知らない人が聞いたら口あんぐりだろう。知っている人だってあきれている。私だってあまりのことにしばらくは人に言えなかった。
2000年8月25日、さらに1頭仲間に加わったのである。計3頭!もはや我が家は犬が主人と化した。犬小屋に人間が同居しているといって過言では ない。そんな無茶な、と私も思う。が、経過をたどるとやむをえないのもわかってもらえると思う。



あきれる人は勝手にあきれろ         3頭目がやってきたのです!

個性豊かな犬たちよ                    全員並べての観察記

ティアラが散歩できなくなった!              右脚に異変が・・・

ティアラの闘病                       誤診されたあげくに・・・

いい獣医、動物病院の見分け方           あえてチェック方法を
  狂犬病予防注射は8種ワクチンに入っていないのです

狂犬病について                  「狂犬病予防法」は破綻している

これでいいのか! 獣医、動物病院         もっとレベルを上げろ

ティアラの旅立ち      霧氷の朝に

【特 別 取 材】(ティアラへのメールにお応えして、調べました)

日本の獣医系大学と付属家畜病院一覧      これが全リストです 

動物病院の診療料金はこんなに違う    何ゆえこんなにデタラメなのか 

 あきれる人は勝手にあきれろ

ヨタヨタ(そんな歩き方なのである)と岡山空港から羽田空港に送られてきたのは、グレースの母親、5歳。グレースが岡山・津山の産であることは前に 述べた。親元から、5頭もいて世話が大変なので1頭どこか世話してもらえるところはないかしら、と電話があったのは24日だという。酒を飲んでいた ので、話は聞いた覚えはあるが、どこかへ行くまで暫定的なお預かりなのだから、別に気にもとめなかった。はや翌日空輸されてくることになっていると はついぞ知らなかった。

帰宅すると玄関前にフラットコーテッド・レトリーバー犬がいる。羽田から引き取ってきたが、ダニがついていて家に入れられないという。
前にグレースのすごい血統書のことを書いたが、その母親ということは、全日本チャンピオンということになる。聞くところでは500万円はしたというが、 詳しくは分からない。もう1頭は全米チャンピオンで800万円だった、ということを聞いたからそのくらいするのかもしれない。しかし、その面影はまった くといっていいほどなかった。背中ははやりの「茶髪」といえないこともないが、はっきりいって褪色しているだけで、実にみすぼらしいのである。腹筋も たるんで、歩き方は前述のごとくヨタヨタである。とりあえずほかの2頭と一緒に八ヶ岳に連れて行き、風呂に入れてやり運動をさせた。


よたよたと現れたティアラ母さん

1995年4月30日生まれ。犬としてはけっこうおトシである。むこうでは檻に入れられていたとかであまり撫でてもらえなかったらしく、撫でるのを止める と鼻でつついてもっと続けろと催促する。私は早速「催促犬」と名づけた。名前はティアラ(tiara)だという。辞書には「ローマ教皇の三重冠、または金、宝 石、花をつけた婦人用の装飾冠」とある。いやはや、すごい名前だ。エドワード、グレース、ティアラの3頭が並ぶと豪華絢爛な名前のオンパレードでこ ちらが気恥ずかしくなるが、彼らに責任があるわけでないから仕方がない。

ティアラは子犬に吸われつづけた1対の乳房だけ大きいので、文字通り「母」の枕詞(まくらことば)である「垂乳根」(たらちね)になっている。グレースを はじめとする子育てに専念してきた過去がしのばれていとおしい。

「新聞はみな同じ、ではありません」というのはわが社のコピーだが、犬もしかり。ティアラはほかの2頭とは際立って個性的だ。天上天下唯我独尊 (てんじょうてんがゆいがどくそん)というところがある。犬のくせに団体行動が苦手だ。たくさんいたのでかまってもらえなかったのかもしれない。
1頭だけでトコトコあらぬ方向へ行ってしまうことがある。八ヶ岳の牧草地でグレースたちとフリスビーをしていたら、遠くで農家がキャベツの出荷作業を していた。なかに1頭の犬がいるのを見つけるとひょいひょいと行く。ほかの2頭が釣られていっせいに駆け出す。向こうは計3頭が押し寄せてくるのを 見ておびえてほえる。喧嘩が始まるとき、ティアラはトコトコと戻ってきてこちらの足元で尻尾を振っている。そんなところがあるのだ。

某作家の子息が長野県にいて、引き取ってもいいといってくれたとのこと。やれやれである。次の日曜日にでも紹介がてら、連れて行こうといったとこ ろ娘が泣き出した。あんまりだという。

いつのまにか、名前と裏腹な、ティアラのしょぼくれたみすぼらしさが、娘2人と家内の同情を一身に集めていたことに気づかなかった。前の飼い主に 対して、あらゆる難癖(なんくせ)を並べ始めた。だいたい、ダニをわかせるような飼い主は許せないという。獣医に予防注射を受けさせにいったところ、 例の「たらちね」を見てか「だいぶ繁殖に使われましたね」といわれたのも怒りに油をそそいだ。ブリーダーだから仕方ないと思うのだが、彼女たちには 、こき使われて、色あせたところでポイされたうつる。愛撫を催促するしつこいしぐさもかわいいとしかみえなくなっていた。

それでも引き渡すような人非人とは付き合わない、とまでいう。いやはや、えらいことになってきた。新しい飼い主候補からはファックスで地図まで送ら れてきた。どうすればいいのだ。
仕方ないので、とりあえず体型がフラットらしく引き締まるまで家に置くことで家族会議は終わった。が、半分あきらめている。体型がフラットらしくなる まで、なんて主観に依存した基準は、あてにならない。一人が「まだまだ」といえばそれまでだ。オリンピック柔道で主審の誤審に泣いた篠原選手をみた って、人間の判定ほど曖昧模糊(あいまいもこ)なものはない。このままティアラが居ることになるに違いないのだ。それに、私だって悪者にはなりたく ない。

かくて、夜明けとともに3頭がベッド脇に押しかけてくる仕儀となった。飼い主の宿酔いなど知ったことでない。散歩は彼らにとって古来からの権利だ。 それに、ちぎれんばかりに振られる3つの尻尾をみると起きざるを得ないではないか。長年新聞記者をしてきたが、新聞配達の青年と顔をあわせるよ うなことははじめてだ。ゴルフ以外そんなに早く起きたことはなかったからだ。


3頭揃い踏み。結構迫力がある。

何十年と新聞と付き合ってきたから流れは熟知しているが、最終版(15版△)の締め切りは各社午前1時30分だ。もっと詳しくいえば、1時25分59秒 までに発生したニュースが入る。 約1時間後に編集局のデスクにゲラ刷りが届く。赤字を入れて降版して、各工場の輪転機が回り始めるのはそれからだ。だから工場から新聞販売店 までの輸送時間を考えると、我が家への配達時間午前4時30分ごろというのが、大変早いほうなのは承知している。ポストにコトンと落ちる新聞に反 応するのは私と3頭の犬くらいだ。新聞に目を通してから彼らの熱い期待にこたえて散歩に出かける。、まわりで動いているのは下北沢で遊びほうけ た若者か、日本独特の新聞の宅配制度を守っている新聞店員くらいだ。お互いごくろうさんと慰めあう心境だ。

早朝1軒だけあいている24時間営業のモスバーガーで私はコーヒー、犬たちにはポテトフライを頼むことが多いのだが、「焼き損じですがわんちゃんに 」、とピザの台が届いたりする。この店では、入り口の黒板にその日のメッセージが書かれている。ある雨の日、「今日は雨です。いつもモスでポテトを 食べてくれる3匹のワンちゃん、来てくれるか心配です」とあった。先日「犬がほしい。夢にまで見ます」と書いていた女性だ。一瞬ティアラを置いていくこ とも考えたが、思いとどまった。見上げる目は信頼しきっている。そう今では家族の一員だ。そんなこと考えて、申し訳ないとまで思うようになっている自 分に驚いた。

