ポーチがある、山小舎の裏側。晩秋だけ全景が撮れる



八ヶ岳の主峰、赤岳とその隣の横岳を毎日眺める場所です。
地図で示せばこんなところです。
標高1760メートルあります。
夏涼しいのは いいとして冬の寒さは相当なものです。
でも多くの動植物がちゃんと越冬しています。
自然と闘う・・・なんて大それた気持ちなどさらさらないイージーな男が、
ぬくぬくとした部屋から眼前を眺めただけの植物観察記。

我流の分類にまとめてあります。クリックで各項に飛びます ↓

       【花もの】     【木もの】     【実もの】

   【花の物語(魅力的なストーリーがある花です    ) 
 北大寮歌「都ぞ弥生」の動画と歌詞はこの中     
 
【我が敷地の高山植物】(眼前400坪限定の観察記)

【八ヶ岳特有の植物】(八ヶ岳スペシャルです)



成り行きまかせで書いたのでアトランダムに植物を取り上げています。
名前が分かるものは下記のサイト内検索をご利用ください。

サイト内検索                       

はじめに・・・その地理的状況など

ママ手作りのウェルカム・ボード八ヶ岳連峰の主峰、赤岳のとなり、横岳の東の中腹に位 置しています。地図で示せばこんなとこ ろです。 経緯度でいうなら「北緯35度59分29.42秒」「東経138度25分1.45秒」となります。 ここにある西洋海ノ口自然郷(現在は八ヶ岳高原海の口自然郷)の中に1987年ログハウスを建てました。400坪の 敷地にいろいろな植物を育て始めたのがここのテーマですが、当初はこんなにたくさんのものが 育つとは思わず、ほったらかしでした。紹介するほとんどの例はここ数年でのことです。

「ガーデニング」をタイトルに使いましたが、まずかったなあ、と今ごろになって悔いています。書き始めたころ流行で、それまで「園芸」と言っていた 時と、けた違いのブームになりましたが、なに、やってることは同じです。イギリス人にぴったりの職業に、執事と庭師があります。英国人の性格、哲学が反映されています。 例えば、これをフランス人やイタリア人に置き換えると三日と持ちそうにないのがわかります。

その、本場イギリスから持ち込まれた「ガーデニング」に惹かれて名づけたものの、「ガーデニング」や「盆栽」、「園芸」には 人の力で植物を見栄え良く見せる、とか、庭園風に作り上げていくイメージがあります。私の場合、見てお分かりの通り、ほったらかしです。ただ、寒冷地で育つかどうか だけがポイントで、こんなの「ガーデニング」と呼べるのかということがあります。ま、スタートしてしまった ので仕方ありません。疑問をお持ちの方は、適当に翻訳してお読みください。

マイナス20℃で育つ植物があると、タイトルでうたいましたが、これも、正確に言うと「耐える」という意味です。 見出しに許される誇張とご寛容ください。またマイナス20℃というのも正確ではありません。 この地に至るのに国道141号線を通るのですが、高度1300メートルの野辺山駅近くに「ただいまの温度」という 表示板があり、ここがあるとき「マイナス19℃」を表示していたのです。

ログハウスはさらに登って1760メートルの地点にあるので、もう2,3度低いはずだというのが根拠です。1999年冬からデジタル温度計を付けたので 留守中の最低気温も記録されるようになりましたが、こちらは2001年2月に見たとき(日にちは特定できない)マイナス20.02℃でした。

-10℃くらいで見られる霧氷 こういう寒い場所ですから,霧氷が見られます(左の写真=カラマツの霧氷 2015.1.31。ちなみに自然郷内では「なご原地区」と呼ばれているのですが、 「なご」というのは土地の言葉で霧氷のことだそうです。

霧氷は空気中の水分がカラマツ、レンゲツツジなどの樹木の枝で氷結したもので小枝の先までそのまま氷に覆われるので美しい光景が展開します。霧氷と似ていますが、蔵王などで見られる「樹氷」は 雪が樹木に着雪したもので、風上に向かって成長していき全体にむっくり雪像のようになる現象です。

