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温泉を紹介するサイトは多いので、ここで取り上げるつもりはなかった。だが、どうにも哲学がない。中には、目に付いた湯、自分が入った湯を
みんな取り上げているものすらある。 |

↓クリックでその場所に飛びます。
| 別所温泉 | 淡谷のり子物語 無言館について 水上勉 父と子 |
長野県丸子町 ・ 青木村
| 鹿教湯温泉・文殊の湯 | 沓掛温泉・小倉乃湯 | 田沢温泉・有乳湯 |
長野県東御市
| 湯楽里館(ゆらりかん) |
長野県佐久市 (旧 望月町・浅科村・臼田町) 佐久穂町(旧 佐久町)
| 布施温泉 | 穂の香乃湯 | スパリゾート のぞみサンピア佐久 | 湖月荘 | 臼石荘 |
長野県南佐久郡小海町
| 八峰の湯(ヤッホーの湯) |
長野県南牧村
| 本沢温泉 |
長野県南相木村・南牧村
| 滝見の湯 | 海ノ口温泉 | 灯明の湯 |
| 〔湯上り閑話〕 若山牧水の温泉考 |
長野県下諏訪町
| 旦過の湯 | 遊泉ハウス児湯(こゆ) | 新 湯 | 矢木温泉 | 菅野温泉 | 湖畔の湯 | 湯たん歩° |
長野県富士見町・山梨県北杜市白州町(旧:北巨摩郡白州町)・長野県原村
| つたの湯 | 塩沢温泉 | もみの湯 |
山梨県北杜市(旧:北巨摩郡明野村) ・ 韮崎市
| おいしい学校・香りの湯 | 明野ふるさと太陽館 | 韮崎旭温泉 | ノーベル賞温泉「武田乃郷 白山温泉」 |
山梨県甲斐市 ・中巨摩郡昭和町
| 玉川温泉 | 山口温泉 | 湯めみの丘 | 桜 湯 |
山梨県甲府市
| 国母温泉 | 喜久乃湯温泉 |
| 湯村温泉 鷲の湯 | 湯村温泉 ホテル吉野 | 塩部温泉 | 黄金温泉 | 草津温泉 | 湯王温泉 | 甲府市南部市民センター |
山梨県笛吹市
| 石和温泉(銭湯) | 石笛の湯 |
山梨県山梨市・塩山市
| 岩下温泉 | ほったらかし温泉 | 宏池荘 |

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| 毎年のように夏を過ごした西屋の正面 |
『米沢市史』によれば少し違って、文応年間(1260〜1261)に一羽の傷ついたオオタカが毎日烏帽子岳の方から飛んで来て、渓間の湯口に浸かっているのを関村の猟師が見た。やがて傷が癒えて飛び立ったのでこの湯が温泉であることに気付いた。この時のオオタカは白毛斑のタカだったので、「白斑鷹湯(しらぶたかゆ」と呼ばれ、その後、「白布温泉」となったとある。
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| 白布温泉マップ(クリックで拡大図) |
左上の写真は西屋だが、ここだけ全館籐ゴザ敷きだった。この石段を上がって入った土間のすぐ左手に囲炉裏のある大部屋があり、もう亡くなったが、 おばあちゃんが漬物出しながら方言で昔話をしてくれた。2、3話は今でも憶えている。 東北弁のなかでも米沢あたりの言葉は単語とイントネーションが美しく、子供でもよく分かった。 骨折した腕の添え木を湯につかりながら、番頭さんにおそるおそる解いてもらったところでもある。その後自衛隊が道路をつくるのに協力して、少し上に天元台スキー場ができて、冬も行くようになった。 ところが惜しいことに、平成12年(2000)3月26日、火事が出て、中屋と東屋が焼失した。以下は当時の新聞記事である。
江戸時代に米沢藩主の上杉家の定宿として使われた由緒ある建築物が焼失した。山形県米沢市の白布(しらぶ)温泉の旅館「中屋」で夕刻、火事が起き、同旅館 本館と隣接の旅館「東屋」が全焼した。両旅館は隣接する「西屋」と合わせ、かやぶき屋根を連ねた“老舗3旅館”として知られていた。市観光協会などによると、 中屋は創業約300年、東屋は創業700年とされている。(産経)
中屋と東屋が全焼した火事
(2000.3.26)
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| 昔のままの西屋が(2004年4月) |
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| 雪深い冬の西屋も風情がある。ここからスキーを担いで 天元台スキー場まで歩いて行ったものだ。 |
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| 遠藤央子・女将(2022) |
「父の仕事の関係で海外で生まれて、その後は福島で育ちました。東京でも生活していましたし、温泉や旅館にはまったく縁がありませんでした。白布温泉の存在すら結婚する少し前まで知らなかったほどです。ただもともと日本の古いものが好き、着物も好き、何より温泉がとても好きでした。西屋の古い建物とあの湯量と御影石のお風呂と……温泉に惚れ込んで、ここまでやってきました」
「源泉を管理する場所が裏山の斜面にありまして、高齢の義父(会長)がヨボヨボと裏山を登る姿を見て、「ああ、もう私がやろう」と。そう決めたのが2014年の春先です」
ということは、義父というのは私が西屋の囲炉裏端で民話を聞いていたおばあちゃんの息子であろう。骨折した腕のギプスを外してくれた番頭さんと同じくらいの年齢でよく働く人だった。それが「高齢の・・ヨボヨボの」というのだから、ずいぶんと昔の話になる。こちらも80を超えた。
「西屋」の思い出は私の青春の思い出と重なって、ただひたすらに懐旧の情にかられる。
白布温泉は約1キロ離れた裏の山手から源泉を引いていて、源泉温度は57度、季節によっては59度ぐらい。上から流れてくる沢の水を混ぜ合わせ、季節の気候変動にあわせて適温にしているという。適温にしたことで、長湯しすぎて、のぼせて具合悪くなる客が増えた。「たくさん介抱しましたね。ぐったりしちゃった方に、とにかく横になってもらい、うちわで・・・」。
昔から西屋の温泉は熱い、と言われていた。西屋は上にホテル形式の新館もあるのだが、ここで従弟の中学生と 湯に浸かっていたら中年のおばさん数人がやってきた。「あら、人がいるワ」と言いながらどやどやと我々の周りに入ってきた。当時は混浴だった。従弟は出るに出られず、連中が出ていった時、浴室のタイルにぶっ倒れたものである。
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| 20数年ぶりに雪の「西屋」を訪ねた(2023年12月2日) |
2023年12月2日、「西屋」の湯に浸かってきた。
上述のように小学校の時から社会人になっても何度も訪れた白布温泉だが20年ほど前に「西屋」で一族会があったときから遠ざかっていた。
米沢で機屋をしている分家の一男4女はみな80代90代になったが、全員健在である。こんなめでたいことはそうあるもんじゃないと一堂に集まることになった。サイトの亭主とは従姉従兄の関係だが、疎開時代含めながい付き合いなので、招かれて東京から出かけた。
泊ったのは小野川温泉「吾妻荘」。何年か前に大改装してきれいになっていた。私以外全員が「ここの温泉が一番」と決めている定宿だが、私の白布温泉・「西屋」への思い入れを知っているのでクルマをまわして立ち寄ってくれた。
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| 懐かしい廊下。この右手の部屋が常宿だった。 |
「西屋」の当主は80代後半でサイトの亭主の従兄とは高校の同級生。この日はいなかったが、その息子と奥さんがいた。奥さんというのが上述した若女将である。さらに若い夫婦が番台にいた。どちらが若女将の子どもか聞きそびれたが、番台の座り具合から推察するに女性の方と見受けた。
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| 当方が小学生の時のまま。何一つ変わらない湯滝風呂。 |
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| 昭和36年ごろの西屋。窓から張り出したところに 七輪が並んでいた。近在の人が農閑期に過ごす湯治場の風情。 |
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| 恥ずかしながらこの日のサイトの亭主。84歳。 |
◇ ◇ ◇
白布高湯でも小野川でも、祖母が払っていたのだろうが、お金のやり取りをした憶えがない。学生時代は屈斜路湖畔に 涌き出る温泉につかっていれば金はかからなかった。ニセコ、蔵王、草津、志賀高原など渡り歩いたスキー宿は温泉が普通で、特別に入浴料を取られることはなかった。
つまり、これまでの人生で温泉に別料金を払った経験が少ないこと、生来の吝嗇のせいもあって、入浴料を払うのにえらく抵抗感がある。
テレビは温泉ブームをいいことに紹介番組ばかりだが、高いから当たり前だろうに、タレントに美味い美味いといわせるばかり。下請けの制作スタッフが温泉宿と結託してのやらせなのは、見る人が見れば分かる。
長野県は北海道や東北ほどではないにしろ、温泉の多い方ではあるが、私がいる八ヶ岳の東側は皆無といっていいほど温泉に恵まれない。
このホームページで紹介した本沢温泉を除いて、天然の温泉をあげることができない。火山帯と泉源の関係だろうが、温泉と名乗っていても、みな沸かし湯だ。
それでもいいから入りたいのだが、腹が立つことが多い。最近、周辺の市町村に自治体経営のナントカの湯というのがやたら増えた。県営のものもある。地域振興とか交流とかの名目が多いが、
要するに国からの地方交付税をあてにしてほぼ全額補助金で建てたものだ。
中には地元民300円、外部900円、なんて心得違いもある。都市のサラリーマンから吸い上げた金を田んぼにばら撒いて建てたのに、当のサラリーマンが来たら、3倍とは
どういう料簡かと思う。
百歩譲っても、1000円ほどに見合う何があるか聞きたい。ジャグジーだサウナだ打たせ湯があるというかもしれないが、ヘルスセンター風のこういうところは、私は温泉とは認めない。
田舎の銭湯だと思っている。だから値段は銭湯並みの500円前後であるべきだと思う。あそこの、こういうのが抜けていると思われたら、そういう理由からである。


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別所温泉 (べっしょおんせん) |
長野県上田市別所温泉 (2026年4月7日更新) |
前段でくどくど、私の”温泉哲学”を披露したが、一言で表現するならば、まさに「温泉たるもの、別所温泉のようであってほしい」ということだ。
いくら褒めちぎっても構わないぐらいだ。そういうからには何度も通っての結論だと思われるかも知れないが、実はこの近くにある戦没画学生の絵画を集めた「無言舘」(後述)に行こうとしていて、ひょいと立ち寄った温泉である。
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| 別所温泉 |
別所温泉は、長野県上田市にある温泉で、標高約570メートルの高地にある、信州最古と伝わる温泉地で、日本武尊(やまとたけるのみこと)の東征の折りに会った老人から「この山中に七つの湯が湧き出て、人々の七つの苦を助ける」と教えられ、山中を探してみると、七つの湯が見つかり、これを「七苦離の温泉」と名付けたという伝説から「七久里の湯」とも呼ばれる。
また平安時代(794年-1185年)中期に清少納言によって書かれた「枕草子」にある「湯は七久里の湯、有馬の湯、玉造の湯」という一節の中の「七久里の湯」が起源ではないかという説もある。
12世紀に入ると木曽で挙兵した木曽義仲(源義仲)は、1181年(養和元年)に千曲川を下り、依田城(上田市)を拠点に信濃国を平定して北陸道から上洛を目指した。その過程で平氏方と争い、塩田平周辺を含む多くの寺院建築が戦火により灰燼に帰した。
そのとき大悲殿ならびに安楽寺の八角三重の塔だけは焼失をまぬがれた。その後、焼失した別所の寺院は源頼朝、次いでに塩田北条氏によって多くの寺院が再建された。温泉街に近接して安楽寺、常楽寺、北向観音といった塩田流北条氏ゆかりの古刹があることから、別所を含む塩田平が「信州の鎌倉」と称されている。
「別所」という地名が初めて歴史に登場するのは13世紀で、その由来は平維茂(たいら のjこれもち)がこの地を荒らしていた鬼女・紅葉(もみじ)との戦いにあたり、今も残る北向観音に祈願して首尾よく退治したことから、この地に「別業」(現代の別荘に相当するもの)を建て、別所と呼んだところから来ているといわれている。
この鬼女退治の伝説を室町時代の能作者・観世小次郎によって、「紅葉狩(もみじがり)」という題名で謡曲がつくられまた歌舞伎にもなった、今日でも有名な題目となっている。
鎌倉時代に入ると、幕府の連署(副総理格)だった北条義政が突如隠居し、この別所温泉がある塩田の地に居を構えたため、この地は60年あまりにわたり、栄華を極めた。この北条氏が七久里を別院(べついん=本寺とは別に設けられた堂舎)として使っていたことから、別所と言われるようになった。
安土桃山時代、武田氏滅亡後は、真田氏がこの地の領主となり、真田昌幸は、1583年に天下の名城上田城(徳川軍の2度の侵攻を2度とも破る)を築城し、城を中心とした町造りを行ったため、政治・文化の中心は、この塩田の地から、上田城へと移行し、塩田の地は、農村地帯へと変わり、塩田の地は、「塩田三万石」と称され、豊かな田園地帯となった。別所温泉は戦国の名将真田幸村の隠し湯があったと言われ、1500年以上続く名湯なのである。
「外湯」とは旅館に併設されていない温泉を「外湯」という。ここで紹介している別所温泉(長野)や隣の草津温泉(群馬)や別府温泉(大分)」などは、「外湯」のある代表的な温泉場だ。江戸時代はもちろんのこと、戦前までは旅館内にに温泉浴場をもたないところが一般的で、宿泊客は旅館の外の風呂、すなわち外湯に出かけたものだった。
その後、宿の中に温泉を引くことのできたところは屋号にわざわざ「内湯旅館」などと冠して、旅館の「格式」をアピールしたほど。今では、内湯を持つところがほとんどとなって、こうして「外湯」(共同浴場と呼ぶところもある)の解説をしなければならないが、温泉地の旅館は「外湯」が普通だったのだ。
由来から言って、その地の源泉に近いから、総じて湯量は豊富だし、旅館代を払っている宿泊客が相手だったから料金がめちゃ安いという特徴がある。
昔、温泉場へ来るということは、病気を治癒するため、また農閑期に静養ためだった。温泉は信仰と密接な関係にあり、歴史のある温泉場には必ず有名な神社仏閣がある。近隣から温泉(共同湯)に入ろうと人々が集まり、そうした湯客を目当てに商売をする人も現れ、市が立つ。海の幸、山の幸を持ち寄って賑わいの場となる。山形県の日本海側に湯煙を上げる温海(あつみ)温泉はサイトの亭主が米沢に疎開中よく訪れたところだが、数百年にも及ぶ朝市が現在でも続いている。
北陸の古湯、山代温泉では外湯のことを「総湯」と呼ぶ。この総湯を中心とした周囲の町並みを「湯の曲輪(がわ)」と称している。現在の山代には往時を復元して建て直された「総湯」と「古総湯」の2軒の外湯があが別所温泉同様に芸術品のような立派な造りだ。温泉場は外湯を中心にして発展してきたことがわかる。
別所温泉は旅館が13軒ほどの決して大きくない温泉街だが、外湯が3か所、温泉施設が1か所ある。それがたった300円(温泉施設は650円)で利用できるのだ。それぞれに休日があるが、日を違えているのでどこかが営業しているという配慮も嬉しい。泉源が2つありそれぞれの外湯にどの泉源から来ているか表示されている。「3号源泉」は44.8℃、「4号源泉」は50.6℃あり、湧出量は2つ合わせて「1,100 L/分」もある。
泉質はそれぞれ違うが、だいたはpH8.7〜8.9の強めの弱アルカリ性で肌のすべすべ感が強い。硫黄泉+アルカリ性という組み合わせは全国でも比較的珍しい。効能(適応症)としてあげられているのは 神経痛、筋肉痛、関節痛、慢性皮膚病、慢性婦人病、きりきず、糖尿病、胃腸病、冷え性、疲労回復、神経痛、筋肉痛、関節痛、慢性皮膚病、慢性婦人病、きりきず、糖尿病、胃腸病、冷え性、疲労回復。
以下に別所温泉の外湯を紹介するが、定休日がそれぞれにあるが一斉ではないので、どこかがあいている仕組み。外湯ごとの案内、周辺の観光地、マップなどは 別所温泉観光協会公式ホームページにある。
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| 大湯 |
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| 大師湯 |
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| 石 湯 |
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| あいそめの湯 |

「無言館」 館内に入ってすぐ、1枚の絵の前で立ちつくした。裸婦を描いた絵はそんなに上手なものではなかった。一部が破れてもいた。しかし、キャンバスの背後から圧倒的な物語を語り掛けていた。
この画学生の前にモデルとして立ったのは、恋人か将来を約束した女性だろう。絵筆を走らせながら、二人は
どんな話をしたのだろう。将来は半透明だから昔話だろうか。
長野県上田市郊外の小高い丘の上に立つ「無言館」(写真左)を訪ねたのは開館した翌年だった。戦没画学生の遺作を集めた美術館が出来たと
聞いて、八ヶ岳からクルマで出かけた。
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| 裏側から見た無言館 |