いつもすれ違うおばさんとは目礼を交わす。彼らのおかげで三軒茶屋、下北沢限定だが、あたらしい「人脈」もできてきた。3頭自転車につけている と目を丸くされる。その視線を意識しつつ、なんだか昔から3頭いたような気分で早朝の街を走っている。原油価格高騰だって?G7協調介入?それが どうした。八ヶ岳に行くのにガソリン代が増えることになる、とすぐ反応したのは昔の話。いま考えていることといったら3頭とも大小済ましたかということ だけである。

▲ページトップへ

 個性豊かな犬たちよ

長年付き合っていると彼らが豊かな個性の持ち主なのが分かってくる。黒い2頭は母娘なのだが性格はかなり違う。ティアラは前述のごとく最後に仲間 に加わったのだが、遠慮していたのは最初だけ、ゴーイング・マイ・ウェイというか自分勝手というか、街中にあふれるおばさんパワーそのものだ。 今でこそ「ウェイト」(待て)を覚えたが、最初は、ひどいものだった。とりあえず袋に突っ込み、後で考えるバーゲン会場のおばさんよろしく、他人(犬) の食器に口を突っ込んでいた。育ちのいい2頭はあきれて眺めていたものだ。気に入っているボールは娘だろうが、たった1頭のオスであるエディー だろうが絶対に渡しはしない。口の中のボールに相手が噛み付いても離さない執念はたいしたものだ。3か月たって、あのみすぼらしい「茶髪」は消え てきた。栄養と運動が功を奏してきたかと、早朝の散歩担当としては自慢したい心境だ。


グレースとティアラ母さん(右)

グレースは、フリスビーが大好きだ。ジャンプしてキャッチすると拍手が起きるが、それがうれしくてしかたがない。こっちがやめようとしてもせがむのだ。 あとの2頭が興味を示さないので独壇場である。石ころ1つ、ペットボトル1つでいつまでも遊べる特技も持っている。

熊谷守一
熊谷守一
熊谷守一
”仙人”と呼ばれた熊谷守一
石ころ一つ、で思い出したことがあるので少しわき道に入る。
以前、洋画家の熊谷守一(くまがい・もりかず 明治13年4月2日ー昭和52年8月1日)にインタビューしたことがある。このときすでに90歳過ぎた 高齢で、「画壇の仙人」と呼ばれ、作品は少ないながら孤高の作風を残していた。風貌もよかったが、眼前にいるだけで人生とは、と考えさせられるほどの強いインパクトを持った人で、それから何十年もたった今でも思い出すことが多い。

「ヤキバノカエリ」
「ヤキバノカエリ」(1947)
お金に無頓着で、東京美術学校(東京芸大)西洋画科選科を卒業したれっきとした画家なのに、絵を描かないで他の仕事をしていたこともある。貧乏ゆえに子供を3人も亡くした。作品に「ヤキバノカエリ」というのがある。幼な子の 野辺の送りを家族だけですませて、焼き場から帰るところだ。小さな骨壷を抱えたのはおそらく熊谷守一本人だろう、悲しみがせつせつと伝わってくる。

文化勲章授与の内示があったとき(昭和43年)「お国のためには何もしていないし、これ以上人が来ると困る」と断った。勲三等の叙勲も辞退している。今も断る人はときどき いるが、この人だけは、心底いらなかろうと思わせた。

鳩の豆まき
夫婦で「鳩の豆まき碁」のシーン
書1
書のひとつ(漢字)
書2
書のひとつ(ひらがな)
筆にもファンがいて、よく表札を持ち去られた。カメラマンとともに豊島区千早の自宅(現在は「熊谷守一美術館」になっている) を訪れたときも、駅弁か菓子折りのふたに名前を書いたものを朽ちかけた門柱に釘で打ちつけてあった。ちょうど 奥さん相手に日課の「鳩の豆まき」と称する1局数分のめちゃくちゃ早い碁を打っている=写真左=ときだった。互いに手の中に碁石を10数個 持ち、盤上に次々置いていく。笑ってしまうような光景だった。この写真は部屋の中からのアングルだが、私は縁側に座って観戦しながらインタビューした覚えがある。


「僕は監獄に入れられても一日楽しく過ごせます」といっていた。蟻一匹、石ころ 一つ眺めているだけで厭(あ)きないという。
作品の「蟻」
「蟻」の作品のひとつ
地面に這いつくばっての観察の結果はというと、「蟻の歩き方を見ていてわかったんですが、蟻というのは左の2番目の足から歩き出すんですよ」 といった調子である。楽しくなることこの上ない人物だった。 確かにこの人の絵は観察の究極、極致だろう、線一本がたいへんな迫力を持っていた。右の写真は作品のひとつだ。今回は見つからなか ったが、線3、4本だけで描いたもっとすごい作品をおぼえている。

グレースを見ていて、アリ一匹、石ころ一つに打ちこむ熊谷守一を思いだした次第である。


フリスビーをくわえたグレース

エディーは大人(たいじん)だ。ほかの2頭によこせといわれればみな渡してしまう。散歩でほかの2頭がばたばたと階段を駆け下りた後で、のっそり 「私も連れてってもらえるんでしょうか」という顔で遠慮がちに姿をあらわす。ほとんど手がかからないので家内に「ええ子や、ええ子や」とほめられる常連 だ。関西弁まで理解している。

エディーとママ エディーとママ
エディーはママの秘蔵ッ子だ。山小舎のポーチの”2人” エディとママ

それにしても、忙しいことになってきた。誕生パーティのことである。前に書いたように我が家では銀座・和光のケーキで祝うのが恒例である。 人間4人、犬3頭を並べると年間計画は次のようになる。3/25(エディー)、4/30(ティアラ)、5/6(長女)、7/1(グレース)、7/8(次女)、7/21(亭主)、 11/30(家内)とほとんど年中パーティーだらけだ。 このうち私の分は長年無視されてきたし、今後も改善は絶望的だから実質6回だろうが、それでも、和光が割引券をくれてもよさそうなオンパレード ぶりである。人間の誕生パーティーより犬のパーティーに欠席した ときのほうが風当たりが強いから、手帳に書いておかねばならない。

▲ページトップへ

 ティアラが散歩できなくなった!

2000年の師走、大変なことになった。ティアラに散歩禁止の診断が出たのだ。他のことで動物病院に行ったのだが、診断した獣医が、 レントゲンを何枚も取って関節の変形に伴う関節炎と診断、「相当痛いはずですから、もう散歩はさせないでください」といったという。 リトリバー犬にときどき見られるとのことで、ギザギザになった腰の関節のレントゲン写真を見せられたママが泣きながら帰ってきた。 検査入院をいわれていったん帰宅したのだが、すぐ電話がかかってきたという。どうしても檻に入らないので引き取りに来てほしいとのこと。

行って見るとティアラが痛い足を踏ん張って、そのへんのものを噛んでしがみついて、ガンとして檻に入るのを拒否していた。もう二度と檻はいやだ、 違う飼い主のもとになど行くものか、という強い意志にみんなたじろいだ。岡山では檻に入れられていたが、 我が家では家族と一緒の空間に暮らしている。好きなソファーに寝ていれば家族が遠慮して他の座り場所をさがす。 犬でもこうした心根(こころね)がわかるのかもしれない。来て3か月ほどなのにそんなにウチが気に入ってくれたか、といじらしさに一家で涙した。

診断が下る1週間前、八ヶ岳で3頭の犬たちを連れて6キロのハイキングをした。他より遅れがちのティアラを叱咤激励もした。すでに痛かっただろうに、 と慙愧の念にとらわれた。これがティアラの最後の遠出になろうとは思いもしなかった。このHPのあちこちでティアラのことを「ヨタヨタ」と表現したのも後 悔される。

2、3日後さらに症状が悪化した。はじめは階段を上がり降りできたのだがすぐダメになった。右後肢を地面につけられなくて、いつも浮かしている状態 になった。 痛々しくて見ていられない。おりしも娘2人がヨーロッパ旅行に行くことになっていたが、「わたしのティアラの世話をお願いね」と、べそをかきながら後ろ 髪を引かれるようにして出かけ、 帰国するやお土産のグッチの首輪をまっさきに首につけてやっていた。