ダイヤモンドダストも見られます。こちらは空気中の水分が凍って、大気中に漂う現象です。まわりの空間が、それこそダイヤモンドをまいたようにキラキラと輝く美しい現象です。快晴の明け方に多いようで、逆光に 光り輝く様は見とれてしまいます。

マイナス10℃くらいで「ダイヤモンドダストが」現われ始めますが、もう少し下がると「サンピラー」という「厳寒の芸術」が見られます。寒さに加えて光の具合にもよりますが、これま た美しいものです。
「サンピラー」(sun pillar)は、太陽柱(たいようちゅう)とも呼ばれる大気光学現象で、日の出または日没時に地平線に対して垂直方向へ、太陽から炎のような形の光芒が見られるものです 。ダイヤモンドダストのような空気中に舞う氷の結晶が生み出す現象で、氷の結晶が舞い落ちる時に、結晶の上面または下面に太陽の光が反射、屈折して、太陽が柱状に見えるものです。 氷点下20℃以下で風がない時にしか見られず、北海道の名寄市やその近くの北母子里など朱鞠内湖周辺が「名所」になっています。

このダイヤモンドダストとサンピラーの両方を撮影した動画がYouTubeにありましたので紹介します。撮影地は上で紹介した場所です。



朱鞠内湖畔に立つ日本最低気温の碑。
私が体感した最低気温は北海道の名寄の近く北母子里(きたもしり)にある北大の雨竜演習林でのマイナス25℃です。現在、ここに日本最低気温の碑が立っています(写真右)が、1978年(昭和53年)2月17日、ここで非公式ながら日本の最寒記録、「マイナス41.2℃」を記録しました。ニュースになり、取材のため東京からカメラマンと2人飛んだのですが、ピークは過ぎていて、それしか下がらなかったのです。私はたまたま北大のOBですが、この地に大学の演習林があることは行くまで知りませんでした。

現在の住所で言うと北海道空知支庁雨竜郡幌加内町母子里となり、国立大学の法人化で雨竜演習林は「北海道大学北方生物圏フィールド科学センター森林圏ステーション雨竜研究林母子里教育研究棟」と恐ろしく長い名前になりました。とにかく、ここは寒いので有名なところです。内陸型の地形に加えて、近くに日本最大の人造湖、朱鞠内(しゅまりない)湖があり、冷えやすい条件がそろっています。当時、記録計があったのが大学の演習林だけなのでそうなってますが、湖側の方がもっと寒いのかもしれません。

北母子里には国鉄の深名線で行ったのですが、まるでつらら列車でした。駅に降り立ったのは私たち2人だけ、駅長から鉄でできているものに触らないよう(瞬時にくっつく)注意されました。 息をすると鼻やのどがツーンとくる寒さ。まわりもキーンと音がしているようでした。 こういうところに列車を走らせる努力の方に感心したものです。やんぬるかな、深名線は95年廃線になりました。確か日本一、二の赤字路線でした。

(写真にマウスを当てて手形マークが出るものは大きなサイズになります)
北母子里駅でのスナップ(取材記録から)
今は跡形も無い「北母子里」の駅名の前で(左)。右は着雪とつららのディーゼル機関車の前での記念写真。
右端は萩原正人カメラマン。現在も一年に一度は会う。

最低気温を記録した2日後だから2月19日だと思いますが、我々2人は空路札幌へ飛び、国鉄に乗り換えて北母子里入りしました。上の写真はその時の記念写真です。普通、取材ではそんな写真は撮らないのですが、極寒の中でシャッターが動くかどうかテストを兼ねて撮ったものです。ホームに人影はなく、シャッターを押してくれたのは乗客か、駅長の奥さんかだと思いますがしかとしたことは記憶にありません。

