女史が住む邸宅にも最近行ってないようで、コクド時代の秘書で、その後堤氏の愛人になったT女史と行動していることが多い。彼女は”コクドの女帝”と呼ばれ軽井沢 の広大な別荘をもらっています」(同)

西武グループから縁を切られ、傘寿を過ぎた堤氏にいま残っているのは「JOC最高顧問」の肩書だけ。あの世の堤康次郎氏が見たら何と言うだろうか。(「週刊新潮」2016年3月17日号)

 ◇ ◇ ◇

兄弟競いながら築き上げた二つの西武王国は、ほぼ同時に落日を迎え、カリスマ経営者も同時に姿を消した。サイトの亭主は双方を取材したことがある。堤清二氏のほうは 辻井喬という文学者としてのインタビューだったので経営の話は一切なかった。堤義明氏のほうは何度か食事を共にして、上述のようにゴルフを一緒にしたこともある。 共通しているのは両方の社員とも、客であるこちらのことなどまるで気にかけていなくて、ご主人様の顔色だけ伺っていたものだ。両方とも女優やタレントに手を出すのも共通していて 、そちらの面でも父親譲りのようである。

ハゲ山に近い当初の姿
開発当初の「八ヶ岳高原海の口自然郷」ははげ山に近い姿だった。=昭和35年ごろの撮影=、
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「八ヶ岳高原海の口自然郷」が出来上がる背景にあった会社やしのぎをけずった二つの同族グループの浮沈をみたところで、当初に紹介したこの土地の開 発計画の話に戻ります。上の写真は「西武八ケ岳高原海の口地区開発構想」の最初の方に掲載されているものです。開発対象地区の航空写真ですが、冊子の発行された時期から見て 1960年(昭和35年)以前の撮影でしょう。

開発当初の自然郷
開発当初の海の口自然郷のカラー写真
同じころ撮影のカラー写真があります。右の写真ですが、これらを見てまず最初に驚くのは、この土地が緑いっぱいの山林だと思ったら、まるではげ山に近い状態であることです。しかも、これから開発するという時期ではなく、すでに 何年も前から手がつけられていました。左端に少しS字型に湾曲した道路が見えますが、現在多くの人が気に入っていて写真にもよく撮られるカラマツ並木のエントランスです。ま だ樹高が低くて路面がむき出して写っていますから植樹されて間がないころでしょう。右端に上から下にほぼ直線で下りている道路が、現在、音楽堂前を通っている幹線道路です。

音楽堂はもちろんのこと、まだロッジもヒュッテもありませんでした。音楽堂前の道路の方が現在のエントランス道路より幅広いのが わかります。理由はこちらの方がメインだったからです。現在、誰でも「千が滝」方向から入って来ますが、この時期にはこの道路はありませんでした。 今では閉鎖されていますが、音楽堂前の道路の右側(北)の八ヶ岳林道側に入り口があったのです。

わが山墅のある区画を歩くと、直径1メートル前後はあったと思われる大きな木の切り株が残っています。真ん中部分が朽ちてそこからシラビソの苗木が育ったりしています。 戦後、国有地だったこの原始林に近い森を切り倒した跡です。当時の西武の総帥、提康次郎が払い下げを受けた経過は上述のようなことですが、なにか昨今の緑資源機構をめぐる国 のでたらめ林野行政を見る思いです。開発計画を見ると、ここばかりでなく同時に払い下げを受けた稲子湯のあたりに持っていた土地とあわせて大規模開発しようとしていたようです。

樹木が少なくて、写真でも区割りがわかるところは最初に売り出された小丸地区あたりですが、この時の売り出し区画は1000坪とか2000坪単位だったようで、広々としていました。現在は400坪前後に小分けされているので 隣とくっつきすぎています。それでも他の別荘地のように100坪とか150坪単位で団地のようになっているところよりはいいのでしょうが。現在では木が茂りすぎて、樹高も高くなり、赤岳や横岳も見えないとか、 男山方向や富士山も見えないということを聞きますが、現在、うっそうと視界をさえぎるまで育った樹木、主にカラマツが多いですが、これらはすべて、この写真以後に植えたかこぼれ種で育ったものです。

そして、自然郷の現在の姿が下の写真です。カラマツが繁って全体に青々としていています。幹線道路も緑の中に埋没してよくわかりませんが、左上の赤い屋根がロッジです。オーナーならここから類推して自分の山荘がどこなのか判断できると思いますが、開発当初の殺伐さからしっとりとした自然郷の雰囲気がわかるかと思います。
現在の海の口自然郷の全景
現在の海の口自然郷の全景(パンフレットから)
(クリックで大きなサイズに)
次に計画書を見て興味をひかれるのは、現在のロッジを中心とした地区にふんだんに池を作り水遊びができる場所が計画されていたことです。地中海クラブのようなマンションのような建物の構想もありました。 バブルがはじけておじゃんになったわけです。地中海クラブは真っ平ですが、ほかの地区がこの計画書通りになっていたらよほど魅力的なものになったことでしょう。惜しまれます。
ハゲ山に近い当初の姿
ふんだんに池や野外劇場が計画されていた当初の設計図。
(クリックで大きなサイズに)

この図は「センターゾーン」の設計図です。エントランスから周遊道路の曲がり方、登山口に至るなご原遊歩道、杣添川などの記述から、現在の八ヶ岳高原ロッジあたりと 思われます。このあたりはペンションやコテージ風の宿泊施設、林間学校やレストハウスが配置されています。一つとして実現していませんがこれでよかったと思わせられます。 やたら人が多く出入りするありふれたリゾートの光景になったでしょうから。

ここからサイクリングロードが四方に伸びていて温室や花木園が配置されその先にはテニスコートなどのスポーツ施設、グラウンド、さらには円形劇場まで計画されています。 そして合計5つの池と水路。この図からは外れますが他の図面ではボートが浮かぶ池がたくさん計画されています。こういうのは実現していたら面白かったと思います。造園をやっている 友人が見て、「山の中ではあるがここはよほど水に恵まれているのだろう。親水公園のようなものを目差したのではないか」といいました。

現在のなご原地区の上の方、富士見地区、唐沢地区、杣添地区、高石地区などはこの設計図にはまったくありません。ホームページの「八ヶ岳雑記帳」でウソと いう野鳥が大好きな 山口さん夫婦の話を紹介しましたが、私よりだいぶ古く、この図面が引かれた後に登山口近くに山荘を建てたのですが、こんな話をしていました。
「クルマで来るのですが、上の方は道路がありませんでしたね。今のヒュッテがホテルで、ここにクルマを置き、長靴に履き替えリュックを背負って登山口まで2キロほどでしょうか 家族でハイキングがてら歩きました」

なんだか、この時代が自然に還る原点だったような気がします。

自然郷にいる人が愛してやまない二つのビューポイントがあります。長くまっすぐなカラマツ並木のエントランスと八ケ岳をバックに森の中に佇む旧徳川邸のヒュッテです。(いずれもパンフレットから)
カラマツ並木 ヒュッテ
長くまっすぐな落葉松並木のエントランス 目白にあった旧徳川邸を移築したヒュッテ

私がいる八ケ岳高原海の口自然郷では「標高 1,500m」という広報の小冊子を季節ごとに出していて、頼まれて2009年4月発行の春の号の 「リレーエッセー」に原稿を書きました。

山上のシルクロード         Y-632  宮崎 健

八ヶ岳のカッコウの初啼きは5月20日です。この日付に3度も聞いたので結論づけました。ご近所のバードウォッチャーの方からも「それでいいでしょう」とお墨付き を頂きました。

昨年9月には8年に一度のヤスデの大発生を見ました。行列をつくって這い回っているのを3歳と1歳の孫娘が腕に這わせて遊びに興じていました。挙句クルマに乗せ て東京まで連れて帰るといいます。母親が震え上がって叱ろうとするので「この子達は一生虫が嫌いになるよ」と注意しました。

数年前に通りかかった方から「息子がヤスデの研究をしています。毒はなく無害ですが以前小海線の線路をふさいでから汽車ヤスデといわれてます」と8年ごと の大発生の理由と習性を教えていただいていました。孫たちはきっと「虫愛ずる姫君」のまま大きくなってくれるでしょう。

長年船医をされて陸に上がってからは八ヶ岳で過ごされていたご夫婦とお茶を一緒にしました。ヨーロッパの港町で仕入れた知識だそうですが、さらさらとタンポポ ワインのレシピを英語で書き残されました。さっぱりしたおいしいワインは今なお棚に健在です。

アメリカから持ち帰ったバードフィーダーに家内がテネシー州で買いました、と添え書きしたのをみて立ち止まった方と「私はナッシュビルのバンダービルト大学 にいました」と立ち話がはずみました。翌年、創立者のバンダービルドの館を訪れました。ロックフェラーと並んで全米で5本の指に入る途方もない鉄道王は別荘 までの専用線路を敷設しました。そのワインセラーで食事してアメリカ史の一端を知ることが出来ました。