一方、このことで私も家族のやさしさを再認識した。動物病院の払いは保険もないので6万円ほどだったが、だれも高いとは口にしなかったことだ。 安いわけはないが、 高いということを口にすればティアラの命を金額に換算することになる。そのへんの機微がわかる家族でよかったと思った。手術ができないこともない が、やれば100万円はかかると聞かされた時も、 同じだった。それでティアラがよくなるのならみんなで工面することをまず考えるのだ。

家内がテレビの健康番組で仕入れた知識だが、干しえびをすりつぶして食べると軟骨がつくられて関節炎にいいという。自分も膝の関節が痛むので、 覚えていたのだ。私は「2人」のために築地場外市場に買いにでかけた。店のおやじが「中華料理にいいよ」と威勢良くいう。悪気はないのはわかってい るが、唐突に「燕雀(えんじゃく)いずくんぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや」ということばが浮かんだ。これは楽しみで買っているのではない、薬として買 っているのだ。

ティアラは痛み止めと造骨剤のようなものを病院からもらっている。まだ効果はみえない。階段も抱いて降ろしてやるようになった。年末アメリカの友人 と一緒のクラフト展を開いた家内が、来訪した友人から、東大病院ともう一か所、こういう犬の病気を診てもらえるところがあると教えられて、自分の展 示会より収穫があったかのように喜んで帰ってきた。ティアラがんばれ、祈るような世紀末だ。

 ティアラの闘病

2001年は我が家にとってお先真っ暗な新世紀入りだった。ティアラがガンと診断されたのだ。 それ以来八ヶ岳で新年を迎えるという家族の予定は直ちに取りやめた。厳しい寒さは体にいいわけない。東京で 越年することに決まった。

さきの項でかかりつけの動物病院で、「関節異常です。変形は手術すれば直りますが、100万円ほどかかります。それができる医師を紹介します」とい われたことを 書いた。これがとんでもない誤診だったのだ。暮れに家内がアメリカ人女性と開いたクラフト展にみえた方が、我が家が動物病院に払っている 金額を聞いて、少し高すぎるから近所のいい先生を紹介する、とアドバイスされた。川崎の生田にあるこの動物病院に出かけたが、少し年配の先生は レントゲン写真をみて「関節異常よりもっと重大な病気だと思います。ウチのレントゲンは古いので確かなことを判断するため大学病院を紹介しますの で、 すぐ診てもらってください」と、麻布大学獣医学部付属病院を紹介していただいた。翌週の予約も取ってもらえた。12月25日が診察日だった。

その日は、気になって娘たちも私もあいついで外から自宅に電話を入れた。電話口で家内が泣いていた。 「右後肢のガンが肺にまで転移、手の施しようがない」といわれたという。真っ暗なクリスマスだった。 痛み止めと、肺にたまる水を取るための薬のせいで3、4時間ごとにトイレに抱えて行かねばならなくなった。家族全員で看病しながらの越年となった。 ティアラをさすりながらまんじりともせず夜を明かすこともあった。 ティアラが呼吸困難を起こすたびに、誤診をした獣医への家内の怒りは増幅した。「あんなにたくさんレントゲンを撮ってわからないはずがないのに・・・ その上貧乏な私からどんどんお金を取って、大金の手術まですすめるなんてひどい。ティアラにまた痛い目をあわすところだった」というのだ。家族も同感だった。

年が明けてもティアラは同じような状態だった。誤診に懲りたママは、ガンというのも誤診かもしれない、と考えはじめた。いきなりティアラをクルマに乗せて、 本郷の東大農学部付属家畜病院に運んだ。獣医の紹介状がないと診察できないといわれて、帰されたが、あきらめない。川崎の先生に電話して紹介状を書いてほしい と頼んだ。家族の心情を理解するお医者さんで、喜んで書きましょうといってくれた。自分で東大に電話して予約も取ってくれた。 1月15日、今度は家族中で誤診を待ち望んだが、まったく同じ診断が下った。肺のレントゲンはほとんど真っ白でさらに悪化していた。 「好きなものを食べさしてあげなさい」といわれた。それはもうとうの前から実践している。

苦しむようなら・・・と、注射針に入った液体をもらっている。のどに流し込んでやれば、そのまま眠り続けるだろうという。だれが「その時」の判断ができるというのか。 おりしも仙台で点滴に筋弛緩剤を入れて何人も死に至らしめた准看護士が逮捕された。外国でも同じような事件が報じられた。不思議でならない。 動物に対しても、とてもできないことをどうして彼らはできるのか。 「もう涙は涸れ果てたと思ったのにまだ涙が出る」という家内は、10年がティアラの寿命なら、残り5年分、今からかわいがってあげる、と決心した。調子がいいときは、 グレースとボールの取り合いもするが、一日の大部分はソファーで横になっている。呼吸が荒い時を見るのがつらい。 動物のホスピスはないものか。

▲ページトップへ

 いい獣医、動物病院の見分け方

ティアラの闘病を通して、近ごろ街に氾濫する動物病院のいいかげんさ、営利主義のひどさも浮かび上がってきた。この種の情報の 少なさも痛感した。人間と同じことが言えるだろうが、いい主治医を持つことがペットでも非常に大切だ。でも素人にその判断は難しい。 犬にせよ猫にせよペットと付き合う限り病気、あるいはその死の問題は避けられないことだ。ティアラを連れてあちこちの動物病院に連れて行く過程で、 我が家が怒り、嘆き、地団太踏んだことから経験則的に「こういうところはやめといたほうがいい」いえることを紹介したい。

我が家は東京・世田谷区にある。半径2キロ以内で数えただけでも10指に余る動物病院をあげることができる。地方都市でも、これほど多くはないに しろ 動物病院を探すのはそう難しいことではないはずだ。ペットブームの産物だろうが、いかにも多すぎる。つぶれたという話は聞かないからみな優良経営だ。 つまり儲かる商売なのだ。「いのち」を人質にされているから値切る人も少ない。保険はあることはあるがほとんど機能していないから高額の現金収入を 得る最短の道なのだ。開業医相手に医薬品を卸している人(プロパーという)に聞いたが、目薬にいたるまで人間とほとんど同じ薬だという。食生活 の変化で人間に多い「尿管結石」までペットに起きている。

今でも「獣医」と呼ぶが、昔、家畜を専門に見るお医者さんだった。馬、牛、羊、豚、などの産業動物を診るのが仕事だった。北大は今でも国立大学で唯一「獣医学部」 があるところだが、私が青春時代を過ごした馬術部の横にあり、よく「馬学」の実習に触らせてほしいと頼まれ、学生がぞろぞろやってきたものだった。逆に馬術部で飼育している馬が 起こす疝痛(せんつう)ぐらいの病気は、彼らに教わって肛門から腕を差し込んでガス抜きしたりして部員がなおしていた。(疝痛:春先など、飼葉がそれまでの干草から自然の青草に 変わったときなど、腸内発酵が急に変わりガスが発生する。うまく抜けないと腹が膨満、馬が苦しむ)

北海道の酪農を支える面を持ったのが獣医学部だった。思い出しても産業動物、 つまり大型の動物ばかり手がけていた。これは仕方がないことだが、この方法が現在も多くの獣医育成機関でとられているのではないか。つまり大型動物で実習をしているのだと思う。 いくら体の構造が同じだとはいえ、小動物などの骨格など微妙に違う。そういうところは、開業後「応用」でやっているように思えてならない。

こんなことになる前だが、ネットで動物病院の経営者たちが裏話をしていた。どれだけ旨味がある商売か、とくとくと話しているのをみていやな気分になった。 最初にティアラをみて誤診した獣医は、近所の人から「あそこはいいところよ」といわれて行き始めたところだ。山に行くときダニがつくので困っていたところ、高いが効果のある薬といわれて、ずっと 買い与えていたが2年であまり効果がないことがわかってやめた。「信頼できるペットフードはこれだけです」と他より飛びぬけて高い銘柄をあげて、これ以外を食べて病気になっても知りません、みたいなこともいっていた。 このあたりからすこしこの病院に疑問を持つようになっていた。「むかしウチにいたペスは味噌汁のぶっ掛け飯で7年ぐらい元気だった」と”ペットフードなんでもOK派”の私と家族が対立したこともあった。