厳寒の地ではカメラの油が凍ってすぐシャッターが下りなくなります。カメラマンはアノラックの中でカメラをカイロでくるみ、撮影の時だけ腹から取り出して撮影していました。直前にカメラメーカーと相談して南極昭和基地に持っていった時と同じ方法をとりました。八ケ岳でいまデジタルカメラを使いますが、氷点下10℃くらいでしばらく外気にさらすと、たちまち電池の機能が低下します。そのたびに北母子里を思い出します。

北大演習林の教官、学生用の宿泊施設に泊めてもらいましたが、廊下や床の間がある木造の日本建築でした。このあたりで日本建築というと相当な豪華建築なのです。何しろ地面が地下深くまで凍って「凍上」(とうじょう)という現象が起きるのです。廊下など一晩で柱ごと持ち上げられて波打つようになります。家でも道路でも深く掘って砂で固める基礎工事が欠かせません。北海道の道路建設に本州の何倍も建設費がかかる理由です。

これだけ寒くても電気冷蔵庫が動いていました。なんでも凍るなかで「保温」のためにあるのです。野菜が入っていました。牛舎が一番暖かくて、牛の体温で猛烈な湯気が建物を包むように立ちのぼって温泉地のようでした。

駅に公衆電話ボックスがあったのですが、そのプラスチックボードが一面真っ白な六角形の雪の結晶に覆われていました。その美しさといったらありません。なんだか童話の世界のようでした。

2015年2月4日、これらの懐かしい地名を新聞で見ました。「北海道・朱鞠内で零下30.9度 立春に今冬一番の寒さ」という見出しで、「立春の4日、北海道内は朝から冷え込み 、上川地方では朱鞠内で零下30・9度、幌加内で零下30・5度を観測した。道内172地点のうち91地点で、この冬一番の寒さとなった」とありました。今でも寒さ日本一の ようです。

「最深積雪」でも北海道一に 幌加内313センチ

これまで登場した地名の幌加内・朱鞠内・北母子里・・・北海道地図の上ではほとんど「一点」に集約されるのですが、「寒さ」という一点で も集約されます。
ところが2018年の2月、さらに「最深積雪」でも北海道一にランクされることになりました。

 

最深積雪が道内の観測史上
最高の313センチとなり雪かきに
追われる幌加内の人たち
北海道内は2月24日午前、サハリン南部にある発達中の低気圧の影響で日本海側で雪が降り、幌加内町で積雪が道内の観測史上最高となる3メートル13を観測した。  交通機関への影響が出ているほか、留萌管内天塩町では車が最大7時間立ち往生するなど混乱が広がっている。

札幌管区気象台によると、幌加内町では24日午前1時までの2時間に12センチの積雪があり、倶知安(くっちゃん)町で1970年3月に記録した観測史上最高の最深積雪、3メートル12を48年  ぶりに更新した。

このほか、上川管内音威子府(おといねっぷ)村 267センチ、滝川市156センチ、檜山管内厚沢部町148センチなどでも過去の最深積雪記録を更新した。風も強く、正午まで  の最大瞬間風速は宗谷管内利尻富士町の利尻空港で35・0メートル、礼文町で32・7メートルだった。稚内市内で24、25日に開催予定の全国犬ぞり稚内大会は強風のため、  24日が中止となった。(2018.2.25 北海道新聞)

ところが、この記録はたった1日で更新されます。翌26日の新聞記事です。

幌加内の積雪324センチ 道内記録再び更新

 冬型の気圧配置の影響で、道内は25日も上川や空知管内を中心に大雪となった。上川管内幌加内町の最深積雪は324センチに達し、24日に同町で観測した最深積雪の道内記  録313センチを48年ぶりに更新したばかり。

 札幌管区気象台によると、25日の最深積雪は、上川管内音威子府村で281センチ、留萌市幌糠(ほろぬか)で260センチ、後志管内倶知安町で212センチ、滝川市で159セン  チなど。