「ヤマネに会いたい」と自分のホームページ「八ヶ岳の東から」に書いたところ、美鈴池近くの方から「今米びつの下に押し込めましたよ。早く来てください」と電 話。念願の対面をしました。その直後、音楽堂の前にいる従妹夫婦がネズミかしらと紙袋に入れて我が山墅に持参したのはヤマネでした。先日見たばかりなのですぐ わかりましたが、その夜一家5匹が台所の裏に逃げこみました。

餓死されたら困ると、清泉寮に付設の「やまねミュージアム」に相談したら湊秋作館長がトラップを持って駆けつけてくれました。「イギリスのヤマネは木の枝の 上を歩きますが、日本のヤマネは枝の下をぶら下がりながら走ります。目下、この違いが東西の専門家の最大の研究テーマです」。ともに酒好きだったので夜半ま で不思議な習性をうかがいました。こんな面白い話を独り占めするのはもったいない、自然郷の人たちに聞かせたいと思ったことでした。

ログハウスを建てて22年になります。私は「八ヶ岳シルクロード」と呼んでいますが、通りがかる方々からお話を伺うだけでソローの「森の生活」を読むように 、八ヶ岳の楽しみが深まるばかりです。        (次回は谷口様です)

◇ ◇ ◇

この「リレーエッセー」では次回の執筆者を指名できます。「次回は谷口様」というのは私が推薦した方で、谷口千吉夫人、谷口薫、つまり八千草薫さんです。こちらの文章は「八ヶ岳雑記帳」の 「八千草薫さん、お願いです!」の文末に掲載しました。 



「海の口自然郷」のオーナー会ができました(2012年4月)

サイトの亭主が多くの時間を過ごしている山墅は「八ヶ岳高原 海の口自然郷」と呼ばれていて、上述のように開発が手がけられてから半世紀以上が経ちます。今では1300戸ほどが建ち、それぞれの生活を楽しんでいますが、 2011年夏突然地デジ問題が起こりました。この自然郷一帯は地上デジタル波が入らないので南牧村の村営ケーブルテレビに入ることというのです。それはいいのですが、その工事費が「23万円」だといいます。NHKに聞いたら全国で高い ところでも7万円だといいます。しかも村民はこれまで無料であとから申し込んだ人でも3万円程度の負担だったといいます。要するにこの自然郷の住人だけ「23万円」という理不尽な扱いなのです。

地デジ問題への説明不足と対応策が示されないことなどから、夏の間に自然郷内のあちこちで入居者の立ち話が自然発生的に起こり、そのうちの問題意識を持った人たちがすでに関係機関に働きかけていることもわかりました。 いずれの人も南牧村役場や地デジ関係部署をたらいまわしにされていました。何人かで南牧村村長、総務課長らと談判しましたが役場は頑な態度を変えませんでした。

典型的な役所仕事相手では個人個人が立ち向かっても打開策が開けないとみて富士見地区の原田威夫氏が自然郷で知り合った人を一人ひとりたどって話し合ううちに自然発生 的に数人の有志が集まりました。ほとんどが東京在住だったこともあり、霞ヶ関のクラブなどで会合を重ね、総務大臣へ陳情するまでにこぎつけました。

総務大臣から関東信越電波管理局などに陳情書が回り、自然郷1300戸全体が「難視聴地区」と認定され「B-CASカード」の番号を通知すれば衛星放送経由でNHKと民放の 3局が視聴できるようになりました。 しかし、これはあくまで暫定的救済策でしかなく、新規の受付は平成24年3月末で打ち切られました。

また、自然郷にはこのほかにも多くの問題が発生していて、ごみ処理、カラマツ伐採、ニホンカモシカとシカの食害、放置家屋対策、外来植物による在来植物の後退、急激に増えた横岳登山口への簡易トイレの設置(村営地なので村に要望していますが放置されたまま) ・・・さまざまなテーマが発生しています。互いの知恵を出しあって住みよい自然環境を作っていくために、志ある方々のオーナー会へ参加を呼びかける次第です。


入会は無料です。連絡は原則としてE-mailで行っています。氏名、区画番号、メールアドレス、連絡先(自宅)住所、電話(携帯)などを記入して下記まで
                      海の口自然郷オーナー会事務局(村山弘氏)
                                               E-mail:
m8owner-offce@freeml.com 

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参考までに最近配信した「オーナー会便り」を掲載します(一部)

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海の口自然郷オーナー会便り(2018年5月23日)

【「緑陰トーク」は8月15日午後3時から音楽堂で開催】

昨年のロッジ、山本社長との懇談で「緑陰トーク」をオーナー会とロッジとの共催で続けていくことが決まったことは前回のオーナー会便りで書きました。
その後、講師として白羽の矢を立てた清里の清泉寮にある「やまねミュージアム」の湊秋作館長と交渉した結果、快諾いただき、ご本人も大乗り気で8月15日午後3時から「音楽堂」 で開催することが決定しました。

緑陰トークパンフ
緑陰トーク「やまねの話」のパンフレット
オーナー会の原田威夫会長から「10年くらい前にベランダで撮ったヤマネとウソの写真です」と写真が届きましたので紹介します。バードフィーダーに 入り込んだヤマネですが、このようにどこから入ったのかわからないという忍者のような存在です。

 これに添ってオーナー会では添付のような開催案内のパンフレットを作成しました。7月ロッジからオーナーの皆さんに発送予定の「1500メートル」夏の号に同封ししてもらう予定です。

この日はお盆休みのさなかであること。直前までこの日は「カラマツ(落葉松)でつくったチェンバロによる演奏会」が開かれていて(午後2時半まで)、そのまま流れてくる人もい るとみられ、かなりの人出が予想されます。

【社長が交代】

(株)八ケ岳高原ロッジの社長が4月交代しました。前任の山本敏博社長とは緑陰トークのオーナー会との共催はじめ、パン焼き窯増設、従業員教育など多くの懸案をともに改善するなど協 調路線でやってきましたが、持ち株会社「セブン&アイ・ホールディングス」の役員就任ということで、ご栄転なのでやむをえません。

後任の社長は岩見和敏氏で、西武百貨店広島店長(取締役兼常務執行役員)からの異動で本店や関西の店舗で商品部長などを務めた方です。

折から、5月4日にロッジでオーナー会の有志8人が集まっていましたので(参加者:原田威夫、高橋豊章、村山弘、森達郎、奥忠勝、海老澤猛、渡部滋、宮崎健)、別席に招かれ、 岩見社長と顔合わせをする機会に恵まれました。

30分ほどでしたが、オーナー会とは今後も同じように協調路線でやっていきたい。パン焼き窯問題も一台数千万円するのでおいそれとはいかないが、皆さんのご意見も伺いながら自然郷 の環境保全などに取り組んでいきたい旨発言がありました。

【セカンドハウス減税で改善のきざし】

南牧村村長との懇談会が5月7日に予定されていました。従来のように「聞き流す」態度では許されない、これまで要望したことへの回答の場としてほしいと、申し入れました。

期待していたのですが、この要求のせいかどうか村長は突然所用を理由に懇談会をキャンセルしてきました。やむをえないので、次、夏休みにオーナーが多く集まる時期に開催する方 向で再調整することになりました

村役場との交渉は高橋豊章さんに引き受けていただいていますが、その後も交渉を続けていただいた結果、セカンドハウス減税について、ETC料金のコピー提出、毎月1回は 使用、その時近在の商店の領収書添付など、必要以上にハードルを高くしている点の改善を要求していただきました。税収減を恐れる気持ちはわかるが国のセカンドハウス減税趣旨は 違うところにあるのだから、改善をと申し入れました。

その結果、ETC領収書はいらない、月2日の近在商店の領収書添付など村役場もやや軟化の兆しが見えてきました。次回に報告ができるかと思います。                                 

 以上

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海の口自然郷オーナー会便り(2017年10月27日)

南牧村村長とオーナー会との懇談会の内容

2017年10月3日南牧村役場で、行政側とオーナー会との懇談会が開かれました。出席者は南牧村側からは大村公之助・村長、池本利雄・副村長、津金初男・総務課長、オーナ―会からは原田威夫会長、幹事の高橋豊章、宮崎健、定住されている奥忠勝さんの4人。

冒頭、大村村長からこのところの村の様子やロッジやオーナー会との間の協調関係、懸案事項について話があり、前者では、高原野菜の村も労働力は外国人に頼っている現状で、昨年は従来からの中国人に加えてフィリピン、カンボジアなどからの研修生という名の労働者が600人入ったこと。後者の例として、環境省の「星空の街・あおぞらの街 全国大会」に南牧村が手を挙げて、29回大会を招致、会社側(ロッジ)の協力を得て音楽堂で10月21日、22日に大会を開くことなどの話題が取り上げられた。