このように獣医や動物病院の評価なんて主婦同士の噂話で決まることが多い。考えてみれば彼女たちに専門知識があるわけでなく、獣医の人当たりや、評判でいってるだけでまるで根拠にならないのだ。 同じようにテレビの「動物病院救急24時」とかで紹介される派手なアクションつきの獣医も敬遠したほうがいい。 番組のスタッフなどになんの判断基準があるわけではない。制作の下請け会社が、撮影に協力的かどうかぐらいで選んでいるに違いないのだ。こういう番組で、爬虫類まで面倒見るというのでよく紹介される獣医はとうとうビルを建てた。 たまに前を通るとペットを抱えた人が門前市をなしている。償還も早かろうと思える光景だ。

ここはいい獣医だとは狭い経験からとても言えるものではない。せいぜいウチの犬たちの轍(てつ)を踏まなければいいとしかいえない。箇条書きにしてみる。

@あまり立派なビルを建てているところやスタッフがやたら多いところは敬遠。その経費もついてくるのだ。小さくとも清潔で小さな手術(去勢や避妊)ぐらいできる設備のあるところ。

Aレントゲンをやたら撮りたがらないか。ティアラの場合わんさと撮って1回3万円近く請求された。あげくは前述のごとく、肺までガンが転移しているのを見逃し、「関節異常です。これを直せる 獣医を紹介しますが100万円はかかります」といわれた。去勢や不妊手術もピンキリだから、事前に料金比較して調べたほうがいい。

Bフィラリアの薬はいくらか。あちこち行ったが、大型犬で1ヶ月分で2500円から1万5000円まで幅があった。検査(抗体反応で体内に入ったかどうかわかる)もせずぽいとよこすところも危ない。 すでに体内に幼虫が入っているのに投薬すると大変なことになる。 今、川崎の先生を頼っているが、この人は「蚊がいなくなっても投薬は止めてはいけません。産卵するときがあぶないので12月まで続けてください」と、きちんと説明する。

※フィラリアについて
filalia(=ラテン語)は蚊などが媒介してイヌに寄生する「犬糸状虫」のこと。体内で心臓などの隔壁に食いこみ、いったん入ると手術で取るしかない。昔の犬は短命だったが、多くはこれによる。 飛躍的にイヌの寿命が延びたのは予防薬の普及によるが、一方、獣医の収入源の大きな柱にもなっていて、冒頭のようにものすごい価格差が出ている。

【アメリカにツテがある人は】
右は体重45キロ以下、左が22キロ以下 アメリカは安い。ただしフィラリアでは通じない。Heartworm(心臓に巣食う虫という意味)という。体重別に色分けされていて、51−100ポンド(23キロから45キロ)の大型犬用で1年分12個が入ったケーキ状(そのまま食べられる)で74.5ドル、 26−50ポンド(13キロから22キロ)の中型犬用で52.5ドル。小型犬用はさらに安い。商品名は「Heartgard」。日本の獣医でも同じものを出すところが増えてきたが、総じて高い。また、このくすりは回虫、十二指腸虫の予防も兼ねている。

これは米国の獣医からもらったときの値段。この場合、日本の獣医などの証明書を要求される(日本語でもよい。我が家はFAXで送って口頭で内容を説明したが、要するに、抗体検査ができないので、昨年投与した実績があって、現在ムシがいないことがわかればよい)。 薬局でも買えるようで(やはり証明書が入用とか)、この場合さらに安い。日本は1ヶ月単位で買い、しかも上記の価格だが、むこうは一度に12ヶ月分くる。1年中暖かいフロリダの犬と違い、日本の気候では半年ほどの投与 だから、2年近く使える計算だ。1ヶ月あたり大型犬で800円。日本もこのくらいにすべきではないか。

【アメリカではさらに安く手軽に手に入るようになった】
上でアメリカの例を書いたが、2009年7月さらに安くなった上、なんとスーパーで売っているという知らせが来た。
我が家ではアメリカに日本の知り合いの獣医に書いてもらった処方箋を送ってあって、定期的に買ってもらうようにしている。いつものように夏を前に頼んだら 「獣医に行くまでもなく、近所のCostco(コスコ)で棚に並んでいた。中型犬で39.5ドルだった」という。どうやら獣医の処方箋もいらなくなったようだ。 この価格は上で52.5ドルと紹介した品だ。円高もあってこの時点だと1回あたり300円である。日本の獣医経由と比べてあまりにも馬鹿らしい価格差ではないか。

Costcoというのは最近日本にも進出している会員制倉庫型卸小売チェーン店で、日本でも最近「コストコ」(すでにコスコの商標が使われていたのでこの名前に なったそう)の名であちこちに見かけるが、アメリカと同じシステムだ。日本国内では日本の法律の適用を受けるから、棚に並べるわけにはいかず、従前どおり 獣医からしか買えない。この夏の総選挙では民主党への政権交代が見込まれているが、同党のマニフェストをみても何も触れられていない。どちらが勝とうが、こんなことは 一刻も早く行政改革の対象にして、早くアメリカ並みの恩恵を及ぼしてもらいたいものだ。

Cワクチンを8種類も打たせるところは要注意。誤診したところは8種混合9500円だった。せいぜい5種でよいそうだ。

5種というとき ●「犬伝染性肝炎」(アデノウィルス1型感染症)●「犬伝染性喉頭気管炎」(アデノウィルス2型感染症)●ジステンパーウィルス感染症 ●パラインフルエンザ●パルボウィルス感染症を指す。8種ではこれに●犬レプトスピラ感染症の3種類のタイプ、「コペンハーゲニー」「カニコーラ型」「へブドマディス」 が加わる。

8種類が悪いというのではない。飼い主は8種みな生命に関わる病気だと思うから、頼むのだが、上の病名を見たら分かるが、鼻水が出るとか、セキがでる程度のものまで入っている。 もう一つ、飼い主が間違いやすいのが、8種もやれば、この中に狂犬病予防注射が入っていると思うことだ。ワクチンと同時に注射できないので別の日にするのだが、これで済んでると思っている飼い主が多い。

D特定の銘柄のドッグフード、キャットフードをしつこくすすめるところは、業者と結託しているケースが多い。テレビCMを よく流すところは総じて高い。CM料金までこちらが負担して高いものを買うことはないのだ。マージン目当ての獣医からは「成分分析をはっきり出しているのは ここだけですから」と説明されたりする。よほどでないかぎり市販のものは同じと思えばいい。 値段も高ければいいと思いがちだがそんなことはない。喜んで食べればそれでいいのだ。老犬食などカロリー摂取を控える必要があるとき 、高いものしかなかったが、今では安い老犬用フードも出回っている。

E我が家の犬たちは笹の中に入るので、夏場にダニがつくのが悩みの種だ。「首筋に1回たらすだけで1ヶ月はもちます」と、1回分数千円取られてい たが、ダニはしょっちゅうついていた。結局手で取るのが一番確かだった。この薬品もアメリカで買うと三分の一ほどだ。


ティアラのガンを最初に見つけたのは麻布大学獣医学部付属動物病院だった。あきらめきれない家内は3週間後、東大農学部付属家畜病院にいった。近所の動物病院の誤診に泣いたからこれも誤診かもしれないと、淡い期待を持ってのことだった。 しかし、ここでもレントゲン写真を見て的確にガンと診断した。人間の場合もいえることだが、ちかごろの開業医は少し難しい病気や検査がいるケースはどんどん大学病院に回す。開業医はかぜなどの軽い病気の治療と投薬機関と化している。 動物病院でも結局同じことが行われているのである。だから一刻も早く大学の動物病院に連れて行ったほうがいいというのが我が家の結論である。

しかし、大学病院は獣医師会の圧力からか、紹介状がないと受け付けない。今回、こころやすく紹介状を書いてくれる獣医師にめぐり合って幸運だった。1回目は診察時間にわざわざクルマで駆けつけて立ち会っていただいた。いい獣医は紹介状を書くのに躊躇しない。 動物とその家族の気持ちを第一に考えてくれるのだ。