 風雪の影響で、JR留萌線や宗谷線で普通列車計3本が運休したほか各地で遅れが出た。(2018.2.26 北海道新聞)

幌加内に大雪をもたらす天塩山地
(クリックで拡大)
これまで最深積雪の地として「北海道一」だった倶知安(くっちゃん)町はニセコがあるところで、スキーのメッカとして有名なところです。日本海からの雪雲が独立峰のニセコアンヌプリ(1308b)に 当たって雪を降らせる。幌加内も同じで、日本海からの雪雲は天塩山地(最高峰はピッシリ山=1032b=)に当たって、山を越えた幌加内に雪を降らせるのです。

天塩山地はサイトの亭主などの時代は学校で「天塩山脈」と教わったものです。『山脈』と『山地』の違いは、その山が成立する過程において、山が列を作ったように長く連なっているとこ ろを『山脈』、近くに山があってもその成立過程では関連性がない山が連なっているところを『山地』と、今の子どもは教わっています。

ともあれ、幌加内は日本一寒い「マイナス41・2℃」を記念して「母子里クリスタルパーク」というモニュメントを作りました。今度「幌加内スノーパーク」なんて最深積雪のモ ニュメントができるかもしれません。


厳寒のトライアングル
ちなみに世界一寒い記録は、むかし教科書 に載っていて、今でも破られていないシベリアのベルホヤンスクで記録したマイナス67.8℃(1892年2月5日)です。ロシアのサハ共和国(主都ヤクーツク)にあります。非公 式記録としては同じサハ共和国のオイミャコンでのマイナス71.2℃(1933年2月6日)というのがありますが、測候所の記録に残っていないので参考記録といったところです。

極寒の村オイミャコン
オイミャコンは北極圏のわずか南に位置する村。「世界で最も寒い定住地」とされ、一年の半分以上が冬である。村の人口はヤクート族512人など約900人。トナカ イ飼育などの牧畜と漁業、林業と観光で村人は豊かに暮らしている。空港、病院、図書館もあり、ケータイ電話も使える。逆に夏の日中は気温が摂氏30度を越えることもあり、 夏と冬、昼夜の気温差が非常に大きい。オイミャコンは「凍らない川」という意で、凍結するので水道はなく湧水を給水車で配って生活用水にしている。

現地の人によると、「マイナス65 °C」ともなるとこんなことになるという。

◎車のエンジンは一晩中かけっぱなしておかないと、ガソリンやほかのパーツが凍ってしまう。いったんドライブシャフトが凍結すると車体の下にもぐってバーナーであぶ って解凍する。

◎金属と金属を打つと火花が出るので、ガソリンスタンドでの給油は要注意になる。

◎ 度数が高い酒は凍らないとされるが、ここではウオッカ(40度前後)も水銀温度計も凍結する。

◎ 警察官は警棒を持たない。寒いとき警棒で打つとガラスのように砕けるから。

◎釣った魚は5分以内で完全凍結。

◎ 現地の人は洗濯物は寒天にさらして乾かす。1分後にカチンカチンになり、2時間後に取り込むがそのとき、丁寧にしないと枕カバーやシャツの襟がガラスが 割れるように砕けてしまう。

氷点下65度まで冷え込んだ
ヤクーツクで、吐く息の水蒸気が
まつげで凍ってマスカラのように
張り付いたEUからの観光客の女性
この極北の地からは毎年のように寒さのニュースが届きます。例えば2018年1月17日に−65℃、18日に−68℃を記録した大寒波を 伝える共同通信の記事はこんな具合です。左のような寒そうな写真もついています。