【登山道に簡易トイレを設置】

前回オーナー会から申し入れした、登山口の駐車場に簡易トイレを設置する件について進展があった。この件は、登山口そばの山荘に登山者が脱糞するなどの苦情があったことから始まった。自然郷内の道路を「村道」に編入した経緯から管理責任が南牧村にあることから村に要望したもので、大村村長も登山道の付け替えと併せてやりたいと乗り気になってくれた。ただ現在の登山口駐車場に設置するには狭いため、登山口から30分ほど登ったところにある四阿(あずまや)のそばに2つ設置、業者に依頼して月2回清掃を行うなどの管理をしていると発言があった。

簡易トイレ
登山道の四阿(あずまや)脇に設置された簡易トイレ。
この道路は八ケ岳林道で、右に見える橋の脇が横岳への登山口。
この先 まっすぐ1キロほど行ったところに新登山道に予定の幕岩がある
それは朗報なので、翌日、八ケ岳高原ロッジの山本社長に会い、登山口に「すぐ上の四阿にトイレがあります」など看板を出すべきだと伝えたが、折り返し内藤管理事務所長から連絡があり、「あの簡易トイレは期間限定で、10月には撤去されます。来春再度設置するそうで、そのときに告知しようと思っていました」とのこと。

登山道の付け替えについては、1)JR最高地点からのルート 2)杣添川右岸の尾根ルートの2案があったが、駐車スペースがとれること、現在とほぼ同じ登山行程であることなどから2)に固まってきた。ただ旧臼田営林署(行政組織が変わって現在は林野庁中部森林管理局東信森林管理署)や県の環境部など関係官庁との交渉があり、先日環境部長と一緒に歩いた。現在はどの程度一般からの要望があるのか聞き取り段階で、OKがでるのはまだ先になる。

2)のルートは幕岩(せせらぎの小径を登ったところにある切通しのような巨岩)のすぐ下に駐車場がとれるスペースがあり、八ケ岳林道をすこし歩くと四阿に至るもので登山行程としては現在とほぼ同じ。現在でもクルマで幕岩直下まで登れるが、整備して今よりも広い駐車スペースをつくる。「登山口」にあたるのは、現在国道141号線から自然郷にいたる裏道として使われている道路の、開拓碑すぐそばにある橋を上がったあたりになる。数年前に完全舗装されていて、道路整備はここから上だけですむ。

【シカの頭数制限】

シカの食害がひどくなるばかりで、オーナー会からはジビエブームだし食肉加工施設をつくるなど村が直接乗り出してはどうかと申し入れてきた。大村村長からは、食肉にするためにはストレスを与えないで屠殺しなければならないが、これが難しい。村ではシカの尻尾持参で1つに1万円出していて、昨年1000頭分払ったが、まだまだ「減った」という声にはならない。

【セカンドハウス減税について】

オーナー会でことし一番関心を呼んだのが「セカンドハウス減税」だった。固定資産税が軽井沢などに比べて倍くらい高いことはかねてからオーナー同士で話題になっていたが、このことを問い合わせるうちに、「セカンドハウス減税」という国の制度があることがわかった。これは、八ケ岳に入荘して、近隣市町村で「生活」していることが証明できれば、セカンドハウス認定され、おおむね「2割ほど」固定資産税が軽減されるという制度だ。 ずっと前からある制度なのだが、あまり使われると村の税収減につながるので広報しないという役所的発想で、「知らないほうが悪い」という運用がされている。

これについてオーナー会は南牧村に以下の点を申し入れた。
1)自然郷のオーナーは定住している人を除いてほぼ全員「セカンドハウス」として使っているのだから、手間暇かかる申請書を省いて全員に「セカンドハウス減税」を適用すべきではないか。 2)固定資産税は土地と家屋に課せられるものだが、「セカンドハウス減税」は家屋はダメで、土地に対してだけ適用される。ところが自然郷の「地目」の項をみると「宅地」となっている。ほかの別荘地は「山林」となっている。これが自然郷の固定資産税が高い原因だと思うが、地目を「山林」に変更できないか。(適用されれば固定資産税はざっと半分になる勘定)。

この時点で村長が途中退席した(いつものことで)。後に残った副村長と、総務課長(税務係も兼ねている)に問いただしたが、二人とも決断できるタイプではないので、1)については「国の制度で"月に一度くらい使用"ということになっている」、2)についても「自然郷が売り出したとき土地について"宅地"として売り出したのがそのまま今に至っているのではないか。地目の変更はむずかしい」という、のらりくらりとした対応だった。

オーナー会がこの地区の固定資産税の問題を担当している東信県税事務所税制課に問い合わせたところ、「セカンドハウス減税」は国の制度ではあるが、運用はすべて市町村に任されていて、こちらから指導や改正をうんぬんできない。地目の変更についても「宅地」と扱うか「山林」にするかは市町村それぞれの判断にゆだねられている、ということだった。その、南牧村が税収減につながる上記のような件についてよい返事をすることは期待できないが、地デジ問題はじめなにかにつけ自然郷を「金庫」としか見ない南牧村には折につけ是正を求めていかなければならないというのがオーナー会としての結論だった。

固定資産税は逓減されていくものだが、はたしてそうなっているのか、ということもある。先の東信県税事務所税制課の話では、固定資産税の基となる「資産評価に関する審議会」(構成メンバーは有識者、法務局登記官、建築士会、大学教授、市町村職員、県)は3年ごとに開かれていて、次回は平成30年に開かれ評価替えが行われるとのこと。形式的な審議会かもしれないが、審議会の詳細は近々、長野県のホームページで公開されるというので、その審議会に意見を申し入れることができないか、オーナー会で検討することになった。

【地デジ問題】

オーナー会結成の契機となった地デジ問題については今回も申し入れた。  地デジ化は総務省が言っているように「国民等しくテレビ視聴の利便が受けられるように」行われたものであるにも関わらず、南牧村だけケーブルテレビへの加入に「23万円」を徴収している。「他の自治体では高いところでも7万円」(NHKの話)で、しかも南牧村村民のほとんどは無料か新しく村民になったものでも3万円から5万円でテレビ視聴ができている。「23万円」は実質、自然郷住民だけに課す料金になっている。これを正してもらいたいと従来から言っているが、いまだに解決していない。

最初は「寒冷地仕様だから高くなる」ということだったが、オーナー会で調べたところ寒冷地だろうと温暖地だろうとほとんど変わらず2000円程度の部品であることがわかった。次には業者の言いなりになっているのではないか、相みつ(複数社の見積もり)をとっているのかといったところ、「3つの業者から取っている」と答えたが、オーナー会で調べたところ、3社というのは工事を請け負っている中部電力の子会社、その下請け、そのまた下の孫請けの3社だった。これでは競争原理が働くわけがない。

また南牧村は、ケーブルテレビの配線を自然郷まで引くについては、村からも金を出しているので応分の負担は仕方ないという。だが、敷設に当たっては、従来からあった農水省からの交付金で引いた農業無線が土台になっているうえ、ほとんどが国からの助成金で、村の支出としては数百万円と聞いている。自然郷1300戸のうちすでに村のケーブルテレビに入った人は663戸(平成28年度)だというから、これまでに自然郷から1億5249万円入ったことになる。十分すぎる利益を得ている。

以上のことから、オーナー会からは
1)行政として一度決めたことを撤回するのは難しいのは理解できる。一方、IT技術の進歩はめざましく、来年からNHKがネットでテレビを流すなどどんどん変わってきている。この際、「テレビとネットをセットにした新料金体系」を作れないか。スマホの普及がすすみ、ほとんどの人が使っているが、自然郷ではロッジでしか使えないので「自然郷全体をwi-fi(無線LAN)環境にしてほしい」という声が高まっているのでこちらの要望とも合致する。 (自然郷の無線LANについては会社側にも要望を出している)

2)村のケーブルテレビのうち、ネットのプロバイダー料金が高い。都会の料金体系と大差ない。セカンドハウス減税と同じで、短期滞在向けに、3カ月とか半年といった短期の契約料金を検討してもらいたい。

3)ケーブルテレビはインターネットのツールでもある。村はIT時代を見据えてこれから独居老人の見守り、過疎地区の医療などにネットを生かすような発想をもってほしい。一時的な「収入源」という発想はやめてもらいたい。

などを伝えたが、この時点で村長は退席していて、副村長と総務課長だけが相手。この二人は、決定できなくて、オーナー会からの話をただ「聞き置くだけ」という態度に終始してるので埒があかないこと甚だしい2時間であった。次回、村との会合があるときは、これまでのオーナー会からの申し入れや要望についてはっきり回答と言えるものを出すことを要求したい。

【来年の「緑陰トーク」が本決まり】

昨年のロッジ、山本社長との懇談で「緑陰トーク」をオーナー会とロッジとの共催で続けていくことが決まりました。今年夏にも緑陰トーク(うすだスタードーム所長の星空の話)が開かれましたが、オーナー会として関与しなかったので「共催」とは謳いませんでしたが次回からは積極的に企画から参画します。