参考までに我が家でかかった2つの大学病院を紹介するが、この他にも全国で20ほどの国公私立大学の付属動物病院がある。 ちなみに両方ともレントゲンを撮って1万円前後の支払いだった。内科系ならもっと安いだろう。

「麻布大学獣医学部付属動物病院」
神奈川県相模原市淵野辺1−17−71
 電話 042−754−7111

「東大農学部付属家畜病院」(ベテリナリーメディカルセンター)
東京都文京区弥生1−1−1
(内科系診療日、火、水、金)電話03−5841−5419
(外科系診療日、月、木)  電話03−5841−5420

犬の寿命はどんどん伸びている

子供の頃、いつも傍には犬と猫がいた。犬の寿命が短くて3,4年で死んだから名付けが追いつかないほどで代々「ペス」という名前に決まっていた。現在はどうかというと著しく寿命が伸びている。昭和50年代半ばの犬の平均寿命は3〜4歳だった。10年後には10歳前後となり、平成10年(1998)には14歳に達した。しかとした統計はないが現在はもっと長寿になっているだろう。理由ははっきりしている。上で紹介したが犬の心臓に住みつく寄生虫フィラリアを駆除できるようになったためだ。

大村氏
大村智さん
2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智さんのおかげである。土壌に生息する微生物がつくる化学物質の中から役に立つものを探し出す研究を45年以上行い、これまでに微生物が作る500近い新しい化合物を発見し、そのうち25種が医薬、動物薬、農薬、研究用の試薬として実用化されているが、そのうち抗寄生虫作用があるアベルメクチン、アトペニン、セタマイシンなどが犬フィラリアに効果があることがわかり、飛躍的に犬の寿命が伸びた。猫もフィラリアにかかるがこちらにも応用されている。

ノーベル賞の対象になった抗寄生虫薬イベルメクチンは、熱帯地方の寄生虫感染症の予防薬として無償提供され、現在も多くの人を熱帯病から救っている。アフリカを中心に広がる人間の熱帯病「河川盲目症」にも効くことがわかり、この薬の服用で救われた人は年間3億人にも達したといわれる。

大村博士は山梨県韮崎市の出身で、手にする特許料は美術館や文化事業に幅広く投資していて、その中には「温泉」もある。我が家は八ケ岳から東京に戻る途中「武田乃郷 白山温泉」に立ち寄ることもあり、重宝させてもらっている。恩恵は犬、猫だけでなく人間にも及んでいるのだ。

▲ページトップへ

 狂犬病について

前の項で狂犬病の予防注射代が高すぎることなど、行政批判を書いた。2006年11月になって、フィリピンで噛まれて日本に帰国した男性2人が立て続けに発症した。テレビ、新聞などメディアは怖さばかり強調している。ティアラが亡くなってだいぶ経ってからこの下りを挿入するような形になるが、厚生労働省の対策はすでに破綻していると思うのでいささかの重複を承知で書くことにした。

まず、偶然だとは思うが、京都と横浜で帰国した男性が相次いで発症、にわかに狂犬病が注目された。

@京都市の男性はフィリピンから11月1日帰国、6日から風邪のような症状を訴え、13日になって幻覚症状や、水や風を怖がる狂犬病の特徴的な症状が現れて入院したが、17日死亡した。60代のこの男性はフィリピンに滞在中の8月末ごろに「マニラから相当離れた田舎」で野良犬に左手をかまれた。帰国後、発熱など風邪のような症状があったことから、9日に京都市内の病院で受診。その後、幻覚やのどのけいれんなどの症状が出たため、国立感染症研究所で調べた結果、狂犬病ウイルスが確認された。帰国時に自覚症状もなく、接種も受けていなかった。

A横浜市感染症課によると男性(65)は10月22日に帰国した。11月15日に風邪のような症状と右肩の痛みを訴え、19日に横浜市内の病院で受診した。風邪との診断でいったん帰宅したが、その夜に呼吸困難になり翌日に再度受診した。水や風を怖がり、呼吸困難を起こすなど狂犬病の疑いがみられたため、別の病院に転院して唾液と血液を国立感染症研究所で調べた結果、狂犬病ウイルスの遺伝子が確認された。この男性は2年前からフィリピンのマニラ近郊で暮らしており、横浜市内の家族宅に一時帰国した。家族には「8月ごろ右手首を飼い犬にかまれた」と話していたという。人工呼吸器を付け治療を続けたが12月7日未明死亡した。

共通項は、フィリピンで犬にかまれて帰国後に発症している点だ。厚労省によると、互いの男性に関連性はないが、1970年にネパールから帰った男性が死亡しているので海外から持ち込まれた狂犬病発症としては3例目になる。世界保健機関(WHO)の調査では、フィリピンでの狂犬病死亡者数は2004年で248人、犬は1546頭にものぼっている。

最近は中国でも猛威をふるっていて、中国衛生部の最新統計によると、全国21の省や、県で感染が報告され、2006年9月までの人への感染例は2254人。去年同期より29・7%増加、狂犬病による死亡者数は四か月連続で伝染病死亡者数の首位になっている。これは中国で一般の所得が上がってペットが急増している事情がある。北京ではイヌの強制捕獲に力を入れているが、狂犬病の多発におびえた人が予防接種待ちの列をつくっているという。
インドでは年間1万7000人も死んでいるし、韓国では、しばらく狂犬病は発生していなかったが、感染したタヌキが国境を越えて侵入し、93年以降、犬や家畜に広がったとみられる。

厚生労働省では「狂犬病発生地域に旅行する人は渡航前に予防接種を受けてほしい」としているが、半年ほど前から継続的に注射しなければならないということを知る人は少ない。

日本は絶滅宣言出してもよい安全国
日本では、人の感染例は昭和29年(1954)を最後(発生は函館だったと思う)に皆無である。 日本での発生率からいうと、天然痘に絶滅宣言が出たごとく、狂犬病にも出してもいいくらいだ。しかし、安全なのは以下に述べる日本、英国、豪州、スカンジナビア半島くらいで上述のように、隣の韓国をはじめ、中国、東南アジアの発生率はすごい。WHOによるとアジアやアフリカを中心に世界で年間約5万5000人(2004年)も死亡しているのだ。

狂犬病の発生がない、と日本が認めている地域
日本、ハワイ、台湾、グァム、シンガポ−ル、キプロス、オ−ストラリア、ニュ−ジ−ランド、グレ−トブリテン、アイルランド、アイスランド、ノルエウェ−、スエウェ−デン、フィジ−諸島 の14地域と国。島国がほとんどであることを見ても防疫の要諦がわかるというものだ。

狂犬病の科学
狂犬病は、ウイルスに感染した犬などの哺乳類に噛まれることで人に伝染する。弱いウイルスで乗っかっている人や動物が死ぬと一緒に死ぬ。「人から人へ」の感染はない。狂犬病の英語名は「rabies」だが、欧米では「hydrophobia」(恐水病)の意味で理解されている。病名としてはこちらの方が正確だ。人でも動物でも発症すると、多量の唾液を流し、乾きを覚え、水を求める。しかし水を飲むと、今度は喉(のど)や全身の痙攣を起こすようになる。そのため、目に見える症状としては水を恐れ、凶暴になる。

潜伏期は人の場合、感染して、10日〜数か月とまちまち。感染すると主に脳脊髄を侵される。頭痛や吐き気、発熱といった風邪に似た症状をおこす。京都と横浜の人もそうだった。やがて神経麻痺などの症状が出て体の自由が効かなくなる。咽頭痛のため水を飲むのも困難となり、風に当たっても痛み、光の刺激で痙攣も起きる。この間よだれを流し、凶暴になるといった状態が数日から数十日続き、息をひきとる、というのが一般的な症例だ。死亡率はほぼ100%。犬の場合も同様で、潜伏期は10日〜長くても6か月。症状が出てから3〜4日で100%死に至る。