《ロシア極東やシベリア各地で記録的な大寒波に見舞われ、17日には東シベリア・サハ共和国で氷点下65度、翌18日には氷点下68度を記録した。ロシアメディアが報じた。寒さによる死者も出ており 、ロシア非常事態省は不急の外出を控えるよう呼び掛けている。
インタファクス通信によると、サハ共和国では、車が故障したため徒歩で移動していた20代の男性2人が凍死した。当時、気温はおよそ氷点下50度だったという。
ロシア通信などによると、サハ共和国では今週、各地で氷点下50度以下を記録し、100以上の学校が休校になった。極東沿海地方でも、各地で氷点下30度を下回るなど、平年 よりも寒い日が続いている。
サハ共和国には、人間が定住する土地としては世界最低の氷点下71・2度を記録したとされるオイミャコンがあり(*この部分は上述のように非公式記録)、今冬はこの記録 に迫る寒さとなっている。》(共同)

厳寒のオイミャコンでの人々の生活を紹介した動画

ロシア人らしいがオイミャコンへ寒暖計片手に寒さ体験に出かけた人がアップした動画がある。アイスフォグ(Ice fog)といって空気中の水蒸気が凍って霧のようになるので昼間でもクルマは ライトを点灯している様子やマイナス50℃でもバスが走り立ち話をしている住民の姿、熱湯を空にまくと一瞬で凍るさま、とても使う気にならない寒そうな屋外便所(水洗が使えないから貯蓄型)、 パンツの洗濯を干すと1分で凍り、触ると煎餅のようにばらばらになる様子など。

オイミャコンではこんなことになります

ここクリックでYouTubeへ

(「フレーム内表示ができません」というメッセージが出るのでその下にある「このコンテンツを新しいウインドウで開く」をクリックし てください。動画がスタートします。大容量の動画なので自分のサーバーに移せません。YouTubeから消されたらそれっきりです。

人が常住していないところでは、南極ヴォストーク基地(旧ソ連)での、マイナス89.2℃(1983年7月21日)。ちなみに日本の南極越冬基地の「ドーム基地」ではマイナス79.6℃(平成8年8 月13日)を記録したことがあります。

「マイナス79.6度」と紹介したのですが、2013年さらに低い気温が発表されました。以下はその新聞記事とランドサットの衛星写真です。日本の「ドームふじ」と「ボストーク」との位置 関係や気温観測地点がよくわかります。

南極で2010年に「零下93.2度」記録 NASAが衛星解析から

NASAが観測した南極の最低気温の場所(画像クリックで拡大
【ワシントン=2013年12月10日】米航空宇宙局(NASA)は9日、過去の地球観測衛星によるデータから、東南極で2010年8月10日に史上最低となる零下93・2℃が記録されていたと発表した。  これまで地球上で最も低いとされる気温は、南極にあるロシア・ボストーク基地で1983年に観測された零下89・2℃。AP通信によれば、今回は地上の温度計で観測された気温ではないため、ギネス世界記録への登録は難しそうだという。

 最低気温を観測したのは日本の南極観測基地のある「ドームふじ」(標高約3800メートル)と、「ドームアーガス」(標高約4千メートル)と呼ばれる地点の中間。NASAと米地質調査所(USGS)のチーム が人工衛星ランドサットなど過去約30年間分の気象観測データを見直して特定した。

 一方、人間が暮らす地域ではロシア・オイミャコン村で1933年に観測された零下67・8℃が最低とされる。(朝日新聞)


凍裂のため縦に深く裂けたシラビソ。
北母子里で経験したのですが、マイナス20数度になると「凍裂」(とうれつ)という現象が起きます。夜中から明け方に林の中でパーンという爆発音が聞こえて飛び起きます。私は熟睡型ですがそれでも気づくほどの大音量です。森の獣が驚いて穴から飛び出してくるといいます。

北海道にこの凍裂が地名になっているところがあります。道東の屈斜路湖のそばにあるニブシ(仁伏)で、やはり寒いところです。私は学生のころ初冬に友人とこの地を旅をし、この湖畔にある砂湯で、自分で掘った温泉に入りました。そのとき声を掛けてくれた人のトラックの荷台に便乗したことがあります。美幌峠を越え美幌町に着いたときには軽い凍傷で動けなくなり、抱えおろされ家中の人の看病を受けたことがあります。寒いのは実体験でわかります。アイヌ語で「二」は木をあらわし、音をたてて裂ける擬音語が「ブシ」。ニブシとは木が割れるほど寒いところという意味です。