この画学生はこれだけを残して戦死した。モデルとしてイーゼルの前に立ったこの女性は、戦後どうしたのだろう。幸せだったのだろうか。そんな訳ない。多くの人と同じくあの混乱期を 食べるものにも事欠いて過ごしたに違いない。この絵は無言館に来るまでその人が持っていたのだろうか。二つの青春を引き裂いた混沌の時代が頭をよぎり、しばらく離れることが出来なかった。

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| 衣装にお金を惜しまなかった淡谷のり子 |
同時に淡谷のり子の回想談だかエッセーにあった一節を思い出した。戦争末期に彼女が特攻基地で慰問公演を行ったときの話である。
開演の前に案内の士官から「きょう聴きに来る者のなかには、出撃要員がおります。中座することになりますが、御了承ください」と言われていた。舞台に上がると、兵隊の多くはまだあどけなさを残した若者だった。歌っている途中、席のあちらこちらで、ポツリポツリと立ち上がった兵隊が、彼女に敬礼をすると身をひるがえして出て行った。特攻出撃のためだ。
それを見て淡谷のり子は、慟哭した。「私はプロの歌手として、舞台で泣くようなことは絶対にしてきませんでした。でもきょうは許して下さい。泣かせて下さい」と言ったという。
おりしも、小泉純一郎首相が靖国神社を参拝した(2005年10月17日で5回目)といって中国、韓国、それに日本のマスコミの一部の迎合派、社共勢力が反発している。そういう人たちはこのシーンをなんとみるのだろうか。慟哭した淡谷のり子のほうが人間的に数段上ではないか。
淡谷のり子の派手な衣装は戦時中も変わらなかった。時は軍国主義時代。濃い口紅に高いヒール、派手なロングドレスで東京・銀座を歩いているところを婦人会に咎められた。
「いまは日本国民が皆一致団結し、戦地の兵隊さんを応援するときです。それをあなたは、そんな姿で、前線の皇軍将兵の皆さんに顔向けできますか?」
このとき淡谷は、「これはあたしの戦闘服。丸腰では戦えません。兵隊さんが鉄かぶとをかぶるように、歌手の化粧はぜいたくではありません」と平然と言い放ったという。
サイトの亭主の体験談である。淡谷のり子の叔父に淡谷悠蔵(1897-1995)という社会党の代議士がいた。戦前農民運動に従事して投獄されたこともある社会主義運動の闘士である。私は学生時代、青函連絡船から降りて上野行きの汽車が出るまで時間があったので青森市内を散歩したことがある。ちょうど総選挙の時で、雪のそぼ降る小さな選挙事務所の明かりの中に淡谷悠蔵と東京から選挙応援に駆けつけたらしい淡谷のり子の二人がお茶をすすっているところを目撃した。保守王国の青森での社会党だからわびしさがひときわ目立つ。しかし、2人の雰囲気には粛然としたものを感じた。
温泉を紹介するコーナーではあるが、ユニークな日本人として「淡谷のり子」を取り上げないではいられなくなった。わき道にそれるのは承知の上で書くことにする。
淡谷のり子物語淡谷のり子は、1907年青森市に生まれた。本名は淡谷のり。実家は阿波屋呉服店といった。先祖は徳島の阿波で藍屋(あいや)をしていた。淡谷のり子の芸名の「淡谷」は「阿波屋」からきている。
ずいぶん羽振りの良い生活だったらしく、盲目の津軽三味線の名手、高橋竹山が「戦前、門付け(人家の前で三味線を演奏して施しを受ける)して青森市内で一番お金をくれたのが阿波屋呉服店だった」と証言している。
裕福な呉服商の家に生まれながら、淡谷のり子が3歳のとき、青森市の大火で実家が破産してしまう。父親の放蕩もあり徐々に困窮した。16歳のときに父を見限り母の実弟を頼って母、妹とともに上京、声楽家を志し私立東洋音楽学校(現・東京音楽大学)予科ピアノ科に入学するものの、生活は苦しいうえに妹が栄養失調で失明の危機に陥ったことから、家計を支え妹の病院代を稼ぐためにヌードモデルになることを決意した。淡谷は音楽学校を1年休学してモデルに専念し、復学したあとも卒業まで計5年間にわたって続けたとされる。
妹が栄養失調から失明しかけたため、一大決心で当時の東京美術専門学校(現在の東京芸術大)で絵のヌードモデルとなって家計を支えた。初めてモデルの仕事をしたとき、若い芸大生の前で「さぁ、ここで裸になってくれ」と言われ、素っ裸になったとたん気絶して倒れてしまう。この時代、人前で裸になってポーズを取るということは、それほど辛いことであった。
当時、淡谷のり子の裸をデッサンした画学生のなかに岡本太郎がいる。また同じ学生で日本近代美術史に大きな足跡を残した前田寛治(1896〜1930)が淡谷のり子を描いた「裸婦」は長野の「北野美術館」(長野県長野市若穂綿内7963-2)に所蔵されている。もっとも、この絵は前衛的というかピカソ風に描かれていて彼女は御気に召さなかったようだが。
「私ほど売れたモデルはないの」
淡谷のり子 淡谷は聞き語りで書かれた『最後の自伝 いのちのはてに』(学習研究社、平成7年)の中で、当時のことを回顧している。「霧島信子」とか「藤島のぶ」という名でモデル紹介所に所属し、美術学校や美術研究所、個人宅を飛び回り、当時のサラリーマンを上回る20円以上の日給を得ていたという。
「わたしほど売れたモデルはないの。『おのぶは絵になる』といわれて評判だったんですよ。多分、津軽女の肌の白さが気に入られたんでしょうね」
モデルをしているさなかに画家に乱暴されたことも告白しているが、それでも「今からすると、モデル時代は楽しい思い出になっていますね。貧乏な画学生に音楽好きの娘。一生懸命に自らの信ずる芸術に打ち込んでいた時代だったんですよ」と同書で語っている。
淡谷のり子をモデルに描かれたとされる裸婦像で具象的なものは鳥取県立博物館(鳥取市)と米子市美術館(鳥取県米子市)にある。描いた画家は同県出身の前田寛治。フランス留学から帰国した20代の終わりから30代初めにかけて意欲的に裸婦像を描き、モデルの淡谷がお気に入りだったという。
前田寛治が描いた「仰臥裸婦」。淡谷のり子がモデルとされる。 前田寛治は鳥取県北栄町出身の洋画家で、明治29(1896)年に生まれ、昭和5(1930)年に33歳で死去した。油絵の伝統を踏まえたうえで新しい表現に踏み出した写実主義の作家として昭和の画壇に新風を吹き込み、当時は寛治の画風を称して「前寛ばり」という言葉ができるほど注目を集めた。寛治の作品を網羅し、美術出版社から平成8年に発行された「前田寛治作品集」には約350点が所収されているが、人物画がその3分の2を占め、中でも裸婦像は50点以上にのぼる。郷土作家の作品収集に力を入れている県立博物館は寛治の作品47点と素描やデッサンなど300点以上を所蔵する。
その寛治が、淡谷をモデルに絵を描いたのは、大正14(1925)年に2年半におよんだフランス留学から帰国し、東京のアトリエ「湯島自由画室」で制作に取り組んでいたころ。
「ほかの(モデル)を頼んだらもう1週間でだめ。やっぱり、のぶちゃんがいいという」「モデルとしては、非常にいいものでしたね。先生がすっかり気に入って…」。寛治が設立した前田写実研究所に通った弟子の画家たちによる座談会(雑誌「繪」第61号所収、昭和44年発行)で弟子らは、寛治の淡谷(のぶちゃん)への執着を口々に語っている。
鳥取県立博物館が所蔵する「仰臥裸婦」は、まさにその時代に描かれた作品。大正15(1926)年制作で112センチ×145センチの油彩。寛治が里見勝蔵や佐伯祐三らと結成した美術団体「1930年協会」の第4回展に出品。本当のところは確認できないが、歴代の学芸員の間で仰臥裸婦のモデルは淡谷のり子と伝えられてきた。昭和50年代、テレビの番組制作で淡谷のり子さんが鳥取に来たとき、撮影に立ち会った人が『きのう、絵のことで淡谷さんと一緒だった』と言っていた。おそらく県立博物館の絵を確認したのでは」というあたりが出所らしい。
もうひとつ、前田寛治が描いた裸婦像「裸体」を所蔵する米子市美術館(鳥取県米子市)にも似たような話がある。同作は昭和2(1927)年制作の油彩(141センチ×109センチ)で、同館は「淡谷のり子さんがモデルと伝わっているが、その根拠は、淡谷さんが絵を実際に見て『モデルはわたし』と言ったからと聞いている」からだという。
これも前田寛治が淡谷のり子を
モデルに描いた作品「裸体」。
ヌードモデルは大変な仕事であったが、転機でもあった。画家、田口省吾のアトリエで彼の趣味だっ た、シャンソン、ジャズ、タンゴと出会い、クラシック一辺倒の世界から、新しいジャンルへと眼を開いた。 1929年、東洋音楽学校を首席で卒業、長野で教職の試験を受けるが不採用、仕方なく生活のために流行歌手の道を選び、ポリドールの試験を受け採用される。翌年、浅草電気館の幕間アトラクションに出演し、卒業名簿から削除されている。
歌手・淡谷のり子の名を不動のものにするのは、1937年、藤浦洸・作詞、服部良一・作曲の「別れのブルース」を唄ったときからだ。当初売れなかったが、満州・大連にいた兵士たちのあいだで流行、大阪へ 逆上陸して爆発的なヒット曲となった。以後彼女は「ブルースの女王」と呼ばれるようになった。ある時、自分のテープを聴いて「こんな歌ならお客さんに聴かせられない」とステージに上がるのを拒否したともいう。
下の動画は淡谷のり子の「別れのブルース」
ところが、淡谷のり子はこの『別れのブルース』が大嫌いだった。永六輔が、岩波新書『夫と妻』で書いている。70年頃、作詞の仕事を辞めると宣言したら、服部良一から電話がきて思いとどまるよう説得されたそうだ。後日、 横浜のニューグランドホテルのバーで会った。ここのバーで『別れのブルース』はつくられた。自分が曲を作るから詞を書くよう頼み、歌う人も決めてあるとその場で紹介されたのが淡谷のり子であった。
『そのときのことなんです。服部さんがお手洗いに立った。そうしたら淡谷さんが、「わたし、『別れのブルース』なんて、大っ嫌い」と言ったんです。淡谷さんはこう言うんですね。ブルースというものは、だれかが書いて、だれかが曲をつけて歌うもんじゃないんだ。黒人たちが自分の思いを自分の言葉で、自分のメロディーで叫んだ歌、それがブルースだ。あんな、「窓を開ければ港が見える」なんて陳腐だ。港のバーだったら、窓を開ければ海が見えるのはあたりまえだ(笑)。あんなものはブルースでもなんでもない……そのときにへんな人だなと思ったのです(笑)。服部良一と同席しているところで、しかも『別れのブルース』をつくったその場所で、「あんなものは歌じゃない、嫌いだ」 と言っちゃうんですから。』淡谷のり子は、この頃ほんとうにステージでも『別れのブルース』を歌わなかったそうだ。
『ブルースの女王』も有名だが、淡谷のり子は日本で初めて、アイシャドー、付けまつげ、エナメルの爪でステージに立った芸能人だといわれる。いまな らともかく、戦争中にも続けたところが淡谷のり子の凄いところだ。もんぺや国民服一色の非常時に、『非国民』と言われようと、青いアイシャドーに、 つけまつげ、ドレスにハイヒールのモダンな格好で、兵隊の慰問に出かけた。くだんの特攻隊員の前でもその姿だった。 時局に合わせずドレスをまとうなど の態度は、当然のことながら軍と激しく対立したが平気だった。
「わたしは女だから、いつもきれいにしていたい。いつ死ぬかわからない(戦争の)世の中で、お化粧をしないでいられるか。きれいにして死にたいの」。
下は生い立ちを語る淡谷のり子の動画。
「東京ブルース」では作詞家に無断で、レコーディングの時に「君が別れの投げキッス」の歌詞を「君が別れに投げる花」と歌い、大御所西条八十の怒りを買った。下品な歌詞だと思ったのだろう。 戦後もレコード会社から与えられた「星の流れに」や「骨まで愛して」を下品な曲だと吹き込み拒否したことも。個人批判も平気だった。島倉千代子は 罵倒され、都はるみら演歌歌手を「歌屋」と言って物議をかもしたこともある。美川憲一と森進一は例外で高く評価していた。
亡くなる少し前までテレビなどで人生相談にのっていた。礼儀正しい反面、人にも厳しく、その語録もユニークだ。
「<捨てられるまえに捨てる>って言うのかしら、サッサと帰ってくるのよ」「(男に)惚れているときの歌は生きています」
「ホントに好きな男は愛人にしておきなさいよ。結婚しちゃ、ダメよ」
「男に捨てられる女なんか、はじめっから捨てられるような女なのよ。口惜しかったら、わたしみたいに男を捨てて生きてごらんなさい」
「男に恋してるっていうのは、ウソよ。恋に恋しているだけよ」
永六輔が数えたところでは、淡谷のり子は結婚が一回、長期同棲が一回。日帰りのような同棲は数え切れないそうだ。平成6年(1994)に一過性吐血症で 倒れ、以後は自宅で妹と2人での車椅子生活をした。昭和47年に紫綬褒章、同54年に勲四等宝冠章を受章している。
最晩年までライブ活動やフジテレビの物真似番組の審査員として活躍していたが、平成11年(1999)9月22日午前4時30分、老衰のため東京都大田区上池台2丁目の自宅で92歳で死去。猛暑がこたえたという。一時期、ピアニストの和田肇と結婚、和田との娘ではないが一女がいた。この長女は同じ敷地で暮らしていた。死ぬまで美容に気を使い、美容器具の「ゲルマニウム美容ローラー」というのを片時も離さなかった。
淡谷のり子はお葬式を嫌っていたらしい。「わたしの嫌いなやつがくるのが嫌なのよ」ってのが、その理由だったそうだ。
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無言館ができるまで
平成6年(1994)2月、「信濃デッサン館」主催の講演会に画家・野見山暁治氏が招かれた。氏は開戦前夜に東京美術学校に入り、繰り上げ卒業で応召。満州に派遣されるも病で一時死線をさまよい、療養所で終戦を迎えた。講演会では「死んだ仲間たちの絵が今どうなっているかと思うと気が気ではない」。「『おれは卑怯者だったんじゃないか。逃げてきたんじゃないか』という後ろめたさがずっと抜けない。(略)それでぼくは今も生かされているのかもしれない」と語った。この講演を聴いた「信濃デッサン館」館長の窪島誠一郎氏が「今からなら間に合うかもしれません。戦没画学生のご遺族を一緒に訪ねませんか」と持ちかけた。その年の6月から二人の全国行脚が始まった。すでに戦後50年近く経ち当時の大学の学籍簿には不明な点が多く、遺族の転居等もあって遺作の収集は難航した。北は北海道江別市から南は鹿児島県種子島まで、当初東美卒業者だけに限られていた対象も帝国美術学校(武蔵野美術大学、多摩美術大学の前身)京都絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)、独学者にまで広がった。
野見山暁治氏
1920年福岡県生まれ。画家、エッセイスト。
東京美術学校(東京芸大)油画科を卒業。応召、満州の牡丹江で軍隊生活を送ったが、病気で昭和19年に復員した。
1952年に渡仏、サロン・ドートンヌ会員。終戦から30年のテレビ番組の企画で遺族をたずねる旅に。戦死した画学生の遺作を集めた「祈りの 画集・戦没画学生の記録」(1977年=昭和52年日本放送出版協会)を出版。さらに18年後窪島氏とともに無言館建設に協力。
1978年 『四百字のデッサン』で第26回日本エッセイスト・クラブ賞受賞 。2000 年文化功労者、2014年文化勲章を受章。2020年満100歳を迎えた。左の写真は 100歳を迎えた東京・練馬のアトリエでのもの。
平成8年(1996)全国57遺族から画学生たちの遺作、遺品約300点が収集された。 最初から「無言館」の構想があったわけではなく、収集するうち 両氏の心に「かれらの絵を一堂に集めた美術館をつくりたい」という願望がふくらんだのである。全国約3800人から4000万円余の募金が寄せられ、上田市が デッサン館に隣接する山王山頂きの市有地の貸与を決めてくれた。こうして平成9年5月2日『無言館』は開館した。
戦争を語る場としてもユニークな「無言館」は年間10万人の入場者を数えたこともあるが、その後2割ほど落ち込んだ。逆に評判を聞いて絵の寄贈が相次ぎ、現在では97 人の作品、650点に増えた。この収蔵などにお金がかかるようになり、デッサン館の作品を売り、「信濃デッサン館」を閉館して「無言館」だけになった。
◇ ◇ ◇ 2005年10月窪島誠一郎氏は菊池寛賞を受賞した。知っている黒田氏の受賞とあわせて快哉を叫んだ。以下は新聞記事だ。
2005年10月14日、第五十三回菊池寛賞(日本文学振興会設定)が発表され産経新聞ソウル支局長兼論説委員の黒田勝弘記者(63)らの受賞が決まった。受賞者・団体と主な受賞理由は次の通り。(敬称略) ▽野見山暁治、窪島誠一郎の戦没画学生慰霊美術館「無言館」(戦没画学生の遺作を集め展示)▽黒田勝弘(韓国特派員として日韓関係を広く報道)▽津本陽(「乾坤(けんこん)の夢」「薩南示現流」などの旺盛な作家活動)▽蜷川幸雄(「NINAGAWA十二夜」で、シェークスピアと歌舞伎を融合させた。
野見山暁治さん死去 洋画家、文化勲章受章者
自由奔放な筆致で心象風景を表現した洋画家で文化勲章受章者の野見山暁治(のみやま・ぎょうじ)さんが2023年6月22日、心不全のため死去した。102歳。葬儀は家族葬で行った。
福岡県の炭鉱町に育ち、東京美術学校(現東京芸術大)卒。戦時中は旧満州に出征した。1952年にフランスへ留学。明るい色調の風景や人物を描いた。サロン・ドートンヌ会員となり「岩上の人」で安井賞。やがて東洋画への傾斜を強め、具象と抽象の境界を超えた心象風景に独自の画境を開いた。
昭和39年帰国。東京芸術大で教える一方、多くの学友が亡くなったことから、戦没画学生の遺作収集に尽力し、長野県上田市の慰霊美術館「無言館」の顧問も務め菊池寛賞を受けた。名文家としても知られ、「四百字のデッサン」(78年)は日本エッセイスト・クラブ賞。直木賞作家の田中小実昌さんは義弟。平成12年に文化功労者、26年に文化勲章。東京芸術大名誉教授。