そこで、清里の清泉寮にある「やまねミュージアム」の湊秋作館長に白羽の矢を立て交渉しました。本人はロンドンにいて10月まで帰国しないというので、メールでやり取りした結果、快諾してもらいました。実施時期は来年夏のお盆休み直前の土曜日を目途にして、音楽堂のリサイタルの合間になど日程調整して来年G・Wごろ開催日を決めます。湊館長や秘書などと細部を詰めるのは管理事務所の内藤富夫所長にお願いしました。

特別天然記念物のヤマネはご存知の方も多いと思いますが海の口自然郷にたくさんいます。「山荘の布団の中で冬眠していた」とか「米櫃にいた」とか「郵便受けで出産していた」など、自然郷からの連絡で出動してやまねミュージアムで保護した個体も多いそうです。「森の忍者」とか「森の妖精」とか呼ばれる可愛らしくも謎につつまれた小動物です。

湊秋作館長は和歌山県の小学校教諭をしながら八ケ岳に通ってヤマネの研究に没頭、ヤマネやリスなどの樹上生活する動物のために道路下にトンネルをつくったり、道路に上に高架橋を作ったりする保護活動をしている方。関西学院大学教育学部教授。

これがヤマネです
原田さんのところのバードフィーダーに入り込んで
寝込んでいるヤマネとそれとも知らずに餌を食べるウソ。
オーナー会の原田威夫会長から「10年くらい前にベランダで撮ったヤマネとウソの写真です」と写真が届きましたので紹介します。バードフィーダーに入り込んだヤマネですが、このようにどこから入ったのかわからないという忍者のような存在です。

 

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海の口自然郷オーナー会便り(2017年8月29日)

ストーブ用の薪の価格 in 2017

海の口自然郷周辺のストーブ用の薪の価格があまりにも違うので、オーナー会では数年前から近在店での価格情報を流すようになりました。ここ3年ほどは大きな価格変動もなかろうと調べていませんでしたが、今回久しぶりに調べてみました。

軒並み価格を引き上げていて、全体に高くなっています。3年前と同価格というのは1軒だけでした。ここは前回オーナー会から、できるだけ安い価格に据え置いてほしいという要望をしておいたところで、その後自然郷でのお得意さんが増えて、この価格でやって行けているのでしばらくこの価格で行くとのことでした。

前回も書きましたが、薪の価格が上がると、まわりにわんさとあるカラマツを何とか使えないかという思いが出てきます。成長が早い特性通り、自然郷開設50年ですっかり大木に育ち、伐るだけで1本2〜3万円です。それを捨てるのにまたお金がかかるという悪循環です。でも、西洋ストーブではやはりカラマツは厳禁です。

筆者が昔カラマツを燃やした経験では、火力が強くていいのですが、やがて煙突の繋ぎ目からタール状の粘質性の液体が染み出してきます。これがしたたり落ちるのです。これくらいはいいかと思いがちですが、危険なのはこれからです。煙突内にこのタールが付着して蜂の巣状に育ちます。最初は乾燥していますが、炎が高い時などに引火して一気に燃え出します。煙突が真っ赤になるほどの高温で、ために火事になった事例が報告されています。

どうしても燃やしたい方は、北海道などで使われている、薪ストーブがあります。細長いバスタブのような形をしていてかなり長い薪でもそのまま使えますが毎年煙突掃除が必要になります。す

こし部屋が煤ける欠点がありますが、北国ではごく普通に使われているなんでも燃やしてOKの薪ストーブです。近在では長坂に下りる途中の赤い橋の先にあるストーブ店やカインズ佐久平店で扱っています。

カラマツも4〜5年(人によっては2,3年でいいという説も)外に放り出しておけばタール分が抜けて西洋ストーブでも大丈夫という方もいます。処理に困っている方は一度お試しください。自然郷にある木ではシラカバ、ダケカンバ、ミズナラはよく燃えますがすぐ燃え尽きるという火持ちの点で難点があります。ナナカマドはその名の通りまったくストーブには使えません。

なお、ご近所でまとめて、長いまま購入して好みの長さに切る「トン買い」とか「平積み」という方法で求めている方もいますので、これを受け付けているところは一緒に紹介します。また木の種類はすべてナラ(楢)です。一把は直径40センチの針金でこれはほぼ全国共通です。配達料を別に取るところもあります。

近在で薪を扱っているところの価格を高い順に並び替えて紹介します。

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1、海の口自然郷管理事務所 ( 0267-98-2224)
一把 864円(消費税込み)
3年前は756円でした。毎回どこよりも高いのは業者価格にマージンを乗せるというイージーな方法を踏襲しているためで、安い仕入れ先をさがすなど一考を願いたいものです。 2、 ジェイマート長坂店 ( 0551-32-0011)
   一把  646円(消費税込み)
 

  ジェイマート長坂店は長坂IC前のスーパー、オギノ長坂店に並んでいるところです。表向きは「配達なし」ですが、「お客様の買い上げ商品の配達はしている」とのことで、交渉すれば届けてくれる感じです。また現にここで「トン買い」をしている自然郷住人もいます。現在もそのままか聞いたのですが応対出た店員がよく知らない人だったので、直接交渉してください。

3、 ナナーズ川上店( 0267-97-2321)
一把  756円(消費税込み)

ナナーズ小海店(0267-92-2116)も扱っていましたが昨年から川上店だけになりました。ナナーズは毎年のように扱い業者が変わるところで、そのたびに価格が上下します。一時は780円という時期もありました。苦情が出たようで扱いを山梨の業者から南牧村の兼業農家に変えたりしたものの業者言いなりの高価格で客離れを起こしたようで、川上店だけで扱っているだけとのこと。

4、 中部森林組合( 0267-92-2070)

初めて紹介するところです。小海町の国道141号線沿いにあります。以前筆者がここから薪を買っていたので問い合わせてみたのですが、現在は一把単位での販売はしていないとのこと。上で紹介した「トン買い」専門で、

   1万3000円 / トン

とのこと。これで薪にすると100把は取れるので3分の一の値段になります。 2メートルほどのナラの木がドサッとトラックで運ばれてくるのでチェーンソーで切断して太いものはさらに斧で割るというワイルドな作業が必要になります。

5. 南部森林組合( 0267-97-2518)
配達して一把550円(消費税込み)、取りに行って一把518円
 

 南部森林組合は川上村役場の隣です。「トン買い」も受けつけています。ただ10トン単位というのが壁です。10トントラック1台だとナラだと13万円(プラス消費税)、ナラ半分雑木半分」だと10万円(同)、広葉樹ならなんでもいいなら7万円(同)です。200把は取れるだろうということですがこれまた相当な労力が必要です。。

6、ヤナショウ ホーム ( 0267-92-2015)
   一把592円(消費税込み)

ヤナショウ92-2015)は小海町役場から数十メートル先の141号線沿いにあるホームセンターです。ここから取り寄せているいる方もあるようですので紹介しますが扱いは現在ほんの少々で、店先においてあるのは数束くらいでキャンプ用品扱いのようです」。

7、新津木材(株) ( 0267-92-3429)
    一把420円(消費税込み)これからもこの価格を維持します。
    

 小海町にある製材所です。自然郷での薪の価格がどんどん吊り上る(10年前は1把280円ほど)ことに憤慨していたら「どこよりも安くしよう」とまず低価格設定から話に乗ってくれたところです。副業でシイタケ栽培をしていて、このほだ木(ナラ)を使うのが安く出来る理由とのこと。足らなければ知り合いに声をかけて調達してくれます。ただし30杷以上の注文でカーポート下ろしということになります。ストーブによっては30センチほどの「短い」薪しか入らないお宅があります。特注することになりますが、作業する秋以降に連絡すれば注文にこたえてくれます。いずれも電話かファックスで注文、後日振込みという簡単注文です。

新津木材(株)〒384-1102 長野県南佐久郡小海町小海4429-2 
Fax0267-92-3688  (振込先)八十二銀行小海支店、口座番号2000133 新津木材株式会社
                                                                                                               

(以上)

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海の口自然郷オーナー会便り(2017年6月17日)

山荘の税金(固定資産税)が2割安くなる方法

軽井沢にいる友人と時々税金の話をするのですが、いつも南牧村のほうが倍ほど高いのです。南牧村役場に問い合わせたところ「こんなものです。どこでも同じです」と言われました。10数年前のことです。

ことし5月に固定資産税の税額決定通知が各戸に届いたと思いますが、改めてその友人に聞いてみたところやはり南牧村のほうがだいぶ高いのです。南牧村役場に「高いようだがもっと安くならないのか」と話をしてていたら、安くなる方法があると教えられました。

セカンドハウス認定というのを受ければかなり安くなるというのです。正式には「家屋の利用状況に関する申告書」というそうですが、その書類が東京の自宅に届きました(5月30日)。テキストだけ抜き出すとこういう内容です。 また記入例を示した文書がついていました。(添付1)

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長野県南牧村役場総務課税務係
記入例
添付1  記入例(クリックで拡大して読んでください)