物理学的には、「凍裂」というのは、樹木の中の水分が凍ることで体積が膨張、内圧に耐え切れなくなって内部から外皮ごと一気に破裂する現象です。導管に沿って縦に割れますが、その長さはまちまちです。これで樹木が枯れ死することはなく春からまた成長を続けます。亀裂が内部深くまで入るので木材としてはダメですが、成長には関係ありません。

凍裂にあった木材の断面。
中心から表面まで亀裂が走っている。
翌朝、森を見ると何年にもわたる「凍裂」のあとを散見しました。北海道はエゾマツ(蝦夷松)、トドマツ(椴松)がほとんどなので被害もそうしたものに集中していましたが、「凍裂」は樹種を選ぶわけではないのでどんな木にも発生します。 中には相当昔にやられたような大木もあり、自然のたくましさに感嘆しました。

八ケ岳ではエゾマツ、トドマツはそれぞれトウヒ(唐桧)、シラビソ(白桧曽)と言い換えることができます。ほとんど同じ樹種です。森に入る時には注意していますが、カミナリにやられたようなのはあるものの「凍裂」と見えるものにはまだ出会っていません。そこまでいかないから、いくぶん暖かいということでしょうか。そういえば、 ダイヤモンドダスト現象は、北母子里では毎日見られましたが、八ヶ岳では時折りといった感じです。

このほかに自生しているものはカラマツ、シラカバ、ダケカンバ、ナナカマド、ヤマザクラ、レンゲツツジ、サラサドウダンツツジが代表格で、そのまわりは腰までもある笹が茂っています。


サラサドウダンツツジの錦秋。うしろは横岳。


きっかけはスズラン

こういうところですから園芸品種などが育つとは夢にも思わず、ながらく自然にまかせていました。しかしカラマツとシラカバばかりでは寂しいので、1株のドイツスズランを植えました。札幌で学生生活を送った経験からはそれぐらいしか思いつかなかったのです。もちろん翌春に花を咲かせてくれたのですが、いまだにこの1株だけで、増えません。

ある夏、大学時代の馬術部仲間で林産学を専攻、つくばの森林総合研究所にいる友人が遊びに来ました。植物というのは葉面積に比例、それも等比級数的に伸びることを教えられました。とりあえず、笹を刈り、カラマツを間引きして林に太陽光線を入れるように言い残していきました。いざとなると、木にノコギリを入れるのが痛ましいのと、どのカラマツを切ればよいのかわからず、とりあえず笹刈りに 挑戦しました。東京での新聞記者生活の合間の笹刈りですから、2年かかりました。

ササ(笹)についての植物学はこちらにあります。

ある春、といっても八ケ岳では6月のことです。行ってみて驚きました。一面のスズラン畑が出現していたのです。笹を刈った後に最初に姿を見せたのはスズランでした。 それも大輪の花を付けていました。最初に植えたドイツスズランも周りを自生の日本スズランに取り囲まれていました。もともとこのあたりにはスズランがあったのに、私が気がつかなかっただけでした。笹の下で細々と育っていたのが、笹を刈ったおかげで一気に増えたのです。 この“事件”からです、ここで育つ園芸植物をさがしはじめたのは。

スズランの群落
春6月、我が敷地はごらんのようにスズランが群生する。
今では笹を圧倒している。(06年6月25日)

スズラン(鈴蘭)についての植物学はこちらにあります。

「八ヶ岳笹刈倶楽部」ご案内

クマザサ
1年に2メートルのスピードで押し寄せる笹
この笹との格闘2年の経験から、「笹刈り」は「男の趣味」の立派な一つのジャンルである、と確信するに至りました。考えるに、男の趣味としての「必要十分条件」は二つあります。