優れた追悼記事
野見山さんが亡くなったのを受けて各紙が追悼記事を載せたが、横顔を紹介して優れた記事2本が目に留まったので紹介する。ともに産経新聞だが意図したわけではないことを書いておく。「産経抄」を書いたのは田中規夫論説委員で、サイトの亭主とは夕刊フジ報道部で一緒だった。採用試験にも立ち会ったが、ここまで明晰な記事が書ける記者に育つとは思わなかった。不明を愧じる。
◇ ◇ ◇
野見山暁治さんは昭和18年に東京美術学校(現東京芸術大)を繰り上げ卒業してすぐ、地元福岡の連隊に入った。その前日、実家で出征祝いの宴会が開かれた。あいさつをしろと促されても、言葉が見つからない。
▼「どうして殺し合わないといけないんですか。私にはできません」。正直な気持ちを吐露すると客の軍人が怒り出し、宴会はめちゃくちゃになった。陸軍2等兵として旧満州の旧ソ連国境近くに送られるも、まもなく肺の病気により40度以上の高熱が続く。生死の境をさまよいながら内地に送還され、福岡で終戦を迎えた。
▼年齢の近い卒業生の多くは、戦地から帰ってこなかった。描きたいものはたくさんあったはずだ。その無念を誰よりも知る野見山さんは、戦後数十年たって戦没画学生の遺族の家を訪ね歩く活動を始める。たくさんの油絵とともに、戦地で妹の死を知り悲しみを綿々とつづった手紙が残された家があった。
▼2人の男の子を育て上げ、1人暮らしをしている未亡人の部屋には、亡き夫が描いた妻の裸婦像が飾られていた。集められた遺作は、作家の窪島誠一郎さんが館主を務める美術館「無言館」に展示されている。
▼31歳から12年間にわたってフランス政府の留学生として滞在したパリでは、最初の妻、陽子さんと死別している。「望遠レンズで覗くように、ひとりひとりが距離をなくし、折り重なるように遠退(の)いていく」。愛妻の闘病を見つめた『パリ・キュリイ病院』の後書きにある。
▼102歳の大往生を遂げた野見山さんは、それだけ多くの人と出会い、見送ったことになる。文化勲章受章者はエッセイストとしても知られた。巨匠と呼ばれる画家が総じて長命で、しかも名文家が多いのはなぜだろう(産経抄 6月27日)
「広くて深い、宇宙観を描きたい」
「立って描くから運動になるのかな」と健康の秘訣を語る
野見山暁治さん=2020年12月「限られた画面から広い宇宙観のようなものが出てくる、手品のような絵を描きたい」
22日に102歳で亡くなった洋画家の野見山暁治さんは、100歳を迎える直前の2020年12月、アトリエでこう語っていた。室内には制作中の絵が並び、筆致はいよいよ奔放に見えた。「絵描きになってよかった。定年もないしね」。まさに「描くことは生きること」を体現していた。
福岡の筑豊で生まれ、幼少期の遊び場はボタ山(廃棄された石炭塊の山)だった。絵は「皆といたずらして遊ぶうちに、覚えたんじゃないですか」。画家を目指すきっかけは中学時代、美術部の先生との出会いにあったという。
「先生が窓の外を指さして『庭の木があるだろう、後ろに家があって、その向こうに山があって…この小さな画面の中にすべて入ると思うか?』と問われた。つまり要約なんだよ、と。どうやったら入るのか。自分なりの方法を見つけるのが絵だと知った。手品のようなものだなと思った」
山をただ写すのは「模造品」。「形ではなく、山の持つ大きさを出せたら皆、びっくりするでしょ。限られた画面の中に、広くて深い宇宙観のようなものを生み出さなきゃ意味がない」
野見山さんの絵は抽象的で一見、何が描かれているのかわからない。この年、百歳記念の個展に出品された油彩画「近よってはいけない」(2012〜18年)は、炭坑を思わせる画家の原風景のようにも、原初の地球のようにも見えた。「何となく、こういうものを描きたいなというのはあるんです。でも口で言えないから、描く」
人や風景、事物を見つめながらも、描くのは隠れている存在や、現象を超えて在(あ)る本質的なもの。野見山さんの画業は、それを色と線で捉える不断の営みだった。作品はどれも、見る人の自由な想像を受け止める、懐の深さがあった。
東京国立近代美術館やブリヂストン美術館(現・アーティゾン美術館)など主要館で回顧展を開き、助教授、教授として東京芸術大で後進を育てた。文化勲章を受章した画壇の重鎮だが、飄々(ひょうひょう)として気取りがない。「絵描きは僕の場合、職業といえるかどうかは疑問。絵は食えないから。でも商売じゃないから好きなように描ける。道楽かな」
大学で教えたり講演をしたり、随筆の名手としてペンの力を発揮しながら描き続けてきた。一方、「(12年間暮らした)フランスでは画廊が作家を育てる文化があったが、絵描きが食えない日本の未来は決して明るくない」と心配していた。
好きな絵が描けない時期もあった。戦争の影が迫る開戦前夜に東京美術学校に入り、繰り上げ卒業で応召。満州に派遣されるも病で死線をさまよい、療養所で終戦を迎えた。「戦争が終わった喜びより、明日からどうやって生きていこうかと茫然とした。国は平気な顔して『これからは文化国家です』という。絵を描こうと何しようと自由です、と」。疑心暗鬼になり、描けない時期が続いた。
1952年に私費でフランスに留学、64年まで過ごしたが、戦死した仲間らがいつも心を離れなかったという。著書で長年の苦悩をこう明かしていた。「『おれは卑怯者だったんじゃないか。逃げてきたんじゃないか』という後ろめたさがずっと抜けないんですよ。(略)それでぼくは今も生かされているのかもしれない」
後年、戦没画学生の遺族を訪ねて回った。遺作の収集・保存し公開する「無言館」(長野県上田市)を、館主となった窪島誠一郎さんと一緒に設立した。
平和を希求しつつ、戦争はいつかまた起こると確信していた。戦争という人災だけでなく、大震災やコロナ禍など時に猛威をふるう自然の中で、人間はいかに生きるべきか−。野見山さんが語った「広くて深い、宇宙観のようなもの」について、最晩年の一瞬、お会いしただけの記者には到底理解が及ばない。でも残された絵画には、この世の本質のようなものが隠されている気がしてならない。(2023年6月26日 産経新聞 黒沢 綾子記者)
窪島誠一郎氏と父、水上勉の人生
「無言館」館主、窪島さんは数奇な運命を経てきた人だ。二十年前、戦争中に生き別れた父とめぐり合った。父は、先年亡くなった作家の水上勉氏だった。
昭和52年8月4日の朝日新聞の社会面は、「捜しあてた父は水上勉氏、”孤児の一念” 戦災の空白を克服」、と昭和18年に養子に出した長男との再開を10段という大きなスペースを割いて報じている。
水上勉は昭和15年4月、21歳の時に父親の仕事場を頼って若狭から上京、伝手(つて)を頼って仕事に就く。その後、ある 女性と同棲、昭和16年9月20日、長男が生まれたが、戦争と生活苦のため住んでいた明大前の靴屋に養子に 出す。昭和18年に別な女性と結婚するが、戦後この妻は子供を置いて日本橋白木屋にあった勤め先のダンスホールで知 合った男と駆け落ちする。
住んでいたあたりは昭和20年4月の大空襲で焼け野原となり、長男は死んだものと思われた。しかし、養父母と石巻市に疎開 していて無事だった。戦後、家族は東京に戻って靴修理屋を再開する。この長男は長じてから、血液型などにより養父母が実 の親ではないと確信し、独力で両親を捜し始めた。ついに昭和52年8月2日、34年ぶりに二人は再開する。
記事には「父にめぐりあつたのは東京・渋谷駅前で画廊を、世田谷区松原で小劇場を経営する窪島誠一郎さん(三五)。 窪島さんは高校をでると、深夜喫茶のボーイ、ホテル従業員、店員、珠算学校の手伝いなどをしながら金をためた。養父母 のいた土地でスナック店を経営、それが成功すると、近所に分店も出し、さらにそれが成功すると、旧店を小ホールと喫茶店に つくりかえて、他の地で画廊を経営するにいたった。 その小ホール開業十五周年の祝宴への招待状を父に出し、水上勉がそれに応える形で再会が実現した。
水上勉は軽井沢に別荘を購入、ここで仕事をした。その後、長野県北佐久郡北御牧村(現在は東御市)勘六山に別荘を移し 平成16年 (2004 )9月8日 肺炎のため死去 。85 歳。
水上勉が暮らした軽井沢と、北御牧村、窪島氏の「無言館」がある上田市は住所こそ違え指呼の間である。最後に父と子が平穏な 時間をこの信州の地で過ごしたということだろう。
【問い合わせ】
「無言館」 〒386‐2113 上田市大字古安曽字山王山3462
TEL & FAX 0268-37-1650
「別所温泉観光協会」 〒386-1431 長野県上田市別所温泉
TEL 0268-38-3510 FAX 0268-38-8887
【ルート】
クルマなら上信越道、上田菅平I.Cより35分。長野新幹線上田駅から上田交通別所線塩田町駅下車20分 。
まわりを山々に囲まれた塩田平と呼ばれる田園地帯の丘陵地の頂にある。ロケーションはいいが、たいへんわかりにくい。 この地図は近くまで行ったら参考にしてほしい。ここから別所温泉はすぐ。
無言館入り口。この看板のそばの坂道を上がったところにある。
鹿教湯温泉・文殊の湯
かけゆおん・せんもんじゅのゆ長野県小県郡丸子町鹿教湯温泉
鹿教湯温泉はその名の通りの由来を持つ。曰く、猟師が自分が射た鹿を追って山奥に入ったところ、 傷ついた鹿がこの湯で傷を癒したのを見つけた。その時、文殊菩薩が現れ、 この湯をみんなに知らせるように告げられた。
ここは日本三文殊の一つだそうで、温泉街の中心を流れる内山川のほとりに文殊堂が建っている。そのすぐ下に共同浴場「文殊の湯」=写真左上=がある。 料金は300円だ。午前7時から午後9時まで年中無休。(泉温 は47.9度あり、酸性度はPH 7.91)
もともと共同浴場の大湯があった場所で、昔は旅館に内湯がなく、温泉客はここに入りに来たそうだが、今は逆になったのだという。 5つの源泉があり、その高温の湯を混合して、いわば湯もみした状態の湯が出てくる。 湯は無色透明。 昔から中風に効くお湯として知られていて、そのせいか、近くにリハビリセンターや温泉療法の施設が多い。 「文殊の湯 」にはタイル張りの湯船が大小2つあり、お湯の注ぎ口がある小さな湯船のほうが少し熱めになっている。小さいが露天風呂もある。
このほか、「まちの公衆浴場」というのがある。温泉街の入り口”町(まち)地区”と呼ばれるところにあり、もっぱら地元の人たちが、利用している。 こちらのほうは大人100円、子供50円だ。
環境省は温泉の中で、顕著な効能があり、湧出量が多いところを「国民保養温泉地」として全国で86地域を指定しているが、その一つになっている。
【問い合わせ】
「鹿教湯温泉観光協会」 〒386-0322 長野県小県郡丸子町鹿教湯温泉
TEL 0268-44-2331 TEL 0268-44-2288
「文殊の湯」 (住所上に同じ) TEL 0268-44-2288
鹿教湯温泉のホームページがある。【ルート】
・上信越自動車道の「東部湯ノ丸IC」から国道18号線へ、大屋の交差点で国道152号線を経由し国道254号線を松本方面へ。
・八ヶ岳からだと141号→142号→立科町で254号へ入り→152号→254号。1時間半ほど。
「文殊の湯」は道幅が狭くて駐車場はない。温泉街の中ほどにバス停があり、その奥に公民館がある。ここに置いて3分ほど歩く。
(2024年4月更新)
沓掛温泉・小倉乃湯
くつかけおんせん・おぐらのゆ長野県小県郡青木村沓掛
沓掛温泉は、山間に少しの集落が寄りそう静かな温泉。その中間に、共同浴場「小倉乃湯」=写真左=がある。
小さい温泉だが、歴史は古く、入口の案内板には、平安時代、国司の滋野親王が眼を患い入浴したところ病が治ったので、ここに薬師堂を建て温泉の守護神として崇めた時から開湯された、と記されている。 また、温泉裏山の山容が京都の小倉山に似ているところから、京の都を偲び「小倉乃湯」と名付けられたともいわれ、地名の旧称から「浦野の湯」と呼ばれた頃もあったという。 旅館はたった3軒だが、国民保養温泉地に指定されているから、効能はお墨付きだ。
平成十年にリニューアルされた時から料金は200円になったが、それまでは150円だった。ごらんのような建物で、男女別の内湯がある。二階には、休憩所もあって、近在の人の社交場になっている。 泉源は湯量は多いが、39.5℃とやや低め。最近のボーリングによるやや熱い湯の2つがあるようだ。pH9.53の単純硫黄泉(アルカリ性低張性温泉)で、ややつるつるした柔らかいお湯。
入口の自動販売機で購入し湯番に渡す共同浴場形式。石鹸やシャンプー、タオルなどもここで買うことができる。建物に隣接して、温泉の湯を利用した施設が設けられている。洗濯料 50円(回)、 種籾浸湯料 100円(個)、漬菜洗料 200円(回)、洗車料200円(回)とあるから村の人の生活の一部になっている温泉なのがわかる。
【問い合わせ】
「沓掛温泉小倉乃湯」の住所は 〒386-1606 長野県小県郡青木村沓掛428−3
営業時間は午前9時から午後10時(冬期の10月〜5月末は30分早くしまる)。火曜日定休。
問い合わせは、青木村役場観光課(TEL 0268-49-3131)
【ルート】
・上信越自動車道 上田菅平ICで下り、国道143号を西に青木村まで。更に県道丸子信州新線を南に進む。
鹿教湯温泉と沓掛温泉、次に紹介する田沢温泉は、地理的に近い関係にある。私は一気に3つの温泉を回ったので、 そちらを案内する。
・鹿教湯温泉の入り口近くに案内板があるが、川を渡って、橋のたもとをすぐ左折して、曲がりくねった細い県道に入る。 30分ほど山間を走り、最初にぶつかる集落が沓掛温泉。「小倉乃湯」の2,30メートル先に駐車場がある。
田沢温泉・有乳湯
たざわおんせん・うちゆ長野県小県郡青木村田沢2694
信州のほぼ中央にある青木村。その西はずれ十観山(1285m)の南山麓にある静かないで湯、田沢温泉の小さな温泉街は島崎藤村が好んで宿泊したことで知られる。 小説にもでてくる「ますや」など、明治時代に作られた古い木造旅館が細い道の両側に並んでいる。今では国の有形文化財に指定されている 「ますや」のすぐ奥に、共同浴場、「有乳湯」(うちゆ)=写真左上=がある。当然掛け流しだ。入浴料金 200円 と私の好みにも合う。
ここに至るにはJR上田駅から国道143号を行くのだがこの道は平安時代の官道・東山道で、途中の右手奥には国宝・大法寺三重塔がある。美しさに旅 人が何度も振り返ったと言われ通称「見返りの塔」。一度訪れる価値がある。山あいの田園風景の中をなおも進むと、村役場があり、さらにその奥に 後述する「くつろぎの湯」がある。さらにその奥にひっそりとした田沢温泉街がある。白壁や格子窓の風情のある建物に囲まれた石畳の坂道を上がると、 この温泉の共同浴場「有乳湯(うちゆ)」に着く。
田沢温泉は、飛鳥時代に行者が発見したという伝承が残るほど歴史が古い。山姥(やまうば)がここに湯治に来て坂田金時(金太郎)を生んだという伝説から、「子持ちの湯」、 「子宝の湯」、「はらみ湯」、母乳が出るようになる「有乳湯」などと呼ばれてきた。 子のない婦人は37日、乳の少ない婦人は27日の入湯で効果があらわれるという婦人に特効の湯だが、今は関係なしに多くの温泉ファンがやってくる。 以前はコンクリートの建物だったようだが、さすがにまわりの風景と合わず、2000年6月、さきに紹介した別所温泉の大湯を思わせる写真のような木造の建物に生まれ変わった。
外観はクラッシックだが、十人ほど入れる浴場はタイル貼りで明るい。泉温 40.2度と ややぬるめの温度のため、みんな長い時間お湯につかっている。浸かっているうちじわじわ全身が温まり、うっすらと汗が噴き出してくる。 ここのお湯はやや青みを帯びた硫黄泉だが、炭酸の成分が多いようで肌にたくさんの気泡がつき、肌がすべすべになる。飲めば、肝臓や腎臓、 胃腸の調子を整え、便秘や糖尿病などにも効くそうだ。1分間に約540リットルも湧き出す豊富な湯量で、ペットボトルを持ち込む常連もいる。
有乳湯の浴槽はタイル張り。
【問い合わせ】
田沢温泉・有乳湯(うちゆ):〒386-1601 長野県小県郡青木村田沢2694
TEL:0268-49-0052
営業時間 は午前6時〜午後9時。入浴料は大人(中学生以上)200円、4歳〜小学生100円。
以前は定休日があったが現在は年中無休。
その他の問い合わせは、青木村建設産業課観光係 TEL 0268-49-3131
【ルート】
・鉄道だとJR上田駅からバスを乗り継ぎ約35分、「田沢温泉」下車、徒歩3分。
・上信越自動車道からは、上田菅平ICから国道18号バイパスを右折し、そのまま進むと国道143号線になる。突き当たりの宮島の交差点を青木方面に右折し、しばらく進む。青木の交差点を過ぎ、「くつろぎの湯」の先を田沢温泉方面に左折、 また、しばらく走り、田沢の温泉街に入り、旅館「ますや」の隣にある。駐車場は裏側に30台。
・長野道からは、麻績IC→県道丸子信州新町泉→修那羅峠→R143→田沢温泉入り口。ICより18km 。
・先に紹介したように、八ヶ岳方面からは、前の項で紹介した沓掛温泉を出て、青木村役場のところを左折、10分ほど。
「くつろぎの湯」
田沢温泉の2キロほど手前に青木村の村営の温泉施設「くつろぎの湯」(〒386-1601 長野県小県郡青木村田沢3231 TEL 0268-49-1000)がある。 田沢温泉から引湯していて、低料金でいろいろなお風呂に入れる。こちらは300円。観光客は奥の田沢温泉に行くので地元の人の利用が多い。 浴場はタイル貼りで明るく、窓からは村の田園風景がひろがる。他にかぶり湯、打たせ湯、寝湯、気泡湯、マッサージ浴、歩行浴などたくさんのお風呂を楽しむことができる。シャンプーや石鹸の備え付けは無い。 お風呂の他には大広間や食堂、トレーニングルームがある。