 平素は、当村税務行政にご理解を賜り感謝申し上げます。  さて、本日ご連絡頂きましたセカンドハウス認定に関する書類につきまして、別紙のとお り「家屋の利用状況に関する申告書」を送付させていただきます。記入例を参考に家屋の利 用状況を記入していただき、利用状況が確認できる書類を添付のうえご提出ください。

 ご提出の際には、同封の返信用封筒をご利用ください。よろしくお願いいたします。  ご不明な点がございましたら下記担当までご連絡をお願いいたします。

※利用状況が確認できる書類としては、高速道路料金等の交通機関利用時の領収書の写し(E TC等の利用明細等で、行き帰りの日付が記載されているもの)、南牧村内または近隣市町村  (南佐久郡内の町村・佐久市・山梨県北杜市)で買い物した際のレシート等の写し(ひと月 につき連続した2日分以上)等が必要となります。

※今月からの利用状況を来年度提出いただいた際は次年度課税からの軽減の適用となります。 南牧村役場総務課税務係 井出
     電話 0267-96-2211


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要するに八ケ岳に入荘して、近隣市町村で「生活」していることが証明できれば、セカンドハウス認定され、減税されるそうです。使用金額の多寡が問題ではなく、買い物した商店の領収書、温泉施設の半券、飲食店のレシートなどを添付すれば(今年度中、つまり来年3月までの分)いいとのこと。ETCはクレジット会社利用が多いとおもいますが、ネットで明細があるところをプリントアウトして添付すればOKです。

管理事務所に入退荘届を毎回出しているがそれで代用できないのかきいたところ、会社と連携していないので別途届を出してほしいということです。
また固定資産税は土地と家屋に課せられるものですが、この制度は家屋はダメで、土地に対してだけ適用されるものです。家屋にも適用してくれれば固定資産税はざっと半分になる勘定です。
ずっと前からある制度ですが、あまり使われると村の税収減につながるので広報していないという役所的発想で、「知らないほうが悪い」ということです。

そんなことで、東京の自宅に書類が届きましたが今度はご丁寧に返信用封筒(料金受け取り人払)付きで、「前年度税額をもとに試算したところ〇〇様の場合〇〇万円安くなります」とざっと20%減額になるというありがたい文言が書いてありました。

申請書
添付2 申請署 (拡大してA4で印刷)
申請を希望する方は、役場に連絡すれば必要書類が返信用封筒付きで送られてきますが、添付2の申請書類をプリントアウトして記入してもかまいません。添付はJPGですがPDFで印刷できる方はオーナー会に希望してもらえばPDFを送ります。


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海の口自然郷オーナー会便り(2017年5月29日)

南牧村にある「北国の春」の歌碑

オーナー会世話人の一人 宮崎 健さんから「北国の春」歌碑の写真の紹介がありました。下記に宮崎さんの一文と写真を紹介致します。

「北国の春」歌碑
「北国の春」歌碑
先日の村長懇原稿で「北国の春」の歌碑の話がありました。で、その写真がありました。
昨年141号で交通規制の片側通行があり左をみたらこれがあったので助手席の窓越しにちょいと撮ったいい加減なものです。

日付を見ると昨年の6月2日です。場所は「海ノ口城入口」の標識のあるあたり、八ケ岳カントリークラブ入口の橋があるところから50メートルほど手前の公民館のあるところです。佐久にむかって左です。

「いではく生誕の地」とあるところから、彼の生家があるのかもしれません。観光資源になるかどうかはわかりませんが テレサ・テンが中国語で歌って台湾、香港、中国、ベトナムなど中国語圏というか漢字圏では愛唱歌になっているので そちらの観光客が見込めるかもしれません。

いで・はくは現在日本音楽著作権協会(JASRAC)の会長ですが、近頃音楽教室で教える曲の使用料や、京大総長が入学式でボブ・ディランの歌詞から祝辞を述べたところそれにも著作権料を請求したり、あこぎな所業が目立つので小生のブログで何度も叩いているところです。             以上

                                

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海の口自然郷オーナー会便り(2017年5月16日)

登山道付け替えに2案

平成29年5月8日 午後 南牧村役場でオーナー会と大村公之助村長との会談が行われました。 同席者は 池本利雄副村長、津金初雄総務課長、島崎久嗣総務課長補佐。オーナー会から原田威夫、高橋豊章の世話人2名。
面談の話題は、ロッジ山本社長との面談と概略同じでしたが、主な内容は以下。

1 大村村長から、冒頭かねてからの懸案である登山道の付け替えについて、現在ルートが2案あることが示された。関係省庁とも協議の上、近くルートの選定に入る。そのため5月9日 村の職員とロッジの関係者とで山に入り調査する。   

  1案は 野辺山JR最高地点の林道経由で「あずまや」に至る。
  2案は 杣添川の右岸に沿った道で「あずまや」にいたる。

(「あずまや」は現在の登山口から20分ほど上がった八ヶ岳林道沿いにある小さな四阿(あずまや)と池があるところで、傍にヘリポートがある。)

2 当方からの意見要旨
  2012年の地デジへの切り替え問題で痛感しているところだが海の口自然郷の利用者としても、南牧村・八ヶ岳高原ロッジとも、日頃 から意思の疎通を計って行きたい。   所有者の視点から見た問題点も有り、一方自然郷には各界に亘って種々の知見・経験を持った者も多く居るので、村の活性化について提言もさせて頂きたい。

 (1)海の口自然郷の自然環境は近年著しく悪化している。

  原因1 樹木の成長により高原から湿度が高く日照の少ない樹林帯になって来ている。その結果貴重な高山植物が育ちにくい。

  原因2 温暖化の影響か日本鹿が増殖し、しかもこれまで羚羊の生息地であった海抜1700m地区にまで及び樹皮のみならず高山植物まで根こそぎ食べ尽くしている。   村で作地に網を張って侵入を防いだこともあり、自然保護区の自然郷に集中している。
  1 の対策としては、森林組合の協力も得て伐採し、間伐材の事業化(建築材・チップ・・・)など
  2 の対策としては、鹿の個体数を減らすとともに、対応策として村内に屠場を作り、鹿肉の食材化、ジビエ産業などで就労人口を増やす事により、村の活性化を図る。
 (2)南牧村の自然は貴重なものです。軽井沢・清里の駅前の轍は踏まないでほしい。村が本来的に持っている自然環境・資源・人材に依る活性化を促進してほしい。
 (3)隠れた宝 海の口城等史跡・遺跡・いで はく「北国の春」歌詞碑、秩父事件史跡(小海町馬流)・・・。
    野辺山高原の コナシ・ヤマナシ 村役場駐車場のアオナシなどの観光資源化を図る。

3 大村村長は1時間ほどで退席した。その後 管理職の3人と地デジ問題について話し合ったが、副村長、総務課長,総務課長補佐の3人共に2012年の地デジ化当時の   担当者ではないので、地上デジタル推進協議会の一方的な男山中継所の廃止以来の事実上の地デジ難民化と、南牧村営テレビの法外な地デジ加入金の経緯について説明し、   適正化を求めた。
  島崎課長補佐より、この件については工事費の資料提出を当方に求め、待っている状態との発言があったが、全国的に見ても異常な、特殊な南牧村仕様という縛りが   高価格を招いている事を指摘した。

                                 以上                                    

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海の口自然郷オーナー会便り(2017年5月14日)

(株)八ケ岳高原ロッジとオーナー会共催で 緑陰トークを再開へ

八ケ岳に春の訪れがやってきました。山にご無沙汰の冬期もオーナー会有志で都内で何度か会合を持ち自然郷でのいろんな問題を話し合ってきました。折々に会合では最近参加された方に案内して広くご意見を募るようにしてきました。例えば、4月18日東京・内幸町のプレスセンターでの集まりには吉川章さん(Mー723)、鬼頭幸三さん(R-223)が、5月4日、高原ロッジでの集まりには、渡部滋さん(Yー346)、海老澤猛さん(T-435)が初参加いただきました。

ロッジでオーナー会
5月4日の集まり。(右から時計回りに)渡部滋(Y-346)、宮崎健(Y-632)、海老澤猛(T-435)、鬼頭幸三(R-223)、高橋豊章(K-415)、原田威夫(F-217)、村山弘(K-408-1)の各氏。

そうしたオーナー会から集まった意見をG・W中の5月6日午前、高原ヒュッテで会社側にぶつけました。集団団交のようにしたくないので今回は(株)高原ロッジ側からは山本敏博社長一人、オーナー会からは原田威夫会長、幹事の高橋豊章、宮崎健の三人の計4人だけで短時間に集中的に話し合いました。概要は以下のようなことでした。

* 自然郷内の工事について

山本社長からは自然郷の概況について話があった。国道141号の青い鳥マークがある自然郷入口から千ヶ滝までの間は南牧村管理の村道だが、今回、村予算で舗装改修工事に着手した。前村長時代から、オーナー会からは村の税収の4割近く(一般会計)も自然郷からの収入があるのに、目に見える形ではなにも自然郷のために使われていないと申し入れてきたことへの少しの改善策かと評価した。