まず、儲からないこと。儲かるなら趣味ではなく仕事です。次に、奥が深いこと。マニュアルでだれでも簡単に習得できるような底が浅いものは、女子供にはよくても道を極めようとする男の 趣味には適さないと言わざるをえません。馬術、ヨット、スキー、ラジコン、史跡めぐり、日本一周鉄道一筆書きの旅、無人島暮らし、切手収集、自分が手がけたか志したものを並べましたが、 他でも世の男どもが血道をあげている趣味を見ればここの必要十分条件が必須であることは自明です。

この定義を眼前のテーマ、笹刈りに当てはめるとどうなるか。 背丈が高く茎がかたい笹には鋼(はがね)のカッターで、今年出たやわらかい芽にはビニールカッターで対処します。刈るときは 腕でなく、腰で刈るのがコツです。草刈機は2サイクルエンジンですが、気候、温度で空気の混合比を変えるなど、 実に奥が深いのです。男の趣味としての必要十分条件を見事に満たしていることが分かります。

林に響くエンジン音を聞くと”雄雄しく”一人で自然に立ち向かう男のロマンを感じます。まあ、独りよがりですが。
炎天下、手弁当で林の下草刈りに行く「草刈十字軍」をしていた男がこの山小舎に来ていたことがありますが、当時は ごくろうさんなこととしか思わなかったのが、今わかるのです。 この男は「レンゲの会」というのをつくって中国から輸入した種をあちこちに蒔いていました。汽車の窓から 蒔くのを手伝ったことがありますが、無駄な努力にみえる中に面白みを感じるのが男の趣味というものです。

「八ヶ岳笹刈倶楽部」をつくりました。奥義を伝授しようと思うのですが、目下、会長の私一人で、山でお向かいの森さんのご主人が 会員1号になるかどうか迷っている段階です。無理もありません。入っても何のメリットもないのがこの会の特徴ですから。 森夫人のメールに「ウチの笹はトラ刈りです。よく仕込んでください」とあって、苦闘の様子がうかがえます。そうこうしているうち、 ご主人は門柱の配線を笹ごと刈り飛ばし家族の非難を浴びていました。刃先でなくその先の局面を見る、これが笹刈り道の奥義です。何事も先を見ないといけません。 人生も山登りも難しいところを乗り越えたところに喜びがあるのです。

家内など「作業の前と後に酒が入るなんて、ただの呑み会じゃない」と冷ややかなものです。「女子と小児は養いがたし」という格言が浮かんできますがあ えて抗弁はしません。 作業の前の酒、と言いますが、これとて深い意味があることなのです。

キリスト教にしろイスラム教にしろ一神教の世界では、他の神を認めないため殺伐とした抗争に発展します。すぐ殉教だ報復だとなる イラクやアフガニスタンを見ても分かります。

然るに我が日本では万物すべてに神宿ります。ここが自然にも人にもやさしい多神教のありがたいところで、この地に当てはめれば、森にも笹にも 神様がいるわけです。ですから、これから作業をはじめますと挨拶し、お神酒を供するのはごく自然です。ただ亭主が酒飲みで木や笹に撒くのはもったいないから、自分の 腹の中に撒く、という仕儀です。作業後の酒は無事すんだお礼ですから、欠かすわけにはいきません。かくのごとく挨拶とお礼という儀式にのっとった酒なのに 「単なる呑み会」とは憤慨に堪えないところです。まあ、男の趣味の深遠なる境地はなかなか理解されないものです。

作家の山口瞳が呑み助について書いています。「純粋である。だから酒にむかってゆく。傷つきやすい。だから酒を飲む」(『酒食生活』)。まるで私のことを言っているようです。 このナイーブさは悲しいかななかなか理解されません。バードフィーダーの普及と笹刈倶楽部、最近ではヤマネの保護活動まで、NGOというかNPOというかボランティアというか、はっきりいって道楽ですが、 周囲の冷淡な眼にめげず忙しくなってきました。それもこれも、スズランと笹が始まりです。


笹刈りの秘密兵器はこれ!