湯楽里館 長野県東御市八重原1806番地1
この項を書いたときには「アートヴィレッジ明神館」といったが、その後「湯楽里館」(ゆらりかん)に改名した。場所は不便な丘の上。ボーリングで掘り当てた湯はごく普通のナトリウム・カルシウム塩化物温泉。料金は公営温泉横並びの500円。つまりどうということない ありふれた温泉なのだがあえて紹介するのは、その絶景ゆえ。「スパリゾート のぞみサンピア佐久」で紹介したが、浴槽から浅間山を望む温泉という点では似ている。「ウェ ルサンピア佐久」は浅間山を北に望むが、こちらは北東に眺める、という位置にある。佐久平越しという点では一緒だ。
浅間山の南麓に広がる広大な佐久平は昔から穀倉地帯だったが、その上に広がる台地には朝廷に献上する馬を放牧する勅旨牧(ちょくしまき)という天皇直轄の官牧 があった。こうした牧場がある場所は御牧原(みまきがはら)と呼ばれ各地にあった。御牧原は奈良、平安時代から鎌倉時代にかけて、甲斐国に3牧、武蔵国に4牧 、信濃国に16牧、合計23牧あった。
信濃が16と群を抜いて多い。今も地名に残るところが多いのでそのまま羅列すると、大室牧(長野市)、笠原牧(中野市)、高井牧(高山村)、新張牧(東御市) 、塩原牧(青木村)、望月牧(佐久市)、長倉牧(軽井沢町)、塩野牧(御代田町)、埴原牧(松本市)、猪鹿牧(安曇野市)、大野牧(波田町)、岡屋牧(岡谷 市)、山鹿牧(茅野市)、萩倉牧(下諏訪町)、平井手牧(辰野町)、宮処牧(辰野町)で、これらの牧場を監督する牧監庁(もくげんちょう)という役所が埴原 (はいばら)に置かれた記録もある。最盛期には信濃から年に2000頭近い馬が朝廷に献上されていた。
中でもこの温泉があるあたりの「望月牧」(もちづきまき)は最大で、ここで産出した馬は、「望月駒」として全国にその名を知られ、毎年20頭が献上されてい たという記録が残る。望月牧は、蓼科山(2530m)の裾野が北東へ延びて千曲川にぶつかる一帯にあり、北と東が千曲川(ちくまがわ)、西が鹿曲川(かくまがわ )、南が布施川(ふせがわ)に囲まれた一帯を指し、御牧原台地と呼ばれてきた。現在の地名でいうと千曲川左岸、小諸市の西南に位置する標高7〜800mの台地だ。
現在の「東御市」は平成の大合併で2004年4月、それまでの「小県郡東部町」と「北佐久郡北御牧村」がが合併してできた。それぞれの町村名から一字ずつ取っての 新市名だが、「御牧原」の東と北ということで最近まで地名に名を残していたわけだ。
「湯楽里館」は、その「御牧原」にある。東御市八重原台地明神(みょうじん)池のほとり、芸術むら公園内にある市営の温泉の宿だ。ガラス窓に 囲まれた浴槽と、すぐその下に斜面を利用してそのまま外気の中にある露天風呂の浴槽の二段構えになっていて、写真のように温泉から浅間山が望めるロケーション になっている。出かけたのは2009年のゴールデンウィークだったが、早めに田んぼに水を張って田植えの準備をする農作業が展望できた。
表示に「泉温 56.3℃」(使用位置42度)とあるがとてもそんなにはない感じ。「掛け流し」とも書いてあるが、加水・加温・消毒等いろいろ使い分けているようだ。
泉質は「ナトリウム・カルシウム塩化物温泉」。つまりごく普通の温泉で、適応症は神経痛・関節痛・疲労回復・慢性消化器病(飲用)他。
【問い合わせ】
【ルート】
「湯楽里館」 〒389-0406 長野県東御市八重原1806番地1
TEL 0268-67-0001 FAX 0268-67-0002 ホームページ「湯楽里館」がある。
営業時間 午前10時から午後9時。毎月第4水曜日が休館日。中学生以上510円。シャンプー、ドライヤーあり。
◇車:上信越自動車道「東部湯の丸IC」から県道を望月方面へ約15分。佐久方面から行くと丘越え野越えで複雑。ナビが役立ってくれるが、 車載ナビはまだ旧町村名のものが多いので、電話番号で入力するほうが早い。
◇電車:しなの鉄道「田中駅」からタクシーで約10分
布施温泉 長野県佐久市(旧:北佐久郡望月町)布施1228
(2025年6月更新)
平成の大合併で2005年3月、浅科村、臼田町、望月町とともに佐久市に合併されたが、カーナビ、地図その他 が対応していないので旧表示も掲載した。 次に紹介する「穂の香乃湯」をもう少し西に行ったところで、写真のように、町を一望できる山の斜面にある。
旧中山道の望月宿の面影が今に残る場所で、細い道の両側に格子窓や板塀、白い土蔵などが並び、映画 「たそがれ清兵衛」のロケも行われた場所。日本の原風景である里山が広がる高台にあるのが布施温泉。 のどかな田園地帯と対照的な近代的な建物で、サウナつき風呂の他に休憩室、大広間、個室、食堂に売店と ぜいたくな設備を持っていて、それでいて料金は大人500円と安い。しかも、46.4℃、毎分213リットルの湯量をもつれっきとした温泉。
湯は黄色がかった透明の湯で、内風呂は三角形の湯船で石風呂の造りだ。20人ほど入れる広さ。ジェットバス もついている。ミストサウナ、高温サウナもある(曜日で男女変わる)。洗い場も数は多く、シャンプー、ボディソ ープが備え付け。露天風呂は岩風呂。やはり20人ぐらいが入れる。 広い施設だからこれだけの湯量で掛け流しとはいかないようで、12時と16時の2回、湯の半量入れ 替えをしている。「加水状況 源泉100、加温状況 常時加温、環流状況 循環 」とあるから、循環式と掛 け流しの中間を行くといったところ。
泉質はナトリウムー塩化物温泉(弱アルカリ性低張性高温泉)。表示に「pH=8.03。Na=221.6 Ca=122.2 Fe(II)=0.3 Cl=1569 SO4=82.2 HCO3=134.9 CO3=1.2 Br=6.1 H2SiO3=68.1 CO2=4.3 mg/kg 」とあった。 効能は「 切り傷、火傷、皮膚病 など 」
【問い合わせ】
「布施温泉」 〒 384-2203 長野県佐久市(旧:北佐久郡)望月町布施1228
TEL 0267-53-0181 FAX 0267-53-0182
開館時間 AM10:00〜PM21:00 受付終了時間は閉館時間30分前
定休日 毎週水曜日、第2・第4金曜
入浴料 大人500円 小人(小学生以下) 250円 3歳以下幼児無料
【ルート】
上信越自動車道佐久ICからだと国道141号線を小海方面へ、跡部の交差点を右折し国道142号線に入る。しばらく走り布施温泉の交差点を左折。少し走ると右側の高台にある。 駐車場 80台 。
穂の香乃湯
ほのかのゆ長野県佐久市(旧:北佐久郡浅科村)甲1071−1
紹介した「ウェルサンピア佐久」からほんの少し足を伸ばしたところにある。 このあたり公営の湯が多いところで、ここも村営だから300円と安い。 村おこし事業として平成5年7月に造られた日帰り温泉施設。 地下280メートルから毎分400リットル湧出、それを800メートル引き湯している。循環式かつ加温という銭湯にちかい湯だが、
写真 のような露天風呂もあり、広いのでゆったり出来る。ここからも浅間山が遠望できる。 浅科村の農家による野菜の即売もある。
【問い合わせ】
「穂の香乃湯」 〒384-2104 長野県佐久市(旧表記:北佐久郡浅科村)甲1071−1
TEL 0267-58-0033
営業時間 : 午前10時から午後10時(12〜3月は午後9時)
休業日 : 火(定休日が祝日の場合は営業)
【ルート】
142号を望月方向に走り、「浅科温泉入り口」の標識を左折。
スパリゾート のぞみサンピア佐久 長野県佐久市根岸3203-2
(2025年6月更新) 佐久平を一望する高台にあり、ほぼ正面に浅間山を望むロケーションにある。以前紹介した時は「ウェルサンピア佐久」といい、「長野厚生年金健康福祉センターサンピア佐久」の経営だったが、その後、(株)のぞみグルーに買収された。このグループは介護、老人ホーム、日帰り温泉、宿泊と以前とそっくるそのまま経営を引き継いでいて、名前は変わったが同じ温泉である。
5階建てで結婚式場からテニスコート、宿泊施設まで以前と同じだが、以前の宿泊施設の一部が老人ホーム部分となっている。ホテルの玄関からエレベーターで最上階に上がったところに「日帰り温泉 さんぴあ温泉」があるというかたちになっている。温泉施設には、大浴場、露天風呂、薬湯、打たせ湯、サウナなどがある。
入浴料は以前500円だったが、倍の「大人1,000円」「3歳〜小学生500円となった。ただし近在の住民、長野県東信地域の人(上田市・東御市・小諸市・佐久市・長和町・青木村・小海町・佐久穂町・川上村・南牧村・南相木村・北相木村・軽井沢町・御代田町・立科町)には「さんぴあ温泉地域会員証」(運転免許証、住民カード提示で無料で発行)が発行されていて700円になる。
(風呂からこんな展望も。浅間山の前に広がる佐久平)【問い合わせ】
「スパリゾート のぞみサンピア佐久」 〒385-0062 長野県佐久市根岸3203-2
TEL 0267-63-3900 FAX 0267-63-2619
営業時間 午前10時から午後9時。
定休日 第3木曜日。 ホームページ がある。
【ルート】
◇車:上信越自動車道・佐久I.Cより約20分。142号を上田市の方に走り平井の信号を左折すると正面に建物が見える。
◇電車:JR中込駅(小海線)からタクシー約10分。JR佐久平駅(長野新幹線・小海線)からタクシー約15分。
湖月荘
こげつそう長野県佐久市(旧:南佐久郡臼田町)田口241
ここも合併で表記が変わったが、旧:臼田町(うすだまち) は、 北に浅間山、南に八ヶ岳を望み、町の中央に千曲川が流れている。ここには 直径64メートル、東洋一の大パラボラアンテナがある文部省の臼田宇宙空間観測所があることから、「星の町」宣言をした町だ。 また、測量上、群馬県境より200メートル臼田町側に入った地点が、日本一海岸線から遠いのだそうで、 「海からいちばん遠い町」を売りものにしている。その近くにある臼田町営保養センター「湖月荘」は、さしずめ「海から最も遠い温泉」 ということになる。エメラルドグリーンの雨川ダム湖のほとりに建つ静かないで湯である。町営で入浴料400円と安い。
【問い合わせ】
「臼田町営保養センター・湖月荘」
〒384-0412 長野県佐久市(旧:南佐久郡臼田町)田口241 TEL 0267-82-5454
【ルート】
◇車:上信越自動車、佐久ICから20分ほど。国道141号線をJR臼田駅めざして曲がる。駅の手前から田口峠方面に 行く道がある。県道73号、下仁田臼田線でその名の通り群馬県下仁田町に通ずる道だ。途中、北海道・函館の五稜郭と並んで 日本に二つしかない西洋式星形稜堡の龍岡城五稜郭がある。
臼石荘
うすいしそう長野県南佐久郡佐久穂町(旧:佐久町)大日向2119-1
ここも町村合併で2005年3月佐久穂町という聞きなれない町になったところ。正式には、 「佐久穂町古谷保養センター臼石荘」という。この名前は近くに名所「臼石」があることから付けられている。 石の産出が町の産業で、約30種の岩石を展示する「大日向岩石園」が併設されている。 佐久は鯉料理で有名だが、鯉の活造りをはじめとするここの郷土料理が目当てで やってくる人もある。
妙義荒船佐久高原国定公園の最南端にある町営の施設。入浴料大人400円と安い。 浴室にはシャンプーとリンスがある。
【問い合わせ】
「臼石荘」 長野県南佐久郡佐久穂町(旧:佐久町)大日向2119-1
TEL 0267-86-4834 FAX 0267-86-4891
営業時間 午前9時から午後9時。定休日:毎月第2水曜日(8月は不定休)と年末年始。
【ルート】
◇車:国道141号の【千曲病院前】信号から国道299号に入り、十石峠方面を目指す。約20分。
◇電車:小海線で羽黒下駅下車、町営バス臼石荘行で15分。
八峰の湯
ヤッホーの湯長野県南佐久郡小海町大字豊里5918−2
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2007年7月オープンしたばかり。「八峰の湯(ヤッホーの湯)というネーミングもなかなかのもので、2歳になる 孫娘など「ここに来たらヤッホーといわねばならない」と教えられたようで露天風呂から内湯まで叫びまわって喜んでいる。
正式には「北八ヶ岳松原湖温泉・八峰(やっほう)の湯」といい、通称が「ヤッホーの湯」。八ヶ岳連峰は夏沢峠を挟んで北八ヶ岳と南八ヶ岳に分かれるが、私たちがいる横岳の稜線は 「南」に属し南牧村が行政区域だ。小海町はその隣町なのに「北」に入るとは初めて知った。
小海町の名所・松原湖とスキー場やゴルフ場がある民間リゾート「リエックス」を結ぶ県道の中間、町営美術館や貸し別荘がある高原の一角に あり、標高は1300メートルある。晴天なら、西に赤岳、横岳、硫黄岳、根石岳、天狗岳、稲子岳が連なる見事な眺望が開ける。いずれも山の愛 好家にとって垂涎の山々だ。
ヤッホーの湯から見える山並み。(左から)赤岳(頂上だけ見える)、横岳、硫黄岳、根石岳、天狗岳、稲子岳。
クリックで大きなサイズに。
流行の第三セクターの小海町開発公社が山の上からボーリングして2000年に49℃の源泉にたどりついた。源泉はここから4キロ離れた ところにあり、湧出量は毎分240リットルある。このうち60リットルを「リエックス」が購入し、すでに「星空の湯」として営業している(大人800円)。 小海町は事業費7億6000万円の工面がつかず遅れたが、残る180リットルを引いてようやく2007年開業にこぎ着けた。湯量が豊富なので「源泉掛け流し」だ。
山の名前の説明版 風呂は仕切りを挟んで北側が「白駒(しらこま)の湯」、南側が「天狗(てんぐ)の湯」と呼ぶ。共に、温度が異なる屋内浴槽を二つ持ち、 それぞれ露天風呂につながる。遠赤外線サウナと岩盤浴場(別料金)も備え、1週間ごとに、男湯と女湯を入れ替えている。ロビーや廊下の床はクッションが施された板張りで、 冬は床暖房なので心地よい。玄関、ロビー、脱衣室などに段差がなく、椅子にかけたまま入浴できる貸し切り浴室もあるバリアフリーになっている。 食事処もあり地元産のそば粉のせいろが500円。
われわれがいる隣の南牧村など歳入の半分を別荘地からの税金収入でまかなっているのに巻き上げるばかりで何一つ還元せず町営の温泉一つない。 見習ってもらいたいくらいだ。すこし距離があるのだが、いい湯なので 毎回通うようになった。大人500円、子供(4歳から中学生)200円。町民にはパスが発行されていて300円。 浴室にはシャンプーとリンスがある。
泉質は「 ナトリウム・マグネシウム・カルシウム―炭酸水素塩温泉」。つまりごく普通の温泉で、適応症は神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩・運動麻痺・関節のこわばり・打ち身・くじき・慢性消化器病・冷え性・病後回復 期・疲労回復・健康増進など。500円の別料金で岩盤浴(浴衣、バスタオルつき22床)があるが、男女で入浴時間が決められているので調べてから行くこと。
【問い合わせ】
【ルート】
「八峰の湯」(ヤッホーの湯)〒384-1103 長野県南佐久郡小海町大字豊里5918−21
TEL 0267-93-2288 FAX 0267-93-2520 ホームページ「八峰の湯」がある。
営業時間 午前10時から午後9時(7月20日〜8月20日は午前6時から)。年中無休。中学生以上500円、4歳〜小学生200円。岩盤浴は別途500円。スタンド売り温泉100リットル100円。
◇車:国道141号の【松原湖入り口】信号からスキー場などがある小海リエックスを目指し4・4キロ。小海町高原 美術館と併設されている。
◇電車:小海線で小海駅下車、町営バスで20分。
本沢温泉
ほんざわおんせん長野県南佐久郡南牧村
滝見の湯
たきみのゆ長野県南佐久郡南相木村
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私どもの山小舎がある隣り村、南相木村に2001年にできた湯だ。350円と安いので紹介する。 安いのには理由がある。
この村は面積の92%が山林というところだ。アツモリソウのくだりで書いたように、栽培農家があるので最近よく足を運ぶようになった。 もうひとつ、あの日航ジャンボ機御巣鷹山墜落事故のとき、自衛隊が墜落現場と誤報して700人の隊員を集結させた 村だというのは、このホームページの中でも『ブン屋の戯れ言』で書いたことだ。県名も違うし、村の名前も違うから、東京から見ていると、 まるっきりの誤報にみえるが、実は現場の群馬県上野村はほんの近くである。
この二つの村を挟んで水力発電所が計画されている。ちょっと変わった発電所で、上部の南相木村と下部の上野村にダムをつくり、昼間は 上から水を落として発電、夜は余剰電力で下から水を汲み上げる方式。「神流川(かんながわ)揚水発電所」といい、この建設を担当する電源開発の補助金で 建てた温泉である。2005年12月に1号機が完成し運転を開始、残りは現在建設中である。一足先に温泉ができた。個人的にはここの道路で 反対側の上野村に抜けられると、紅葉がすばらしいだろうと期待している。
サウナとミストサウナ(霧状の湯が落ちる)があって、男湯と女湯が曜日で変わるからどちらに当たるかは行ってみないと分からない。 村の名産はそば。温泉の一角にある食堂でそば打ち体験ができる。信州一といわれるまつたけが村の名産で季節には1600円の「まつたけそば」が出るようだ。
■泉質 単純温泉(低張性弱アルカリ性低温泉) ■効能 神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、 疲労回復、健康増進 。
【問い合わせ】
南相木温泉「滝見の湯」 〒384-1211 長野県南佐久郡南相木村5633-1
TEL 0267-91-7700。