ロッジ側の道路工事としては杣添地区の幹線道路の舗装工事に入る。これは現在道路中央に埋まっている水道管を、道路わきに埋設して、道路本体地下には砂と砂利しかないような工事を3年かけて行う。

* シカの食害について

自然郷含めて南牧村にはざっと1500頭生息していて、毎年わなで捕獲しているものの数十頭どまりである。毎年シカは2割ほど増えるという繁殖力でとても追いつかない。

オーナー会からはヤナギラン、マツムシソウ、コオニユリが全滅状態でトウヒ(唐桧)、コメツガ、サラサドウダンの樹皮がかじられて毎年若木が枯れている。深刻なのは八ケ岳に多かったヒヨドリバナ、ヨツバヒヨドリはじめフジバカマ(藤袴)系の草花が全滅したことでこれを食草とする アサギマダラが見られなくなった。日本の蝶のほとんど(7割)が生息することで有名な八ケ岳は今や有名無実となっている。鹿よけのネットを張り巡らす山荘も増えてきて景観の上でも見苦しい。オーナー会では一部の人の力でこうした食草を増やす試みもあるが、植えても現状では意味がないのでシカの生息数削減を急いでもらいたいと申し入れた。

山本社長からは、深刻さはわかっている。何とかしたいと、ロッジ中庭にシカが入れない土地があるので、ここで蝶の食草を増やす試みを始めるとの報告があった。これとて、食草が食べられてはなんら進展はないことなのでまずシカの頭数を減らすことが大事だということで一致した。

これに関連して、農林水産省がシカやイノシシなどの肉を上質の食肉としてレストランなそに提供するジビエに認証制を制度化し、食肉処理場を作る行政などに助成金を出す試みが今年度中にスタートするので南牧村とともに乗り遅れないようにしてもらいたいと伝えた。(この件については直近に開かれる予定のオーナー会と南牧村の大村公之助村長との懇談会で持ち出す予定なので、次のオーナー会便りで詳述します)

* 自然郷全体を無線LAN環境に

スマートフォンが普及してきました。年齢が高い自然郷ではガラケーの方も多いでしょうが、若い人ほど必需品です。自然郷では無線LANの環境にあるのは高原ロッジ館内だけです。こうしたWi-Fiによってインターネットにつながる利便性をどこの山荘でも使用可能にしてほしいという要望が高まっています。

自然郷でのケイタイの受信状況はNTTドコモがほぼ全山でOK、auが部屋のごく一部で入る山荘がある程度、ソフトバンクは全然ダメです。資金力の差で都市部だけで勝負しているところと、前身の電電公社時代の電話線普及の実績でインフラが整っているところの差です。山本社長の話では今年になってauから自然郷での受信改善に向け話があったそうでこちらはすこし改善が見込まれますが、ソフトバンクはまるで改善の見通しがありません。

一方IT技術の進歩は急速です。例えばNHKが来年度(平成30年)からインターネットにテレビ放送を流す申請を出しています。民放も追随する運びです。認められるでしょうから、来年にはパソコンやスマートフォンでテレビが見られるようになります。オーナー会では南牧村の法外なケーブルテレビ加入費用をめぐって折衝を重ねていますが腰の重い役所相手で遅々として進みません。そんな行政の鈍さは捨て置いて通信技術の進歩はスマートホンやパソコンでテレビが受信できる時代になろうとしています。

それを可能にするために山本社長に提言を行いました。自然郷全体に張り巡らされている南牧村のケーブルテレビ配線を利用するなり、独自に自然郷内10か所ほどに送信アンテナを建てる(電波の直進性で最大1キロほどしか届かないので複数施設が必要)なり、受信環境を整えてもらいたい。無線LANの送信機は10年ほど前で1基数万円だったから今ではもっと安いだろう。

自然郷内どこからもネットに繋がるとなると朗報だし自然郷のネット環境が優れていれば別荘地としての価値も向上すると思うのでぜひ一考をお願いしたいと申し入れた。これに対して、社内の若い人のIT技術も上がっていて、例えばホームページなどで早朝撮影した写真が1,2時間後にはネットにアップできている。費用と効果をこれから検討したいと返事があった。

* その他の問題

一部の会員から、徴収している管理料の明細をはっきりさせてほしいとの提案があった。富士見、唐沢地区ではガス、ケーブルテレビ、電気などが共同溝に埋設されていてこの料金を別に徴収されていたが、ケーブルテレビの配線が撤去されたのに、それに見合った減額が少ないように思うということだった。この件については山本社長から「一度検討します」との返答があった。

不評が多かったロッジレストランの食事内容についてはホテルオークラにいた山田シェフが鹿島の森から来てくれて改善されたと思うと山本社長から話があったので、それはそれで結構だが、サービスのウエイターの袖口からスウェーターの柄色が出ていたり、サラダからこぼれたトマトを拾って皿に戻すようなことでは見苦しいから従業員教育に力を入れてほしいと前回同様なことを意見として伝えた。

なにより、ホテルのステータスを上げるためにパンとケーキに力を入れたらどうかと進言した。山岳リゾートホテルとして格段の地位にある上高地帝国ホテルの例をあげ、ミルフィーユを食べたいとそれだけを目当てに早くから予約を入れるファンがいる。あれだけの山の上でもきちんとパンを焼いている。ここロッジではガーリックパンにファンがいたものだが、夏にはなかなか手に入らない。窯が一つなのでたくさん作れないという。ホテルで必要な分を焼いて余ったら売店に出すというのでなく、窯を増設してでもパン職人やパティシエの養成をしてパンやケーキを売り物にしてほしい、と意見を申し上げた。

自然郷に廃屋が目立つようになった。およそ10軒くらいある。周りも迷惑だしイメージも悪いが何分私権のことなので強制することはできない。道路にはみ出した立木の伐採でもそうだが「みんなのために私権の制限」ということも考える時代が来ているのではないか。

* ロッジとオーナー会の共催で「緑陰トーク」を開催

今回の社長懇談で最大の収穫は表題のように、緑陰トークについて快諾を得られたことだ。

前回のオーナー会便りで書いたが、自然を守る会の解散で緑陰トークを楽しみにしていた老婦人の会話をお伝えした。このくらいのことはオーナー会でお力添えしたいが、講演者への謝礼や宿泊などで経費が発生することがあるので、完全ボランティアのオーナー会ではお金の出所がない。どうしても会社側との「共催」という形でないと解決できない。

山本社長に率直にこのことを伝えたところ「こちらからお願いしたいぐらいです。一緒にやりましょう」と言っていただいた。細部はこれからだが、自然を守る会は高齢を理由にやめられたので再びお願いすのもどうかと思うので、現在のオーナー会幹事とロッジ側の催事担当の間で詰めていきたいと思います。当座、こういう催しをしたいと思うものがいくつかあるので、なるべくお金のかからないものから始めたいと思います。                                  

  (了)

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海の口自然郷オーナー会便り(2016年11月3日)

八ケ岳高原ロッジ社長・役員とオーナー会の定例懇談会

恒例のロッジ社長とオーナー会との懇談会が2016年9月19日、ヒュッテで行われました。会社側からは山本敏博社長、新任の新津栄市取締役(別荘事業部担当)、内藤富夫管理事務 所長の3人(岩井盛幸取締役別荘事業部長は家族の病気で欠席)。オーナー会からは原田威夫会長ら5人が出席。

冒頭、山本社長から会社の概況説明があり、
昨年5月末前任の白取から社長を引き継いだが、経営は2013年度から黒字が続いている。6月から高見沢取締役が退任、新津が新しく取締役に就任した。小池、岩井、新津の3人が常勤取締役 になった。

ホテル事業では、音楽堂については「人と自然の共生」をテーマに一段と力を入れていて、従来年間20興行くらいだったのを55興行まで増やしている。ジャンルもクラシックにとどま らずジャズやフォークにまで広げ、7月には公演が通算500回を超えた。今年は辻井伸行氏のピアノ演奏会が3夜連続で開かれ、いずれも満員の盛況だった。

別荘販売は、景気のほうはもう一つだが、ホームページへのアクセスが前年比110%に増え、問い合わせも増えていて前年の仲介物件は250にまで増えた。

オーナーの方の利用状況は、今年は雨が多かったにもかかわらず、入荘は前年比104%の5万件(滞在日数)になっている。平均滞在日数は7日である。

自然郷jの美化推進に力を入れていて、クラックが入った道路の舗装は、唐沢地区が4年かけて今年完了、杣添地区も改修した。なご原地区では水道管の交換工事に合わせて道路舗装を行っ てきたが、今年春までに、唐沢・富士見入口から下2キロが完了してスムーズに走れるようになり、こちら回りで上がるクルマの通行量が増えた。今夏からその先、配水池(深井戸)から 登山口まで100メートルの工事に着手。寒冷地用に深さ1.2メートルまで砂利を入れ替えた。(この懇談会時点では完成していなかったが)10月下旬に舗装にかかり、雪が降るまでに は工事を終わらせたい。