発症すると有効な治療法がないが、発症を防ぐ方法はある。噛まれた傷口をすぐ消毒し、狂犬病免疫グロビリンを投与する。同時にワクチンを次々と接種する。初回接種につぎ3、7、14、30日後とつづければだいたい発症を防げる。日本で唯一ワクチンを生産しているのは熊本県にある「財団法人化学及血清療法研究所」だが、ここでは年間5万本作っている。

発症してからの生存例はこれまでに世界で5人いるだけで、いずれも以前にワクチン接種を受けていた人だ。ワクチン接種を受けていないで助かったのは、2004年9月、米ウィスコンシン州で、狂犬病ウイルスに感染していたコウモリにかまれた15歳の少女が薬物治療だけで助かった1例のみ。

犬のせいにするのは間違っている
狂犬病の主な感染源として犬ばかりが問題にされるが、狂犬病は哺乳類や鳥類などすべての恒温動物に感染するウィルス性の人獣共通感染症である。感染動物の唾液が、噛むなどの行為により他の動物の循環している血液に触れると感染する。したがって、危険視される動物は、犬だけではない。アジア、アフリカではイヌ間の流行だが、欧州では、アライグマとキツネ、コウモリであり、アメリカではコウモリ、アライグマ、キツネ、スカンクだ。テネシーで見かけたが、道路でクルマに轢かれたスカンクが異臭を放っているのを数多く見かけた。これが、アフリカだとジャッカルとマング−スだ。日本でも終戦後の一時期、狂犬病が多く発生した時期があるが、この頃はネズミによる感染だった。住宅環境も悪く、衛生状態も劣悪な時代だが、餌が少ないと、ネズミは寝ている人の指などをかじる。

「狂犬病予防法」の功罪
「狂犬病予防法」が施行されたのは、昭和25年(1950)だが、この年には日本ではまだ犬867匹が狂犬病になり、人も54人が死んでいた。それが、人間では昭和29年(1954)以降、動物では昭和33年(1958)以降、狂犬病の発生はない。数年で完全に押さえ込み、以後、半世紀にわたって「発症率ゼロ」なのはこの法律のおかげでだが、順法精神が高い国民性によるところも大きいだろう。現在、唯一感染の可能性がある場合は、今回のように海外の狂犬病流行地域で犬や野生動物に咬まれた人が帰国後発症した場合だけだ。

日本の狂犬病対策の柱は「犬の登録」(飼いはじめて30日以内に市町村役場へ)、「予防注射」(毎年1回、4月〜6月に市町村指定の場所で注射)、「野良犬や徘徊犬の保護」「輸入時の動物検疫」の4つから成り立っている。しかし、今ではそれぞれがほころびを見せはじめている。上に記したように狂犬病はあらゆる哺乳類や鳥類などすべての恒温動物に発症しうる。なのに犬だけを目の敵にしてネコ、サルなどはお構いなしというのが最初からおかしいのだ。いま、四つの防疫の柱が揺らいでいる。

「犬の登録」「予防注射」は狂犬病絶滅に貢献したが、いまこの制度が崩壊しつつあるといってよい。日本では犬の飼育数は急増していて、現在1300万頭(2005年)と推定されている。しかし、厚生労働省の調査によると、犬の登録数は半分以下の約560万頭(2001年)、予防注射の接種率は38.5%という低さだ。狂犬病を防ぐには少なくとも70%の接種率がないと危ないとされる。

原因は上記のように8種ワクチン打てば、狂犬病予防注射ぐらい入っているだろうという飼い主の思い込みもあるが、狂犬病予防注射そのものの危険性がある。接種後の食欲不振などの副作用があり、毎年50〜60頭が死亡しているが、あくまでも統計上の数字である。愛犬が予防注射で死んでも飼い主も獣医もまず届けない。だから死亡の実数はもっと多いとされる。発生数が半世紀間ゼロなのに副作用による死亡がこれだけあれば誰もやりたがらない。

もっとも、現在では、新しいワクチン(神経組織を含まない組織培養不活化ワクチンという)が開発され、犬でも人でも以前のような副作用はみられなくなったというのだが、多くの人はいまだに狂犬病よりワクチンで死ぬ数のほうが多いと思っている現実がある。

登録料の廃止と予防注射代の大幅値下げを
飼い犬については、狂犬病予防法で登録と予防注射が義務づけられている。しかし、義務規定を知らなかったり、室内犬の飼い主が無関心だったりで、登録も接種率も年々減っている。
これには登録と注射の値段が高すぎることがある。登録料の3000円は犬の生涯に1回だが、狂犬病予防注射料2500円、注射済票交付料金550円(いずれも全国平均価格)は毎年だ。ワクチンの原価は一本100円、200円の世界と言われる。本当に予防が目的なら単価を下げればいいのだが、ワクチンの予防注射代や鑑札代は年間200億円という一大市場で、獣医や関係機関の重要な収入源になっているので、やめられないという側面がある。

アメリカは狂犬病発生国であるにも関わらず、ほとんどの州で予防注射は3年に1回だ。オ−ストラリアとニュ−ジ−ランドはなんと狂犬病の予防注射は法律で禁止されている。副作用で死ぬのを防止するためだ。イキリス、アイルランド、北欧諸国は狂犬病予防注射の義務そのものを廃止している。スイスも 2004年から、国内にいるだけの犬は狂犬病予防注射を受けなくてもよくなった。いずれも日本と同じく狂犬病を根絶したという認識からだ。
日本も、何のためかわからないイヌの登録料などというのはを廃止して、ワクチン代を大幅に下げるべきではないか。

防疫が目的か業界保護かはっきりさせよ
日本では、「輸入時の動物検疫」として検査する動物に指定されているのは犬、猫、アライグマ、キツネ、スカンクの哺乳類の5種だけだ。絶滅した14か国からの輸入動物の検疫は緩やかだ。犬も猫も狂犬病予防注射をしてなくても輸入できる。それはそれでよいだろう。だが、一方でコウモリなど狂犬病を発症しうる動物は多いのに野放しになっている。

北海道・稚内市はロシア船の入港数が全国で最も多く年間2千隻以上に達している。ロシアでは、海の安全を守る神様としてイヌを乗せる慣習があるほか、停泊地で泥棒を見張る番犬としてほとんどの船にイヌが乗っている。日本では狂犬病予防法と家畜伝染病予防法により検疫を受けていない犬は上陸できないが、そんなこと知らないロシア人によるイヌを連れての「不法上陸」は後を絶たない。

狂犬病看板
ロシア語でイヌの
下船禁止を訴える稚内の看板。
ロシア語で「イヌは船内につないで下さい」「降ろさないで下さい」と書かれている看板を出しているが、稚内保健所が統計を取り始めた96年度からこれまでに13人の日本人が犬にかまれてけがをした。狂犬病は発症しなかったが、犬はいずれも処分されたという。危なっかしい水際作戦だ。こういう形での狂犬病上陸も考えられるのだ。

日本のように半世紀も狂犬病が発生してない国は、狂犬病発生国から動物を輸入するときだけ予防注射を厳しく規制すれば、こんな厳しい国内での接種義務は緩和してもよさそうなものだ。欧米に習って3年に一度とかでもよいのではないか。
本当に狂犬病予防のためというのなら、上に解説したようにその特性から、ペットとして飼育されている全恒温動物と人間に毎年、予防注射をすべきなのだ。それをしないというのは、200億円市場に寄りかかっている業者と獣医の恩恵を守るためだといわれても仕方なかろう。

長らく発生がないため、緩んでいる面もある。まず、狂犬病にどう対処していいか知らない獣医が増えている。厚労省は2001年、国内で狂犬病の発生が疑われる際の対応を示した「狂犬病対応ガイドライン」を作成し、全国の関係機関に配布しているがほとんどの獣医は狂犬病を見たことがない。2006年末獣医師が中心となって「狂犬病臨床研究会」が設立される。狂犬病を診断できる医師や獣医師が少なくなったため、同会で狂犬病の教材作りや啓発講演会を行うことにしている。たとえば、疑われる動物から検査のため検体を採集する必要があるが、イヌの頭部からウイルスをとる技術を研修してもらうという。また接種率の低下にあわせたのかイヌ向けワクチンの生産は必要量の半分しかないというお寒い現状だ。