営業:午前10時〜午後9時。冬場午後8時閉館。
第3火曜休み。大人350円、小人250円。3歳以下無料。10枚で1枚無料になる回数券あり。
【ルート】
・国道141号の南牧村役場の横に最近完成したトンネルを抜けて、 しばらく行くと川のT字路に当たる。右の川上に上って行って立岩湖の少し先の右手にある。
・JR小海線小海駅から村営バス25分。「神流川(かんながわ)発電所」
神流川地下発電所
長野県の南相木村と群馬県の上野村との高低差を利用し、平成17年(2005)に建設された最大出力282万キロワット(全発電機完成時47万キロワット×6台)の 純揚水式としては世界最大の発電所。上部調整池は、長野県の南相木村を流れる信濃川水系南相木川の最上流部に南相木ダム、下部調整池は、群馬県の上野村 を流れる利根川水系神流川の最上流部に上野ダムを建設し、この間の落差を利用し揚水発電を行っている。自然保護を考慮して発電所は上野村の地下500メ ートルにある。発電時の有効落差653メートルは日本最大級のもの。上野村にある神流川発電所見学ツアーステーションから専用バスで無料の見学ツアーができる。長野側の南相木村からはない。 東京電力群馬支店のホームページにくわしいダムの概要があったが、福島の原発事故を受けて県下の営業所が閉鎖されたのに伴い、自粛のため2011年10月末で閉鎖された。現在は ウイキペディアの「上野ダム」を参照されたい。見学ツアーも自粛 しているかもしれないので確認を。
海ノ口温泉
うみのくち長野県南佐久郡南牧村 我が山墅の足下にある温泉なのだが今まで紹介しなかったのにはワケがある。
以前ここの温泉に入ったことがあるのだが、小さい旅館の内湯という感じだったのと湯船が小さかったので、これはきっと裏山の湧き水でも沸かしているのだろうと考えた。これで料金500円ではこちらのサイトの趣旨に反する。
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ところがこれが誤解だった。平成19年正月、いつも行く「滝見の湯」に行く時間がなくて飛び込んだら「昭和7年」の鉱泉分析成績表というのが張り出してあった(写真右)。れっきとした温泉だったのだ。しかも2月から料金を350円に値下げしていた。これなら甲府盆地に多く、これまでたくさん紹介してきた「温泉銭湯」と同じだ。取り上げるゆえんである。海ノ口城というのがある。武田信玄16歳くらいの時に初陣を飾ったところだという。御曹司を激戦に投ずる事はないからよほど楽勝が見込まれる戦いだったのだろう。その城跡の入り口に小海線の「佐久海ノ口」駅がある。すぐ近くには私が村民税や固定資産税をとられている南牧村の役場がある。この駅から歩いて1,2分のところにある温泉なのである。
海ノ口温泉というのは駅からほぼ1キロの範囲に散らばる4軒の温泉宿の総称である。駅前に「湯元ホテル和泉館」と「ホテル湯沢館」、やや奥に「 ホテル洛奥 」(うそ沢温泉とも)(TEL:0267-96-2014 )、「鹿ノ湯 」(鹿ノ湯温泉とも)(TEL:0267-96-2820 )。このうち「ホテル湯沢館」は2006年末で廃業したから現在3軒ということになる。
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いずれ他の旅館も350円に「右へならへ」すると思うが、目下一番安くて駅前にある「湯元ホテル和泉館」をおすすめする。湯元というだけあって、建物の前に温泉の碑がありそこからは右の写真のようにざっぶざっぶとすごい湯量の温泉が流れだしている。分析表によると源泉は35.3度だ。加温して使うから湯船に入れるもの以外は必要ないのだろう、大半はうち捨てられている。もったいないけど飲む量とてしれているから仕方ない。泉質 「ナトリウム・マグネシウム−炭酸水素塩・塩化物泉(含食塩重曹泉)」とある。浴槽に源泉が入れられていて飲料用のひしゃくも用意されている。空気にふれると茶色に変色するそうで茶色の灰汁のような含有物が上に浮かんでいる。
効能 「胃腸病・神経痛 」とあるがさっぱりした湯だ。浴室にサウナ、外に露天風呂もあるがあまり使われていないようだ。
【問い合わせ】
「湯元ホテル和泉館」 〒384-1302 長野県南佐久郡南牧村海ノ口933
TEL:0267-96-2106 FAX:0267-96-2958
営業時間:旅館だからいつでも営業しているようなものだが、土曜の午後1時では客は私一人で湯船を独占。大人350円。
【ルート】
・国道141号の南牧村役場の斜め前がJR小海線「佐久海ノ口」駅。踏み切り渡って1分ほどで「湯元ホテル和泉館」。他の旅館も数百メートル以内、国道沿いにある。いずれもすぐ前は千曲川というロケーション。
灯明の湯
(とうみょうのゆ)長野県南牧村海尻字栗谷上日向中1465-1
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入浴料800円はこのホームページの主旨にあわないのだが、さきに紹介した「滝見の湯」ができるまで重宝 したところなのと、我が家の愛犬、エディーが土足で中を走り回ったことがあるので掲載する。八ヶ岳高原ロッジはじめ周囲の店に多くの割引券(100円引き)が置かれている。サイトで割引券(200円引き)を発行 していたが2007年サイトごと閉鎖された。周囲に安くて綺麗な温泉施設がオープンしたのでこの価格では・・・早晩値下げするのではないか。
ただの田んぼだったところに、突然出現した。江戸時代に、大火で焼失した善光寺本堂再建のため、南牧村海尻から伐り出 した木を千曲川で運び出していたが、あるとき渓谷の岩の一つが灯をともしたように明るくなり、人々の作業を助けた。 以来その巨岩は”灯明の岩”と呼ばれるようになり・・・と、とってつけたような由来があるが、湯はなめらかで、なかなかのもの。 八ヶ岳の硫黄岳から流れる湯川渓谷に古くから涌き出る温泉を利用、泉温は低めだが、直接ボイラーで沸かさず熱交換方式により加熱しているそうだ。 通常の温泉の3倍の豊富なミネラル成分を含んでいるとか。内湯は淡いグリーン色。
【問い合わせ】
「灯明の湯」 〒384-1301 長野県南佐久郡南牧村海尻字栗谷上日向中1465-1
TEL&FAX 0267-91-4111
営業時間 午前10時から午後9時(第2、第4火曜日定休日。休祭日と重なる場合は営業)
料金:大人800円、子ども600円、5才以下無料 。割引券サイトは閉鎖中。
【ルート】
・中央自動車道の須玉ICよりR141を小諸方面に北上し約45分。南牧村役場の少し先の湯川の橋のたもとに看板が出ている。
・上信越自動車道佐久ICよりR141を清里方面に南下しても約45分。
《 湯上り閑話 》
八ヶ岳の東側は天然の温泉に恵まれない。たいがい沸かし湯だ。沸かせば同じというものの、 なんとなく風情がない。
温泉法では、源泉が25℃以上あるか以下の物質が1つでも規定量以上あればよい。 溶存物質総量1000ミリグラム以上とか遊離炭酸、リチウムイオン、ストロンチウムイオン、バリウムイオン、 フエロ又はフエリイオン、第一マンガンイオン、水素イオン、臭素イオン、沃素イオン、ふつ素イオン、ヒドロひ酸イオン、 メタ亜ひ酸、総硫黄、メタほう酸、メタけい酸、重炭酸そうだ、ラドン、ラヂウム塩。
掘ればどれか入っていようから、沸かそうが循環ろ過しようがどれでも温泉で通用する。だから最近「温泉」と名乗っているものには、 地下水を汲み上げて沸かしただけのものが多い。そうしたところには、 以下のような若山牧水=写真右=の「温泉考」を聞かせてやりたい。
若山牧水
私はまた温泉といふものをも愛してをる。同じ温度の湯でも、人の手で沸かしたものより、 この地の底の何處からか湧いて來る自然の湯にいひ難い愛着を感ずるのである。色あるも妨げず、 澄みたるは更によく、匂ひあるも無きも、手ざはり荒きも軟かきも、 すべてこの大地の底から湧いて來る温かい泉こそはなつかしいものである。 其處に靜かに浸つてゐると、そゞろに大地のこころに抱かれてゞもゐる樣な 心やすさが感ぜられる。(若山牧水)若山牧水は歌人としても左党としても名高い人だった。酒を詠めば記紀万葉このかた、指折りの名手だろう。まれに身も蓋もない歌も残している。
〈人の世にたのしみ多し然(しか)れども酒なしにしてなにのたのしみ〉
晩年は身も心も酒に侵されるのだが、中毒と呼ぶのがはばかられるほど歌人の自説は透徹していた。「心が渇き、魂が孤独を叫ぶかぎり飲み続ける」と随筆にある。左党の面目を施す美学だろう。酒が潤すのは喉でなく心―の説にうなずくご同輩は多いはずである。
肝臓を患った牧水は43歳の若さで逝った。遺体は臭わず、顔には死斑(しはん)一つなかったという。「内部よりのアルコールの浸潤によるものか」。主治医は所見にそう記した(山田風太郎著『人間臨終図巻』)。病床で酒瓶を抱いたとも伝わる。休肝日などなかったろう。
〈足音を忍ばせて行けば台所にわが酒の壜(びん)は立ちて待ちをる〉。これは、牧水の最晩年の一首である。幻覚さえも作品の中に明るく折り畳む、妙技だろう。命を縮めた酒は、詩情をくすぐる良薬でもあった。(産経抄 2021年6月13日)◇ ◇ ◇
『雪は天からの便り』と表現したのは中谷宇吉郎だ。入学したときはまだ健在で北大低温科学研究所での研究がニュースに なったりしていた。学部が違うので話を聞いたことはないが、見かけたことはある。この伝で若山牧水が言わんとしている事を 代弁すると『温泉は地底からの便り』とでもなろう。地球の懐に抱かれている心地とでも言おうか。
中谷宇吉郎 温泉法自体があいまいだから、巷では温泉の定義がますますデタラメになっている。三河の吉良温泉など10年前に温泉が枯渇して、ただ水道水を 沸かしてたのに観光組合は以前の泉質、効能で天然温泉をうたって客を呼んでいた。温泉法では温泉成分や 禁忌症は表示しなければならないが、循環させたり、加熱や、加水することは野放しだ。泉質だって一度調査すれば 何十年それを謳っていてもかまわない。一度使った湯を加熱、循環させているところで「源泉100%」「天然温泉」とは ペテンもいいところだ。循環型温泉でレジオネラ菌の集団感染が発生し死者7人が出た例(2002年7月、宮崎県日向市)もある。
逆にこの事故から「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」風になったのが松山の道後温泉だ。 厚生労働省はレジオネラ菌の感染事故が相次いだことから2002年に塩素消毒による感染防止策を都道府県に通知した。これを受けて愛媛県は昨年10月に条例を 改正し、「掛け流し式でも菌が繁殖する恐れがある」として全公衆浴場に塩素消毒を義務づけた。おかげで、日本最古、3000年ともいわれる歴史を持ち、 温泉本館だけでも110年前の建築、旧制松山中学に赴任した漱石もしばしば通い、年間約100万人の観光客が訪れる名湯も、法的には公衆浴場だから塩素を入れなければならなくなった。 新しいお湯を注ぎ続ける「掛け流し式」で、湯を毎日抜いて浴槽を清掃し、過去レジオネラ菌感染の記録はない、といっても法律の前には無力だ。苦情を受けて組合もやっと反対運動に立ち上がった。 文化とか伝統に関することを役人に任せるとろくなことはないという証左だ。
加えて、ボーリング技術の進歩で地下深く掘削が可能になった。10メートルあたり何十万円出せばどこでも温泉が出る時代だ。掘削日本一は六ヶ所温泉(青森)でなんと地下2,714メートルだ。
源泉数は統計をとり始めた1962年度には1万3000ヶ所だったのが、いまや国内の温泉施設は2万6800ヶ所にも達し、いい加減な温泉が氾濫している。全国湧出量も減り続け毎分261万リットル(2001年)まで下がったという。無理して掘ったところは泉源が涸れるところが多い。かくて、源泉掛け流しという贅沢なところは日本中で1割もないという。
地下では30メートル掘るごとに地熱で約1℃上昇する。2000メートルだとこれだけで温度は50〜60℃だ。こういうのを非火山性温泉という。東京などの温泉はこういうのが多いが、それでもみな温泉を名乗っている。
温泉の粗製濫造の背景には市町村の入湯税目当てということがある。入浴者1人から1日150円取れるというのに目をつけて、全国で1286市町村(2001年) が温泉商売に乗り出している。村税収入の30%を占めるところもある。
ここで紹介したところも、そうした意味では温泉でないところもあるかもしれない。銭湯に近くてもまあいいかという甘さは認めざるを得ない。調べようがないからだ。 日本温泉協会(温泉旅館でつくる)が加水、循環の有無、泉質など5項目について3段階評価するという。200軒ほどが参加しているというが、 危ないところははじめから参加しないだろう。この評価表は私も見たが丸や二重丸の表示でなんだかよく分からなかった。 環境省が管轄だが、早く基準を決めないと日本中銭湯だらけになる。
◇ ◇ ◇ この原稿を書いて2年ほどたった2004年7月、長野県の白骨温泉端を発したニセ温泉騒動がもちあがった。その後つぎつぎ 発覚して上に書いた通りのことになった。思うところはあるが、まだ「発覚途上」中のことなのと、環境省が、全国約2万2,000ヵ 所の温泉施設を対象に、源泉、水道水、井戸水からの供給方法、入浴剤などの添加実態、給湯は源泉かけ流しか循環か 、など数項目について調査中で年内にもまとめる、というので、それを待つことにした。
(04年10月6日))江戸時代には中山道や中仙道とも表記されたが、1716年(正徳6年)に、江戸幕府の通達により中山道に統一された。女子アナが原稿に「旧中山道」とあったのを「いちにちじゅうやまみち)と読むご時世だが、下諏訪は街道屈指の名湯として鳴らした。明治維新後は製糸業がこの地で起こり、中山道を通じて上田佐久方面、関東方面へ生糸が出荷されたので要衝地としてさらに繁栄した。
下諏訪温泉は、今もその当時の雰囲気を残していて、格子を組んだ宿場町時代の面影を今に残す家並みと、旅籠(はたご)風の温泉宿が昔の情緒をかもしだしている。かつて殿様が泊まった本陣などの建物もある。
ここの湯量、源泉の数ともに全国有数で、22か所の源泉からは毎分6000リットルの豊富な湯が湧きだしていて旅館、民宿約40軒に供給している。かつて「下諏訪の三名湯」といわれたのは「児湯」(こゆ)「旦過の湯」(たんがのゆ)「綿の湯」(わたのゆ)だが、鎌倉時代から今もなお、そのままの湯量があるのは「旦過の湯」だけ。昔は運送用の馬の足を癒した馬の足湯があったくらいだ。しかも極端に安い外湯(共同浴場)は11軒もある。旅館、民宿は約40軒。
「下諏訪十湯」というが民営など含め11軒の共同浴場がある。湯めぐり10湯を順次紹介。
(と書いたのは、この稿を掲出した2000年初期の数字だがその後老朽化などの理由で閉鎖され、現在半分ほどになっている)○「旦過の湯」長野県諏訪郡下諏訪町3441
(下で詳述)
○「遊泉ハウス児湯」長野県諏訪郡下諏訪町横町木下3477
(下で詳述)
○「新湯」 諏訪郡下諏訪町3154-3
(下で詳述)
○「菅野温泉(すげのおんせん)」 長野県諏訪郡下諏訪町大社通3239-1
(下で詳述)
○「みなみ温泉」(2019年12月31日閉鎖) 〒393-0041 諏訪郡下諏訪町西四王4971-7
○「矢木温泉」 長野県諏訪郡下諏訪町矢木東219-25
(下で詳述)○「老人福祉センター」(2017年から浴場だけ休業) 〒393-0092諏訪郡下諏訪町大門社6758-1
○「湖畔の湯」 〒393-0045 長野県諏訪郡下諏訪町南四王6130-1
(下で詳述)
○「六峰温泉」 (2010年3月末閉鎖) 〒393-0008 諏訪郡下諏訪町町屋敷2256-1
○「富部温泉」(とんべおんせん)(2007年3月末閉鎖) 〒393-0031 諏訪郡下諏訪町東豊6267-3
○「高木温泉」(2017年1月4日閉鎖) 長野県諏訪郡下諏訪町高木
下諏訪温泉旅館組合のホームページ「下諏訪温泉」がある。
旦過の湯
たんがのゆ長野県諏訪郡下諏訪町3441
(2026年4月14日更新)![]()
旦過の湯 気にいったの何の、別所温泉に次いで「我が心の名湯」といったところだ。最初に訪れた2000年ごろはお世辞にもきれいとは言えない下手屋風(しもたやふう)の外湯だったが、2012年12月にリニューアルオープンし、伝統の高温湯と常温湯に加え露天風呂も設置され、さらに魅力的な公衆浴場となっていた。(以前の写真は右上)
下諏訪はかつて甲州街道と中山道の分岐点として栄えた宿場町である。加えて、諏訪大社下社秋宮があり、門前町でもあった。参勤交代の大名や商人、参拝者で賑わい、一時は40数軒の旅籠があった。
「旦過の湯」は近くにある禅宗・臨済宗の名刹、慈雲禅寺の高僧が鎌倉時代に修行僧のための宿舎として旦過寮(たんがりょう)を建てたのが始まり。修行僧は「旦 (あした)に過ぎ、夕に宿す」(一夜泊まり、朝に旅立つ)ことから名がついた。その旦過寮に付属した温泉が旦過之湯であった。旦過の湯の前を通る石畳はその昔の中山道で、いまなお当時の面影を色濃く残している。下諏訪は湯量、源泉の数ともに全国有数だが、涸れるところも出てきた。「下諏訪の3名湯」といわれるうち、「児湯」(こゆ)は戦後に涸れて、現在は「綿の湯」(わたのゆ)から引いている。「旦過の湯」だけは鎌倉時代から一度も絶えることなく、今も豊富に湧き出している。汲み湯も設けられていて近所の小僧や下女たちが、 ふき掃除に使うため、朝早く湯を汲みに来ていたという。かつては天秤棒で湯を汲みに来る人々で賑わい、生活用水としても重宝された。今も湯量豊富で近所の民家では引き湯をし、家に湯壺を持っているところも多い。