舗装なった登山口
舗装の改修工事が終わった登山口付近(ロッジのHP10/30から)
その先、登山口から下の幹線道路についての舗装計画だが、予算とのからみもありまだ具体的に決まってはいないが、「追々と」舗装工事を行いたい。
漏水問題についても、5年かけてポンプを全部入れ替えた。山荘1軒あたり漏水が1トン/日だったものが、900キロリットルになり、水圧も安定してきた。

側溝の補修も小丸地区では2年前から行っている。高石地区では泥で詰まっていることもあり、雨が入ると砂利があふれたりしていた。この対策として、コンクリートと土砂を同時に混ぜて 舗装する新しい工法で順次着工している。間伐についても幹線を中心に行っている。ホテル駐車場の間隔が狭かったので55センチほど広げた。ホテルロビーの絨毯は来年度で交換予定だ。

オーナー会側からは、春に南牧村役場で行った地デジ問題での4者協議(南牧村、信越総合通信局、総務省情報流通行政局の衛星・地域放送課地域放送推進室、オーナー会)の内容報告があり 、ことの発端がかつてロッジ側が出席した地域協議会で了承したことにあるので、これからも新村長に積極的に働きかけてほしいと申し入れた。

新村長が登山道の付け替えというアイデアを持ちだしたことは前回のオーナー会便りで報告したが、その後村長は本気で旧営林署など関係役所との折衝を行っていて、来年度から予算をつけて 進める方針であることがロッジ側から説明があった。

毎度問題になる鹿の食害についても取り上げられ、今年は特にひどく、マツムシソウ、コオニユリ、ヤナギランなどがほぼ絶滅、八ケ岳に多い蝶も食草のヒヨドリバナ、ヨツバヒヨドリが食べ られたことで名物のアサギマダラはじめクロアゲハなどが寄り付けなくなっていることなどが話題になった。2年前から管理事務所が村の猟友会に入って駆除に努めているが、昨年1300頭 捕獲したものの近隣一帯には3万600頭ほどいて、毎年2割繁殖するのでとても追いつかない。冬の間15頭ほどの集団で山荘の軒下などに入って冬越ししているようだ。小丸地区には冬も たくさん出没する。なご原地区や富士見地区では山の上からはニホンカモシカ、下からは鹿が入ってきてトウヒ(唐檜)、コメツガ、サラサドウダンが食い荒らされている。

鹿除けネットや、食害にあう樹種に布テープを巻くのが効果的で、年々こうした対策をとる山荘が増えて美観の点で問題だが、食害のことを考えるとやむをえないという状況が続いている。

このほか、オーナー会からは、地デジ問題発生の遠因でもあるが、会社側もオーナー側も、IT時代と言われるインフォメーション・テクノロジーへの勉強不足がある。南牧村ケーブルテレビへ誘 導することで即「金儲け」に結び付けるのではなく、デジタル時代の恩恵を皆が享受できるようなものにする発想がほしい。例えば、スマートホン全盛時代に合わせて、自然郷全体に無線LANを 張り巡らせる(1基数万円で1キロ四方電波を飛ばせる)などインフラ整備を急いでほしい。「ポケモンGO」のキャラクターがヒュッテに現れるとかで人が少し集まるというが、これなど並 みのキャラクターでなく、任天堂と掛け合って「レア・キャラクター」を登場させれば、飛躍的に人が蝟集するだろうし、ロッジのホームページも今は制作会社に外注しているようだが、編集 能力のある社員を採用したほうがはるかに経営効率が上がるのではないか、など提言もあった。

社長、役員との懇談内容は以上のようなことだが、これより先、8月28日にたまたま居合わせた山本社長、内藤管理事務所長、原田オーナー会会長、幹事の宮崎の4人でお茶を飲んだ際 「自然を守る会」の解散のことなどが話題に上がったので報告します。

≪「八ケ岳の自然を守る会」が解散≫

オーナー会ができたきっかけですが、地デジ問題が発生したとき山荘オーナーの利益代表として当局と交渉する組織がありませんでした。新聞社の総務省担当記者が取材のため来荘したとき、 オーナーの声を聞きたいと言われたが、オーナー同士は横のつながりがないので困り果てたとき「八ケ岳の自然を守る会」が手を挙げてくれて、取材の窓口になり、以後、この時集まった人た ちの間で、各地区代表が幹事になって自然発生的にできたのがオーナー会でした。

「自然を守る会」のスタートは早く、30年ほど前に海の口牧場にゴルフ場をつくる計画が持ち上がった時、反対の声を上げたのがはじまりです。初代の会長の後をついだのが、なご原地区 の高橋さん夫妻で、毎年、ご主人がガリ版を切ったりイラストを描いたりし、夫人が企画を立てたり各地区を足しげく回って個人の顔をつなぎながら、山荘での音楽会や講師を招いての「緑陰 トーク」、個人で花を育てている方の花壇見学などの活動をしてこられました。20余年たち、ご夫妻とも高齢となりとてもきつくてこれ以上続けられないと、2016年春ついに「解散宣言 」するに至りました。

オーナー会幹事の一人が今夏巡回バスに乗っていたところ、乗り合わせた高齢の婦人2人が、「緑陰トークを楽しみにしていたのに残念」と話をしているのを耳にしました。
オーナー同士の横の連絡網といったものはもともとあまりないのですが、守る会が解散したとなると、あとはオーナー会しかありません。巡回バスで会話されていた高齢のご婦人方の願 いをかなえてあげられる組織としては唯一になりました。「緑陰トーク」の開催くらいは引き継ぐことができるのではないかということがオーナー会の雑談のなかに出るようになりました。 ただ一つ難点はオーナー会はすべて無料ですので予算というものを持っておらず、講演会など開いた場合、発生する講演料の原資がありません。しかしそこはアイデア次第です。自然郷には 多くのユニークな生活スタイルをお持ちの方がいます。こうした方々の好意にすがって得意な分野で一席持論を聞かせてもらうなどすればおもしろい「緑陰トーク」の場が持てるのではない か、ということです。

これから先について、まだ雑談の域を出ないのですが、こうしたらどうだ、というオーナー会の将来像みたいな話が出ています。
自然郷での生活をより楽しくするために、オーナー会のなかに「野鳥」「カメラ」「高山植物園芸」「音楽」などの分科会を作りそれぞれが独自に集まりを持ち、情報交換の場にする 。講演料の原資を集めるため、春にオーナー会で育てたシラカバ、ダケカンバ、コオニユリその他の植物や樹木の苗木の販売会を開いたらどうか。などの意見が出ています。興味の ある方、自分が音頭をとろうなどという方がおられれば、ぜひ名乗りを上げてください。

                 
   (了)

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海の口自然郷オーナー会便り(2016年6月13日)

【地デジ問題で四者協議会開かれる】

2016年5月31日南牧村役場で四者協議会が開かれました。昨年末来、自然郷オーナー会は霞が関の総務省本庁舎で地デジ問題で担当部署と交渉を続けてきました。その結果、 総務省から、この問題に関係する4者で協議会を開くことが提案されこれを受けてのものです。

出席者は
南牧村側からは村長、大村公之助、副村長、池本利雄、総務課長、津金昇三、地デジ問題の実務を担当してきた三井さん(女性)ほか1人の計5人。
信越総合通信局(長野)から情報通信部放送課長、柏崎安史、上席電波監理官、上田和久。
総務省情報流通行政局 衛星・地域放送課 地域放送推進室の梶田昌生・課長補佐。出席予定だった地上放送課、中屋敷 安則・課長補佐は急務で欠席。
オーナ―会からは原田威夫会長、幹事の高橋豊章、宮崎健の計3人。

四者協議会
右端が大村村長、左隣が池本副村長、奥の2人が信越総合通信局情報通信部放送課長ら、
その前が総務省から来た地域放送推進室の梶田課長補佐。

前号で報告したように大村村長は昨年11月に行われた南牧村村長選で当選したばかりです。前任の菊池氏は全国でも2町村しかいないという共産党首長でしたが、大村氏は自民党の推薦 を受け8年間の共産党”政権”に終止符を打ったばかりです。前任はまったく行政能力に欠ける人物で、その場限りの約束を繰り返すものの何一つ実現しなかったので、オーナー会としてもか なり期待してこの四者協議に臨みました。

前任の村長から地デジ問題についてのこれまでのオーナー会や総務省との交渉経緯について何一つ引継ぎを受けていないというあきれた話で、仕方がないのでこれまでの交渉内容を 蒸し返しました。