このように発生がないからみな油断しているものの、狂犬病予防法は今も生きている。例えば、よくあることだが、じゃれて他人の手を噛んだ犬の飼い主は、即刻届け出ねば、処罰されることになっている。一方で狂犬病予防注射は飼い主の義務になっているのに接種率が40%に届かないというのをみても、今の制度がもう時代に合わなくなっているのがわかる。保健所まかせで、「犬を連れていついつまでに出頭せよ」という役人の発想で成り立っている。今回の狂犬病発症にあたっても厚生労働省は接種を呼びかけるばかりだが、能がない。その前にもっと簡単に安くワクチン接種を受けられる方策を取るべきなのだ。

▲ページトップへ

 これでいいのか、獣医、動物病院

日本では、獣医系大学卒業後“自動的”に取得できる獣医師免許を持っていれば、役所への届け出だけで、誰でも開業できる。  つまり、動物病院は、どこでも一定水準をクリアしているということではなく、ピンからキリまでいろいろな動物病院があるということで、 免許があるというだけで診察能力を欠く医師がいてもおかしくはないのが日本の制度だ。しかも大学では昔ながらの産業動物重視で大型動物 の勉強ばかりしている。

医師国家試験は厚生労働省、獣医師国家試験は農林水産省という管轄の違いはあるが、同じ6年間勉強する。 獣医の養成期間は以前4年だったが、受験資格が大学院修士課程修了者(つまり6年)になったのは昭和53年入学者、つまり昭和59年の 卒業生からである。試験はマークシート方式で、200−300問あるうち、5択から1つ選ぶ。合格率は95%前後。悪いところでも90%台だ。よほどサボッた学生 以外は「パスしなければおかしい」といったものだ。私は医師も獣医師も口頭試問を加えて適性をチェックしたほうがいい(医師国家試験では以前あったが廃止) と思っている。6年間勉強して国家試験にパスしても使い物にはならない。大学付属の家畜病院とか各地の畜産試験場とか開業医のところで研修する。 ここではじめて耳学問から実地の診療に移るのだ。
(2005年1月、「自動的」に獣医師免許が取れるというのは間違いではないか、というご指摘がありましたので、この段落を書き加えました。)

驚いたことに、解剖というものをしたことがない学生が卒業してくるという。人間医学では献体という制度があってメスを握る機会はあるが 、動物の場合、行き過ぎた動物愛護運動のあおりもあって、生死を問わず動物を手に入れるのが難しくなっているのだという。 開業して初めて触る動物が多いというのだから、手術以前の問題だ。こういう獣医に手術されたら半ば、有料の実習をされているようなもので、 動物病院での死亡率が高いのも当たり前で、トラブルが急増している一因だろう。

獣医学というのはまだ浅い歴史しかないが、医学と同じで日進月歩で進んでいる。昨日できなかったことが今日できる世界だ。 開業後も研究心を持ちつづけ設備の改善など向上心を持ちつづけなければ務まらない。にもかかわらず折りからのペットブーム に便乗して利を求めるに熱心すぎないか。

欧米ではどうか。獣医には、国際ライセンスがある。国際的に共通の基準を設け、獣医系大学生が修得できるライセンスだが、日本の現在の獣医系大学の水準を上回るという。 アメリカでは開業試験や設備規定がある。はっきりいって日本の獣医の水準は、欧米各国に比べて、劣っているのが問題だ。 薬の開発も遅れている。我が家の犬たちがもらってくるワクチン、ダニよけの薬、かゆみどめ、下痢止め・・・薬のほとんど が英語かドイツ語かフランス語で書かれている。 すべて輸入品であるということは、日本では臨床、研究の面でかなり遅れているということだ。

メーカーが簡単な犬猫の薬を薬局で販売しようとしたら獣医師会が猛反対したという。この一事でも儲け主義に走りすぎといわれても仕方がない。 さきにフィラリアの薬代がまるででたらめのように幅があることを書いたが、医療費は、独占禁止法にひっかかるので、獣医師会が統一値段・目安値段を決められないという制度 をいいことにあぐらをかいているのだ。人間の場合は、保険価格(薬価基準)がひとつの目安になっているが、こちらは歯止めがない。 日本獣医師会がまとめた動物病院の「平均医療費」というのがある。下記に紹介したが、欠点はあるものの一応の参考になるのではないか。 行政の規制緩和はいま日本で合言葉のようにいわれる。そのとおりだが、こと獣医、動物病院に関する限り、即刻規制と監視の網をかけるべきでなかろうか。


 ティアラの旅立ち

とうとうその日がやってきた。
病気が見つかってからというもの、八ヶ岳には一度も出かけたことがなかったのだが、ティアラはここで何年も過ごしたことだし、何頭もの子育てもしてきた土地だから、もう一度見せてやりたかった。 おりしも3連休だった。直前、小康状態を保っていたこともあり、他の犬といっしょに3か月ぶりに訪れた。部屋が暖まるまでクルマの中に入れておくつもりだったが、 雪景色に喜んで、自分で降り立った。そこに虫の知らせか、前の飼い主も通りかかった。覚えているようでしっぽを振った。
翌朝、2001年2月11日午前6時、八ヶ岳の何年来の大雪と、この朝の冷え込みがもたらした見事な霧氷に包まれてティアラは旅立った。


ティアラの墓
【ティアラを偲ぶ】
【ティアラのアルバム】
【愛しき犬たちへ】(伝言板)


霧氷がきれいな朝だった

▲ページトップへ

 日本の獣医系大学と付属家畜病院

(2002年4月22日 追記)

意外なことだったが、ティアラの闘病記を読んでいただいた見知らぬ方々からメールをいただくようになった。 「涙が止まりませんでした」といっていただいた方もある。また、自分の家の近くに大学の付属動物病院はあるだろうか、 という問い合わせもいただいた。他の県まで思いが及ばなかったが、調べた病院(上で書いた2つの病院も再録しました)を以下に紹介します。

国立10、公立1、私立5が日本の獣医系大学のすべてです。20ほどあると書きましたが16校でした。 日本の獣医は、このどこかの卒業生ということです。中部、甲信越、四国、北九州にエアポケットが出来ている(つまり大学付属の動物病院がない)こともわかりました。 文部科学省では獣医系大学の教育水準をあげる取り組みもあるようです。獣医の紹介状がないと診察しないと書きましたが、 北大のように飛びこみでも診てもらえるところもあるようです。詳しくは電話で聞いてください。

【国立】

北海道大学獣医学部付属病院
札幌市北18条西9
TEL 011−716−2111

帯広畜産大学付属家畜病院
帯広市稲田町2000−11
TEL 0155−49−5681

岩手大学農学部付属家畜病院
盛岡市上田3−18−8
TEL 019−621−6238

東京農工大学付属家畜病院
府中市幸町3−5−8
TEL 0423−64−3311

東大農学部付属家畜病院(ベテリナリーメディカルセンター)
東京都文京区弥生1−1−1
(内科系診療日、火、水、金)電話03−5841−5419
(外科系診療日、月、木)  電話03−5841−5420

岐阜大学農学部付属家畜病院
岐阜市柳都1−1
TEL 058−293−2962

鳥取大学農学部付属家畜病院
鳥取市湖山町南4丁目101
TEL 0857−28−0321

山口大学農学部獣医学科付属家畜病院
山口市大字吉田1677−1
TEL 0839−33−5931

宮崎大学農学部獣医学科付属家畜病院
宮崎市学園木花台西1−1
TEL 0985−58−2811

鹿児島大学農学部獣医学科付属家畜病院
鹿児島市郡元1−21−24
TEL 099−285−8750

【公立大学 】

大阪府立大学農学部付属家畜病院
大阪府堺市学園町1−1
TEL 0722−52−1161

【私立大学】

酪農学園大学付属家畜病院
北海道江別市文京台緑町1582
TEL 011−386−1111

北里大学獣医学部付属家畜病院
青森県十和田市東23番地35−1
TEL 0176−24−9436

日本獣医生命科学大学付属動物医療センター( 旧日本獣医畜産大学付属家畜病院)
東京都武蔵野市境南町1−7−1
TEL 0422−31−4151

麻布大学獣医学部付属動物病院
神奈川県相模原市淵野辺1−17−71
 電話 042−754−7111

日本大学生物資源科学部ANMEC
神奈川県藤沢市亀井野1866
TEL 0466−84−3900


▲ページトップへ

 動物病院の診療料金はこんなに違う

(2003年3月15日 追記)