泉質はpH 8.64のナトリウム・カルシウム−硫酸塩・塩化物温泉(低張性・アルカリ性・高温泉)。無色透明でやわらかい肌触りの温泉だ。効能は神経痛、腎臓病、リュウマチなど。「諏訪かのこ」(江戸時代初期の宝暦六年=1756年、 高島藩士小岩高右衛門がまとめた)に、「子瘡眼疾を治す」とあり、傷や吹出物にもよく効くといわれた。
”秒速”で飛び出す高温で知られる旦過の湯の浴室 すごいのは湧出温度の「58.8℃」。湯口でも42℃くらいあり下諏訪の温泉の中でもここは熱いので知られ、普通の人には耐えられず秒速で飛び出す。リニューアルされ少し緩和されたとはいえ、写真にある手前の「やや熱めの湯」で44℃、奥の「熱めの湯」で46℃もある。いきなり熱い湯に飛び込まないようにか、「やや熱め」を経由しないと奥の「熱めの湯」には行けないようになっている。
地元の人は肌を真っ 赤にしつつ浸っているが、こちらは熱くて20秒と入っていられない。露天風呂があってこちらは42℃(他なら「高温湯」の表示がある温度)なので、ここから始めて奥に行くことがお勧め。
旦過の湯の所有者・経営主体は「下諏訪財産区」という組織。財産区というのは長野県に多いが山林や温泉をその地区の一部地域住民が共有する財産。利用料収入を地域の共同利益に還元するという役割を持つ自治体とは別の独立した公的団体で、営利目的でないから破格の価格が維持されている。「下諏訪財産区」は3つの共同浴場(旦過の湯・児湯・新湯など)を維持・運営しているが、20余年前来た時は大人220円で、値上げしたとはいえ現在大人300円である。このあたりの人は無料か、 わずかな年間維持費を払っているような形らしい。だから自宅に風呂を作らず、毎日入りに来るのだそうだ。
入口にある券売機で入浴券を買い、脱衣場に併設の番台でおばちゃんに券を渡す。シャンプ ー、石鹸一切なしだがみな親切で、「これ使え」とすべて貸してくれた。ここのお湯は飲用可。胃腸にいいとかで、以前は湯口にカップが置いてあった が、最近、レジオネラ菌でうるさくなったのでマイカップを持ってくるようになったとか。
【問い合わせ】
下諏訪三湯マップ
「旦過の湯」 〒393-0000 長野県諏訪郡下諏訪町3441
TEL 0266-26-7520(旦過の湯)
営業時間: 5:30〜22:00。
料金:大人300円。子供150円
定休日:年中無休
【ルート】
・長野自動車道岡谷ICから約20分、中央自動車道諏訪ICから約30分 JR:中央本線下諏訪駅から徒歩約20分
・諏訪大社下社秋宮を左手に進むと左下に下りる小さな道がある。これが旧中仙道で下りてすぐ。
・駐車場 専用駐車場に8台前後。坂の上に共同駐車場がある。いずれも無料。
【下諏訪三湯めぐり 割引チケット】
デジタル案内としては「下諏訪温泉公式ホームページ」や安い料金で入れる公営の温泉を紹介する 「下諏訪のおすすめ日帰り温泉 」など がある。
名物の三つの温泉に浸かりたいという観光客向けに「三湯めぐりセット」というのがある。旦過の湯、児湯、遊泉ハウス 児湯の3つの入浴チケット、タオルとバッグ、それぞれの施設の休憩室利用がついていて1000円。三施設とも年中無休で早朝から夜10時までの営業時間内利用できる。発行日から2日間有効。観光案内所、各施設などで販売。
遊泉ハウス児湯
ゆうせんはうすこゆ長野県諏訪郡下諏訪町横町木下3477
(2026年4月15日更新)
江戸時代の五街道である中山道と甲州街道は下諏訪で合流する。中山道は六十九次もの宿場があったが、温泉が出るのは唯一この下諏訪宿だけだった。京都に行く人も江戸に行く人も、難所の和田峠を越えてくる人もこれから越えようとする人も、この下諏訪の温泉で旅の疲れをとったので多くの旅人で賑わった。当時の全国温泉ランキングである「諸国温泉効能鑑」には東の小結として「信州・諏訪の湯」と書かれている。
下諏訪は中山道と甲州街道の合流点にある この地には3つの温泉が湧いていて「諏訪の三名湯」と呼ばれた。筆頭が「綿の湯」で、あと「旦過の湯」(前項で詳述)、もう一つがここで紹介する「児湯」である。「児湯」は江戸時代、高島藩士の書いた『諏訪かのこ』という書物にも「気をめぐらし、血をおぎないよろず子をあらしむ」と「子宝に恵まれる湯」として名をとどめている。
「綿の湯」の由来だが、古事記の国譲り神話にある諏訪明神の御神湯伝説にはこう書かれている。
この地は建御名方神(たけみなかたのかみ)と八坂刀売神(やさかとめのかみ)が治められていた。ある時、二人が喧嘩をし八坂刀売神は諏訪湖を挟んで対岸の下社に移り住むことにし、その際に毎日お化粧に使っているお湯を湯玉にし綿に包んで持ってい行った。小舟に乗って湖を渡り秋宮あたりに着き、持ってきた湯玉を置いたところ、綿を置いたその場所から滾々(こんこん)とお湯が湧き出てきた。
これが下社秋宮の脇にある「綿の湯」の縁起で、この「綿の湯」は女神さまのお使いになるお湯なので、心の汚れた者が入ると、みるみる湯口が濁るという言い伝えがあり、下社七不思議の一つ「湯口の清濁」として今に伝えられている。
旧綿の湯の源泉跡にある石碑 児湯跡の石碑 その「綿の湯」も「児湯」も現在では”廃湯”となって、ともに跡地に石碑を残すのみ。廃湯というのは枯渇したわけではなく、老朽化で源泉の利用をやめたという意味だ。「綿の湯」』は取り壊され、20メートルほど離れていた「児湯」のあった場所に2湯が合併した新しい建物になり、昭和62年(1987)1月に 「遊泉ハウス児湯」としてスタートした。同時に源泉も変わって旦過の湯と城山源湯などからの引き湯で運営されている。
普通なら混雑するところだがそうでもないのはその湯温にある。源泉55℃を下げて適温の43〜44℃に調整されている。適温と言っても一般よりは高温だ。「混雑していても、すぐにすいてくる」と常連さん。たまりかねて湯船からすぐ飛び出る趣向だ。
「遊泉ハウス児湯」 ここの湯は、下述のように複数源泉からの混合泉で、泉質はナトリウム・カルシウム - 硫酸塩・塩化物泉で、いずれも「温まりやすい」「湯冷めしにくい」性質を持つ。無色透明でクセが少なく、肌当たりが柔らかで肌がすべすべになる。効能としては動脈硬化、切り傷、やけど、皮膚病など。神経や筋肉、関節などの痛みに効能がある。
熱い湯が売りの浴室。大抵の人は秒速で飛び出す。 下諏訪温泉は温泉の権利を持つ周辺約280軒でつくる下諏訪財産区で施設を管理・運営している。複数の源泉を統合し、配湯センターで温度管理しながら町内に供給している。源泉の数は掘削源湯8本、買い上げ源湯2本、統合源湯9本、配湯センター4ヶ所…いずれも下諏訪温泉名物の「モーレツに熱い湯」を守って温度が50℃を下回らないよう管理されている。そのため、現在の児湯は“児湯源泉”ではなく、町の統合源泉ネットワークから供給される湯である。
石鹸やシャンプーはないが、ジェットバス や、腰までお湯につかりながら利用する打たせ湯、入りながら空が見える露天風呂、上がり湯の施設もある。それでいて源泉 掛け流しだ。シャワーまで源泉だ。共同浴場としては大規模で設備が充実している。
源湯の近くには、文久元年(1861)、皇女・和宮が14代将軍徳川家茂に嫁ぐために中山道を江戸に向かう途中、 下諏訪宿で宿泊した部屋を今に残す老舗旅館もある。付近には諏訪大社下社秋宮をはじめ、中山道下諏訪宿本陣岩波家など往時をしのばせる建物が点在。 徒歩圏内でちょっとした歴史探索が楽しめる。
【問い合わせ】
住所: 〒393-0019 長野県諏訪郡下諏訪町3477
電話:遊泉ハウス内にある財産区事務所。TEL 0266-28-0823
営業時間:午前5時半から午後10時。定休日はなし。
料金:大人300円、小学生150円。
デジタル案内としては「下諏訪温泉公式ホームページ」や安い料金で入れる公営の温泉を紹介する 「下諏訪のおすすめ日帰り温泉 」など がある。
【ルート】
・車なら、長野道・岡谷インターチェンジから、国道20号経由で諏訪大社下社秋宮方向に約10分。
・JR下諏訪駅からは徒歩10分程度。
新 湯
しんゆ長野県諏訪郡下諏訪町御田町上3154-3
(2026年4月16日更新)
三湯(旦過の湯・児湯・新湯)の中で最も“新しい”共同浴場なので「新湯」と名付けられたようだが、その開湯は昭和2年(1927)というからもう100年経っている”旧湯”だ。レトロな外観(ブロック塀風の壁、エメラルドグリーンの窓枠、レンガ調の柱)が特徴で当時の建築意匠を色濃く残していて昭和初期の空気が味わえる。壁のタイル画は王道の富士山だ。
「新湯」 旦過の湯(非常に熱い)と比べると、まだ“現実的に入れる熱さ”として地元民にも外部客にも愛されている。見ての通り建物は小さいが、中もコンパクトで浴槽は縦長または半円形の小さな湯船が1つだけ。 4?5人でいっぱいになる“超・共同浴場サイズ”だ。しかし、そのライオン口から豪快に注ぐ無色透明の湯が象徴的で、常に湯が溢れ続ける。小さな浴槽なのに湯量が多く、かけ流しの醍醐味を強く感じられる。
泉質はpH:8.6?8.7 のナトリウム・カルシウム−硫酸塩・塩化物温泉(弱アルカリ性・低張性・高温泉)、いわゆる“芒硝泉+塩化物泉”のミックス泉。わかりやすく言うと、「芒硝泉」(硫酸塩泉)は皮膚の修復を助け、血行促進で疲れが抜けやすい、湯上がりにサラッとする効果がある。「塩化物泉 」は体の芯までポカポカして、保湿膜ができて乾きにくいから湯冷めしにくい。この両方兼ね備えているバランス型万能温泉である。
「新湯」の浴槽は小さいが豊富な掛け流し 効能としてはリウマチ、神経痛、冷え性、末梢循環障害、皮膚乾燥症などに良いとされる。特に女性に人気とされるのは、湯のやわらかさと温まりやすさのため。
源泉温度は58.5℃〜58.8℃(旦過第一・第二号源泉の混合)もある。これを浴槽の縁にある地下水の冷水パイプでクールダウンさせ、やや熱め(浴槽実測44〜45℃)にするという“地元流”の方法で給湯している。
「昭和レトロ × 小さな湯船 × かけ流し × さっぱり熱め」という、下諏訪らしさが凝縮された外湯だ。三湯の中では最も“日常の湯”に近く、地元の生活感と温泉文化を強く感じられる場所だ。
【問い合わせ】
下諏訪三湯マップ
住所:〒393-0061 長野県諏訪郡下諏訪町御田町上3154-3
営業時間:5時30分〜22時00分まで (最終受付 21時30分)
電話:0266-26-7332
料金:大人300円、子供150円
定休日:年中無休
【ルート】
・長野道岡谷ICから国道20・142号経由して5km10分ほど。
・「旦過の湯」「児湯」「新湯」とも下諏訪駅から徒歩10分ほどのところにある。
・駐車場:徒歩3分ほどの御田町駐車場(下諏訪町営四ツ角駐車場)を利用(番台で駐車券にハンコを押してもらえば無料)。
矢木温泉 長野県諏訪郡下諏訪町矢木東219-25
(2026年4月17日更新)
矢木温泉は下諏訪温泉の共同浴場群の一つで、古くから地域住民に利用されてきたローカル湯。特徴的なのは、源泉の変更(2017年頃)により、以前よりも入りやすい温度になったという点。
矢木温泉 その理由は、湯量の低下というあまり歓迎されない原因からだ。「旦過の湯」など下諏訪三湯はその”高温”ぶりで有名でこの矢木温泉もかつてはそうだった。しかし、近年は湯量不足に悩まされ営業休止した時期があるほどのピンチに陥った。そこで高木3号源泉からの曳き湯に頼るようになったのだが、まだ充分ではない。
現在も湯量表示ランプで営業可否を判断している状態で、湯量が低下すると自動で加水される仕組みになっている。このため源泉温度は約 60.88℃(分析書データ)あるが加水で温度が下がり、一般の人にも入りやすい”適温”になった、という次第。湧出量は非公開だが、あちこちに節水ならぬ「節湯」を呼び掛ける張り紙があり、今なお安定供給が難しいレベルと推測される。そうした運営の苦労が見える共同浴場でもある 。
泉質はpH:7.88の単純温泉(弱アルカリ性・低張性・高温泉)。下諏訪らしい“さら湯”系の軽い浴感。カルシウム泉らしいキュッとした肌触りもあり、ぬるめでも非常に温まりやすい。効能として公式案内では、神経痛・筋肉痛・関節痛・高血圧症におすすめとされる 。
矢木温泉 注意しなければならないのは、ここは番台もない無人受付(料金箱方式)だという点。カードは使えずもちろんお釣りも出ないからきっちり料金の用意を。元から地元の人相手の公衆浴場なのである。
大きめの長方形の浴槽が一つだけ。洗い場の間隔も広く、広めのが一つだけ。先述のような理由で、掛け流しとはいかない。カランは複数あるが、シャワーは1基のみ。他の施設もそうだが下諏訪の共同浴場には風呂桶はもちろんシャンプーも石鹸もない。脱衣所は清潔でドライヤーがある。
【問い合わせ】
住所: 〒393-0067 長野県諏訪郡下諏訪町矢木東219-25
電話:0266-28-3232(無人なので近くにあるこの番号の土田商店が応対している)
営業時間:5時30分〜22時00分まで。
定休日:年中無休。
料金:大人300円、小学生150円。
デジタル案内としては 「下諏訪のおすすめ日帰り温泉 がある。
【ルート】
・JR中央本線下諏訪駅から徒歩10分のところ。
・車なら、長野自動車道岡谷ICから20分・中央自動車道諏訪ICから30分
・駐車場は10〜15台分ほどあり無料。国道20号沿いに案内看板がある。一般の契約駐車場でフェンスに「矢木温泉」と書かれた区画に停める。
菅野温泉
(すげのおんせん)長野県諏訪郡下諏訪町大社通3239-1
(2026年4月18日更新)
菅野温泉は、明治19年(1886年)創業で約140年の歴史を持つ下諏訪温泉の共同浴場。名前は住所の「菅野町(すげのまち)」 からとったものでほかの、児湯 → 児湯町、新湯 → 新湯町、旦過の湯 → 湯田町(旧旦過寮の地名由来)などと同じく、地名から来ている。
諏訪大社下社秋宮の前の通りを下って少し行った、いわば下諏訪の中心部にあるのだが、観光客はあまり行かない。というのも、ここに温泉があることに気付かないからだ。大通りに写真のような一見普通の商店風の建物がある。これは町内会事務所(第3区事務所)で、そのわきに小さな路地がある。アーケードみたいな中を少し入ると菅野温泉の入り口がある。
菅野温泉の入り口。周囲に埋没している。左の路地を入る。 看板に古風な「篆書(てんしょ)」をベースにしたようなデザイン文字で「菅野温泉」と彫られている。以前この湯は「菅野湯 」と言った。「 菅野温泉」に変更されたのはわりに近年のことだから、作られたのもそう古いものではなかろう。
篆書風の看板で温泉入り口と分かる
中に入ると意外に広くて、番台におじさんが一人いるだけ。番台は今どき目にすることもない交番風のレトロなもの。脱衣場はこれも昭和の始めに戻ったような古風なつくりだ。中に入ると飾り気のないタイル張りの浴室に、楕円形の大きな浴槽が一つだけある。中央の湯口からお湯が出ていてふんだんに掛け流されている。浴槽は意外に深い。無色透明、きりっと熱い湯だ。お湯をなめてみるとかすかに塩味を感じる。ごく小さな黒い湯花が漂っていて自然の温泉らしい。浴槽温度は42〜43℃。高温湯が多い下諏訪の中では比較的入りやすい。
番台もレトロそのもの ここの泉質はpH 8.6(アルカリ性)ナトリウム・カルシウム−硫酸塩・塩化物温泉。源泉の温度58.8℃。旦過第1源湯と旦過第2源湯の2つの源泉を引いている。以前はそれぞれ源泉があって個性の違いがあったが、現在は下諏訪温泉独特の配湯システムでどこも大きな違いはなくなっている。
楕円形の浴槽の真ん中の湯口から肌触りの良い湯が というのも、下諏訪の配湯システムは、町が源泉を一括管理し、温度・湯量を調整して各家庭・共同浴場へ供給する全国的にも珍しい「公設公営方式」になっているからだ。
昭和60年代以前は私的利用が乱立して、各家庭・旅館が独自に掘削した結果、浅い源泉が枯渇し、住民間のトラブルも発生した。このため、昭和60年代から平成7年にかけて町が統合事業を実施、源泉の買い上げ・統合と配湯センター・配管網の整備に乗り出した。
下諏訪町が手掛けた事業は掘削源湯8本、買い上げ源湯2本、統合源湯9本、源湯施設4か所、配湯センター4か所、配管延長は53.8km(町内ほぼ全域をカバー)にのぼった。その結果、全国でも珍しい「公設公営の温泉供給網」が完成し、町が源泉を守ることで安定供給ができるようになり、 一般家庭でも温泉を引湯可能で、共同浴場は生活インフラとして機能するようになった。
温度管理の仕組みだが、各源泉の温度は50〜90℃と幅があるあるため、配湯センターでミックスして約60℃に調整することで各家庭・共同浴場に届く時点で約50℃を下回らないよう設計されている。また、循環型の効率的システムを取り入れて、使われなかった温泉は再び配湯センターに戻るようにしたので使用量に応じて揚湯量を調整でき、地下資源を保護することが可能になった。
以上のようなシステムなので、現在は「菅野温泉専用源泉」というのは存在しない。浴槽の湯は秋宮周辺の統合源湯からの湯を配湯センターで調整した、いわば「統合湯」なのである。
菅野温泉は下諏訪駅から一番近い共同浴場で観光協会のHPにある 「三湯めぐりマップ」(クリックで拡大)で場所の確認ができる。
【問い合わせ】
「菅野温泉」 長野県諏訪郡下諏訪町大社通3239-1
電話:0266-27-1076
営業時間: 5:30〜22:00(最終受付21:30)
料金:大人300円、小学生150円。
定休日:年中無休。
【ルート】
・JR下諏訪駅から近く、徒歩約5分
・岡谷ICから車で約15分
・有料駐車場あり(町営四ツ角駐車場)
湖畔の湯 長野県下諏訪町南四王6130-1
(2026年4月19日更新)
下諏訪の共同湯はみなJR下諏訪駅の北側にあるが、ここだけ反対の南側の諏訪湖畔にある。また下諏訪温泉の多くは町営・組合系なのだが、「湖畔の湯」は民間(有限会社湖畔の湯)が運営する唯一の公衆浴場である。それでいてこの安価である。