1)村営ケーブルテレビの加入金が23万円というのは全国的にも例をみない異常な価格設定であること。これまで村民の95%は無料で加入していて、その後の村民についても3万円から5万 円程度で加入している。23万円というのは実質、自然郷住民に対してだけの価格設定である。しかもこれは幹線ケーブルから軒下まで引き込むだけで屋内配線は別に業者に依頼せよという 中途半端なものだ。

2)どうしてこんな高価格設定になるのか、と質したら、寒冷地なので普通のマイナス20度仕様ではダメなのでマイナス30度仕様にした、と答えた。だが、調べたら20度も30度も変わら ず、秋葉原にいけば2000円くらいで手に入る代物だ。

3)高い価格設定は業者の言いなりになっているからではないか、中部電力の子会社「シーテック」の見積もりだというが、いま一社指定の随意契約が問題になっているが、競争入札 したのか、と質問したら村の返答は「シーテックなど3社の競合入札」との返事だった。調べたらあとの2社はシーテックの下請け業者と孫請けだった。こんなことで競合入札といえるのか。

などなど。

原田会長から、男山にあった中継所が突如廃止になるという知らせは寝耳に水だった。広報したというが村は管理事務所にパンフレットを置いただけで、オーナーに配布している「1500m」 という季刊広報パンフにわずか3行ほど「村営ケーブルテレビに加入のお知らせ」を3回載せただけだ。これでは緊急性が伝わらない。富士見・唐沢地区だけ男山の電波を管理事務所で受信し てケーブルテレビと称して別料金や敷設費を徴収していたという両地区特有の事情。総務省から難視聴地区に指定され、「B―CASカード」のプログラムロック解除の処置で衛星放送から テレビを見ることができるようになったが1年ほどでこれができなくなった経緯などが説明された。

またオーナー会から、自然郷全体の現在の加入状況を聞いたところ、総務課の三井嬢から「現在 663軒」との返答があった。自然郷は約1300軒建っているので、おおよそ半分が加入ずみということになる。

これに対し大村村長は「初めて聞くことが多いが、23万円の加入金については下げるなどすると、すでに加入している人との間に差額が生じ不平等になると思うので料金改定は難しいと 思う。なにかほかのことで支援できれば」とか「料金を下げられないか会社(シーテック)と話し合う。儲け第一なら、許しがたいことで厳しく交渉する」などの返答があった。

この間、信越総合通信局、総務省情報流通行政局課長補佐からは一言の発言もなし。長野県は北海道と並んで全国の有数の難視聴地区と聞くが、どれくらいの世帯数かと聞いたの に対し、「個々の事情があり一概には・・・」と要領を得ない話しぶり。難視聴世帯の把握は信越通信局の一番の仕事のはず。それがこれでは話にならない オーナー会から「役所としてこうした行政指導ができる、ほかの地区ではこうした解決法がある、など何らかの解決策を用意してくるのが筋ではないか。手ぶらで来て村とオーナー会 とのやり取りを聞いているだけでいいのか。役人用語でごたごた言われてもわからん」と怒りを込めて発言した。

総務省も何一つ解決に向かうような案を提示せず、両役所とも、何をしにここに来たのか理解に苦しむ同席だった。

この日の協議で明らかになったことは、自然郷の村営ケーブルテレビへの加入が633軒であること。3年たってまだ半数にも満たない加入数で自然郷内では依然として相当数がテレビが見 られないでいることが判明したこと。

新村長は経緯を知らされずにいたことは仕方がないにしろ、2,3割割り引くことで幕引きできないか考えているフシがある。これはその場しのぎの解決策でしかなく、国のデジタ ルへの切り替えが、双方向性を生かすことなど、視聴者にあまねく恩恵を及ぼそうという本来の趣旨からはずれている。

いずれにしろ、大した成果を得たわけではないので、オーナー会としては今後は政治マターとして問題提起するなど新しいアプローチを考えることにします。

【自然郷内の問題について新村長と交渉】

上述の四者会談の前日(30日)、村役場に新村長などに面談しました。オーナー会幹事が東京から自然郷に集まったので、せっかくの機会だから新任の村長に祝意を表してという口実です。

自然郷では登山口付近の山荘で、早朝やってくる登山者が脱糞するというケースがあいつぎ、監視カメラを設置するところも出ていました。登山口に簡易トイレを設置してほしいと村役場に 要望してきました。

前村長は「やります、やります」というもののなにも具体的行動を取りませんでしたので、新村長にはきちんと対応してほしい、と申し入れました。そうしたら、意外な展開になりました。

新登山道を隣の尾根に

先月、内藤管理事務所長と大村新村長らで登山口から横岳に視察がてら登山したそうです。その結果、登山口はスペースが狭いのでトイレの設置にはもう少し広い場所が必要だ。いっその こと登山コースを付け替えた方がいいのでこの方法を検討したいということでした。

赤岳、横岳への登山者は現在茅野側から赤岳鉱泉小屋に宿泊、山頂を目指します。4時間前後の行程です。これに対し、自然郷側側からの登山コースはぐんと距離が延びるので人気がなく一部 のマニアックな登山者専門でした。

東からの登山コースはその昔は小海線海ノ口駅から林道を上がり現在の高石地区あたりから富士見岩を通り今の登山道を上がるものでした。かなりの距離で、為に富士見岩近くに「西武小屋」 という山小舎があり一泊して上を目指すものでした。それが、海の口自然郷の開発に伴い登山口がどんどん上になり、現在の富士見地区になりました。おかげで行程は3時間ほど縮まり現在で は登山口から横岳山頂まで3時間半の行程になり、クルマで午前四時ごろ到着してクルマを置いて登山するひとが爆発的に増えました。昨夏、ある土曜日は路上駐車56台を数えました。

大村村長は管理する臼田営林署(現在は名称が変わって「中部森林管理局東信森林管理署」)などと相談しなければならないからと、まだしかと固まった案ではありませんが、実現すると 隣の尾根のどこかで少し広い駐車スペースが取れ、簡易トイレなども設置できるところという程度です。

現在の登山路は登山口から30分ほどあがると四阿(あずまや)と人口池があり八ケ岳林道と交差する場所に出ます。ここまでは散歩に出かける人も多いのでご存知の方もいるかと思いま す。さらに上がると「最後の水飲み場」という湧水場所に出ます。この先から尾根をいったん下がり、谷底から再度登りにかかり隣の尾根に上がり頂上を目指すコースになっています。林間 コースで展望もなくもう一つ人気がない理由です。

新しい「隣の尾根」案というのは、尾根を下がると141号線の「IR小海線最高地点」に至ります。こちらから尾根を上がったどこかに新登山口ができると赤岳、横岳への行程はさらに縮 まることになります。自然郷内の簡易トイレの問題など別次元の話です。

南牧村のホームページから抹殺された自然郷の歴史

南牧村はこれまで全国でも2例ほどしかない「共産党員の首長」でした。地方自治に政治色がそんなに反映されることはないと思っていましたが、どうもそうではなかったようです。共産 党の「大企業敵視政策」が「金持のいる自然郷」にすり替わっていたように思えます。現在調べていますが固定資産税は軽井沢の2倍ほどになっているし、自然郷内の道路を「村道」に編 した(村道の延長キロ数で交付税が違う)ものの、補修など何一つ行っていないこと。地デジ問題など自然郷だけ差別的な価格になっていることなどです。

自民党系の村長が誕生した昨年12月の村議会(議員8人中共産党1人)では共産党議員が新村長に「憲法9条2項についてどう思うか」質問しています。2項は戦力を持たないというもので 彼らがにう自衛隊違憲論の根拠としているものです。国政レベルの問題を地方議会、人口3000人の村に持ち込んでどうなるのかという話です。

自然郷敵視策と言わざるをえない一例があります。新村長も知らなかったようですが、村が開設しているホームページに「南牧村の歩み」という項目があります。ここから海の口自然郷開発 の50年の歴史がまったく消えているのです。

以前はあったという人もいます。西武セゾングループの西洋環境開発が50年前大きなビジョンをもって開発した自然郷は現在1300戸。天皇・皇后両陛下がお泊りになり、秋篠宮家が 毎年「御用邸」のように使われるようになり、多くの観光客が訪れています。何より南牧村の税収の「3割から4割」を占め、村にかなりの雇用をもたらすなど無視できないほど「貢献」し ているはずの自然郷の存在を抹殺してしまっています。誰も覗かない村のホームページで新村長もこのことは知らなかったようですが、作為的に「消した」と言われてもしかたがないでしょう。

このほか、新村長とは自然郷の間伐の問題を取り上げました。カラマツが高くのび視界を遮り、倒れると家屋の損壊を招くなどの心配があるものの、伐るには何万円もかかりさらに運び出す ためにまた金がかかるという実態です。大村村長は「自然郷の人は一木一草切らぬ、と思っていたが、話が逆だとは初めて聞いた」といい、「最近は木材価格も上がっていてペイする段階と 聞いているので、一度森林組合とも話している。手ごろな大きさのカラマツが無料でというなら、両方にメリットがある話で考えてみる価値はあると思う」と話していました。

                                  

 以上


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