このホームページで、ティアラの闘病記と、良い動物病院を さがし求めて東奔西走した 話を書いてからまもなく、相談のメールが寄せられるようになった。 ペットと暮らす家庭はいずこも同じ悩みなのだと実感した。

そんなおり「週刊朝日」2003年3/7号の 「空前のペットブーム《悪い獣医師の見分け方》」という刺激的な見出しの 特集が目に付いた。2年前、この項でティアラの病気を参考に「これでいいのか動物病院」 「よい獣医の見分け方」を書いたが、そっくり同じ企画でつい雑誌を買い求めた。記事で 「平均4000円のワクチンが3万円!」と驚いてもいる。 でも、経験した人なら「こんなものではない。現状はもっとひどい」と思ったことだろう。

「請求書が出てくるまでは、治療費がいくらかかるかわからない。”すし屋の時価”と 同じ」ともある。長年でたらめな価格でやってきたすし屋が、回転寿司の登場で軒並み 傾いてきている。動物病院も同じ過程をたどるのではないか。自然淘汰を待てばいいようなものだが 、情報を開示して、飼い主が勉強することが大事だ。

この記事で日本動物愛護協会の事務局長がうまくまとめている。「ペットの医療トラブルは 、三つに分類できます。まず、不当請求などの料金問題。次に生命倫理に対する考え方の違いによるもの。 簡単に言えば、獣医師がどのような考えで治療を行うのか、飼い主にきちんと説明しているかどうか (インフォームドコンセント)。最後に、医療過誤や誤診の問題です」

我が家のティアラはこの三つすべてにひっかかって死んでいった。記事には、愛犬が吐いたのでテレビでみた 豪華設備を売り物にしている病院に連れて行ったら、入院を告げられた。ところが翌朝死んだとの電話。死亡原因 の説明もなく18項目もの明細がある11万円の請求書が渡された、という例が出ている。手術中に死んだグレースは、 4万円の請求書とともに亡骸(なきがら)が返されてきた。医療ミスではないかと思うくらいだ。すくなくとも手術管理 が悪かったと思う。死んでも謝るどころか、金を取るのだ。そのときは、配慮のない 獣医に怒る余裕もなく、呆然と請求書を受け取った。今でも、そのときのことが悲しみとともによみがえる。

記事では、11万円請求された人は獣医に治療内容の情報開示を求めていて、場合によっては 裁判も考えているそうだ。こういう行動が是正へのきっかけになるのかもしれない。

日本獣医師会に入っている獣医師は約3万人もいるが、小動物を対象にした開業医はわずか30%だという。 さらにそのうちごく少数の儲け主義が全体のイメージを悪化させている面がある。獣医師会では、開業医は勤務医の3倍 以上の会費を納める決まりになっていて、数は少ないものの開業医の発言力が大きいのだという。

その日本獣医師会が開業医(動物病院)にアンケートをとってまとめた平均の価格表がある。 インターネット上で公開しているので、心当たりの病名あたりから一度のぞいてみたらよい。
抜粋を下で紹介したが、読み取るのに注意が要る。単一の項目を見ると安いように錯覚するが、これに注射や検査や技術料やらが合算される仕組みになっている。 トータルすると獣医師次第でエッという金額になるから注意が必要だ。

動物病院の診療料金はこんなに違う

最高料金平均料金
【診察料
初診料4000〜4500円1191円
再診料3000〜3500円625円
時間外診療5000円〜1737円
休診日診療1万円以上2226円
【診断書】
診断書5000円以上2376円
処方箋5000円以上1830円
【入院料
小型犬 1頭/1日1万円以上2706円
大型犬 1頭/1日1万円以上3906円
猫 1匹/1日1万円以上2576円
鳥類 1羽/1日7000〜8000円1466円
【注射料
皮下注射4000〜5000円1249円
筋肉注射4000〜5000円1286円
動脈注射1万円以上3530円
点滴1万円以上3494円
【伝染病予防注射】
ワクチン1種3万円以上3917円
ワクチン2種以上混合3万円以上8185円
【レントゲン撮影】
撮影5000円以上2682円
診断5000円以上1241円
【歯科】
歯石除去1万円以上5486円
犬歯切断手術(1本)5万円以上3311円
抜歯(1本)10万円以上2012円
【手術料】
不妊手術(犬/メス)5万円以上2万4176円
不妊手術(犬/オス)5万円以上1万5379円
不妊手術(猫/メス)5万円以上1万9828円
不妊手術(猫/オス)5万円以上1万1541円
骨折手術1万円以上3万9290円
腎臓摘出手術 10万円以上4万3016円
胃腸切開手術10万円以上3万1956円
開頭手術5万円以上2万4176円
犬糸状虫摘出手術(フィラリア)10万円以上4万1118円
腹腔内腫瘍(ガン)
摘出手術
10万円以上3万1956円
分娩(1匹あたり)2万円以上3737円
安楽死3万円以上1万1228円
日本獣医師会が全国の小動物臨床獣医師(開業医)に実施したアンケート(1999年)に 回答した1631人の集計。手術料は手術1回の平均値。薬剤料金、麻酔料、入院費用はのぞいたもの。

【この表の正しい読み方】

この記事を書いた記者は気づかなかったようだが、このアンケートには欠陥がある。 まずアンケートの回収率だ。1631人の回答だというが、開業医は9000人ほどだから6000人以上は協力しなかった ことになる。実態が明らかになるので拒否したのではないか。むしろ良心的な獣医の価格表ともいえるが、それでも この価格差である。「平均料金」とあるといかにも全国の平均医療費と考えるが「獣医が回答した価格の平均」と いう意味しかないことを知っておく必要がある。

次に、設問が細かく分かれすぎている。例えば 不妊手術料金(犬・メスの場合)を見ると、「手術料(技術料) 24,176円(平均値) 」となっている。 ところが、実際には「麻酔料(吸入) 9,374円(平均値)」、「入院料(大型・中型犬、3日間) 9,501円(平均値) 」、 薬剤料、その他 が入るので「合計は約4万5,000円前後 になる」(日本獣医師会の説明)という。表だけでは実態が わからないのだ。

レントゲンの場合でも「撮影 5000円以上(最高) 平均2682円」と「診断 5000円以上(最高) 平均1241円」の二つの 項目を足さないとわからない。撮影と診断というのは一連の医療行為ではないか。「抜糸3500〜4000円」という項目もある。 手術したり縫合したら抜糸は当たり前ではないのか。「窄刺」の項目がある。検体を取るため針を刺すことだが、場所によって 料金が違う。これも検査の一環をなす医療行為だ。別料金を取る理由を知りたいものだ。

また、注射も「皮下」「筋肉」「静脈」「動脈」「点滴」と細かくわけているが、こんな必要どこにあるのだろう。「難易度 による」とあるが、皮下注射は打てても動脈注射は打てない獣医がいるというのだろうか。 「点眼1回 4000円以上」というのもあって驚くが、よく見ると「徴収しない(薬価に含む)」が63.5%だ。現場は常識的 なのがわかる。

そういうことをわかってからこの表を見ると参考になる。平均料金をみるとおおむね妥当だと思うかもしれない。私も このくらいでやってほしいと思う。しかし、アンケートに答えもしなかった大半の小動物病院の経営者(獣医でなく)は 知らぬ顔でべらぼうな料金を取っている。このほか、予防注射、フィラリア予防薬、ダニ・ノミ駆除剤・・・薬剤の料金も メチャクチャといってよい現状だ。しかも、残念なことに飼い主が接触するのはこういうところが多いのだ。

▲ページトップへ

「エディーとリズの物語」へ
「グレースがやってきた」へ
「その後の犬の物語」へ
「アナスタシアが行く」へ

このHP「八ヶ岳の東から」TOPへ