湖畔の湯。諏訪湖のそばにある 開業したのは1988年ごろで、江戸時代からある「旦過の湯」などほかの下諏訪の公衆浴場の中では新しい方。それだけにデザインも斬新で、大きな楕円形の浴槽のど真ん中に高い天井まで届くタイル張りの太い円柱がそそり立っている。円柱から梁が放射状に伸びる独特の構造で、なにやら西洋の宮殿風である。
湖畔の湯。諏訪湖のそばにある 脱衣所の天井も高く広々とししていて、コインロッカー(100円が戻る)など必要なものはそろっている。内湯はやや熱めの42℃前後の湯加減に、露天風呂はそれよりやや熱めの44℃前後に設定されている。他にジェットバスもあるが下諏訪の公衆浴場と同じくシャンプーや石鹸はない。
湯は高浜配湯センターから供給される高温の湯で加水して供給しているが掛け流しではなく、消毒(オゾン・紫外線・塩素)して循環させている。泉質はセンターで複数泉源からの湯を統合しているので、他と同じの弱アルカリ性単純温泉(低張性・高温泉)。無色透明・無臭で、肌あたりが柔らかいタイプ。 【問い合わせ】
湖畔の湯。諏訪湖のそばにある
住所:長野県諏訪郡下諏訪町南四王6130-1
電話:0266-28-0054
営業時間:6:00〜21:30(早朝営業)
定休日:月曜(祝日の場合は翌日)
料金:大人340円、子ども(0歳〜小学生)150円
【ルート】
・長野道岡谷ICから国道20号経由5km15分
・JR下諏訪駅→徒歩10分
・駐車場は無料で60台分ほどある。
ゆたん歩° 長野県下諏訪町南四王6130-1
(2026年4月20日更新)
ゆたん歩° 下諏訪温泉に多い”温泉銭湯”ではあるが、三湯めぐりの「旦過の湯」など古くからある温泉とはいささか違っている。正式名称は「高浜健康温泉センター ゆたん歩°」という名前の通り、下諏訪町の「健康スポーツゾーン」の拠点施設として平成26年(2014年)に諏訪湖畔にオープンした。お分かりだろうが「ゆたん歩°」は(ゆたんぽ)と読み、なかなかしゃれた命名とロゴである。
名前通り、温泉入浴だけでなく、歩行浴プールや健康増進室など「運動 × 温泉」を組み合わせた施設として設計されている。歩行浴プールというのは、リハビリ施設にあるような、手摺りにつかまりながらスロープを降りると自然にお湯の中に浸かることができ、湯の抵抗が自然に足の歩行を助けるようにできている。1周16メートルあり、水深は90?120センチ、湯は低めの約36℃に設定されている。健康増進室とはどういうものかわからないが、実態は貸室として使われているようだ。
ゆたん歩° 内湯は「あざみの湯」と「いちょうの湯」に分かれていて、少し形は違うが、男女日替わり。内湯の温度は約42℃で、下諏訪温泉の中では入りやすい温度帯だ。
湯は 下諏訪温泉の配湯(共同配湯システム) を利用しているから前述の「湖畔の湯」などと同じ泉質で、弱アルカリ性単純温泉(低張性・高温泉)。無色透明・無臭で、肌あたりが柔らかいタイプ。疲労回復・ストレス緩和・不眠改善などの効果が期待される。
【問い合わせ】
デジタル案内としては 「下諏訪のおすすめ日帰り温泉 がある。地図は上の「湖畔の湯」掲出のものを参照。
住所:長野県諏訪郡下諏訪町高浜10616-90
電話: 0266-26-2626
・営業時間:9:00?20:00(歩行浴プールは17:00まで)
・休館日:火曜日(祝日の場合は翌日)
・料金:大人500円、子ども250円
【ルート】
・中央自動車道・諏訪ICから車で約25分。長野自動車道・岡谷ICからも約25分。
・JR「下諏訪駅」から車で約3分。徒歩25分の距離。諏訪湖畔にある。
・「ゆたん歩°」バス停 から 徒歩1分。
・駐車所は約30台分(無料)
つたの湯 長野県諏訪郡富士見町落合1984-1
(2026年4月22日更新)県名が違うので離れているように見えるが、次に紹介する塩沢温泉のすぐ近くだ。国道20号沿いにあるが、温泉がここにあるとは気付かない。というのも、道の駅「信州・蔦木宿 (つたきじゅく)」の中にあるからだ。
「つたの湯」は国道20号線沿いの道の駅沿いにある 「道の駅」は国土交通省が地域情報発信ということで、全国の国道沿いに展開している休憩施設。蔦木宿は江戸時代甲州街道の宿場としてにぎわったところだが、今は当時をしのばせるものはない。南アルプスを間近に望むロケーションで、近在では評判がいい信州名物の手打ちそばがある。そういう、みやげ物屋や食事処と並んで温泉「つたの湯」がある。
釜無川のせせらぎを間近に聞き、澄んだ空が見上げられるゆったりした環境の中に、大きな露天風呂や大浴場、サウナがあって雰囲気が良い。ただ最初に入った時は料金が500円と手頃感があったのに、いつの間にか800円となっていて、このコーナーが目指している「ワンコイン」からそれて来たのが気がかりだ。
「つたの湯」は国道20号線沿いの道の駅沿いにある 泉質はpH9.12と非常に高い「アルカリ性のナトリウム・カルシウム−硫酸塩・塩化物泉」。入浴感は 肌ざわりがつるつるしている。源泉温度が32.2℃と低いので、加温していて、浴槽によっては“循環・消毒あり”。ただし小浴槽の「源泉の湯」は“加温のみの掛け流し”。
ホームページ「道の駅 蔦木宿」がある。
【問い合わせ】
道の駅「信州・蔦木宿」 〒399-0214 長野県諏訪郡富士見町落合1984−1
・電話: 0266-61-8222
・営業時間: 10:00〜21:00 ・休業日:火曜定休(祝日の場合は翌日)
・入浴料:大人(中学生以上) 800円、小学生 400円。
【ルート】
・中央自動車道の小淵沢ICから4.5キロ、数分のところにある。県道高根・富士見線を4キロ南下、 国道20号を西に0.5キロ。
・駐車場:普通車90台分、大型車18台分。
塩沢温泉
しおざわおんせん山梨県北杜市白州町(旧:北巨摩郡白州町)大武川344−19
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国道20号から「塩沢温泉」の看板が見えるが、正式には「白州町福祉会館」という 町営の湯。
テレビのコマーシャルで見かける「南アルプスの天然水」はサントリーの 白州蒸留所が製造している。このミネラルウォーターがとれる山梨県白州町 を富士川の上流になる釜無川(かまなしがわ)が流れている。武田信玄が 信玄堤(しんげんつつみ)を築いて暴れ川の治水につとめたことで知られる 川だが、左岸にそって国道20号線が通っている。この右岸、橋を渡ったところに にあるのが塩沢温泉だ。
600メートル掘削して33℃の湯が出た。これを加温して使っている。 町民300円、外部600円と、このHPの主旨から100円オーバーしているが、 この代金には屋内ゲートボール場やトレーニングルームの利用も含まれているので目をつぶることにする。
毎週月曜と年末年始は休館という役所型営業なので気をつけたほうがよい。
【問い合わせ】
「塩沢温泉」 〒408-0319 山梨県北杜市白州町(旧:北巨摩郡白州町)大武川344−19
TEL 0266-65-3570
営業時間 午前9時30分から午後9時(月曜日定休日)
【ルート】
・中央自動車道の小淵沢ICより15分。国道20号から橋を渡ったところ。
もみの湯 長野県諏訪郡原村字原山17217-1729
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正式には「八ヶ岳温泉ふれあいセンター・もみの湯」といい、原村がふるさと創生資金で掘り当て、平成3年オープンした 村営の施設。1300メートル掘ったという。このあたり高度は1200メートルほどだから、海面下の温泉とい うことになる。「樅の木荘」という宿泊施設と隣接している。八ヶ岳南麓の原村ペンション村の入り口にあり、八ヶ岳美術館、 八ヶ岳自然文化園、八ヶ岳中央農場がある。
「もみの湯」は、大浴場、岩組の露天風呂、サウナ、水風呂、シャワー室がある。アルカリ性透明無臭の湯で源泉は48.8℃ あるそうだが、やわらかく、この近辺ではゆうに上位に入るいい温泉だ。露天風呂へのお湯は源泉を入れているとか。 その源泉は2500メートル離れた八ヶ岳中央農業実践大学校地内にあり、毎分 249リットルの湯が湧出している。はるばる流れるうちに 適温になるようで大浴場の湯温40℃どちょっと。 温泉のすぐ脇の駐車場には、温泉スタンド(浴用)があり、「樅の木荘」に申し出れば、100円で200リットルの湯を 給湯することができる。
利用料金 大人 500円 、 小人 300円
午後5時から終了の9時30分(夏場10時)まではそれぞれ300円と150円になる。
定休日:毎月第一・第三水曜日と大晦日。
元日は、午後2時から午後8時まで営業
分析表を下記に写した。
泉質「 ナトリウム塩化物・硫化物泉(弱アルカリ性低張性高温泉):pH7.63、湧出量・毎分249g。 効能:神経痛・筋肉痛・運動麻痺・関節痛・五十肩・関節のこわばり・うちみ・慢性消化器病・痔症・冷え性・疲労回復・健康増進 固有:切り傷・やけど・慢性皮膚炎・虚弱児童・慢性婦人病・動脈硬化症。
【問い合わせ】
「八ヶ岳温泉ふれあいセンター・もみの湯」
〒391-0115 長野県諏訪郡原村字原山17217-1729
TEL・FAX..:0266-74-2911
【ルート】
道路 中央道諏訪南ICより車15分 。
鉄道 JR中央本線茅野駅よりバス40分。
おいしい学校・香りの湯 〒407-0322
山梨県北杜市須玉町下津金2963
表通りから離れているし、このネーミングからは何の施設かわかりにくいので説明がいるだろう。ここ津金の集落は往時は甲州から佐久に至る幹線「佐久往還」の宿場でにぎわったところだ。ここには、明治、大正、昭和に建てられた小学校があり「三代校舎」と呼ばれた。しかし過疎で町の中心が移動したため、明治8年に設立された津金学校は昭和62年に閉校になった。これをなんとか有効利用しようと、いろんな施設に生まれ変わった。
2000年ごろから始まったプロジェクトにより、津金学校の明治校舎は須玉町歴史資料館に、大正校舎は農業体験施設に、昭和28年に津金中学として建設された昭和校舎は「おいしい学校」として生まれ変わった。そのなかに入浴施設「香りの湯」があるという構図。すばらしいのはそのロケーション。南アルプス、八ヶ岳、富士山を遠く望み、秩父山系の山々が迫る。晴れた日だと圧倒的な眺望が広がる。
風呂もいいがここからの眺望もまた格別。後ろは八ケ岳。
「おいしい学校」は平成10年度に国からの助成金を得て作られ、町と地元企業が出資して、第3セクター方式で運営されている。イタリアンレストラン、和食処、パン工房、6部屋の宿泊施設がある。イタリアンは東京・代官山のオーナーシェフが直接指導し料理教室も開くという本格派だ。パン工房は、自家製の天然酵母をつかった焼きたてのパンを販売している。
肝心の風呂(温泉ではない)だが、名前が「香りの湯」なのはハーブ湯だから。ここではレストランや農産物直販所のために野菜などを作っているが、同時に広いハーブ農園も持っている。ハーブ園で栽培された40種近くのハーブをブレンドして、疲労回復、精神安定等の浴用効果を考えたものになっている。湯上り後にハーブティーのサービスもある。
【問い合わせ】
おいしい学校 〒407-0322 山梨県北杜市須玉町下津金2963
電話 0551-20-7300 FAX 0551-20-7303
料金:大人500円、子供200円。(夜7時から夜間料金 大人300円・小人150円)
シャンプー、ボディーソープ有。
営業時間: 平日17:00〜20:00(受付終了)/土・日13:00〜21:00(受付終了)
定休日:無休(4月〜11月末日まで。冬期は不定期に休業)
【ルート】
中央自動車道、須玉ICから近い。国道141号に案内が出ている。「津金」の方向に。
明野ふるさと太陽館 山梨県北杜市(旧:北巨摩郡明野村)
浅尾5259-950
村民300円、外部700円の料金はこの欄の主旨に合わないから紹介しないところだが、「晴れて南アルプスの眺望がいいときに」という条件 つきで書く。それほど素晴らしいパノラマが展開する。
甲府盆地の西は、すぐそばに南アルプスの山脈が迫る。盆地を挟んで反対側、茅が岳(1704メートル)の中腹に明野村はある。標高はすでに数百メートルあろう。 だから、晴れた日には、北岳(3192メートル、富士山についで2番目に高い)と鳳凰三山(薬師岳、観音岳、地蔵岳)が正面に、その右に美しい甲斐駒ケ岳(2967メートル)が見える。 もっと右には八ヶ岳が広がる。目を転じれば左端は富士山だ。だから、どうしても快晴の日でなければならない。快晴であっても、山々が見えなければ行くことはない。
この村は日本一日照時間が長いところとして知られている。この利点を生かして、年間3万4000キロワットを発電する太陽光発電システムが設置されているので、「明野ふるさと太陽館」だ。温泉の名は「茅の湯」という。 2001年4月15日、晴れ渡った。風呂は全面ガラス張りで、その山々が迫っていた。700円は安いものだった。
同じ敷地内には、薬膳料理を味わえる「薬膳ふるさと」や蕎麦打ち体験のできる「体験工房あけの」が、道路を挟んだ向かい側に、 「山梨県フラワーセンター」(入園料500円)がある。
【問い合わせ】
「明野ふるさと太陽館」 〒407-0201 山梨県北杜市(旧:北巨摩郡明野村)浅尾5259-950
TEL 0551-25-2601
営業時間:午前10時〜午後9時(11月〜3月は1時間早く終了)。火曜日休み。
料金:3時間未満 700円、超えると1000 円。村人は半額 。
【ルート】
・中央自動車道 韮崎インターから約15分。須玉インターからも約15分。
・須玉町から竜王町、甲府市に出る茅が岳広域農道の途中にある。
韮崎旭温泉
にらさきあさひおんせん山梨県韮崎市旭町上条中割391
(2026年3月22日更新)
畑の中の名湯、韮崎旭温泉 平成13年(2001)1月、韮崎市旭町にオープンした民営の温泉施設。韮崎市役所とは釜無川を挟んで反対側の甘利山の麓 にあり、畑の中にポツンと「温泉小屋」がある、といった風情で飾り気はまるでないが、ホントにいい湯で、近ごろでは口コミにより県外から訪れる利用者も多いそうだ。
温泉の向かいで老人ホーム「あさひホーム」を経営する山本恭雄氏が「地質学的に甘利山山麓にも温泉が出る可能性がある」という 山梨大学の教授の話を聞いたのと、このあたりの古い地名が「南割湯舟」ということを聞き、地名には古来、意味がある と考え、ボーリングして掘り当てた温泉だ。
パンフレットに「当温泉は糸魚川ー静岡構造線(日本の代表的な大断層。フォッサマグナ=ラテン語のFossa Magnaで、「大きな溝」を意味する) の上に、2本の温泉断層が重なった 地点にあります。(泉源は)地下1200メートルの断層破砕帯の中で、緑色凝灰岩(りょくしょくぎょうかいがん)=火山からでる 火山灰が海底などに積もってできた岩石。大谷石が代表的=が結晶した 石英閃緑岩(せきえいせんりょくがん)=地下深くでマグマがゆっくり冷えてできた深成岩= の岩盤から湧出した植物性の透明薄緑色(エメラルド色)の湯」とある。 前述の「湯上り閑話」で、まさに若山牧水のいう「地球の懐に抱かれる」心地の温泉だ。
肌にびっしりまつわりつく気泡が特徴 浴室は内湯のみだが、無色透明の湯がざばざばとかけ流しにされている。特徴は、入浴すると体にびっしりと付着する小さな気泡。湧出してから時間の経過した湯では見られないもので、温泉が新鮮である証拠だ。全身に気泡が付着した状態で湯船から上がると、一気に気泡が弾けるが、その瞬間の清涼感もなかなかいいものだ。る。泉質はナトリウム‐塩化物・炭酸水素塩泉。40度弱とぬるめの湯なので、鮮度の高い源泉を時間をかけて満喫することができるのも魅力だ。浴室や休憩できるデッキからは晴れていれば富士山が見える。
無色透明の湯が掛け流しのなっている浴室 男女別の浴室はほぼ同じ広さで、10人ほど入れるタイル貼りの浴槽と、掛け湯槽があるだけ。エメラルド色といっているが、ごく薄く色づいた湯で滑らか。湧出温度40.5℃で、湧出量は393リットル/分(1日570トン)もある。源泉から湯船まで来ると水温は38度くらいになるが、加温せず、また加水、循環もなしの掛けそのまま掛け流しているため、お湯はぬるめになっている。源泉は微黄色白濁で微かに鉄味を有し、湯口では小さな気泡が多数発生する。お湯は無色透明で、ぬめりを感じるのが特徴。湯口の回りだけ真っ黒になっているのは、源泉に含まれる硫黄と鉄分などで3日経つと黒くなるのだが、含有成分を見てもらうため掃除のときあえて残しているのだとか。湯量が豊富で毎日営業後にお湯を抜き、朝新しく温泉水にしているという非常に贅沢な施設だ。飲料可能でコップが置かれている。温泉持ち帰り可。
泉質はナトリウム−塩化物・炭酸水素塩泉で、溶存成分の総計が1.233g/kg、水素イオン濃度がpH7.7。 効能 :神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩・関節のこわばり・うちみ・くじき・慢性消化器病・痔疾・冷え性・病後回復期疲労回復 ・健康増進と、多彩。。泉質別適応性:きりきず・やけど・慢性皮膚病・虚弱児童・慢性婦人病。
浴室とデッキからは富士山が見える
【問い合わせ】
韮崎旭温泉 〒407-0045 山梨県韮崎市旭町上条中割391
電話 0551-23-6311
料金:大人600円、小学生以下300円。 シャンプー、ボディーソープ有。
営業時間: 10時〜20時 。定休日:火曜・金曜(祝日の場合は翌日)
【ルート】
中央自動車道、韮崎ICから8km、約15分の距離にあるが、カーナビでは別の場所に持っていかれる。地図を出しておいたが 老人ホーム「あさひホーム」をめざすと、その横。旭バイパスの鍛冶屋交差点わきになる。広い駐車場がある。
ノーベル賞温泉「武田乃郷 白山温泉」