前口上はこのくらいにして笹刈りの奥義を伝授します。
笹の大群を前にしてひるんではなりません。歌に「敵は幾万ありとても‥」とあるように、万難を排して組み伏せる気概をもつことが大切です。しかし精神論だけでは空回りするものです。 まず刈り払い機に鋼などのブレードをつけてなるたけ根元を刈ります。刈る時期は秋がいいでしょう。春だとせっかく芽生えたいろんな植物も切ってしまうからです。

1年くらいでは翌年また太くて背が高い笹が生えてきますが2年、3年と繰り返すとめっきり勢いが衰えてきます。背の高さもせいぜい10センチ程度なので、鋼などの金属ブレードより ビニールの紐状の「刃」に変えるとよいでしょう。この「替え刃」はホームセンターなどで2000円しない値段で手に入ります。円盤の底に長さ15センチほどのビニール紐を差し込む ようになっています。これがいいのは、金属刃だとレンゲツツジなどを根こそぎ切ってしまいますが、ビニール紐なので切断までには至りませんし、石に当たってもどうということは ありません。

問題はこういうことを2、3年繰り返した後です。笹はひょろひょろと小さくなるものの根絶には至りません。根が残っているからです。笹はいくら上を切っても根がある限り新芽を出して きます。これを除去するのがこれから紹介する秘密兵器です。

「笹鎌」
秘密兵器「笹鎌」です
私は「笹鎌」と呼んでいますが、本来は雑草抜きや、芝生の中の雑草だけを根から切り取るための鎌のようです。写真のものには「除草鎌」とありますが他の名前で園芸店やホームセンターで 300円もしない値段で売っています。この鎌の特徴はギザギザのノコギリ刃のようなものがついていることです。これが笹を根絶させるのに優れた効果を発揮します。

この時期、何度も刈り取られた笹は次々出てきた新芽を刈り飛ばされてタマネギ状になっています。左手でこれをつかみ、右手でこの「笹鎌」を根元に差し込みます。手前に引くとスパッと 切れます。親指以上ある笹の根っこも一刀両断です。根から切断されるともう笹は根を出すことはありません。

山でオーナー会のボランティア活動を通じて知り合いの高橋豊章さんに2012年秋プレゼントしました。口で説明するより現物をお見せしたほうが早いと思ったからですが、お返しになんとなかなか手に入らない新潟の 銘酒「十四代」が届きました。300円ほどのものにン万円。家内からは「わらしべ長者」と呼ばれています。

笹刈りにはこのような驚くべき効果があるのです。どこかのメーカーの健康食、クマザサ・ドリンクなど目じゃありません。



以下に超寒冷地で育つことを確認した植物を、我流の分類ですが、「花もの」、「木もの」、「実もの」などに分けて紹介します。 おもしろいストーリーがある花を「花の物語」として、また、家のまわりにある高山植物を「我が敷地の高山植物」として、八ヶ岳に特に多い植物を 「「八ヶ岳に特有の植物」としてピックアップしてみます。

クリックで各項に飛びます ↓

【花もの】   【木もの】   【実もの】

【花の物語(魅力的なストーリーがある花です

【我が敷地の高山植物】(眼前400坪限定の観察記)

【八ヶ岳特有の植物】(八ヶ岳スペシャルです)

このあたりで見られる花を集めた絶好のサイトがあります。
学校教育用の「八ヶ岳の自然」(草花)で、リンク先は以下です。
URL:http://www.crdc.gifu-u.ac.jp/mmdb/marc4/kanagawa/index.html


山小舎の冬
冬の寒さだけは北海道に負けない。
これで越冬する植物が多いのだから驚く
バックは赤岳と横岳。
     
晩秋の山小舎
晩秋の山墅。右側にスズランと姫イズイ、
左の奥にコイワカガミ、ミヤマエンレイソウが咲く。
左の小屋は陶芸用の電気炉。


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