たけだのさと はくさんおんせん山梨県韮崎市神山町鍋山1809−1 2015年のノーベル医学生理学賞を受賞した大村智・北里大特別栄誉教授(80)ゆかりの温泉である。近くに上で取り上げた「韮崎旭温泉」があり、これは温泉としてかなり上位にラン クされるのだが、紹介した時にはまだこの「白山温泉」はなかったので今回、ノーベル賞とともに大急ぎで紹介する次第。
「武田乃郷 白山温泉」の玄関 大村教授は今回「寄生虫病に対する新しい治療法の発見」で受賞対象になった。受賞業績であるオンコセルカ症(河川盲目症)はブユが媒介する寄生虫病で、網膜に入り込んでしまう と多くが失明してしまう。大村教授は、この抗生物質の元になる化学物質を、好きで通った静岡県伊豆の川奈ゴルフ場の土壌から発見したバクテリアから抽出、アメリカのメジャー な製薬企業のメルク社と共同で開発した薬でアフリカで2億人の命を救った。
特許料で温泉も掘った大村博士 薬の開発関連の特許料は北里研究所に入った分だけで250億円。しかし、本人は「食べるだけで十分」と、その大半を研究所の経営再建や病院建設に投じ、さらに好きで集めた 上村松園や三岸節子ら女性画家を中心とした美術品およそ5億円の収集品も2007年に美術館を建てて郷里の韮崎市にそっくり寄付した。一方で、どこを掘っても良質な温泉が出 ると言われる生まれ故郷の韮崎で2億円を投じて温泉を掘削して施設を作ったのがこの白山温泉で2005年秋の開業。
民家風の建物で、入るとロビー左手の券売機で料金を支払い、窓口に券を差し出して奥へと進む。ロビーの右手には民家のリビングのような無料休憩室があり、その奥にあるお座敷 は予約制。
浴室入口すぐ左には掛け湯用の小さな枡があり、100%の源泉が蛇口からあふれている。枡に溜められているお湯はやや緑色を帯びた黄色の透明で、重曹と食塩がミックスされた お肌すべすべの湯。室内には10〜12人は余裕で同時に入れそうな大きさの浴槽が一つ据えられており、槽内はタイル貼りで縁は木材使用、隅っこに取り付けられた木組みの湯口からふんだんにお湯が流れている。湯船の温度は40〜41℃。
白山温泉の内湯 浴室は眺望の良い二方向がガラス張りになっていて、明るくて清潔感がある。内湯からは八ヶ岳をはじめとする山々が眺められる。日本庭園の中に7〜8人入れる岩風呂風の 露天風呂があり、底は石板敷きになっていて釜無川の川原が眺められる。
温泉の建物に併設されている蕎麦処「上小路」(もりそば480円、天ざる980円)があり、少し離れて「韮崎大村美術館」(一般510円、小中学生210円。水曜休館)がある。 【問い合わせ】
韮崎大村美術館
武田乃郷 白山温泉
〒407-0043 山梨県韮崎市神山町鍋山1809−1
TEL・FAX 0551-22-5050
E-mail info@hakusanonsen.com
ホームページがある。白山温泉HP。
料金:大人600円、子供(3歳〜小学生)400円 。
シャンプー、ボディーソープ、ドライヤー有。
営業時間: 平日10:00〜21:00
定休日:水曜日
【ルート】
中央自動車道韮崎ICから県道27号等で約6キロ。JR中央本線韮崎駅からタクシーで約7分。
白山温泉付近の地図
韮崎駅から韮崎市民バスの上円井行に乗って「韮崎大村美術館前」で下車、徒歩1〜2分。
位置関係でいうと、12号線沿いに、このサイトの「さくら」の項で紹介した「わに塚の桜」、この「白山温泉」、さらに上で紹介し た韮崎旭温泉が並んでいる。
玉川温泉
たまがわおんせん山梨県甲斐市(旧:中巨摩郡竜王町)玉川1038-1
(2024年6月19日更新)玉川温泉と言うと秋田県の玉川温泉の方が、pH(ペーハー)1.2のラジュウムを含む強酸泉と98℃の熱泉、日本一の湧出量で有名だ。 ガンに効くというので全国から患者が押し寄せている。ガンではないが温泉好きで、わざわざ出かけたことがある家内に言わせると、「匹敵するとはいわないが、こちらの玉川温泉もすばらしい。ほったらかし温泉(後述)の次に好きになった」そうだ。
玉川温泉のたたずまい こちら山梨の方の玉川温泉も、やはりガンに効くという噂が広がって遠くから患者がやってくる。私たちが最初に出かけたときも(2004年10月)そのような人が 長時間かけて出たり入ったりを繰り返していた。いま、源泉を薄めたり水道水を沸かして温泉と名乗っているところが糾弾されているが、 ここはそれとは無縁。風呂からあふれた温泉が湯船から洗い場一面にざあざあ流れている「掛け流し」だ。
受付にいた女将さんに聞くと「祖父が1987年に掘り当てた当時のまま」だという。偶然当てたように聞こえるが、地質を調べたり、周囲のボーリングから いい湯が出ることを「確信」して掘ったのだそうだ。温泉のすぐ隣にある母屋に源泉がある。泉温37.7℃とやや温度が低いので加熱しているが 湯量は豊富なので掛け流しにしている。ほめたら、穫れたばかりの柿を一袋いただいた。柿なしでも500円は安い。2024年再訪したが500円のままと言うのにも驚いた。
当時=2004年。右上の写真=は煤(すす)けたピンク色の鉄筋2階の建物だったが、現在は薄い水色。その後も周りに家も建ってなくて、遠くからよく目立つ。ちょっと趣味の悪い銭湯に見えるが、入ってみると納得の立派な温泉。晴れた日には正面に大きな富士山を見ることができる。 浴室は男女とも、加温して40℃ほどのややぬるめ内湯と源泉そのままのジェット浴槽の2つの湯船がある。薄い茶褐色の湯は景気よくあふれている。コップも置かれていて飲料可。細かい気泡が出ていて、身体や 浴槽に付着する。少しヌルっとした感じがする湯で、湯上り後いつまでもぽかぽかして湯冷めはしない。
源泉は豊富な湧出量で御覧のように溢れ流れている 泉質は、ナトリウム−塩化物・炭酸水素塩泉で、加水、加温、循環、消毒のない完全かけ流し。ほのかイエローに色づいたお湯は鮮度抜群で、入っていると細かい泡付きで身体が真っ白に。それを、はらってもはらってもすぐにまた真っ白に包まれる、極上のフレッシュさが素晴らしい。香りは鼻を抜けるさわやかな金気の奥に、まとわりつくような硫黄の影がいて絶妙。飲んでみると、薄甘塩ダシ味で、肌触りもツルツルぬるぬるで、これもまた素晴らしい。
よく意味は分からないが、成分分析表を写しておこう。 単純温泉(Na-HCO3・Cl型低張性中性温泉)。 源泉温度37.7℃、pH=7.46、沸出量:482リットル/分、自噴、成分総計=1.016mg/kg、溶存総量=0.948mg/kg、Na^+=203.0 mg/kg (75.60mval%)、Mg^2+=18.7 (13.18)、Fe^2+=2.6、Cl^-=152.3 (38.15)、HCO_3^-=416.3 (60.51)、陽イオン計=253.5 (11.68mval)、陰イオン計=595.1 (11.27mval) メタけい酸=119.2、遊離炭酸=68.6 <S61.8.18山梨県衛生公害研究所分析>
【問い合わせ】
「玉川温泉」 〒400-0116 山梨県甲斐市(旧:中巨摩郡竜王町)玉川1038-1
TEL 055-276-3462
個人経営の温泉だが、ほぼ山梨県の銭湯の共通入浴料金と同じ。
入浴料:大人500円。小学生300円。 小学生未満200円。
営業時間:9:30〜21:00。定休日:月曜日
【ルート】
カーナビが普及してきたが、その恩恵を痛感した。甲府郊外の住宅地のはずれ、田んぼに囲まれた所にある。 旧:竜王町というのは甲府盆地の北側の丘陵地帯だと思ったら、ナビは国道20号、中央道を横切ってまだ南へ。やたら南北に 細長い町なのだ。県道25号敷島田富線を南下し、西小入口信号、セブンイレブンを過ぎると看板が出ている。
山口温泉 山梨県甲斐市(旧:中巨摩郡竜王町)篠原477
甲府盆地は温泉が豊富だ。富士山を筆頭に富士火山帯沿いにあるのだから当たり前といえば当たり前だ。 ボーリング技術の発達もあり、掘れば湧くというほどで、大小あわせてざっと400ほどあるという。その多くは 私が勝手に名づけているのだが「銭湯温泉」だ。その中でもこの山口温泉は、これまた勝手に称しているだ けではあるが、私のような「温泉ジプシー」の間では有名なところだ。
湯量と泉質がいいのだが、温泉という名前がそぐわない外観である。甲府盆地の真ん中にある。住宅街にある木造モルタルのアパートか会社の寮 といった趣。山口というのも土地の名前などではなく、オーナーの名前。農家の山口さんが1986年にボーリングして 掘り当てた温泉だ。「ブドウ畑から温泉が湧き出した」と当時の新聞に載った。最初は簡単な囲いを作っただけで近所の人たち に開放していたが、やがて本格的な施設を作って日帰り入浴場にした。住宅地なので旅館は経営できないので、このような アパート風の日帰り「銭湯温泉」としてやっている。
泉質は、「ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物泉。低張性弱アルカリ性温泉」。どこで区切るのかわからない化学記号だが、湯はお茶を薄くしたような黄緑色 で透明、臭いもない。入ったとたんからだ中に気泡がついてヌルヌルする湯はややぬるめ。この湯は地下920メートルから 41.6度の源泉が毎分686リットル(ドラム缶3本半分)自噴していて、加温せずそのまま掛け流している。玄関横には飲泉所があって、お湯を飲めるし ペットボト ルで源泉の持ち帰りもできる。知覚試験で「黄色透明・炭酸味・鉄臭味」。
10人ほど入れば満員の岩風呂風の内風呂とこれと同じくらいの露天風呂があり、こちらにも飲用口がある。 床は温泉の鉄分がきつくて茶色に染まっている。 リンスインシャンプーとボディーソープの備品がある。
浴用の適応性: 神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩・運動麻痺・関節のこわばり・うちみ・くじき・慢性消化器病・痔症 冷え性・病後回復期・疲労回復健康増進・きりきず・やけど・慢性皮膚病・虚弱児童・慢性婦人病
飲用の適応性: 慢性消化器病・慢性便秘・糖尿病・痛風・肝臓病
【問い合わせ】
「山口温泉」 〒400-0115 山梨県甲斐市(旧:中巨摩郡竜王町)篠原477
TEL 0552-79-2611 個人経営の温泉。
入浴料:大人500円(3時間)。子供(3歳〜小6)300円。2階が休憩所で1000円。
ホームページがありトップをプリントアウトしていくと初回だけ400円。
営業時間:9:00〜21:45。(日曜日は21:45まで)
定休日:月曜日
【ルート】
中央自動車道の甲府昭和ICを降りて国道20号線を韮崎方向へ2キロほど行き左に入ってすぐの住宅地にある。 駐車場は20台ほど。
・鉄道はJR中央本線甲府駅下車。南口のバスターミナルより榎郵便局下車(¥290)で徒歩7分。
・JR「竜王」駅からタクシー利用(約¥1000)か徒歩25分。
湯めみの丘 山梨県甲斐市下今井2361-11
(2026年3月27日更新)甲斐の国、といえば山梨県の旧名だから「甲斐市」と言うからには山梨の中心地のように思うが、知っての通り県都は甲府で、そのずっと西の端に位置する。かっての中巨摩郡や北巨摩郡の竜王町・敷島町・双葉町が合併して誕生した町だ。だいたい山梨県は甲府市・山梨市・甲州市、中央市・笛吹市・塩山市・韮崎市・南アルプス市などが隣接してひしめき合っていてどうにも位置関係がわからないところだ。
湯めみの丘 余所者には「中央道の双葉PAのスマートインターチェンジを出てすぐ」と説明した方がわかりやすいだろう。筆者は入浴、食事、桃の買い付けなどで甲府盆地の北側を横断する山手通りや茅ケ岳広域農道を使うのでなじみのある土地である。そこにあるこの温泉はおすすめの中でもダントツのお勧めである。
だいたいこの種の入浴施設は「・・・の湯」とか「・・・温泉」とかの名前だが、ここは「湯めみの丘」だけ。察するに「夢見心地の…」と掛けたのだろう。「丘」というのは、実際に甲府盆地を俯瞰する高台(標高346b)に立地している。左上に正面玄関の入り口の写真を掲示したが、これだけでは丘の上に佇立しているかのように思うかもしれない。右下に広い駐車場の写真があるが、この奥に見えるスロープを上がって行くと上掲の玄関に出るという複雑な立地になっている。
お世辞にも立派な施設とは言えないが、ここが、「源泉掛け流しの豊富な湯量とワンコイン(500円)」という、いまどきどこを探してもなかなか見つからない素晴らしい湯なのである。この安さからしてどこかの公営施設と思うが、地元の私企業の経営である。
住吉鉄工という従業員十数人の中小企業で、サッシなどの鉄工づくりを本業にしているが、副業として温浴施設を手掛けはじめ、この2005年開業の「湯めみの丘」のほか「桜湯」(昭和町)、 「石笛の湯」(石和温泉郷に2025年開業)という3つの温泉を運営してる。山梨県の温泉市場において「地元密着・低価格・高回転型」の独自ポジションを確立しており、新しくてデータがない「石笛の湯」以外の2つの施設だけで年間50万人超の集客力を持つこの地域最大級のローカル温泉運営者なのである。
・大人500円前後の低価格
湯めみの丘の駐車場は広い
・過度な設備投資をしない
・源泉かけ流しにこだわる
・車で行きやすい立地
・営業時間が長い(10時ー23時)
以上がこの企業が手掛ける温泉施設に共通する特徴。まさにこのHP「温泉めぐり」が目指すコンセプトなので3つともこのコーナーで紹介することにする。「湯めみの丘」がある場所は甲斐市の南端の高台に位置し、男性風呂からは富士山、女性風呂からは南アルプスの山々を眺められるという絶好のロケーション。
うたい文句に「フォッサマグナから湧出した高温の湯を、贅沢にそのまま100%掛け流している」とうたっている。どういうことかというと、高校時代「糸魚川・静岡構造線」と習ったと思うが、今はフォッサマグナ(Fossa Magna)=ラテン語で「大きな溝」=と原語に通り「南北に走る巨大な地溝帯(大地溝帯)」のことである。東大に地質学のお雇い講師として来日したナウマン博士(化石のナウマン象の発見者でもある)が、ここからすぐ近くの長野県南牧村の平沢峠に立ち、西に八ケ岳連峰、南に独立峰の富士山を眺めて古代の大地溝帯、つまりフォッサマグナの着想を得たのだが、この地はまさにそのフォッサマグナの上に位置している。その黒富士・茅ヶ岳基盤断裂温泉帯から湧出した湯は、弱アルカリのナトリウム−塩化物温泉で、源泉は44・3度あり、毎分500Lの豊富な湧出量を誇る高温泉。湯船はすべて循環なし・塩素消毒なしの正真正銘源泉掛け流しだ。気泡風呂(38度)、中温の寝湯(40度)、高温風呂(42度)。源泉温度が高いため、どの湯船も加温もなしで、熱交換システムで加水せず温度を下げて使用している。超高温風呂(46度)のみ、温度を上げるため加温している。
中・高温など4つある湯船はみな掛け流し 源泉は透明、塩味、鉱物臭少々。効能として、神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、打ち身、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、やけど…とある。
それぞれの湯船の湯口には飲泉用コップが置かれているが、湯の味や香りには強いクセがなく、飲み易い。露天風呂からの眺望が素晴らしい。シンプルな四角い岩風呂に沈むと、富士山を始め甲斐駒、白根三山、鳳凰三山、茅ヶ岳、八ヶ岳など、山と空だけの風景が広がる。露天の片隅にはスタッフが植えた山蕗の一群が緑の葉を広げ、女湯側には小さな葡萄棚がある。季節ごとに、甲州ならではの植物が風情を演出している。
男湯からは富士山、女湯からは南アルプスが見える 湯船のほかにガス遠赤外線サウナがある。女湯も開放感あふれるつくり。浴室は男女を時々入れ替えるところが多いのだが、ここは女湯はピンク、男湯はブルー基調で変わらない。それぞれの浴室からは八ケ岳を右端に、甲斐駒ヶ岳をはじめ3,000b級の急峻な山なみが続き、四季折々変化する景観を楽しめる。浴槽の種類や内容は基本的に男湯と一緒だが、女湯の方には高温風呂がなく、かわりに泡風呂がある。施設オープン当時は高温風呂だったが、女性客からは高温風呂より泡風呂の評価が高かったため、切り替えたという。
多くの入浴施設にある温泉ジャグジーは循環での使用が一般的だが、ここではすべて源泉かけ流し。飲用もOKの鮮度のいい湯が、泡風呂にかき回され惜しげもなく床に流れ続けている。内湯にはほんのり硫黄臭が漂っていて、入れば弱アルカリの湯の効果で、肌もつるすべに。女湯のタイルはパステルピンク系に統一されている。男湯、女湯と営業時間後に毎日、湯をすべて抜いての徹底清掃が行われている。
ここから車で3分の場所に、夜景の名所として知られる「ドラゴンパーク(赤坂台総合公園)」があり、「100万ドル」にはやや欠けるが、甲府盆地が一望できる。ホームページ「湯めみの丘」がある。
【問い合わせ】
「湯めみの丘」アクセス
湯めみの丘 〒400-0105 山梨県甲斐市下今井2361-11
TEL 0551-28-2500
営業時間 10:00〜22:00
定休日 年中無休 偶数月の第1木曜日(2か月に1度)
入浴料金 大人500円(中学生以上)、小人300円(4歳〜小学生まで)シャンプー、ボディーソープ有。
【ルート】
・中央自動車道 双葉スマートICから1.6km、約5分。
・駐車場は広く100台分ほどある。
桜 湯 山梨県中巨摩郡昭和町西条251
(2026年3月28日更新)
桜湯 ここは以前、「国母駅前温泉健康ハウス」と言ったところ。老朽化→客足遠のく→値上げの悪循環でつぶれそうになったのを、前の項にある 「湯めみの丘」のところで触れた「ワンコイン・掛け流し」にこだわる住吉鉄工が買い取り、2017年6月にリニューアル・オープンさせた。聞くところでは旧施設の最後には入浴代一人1000円ほどにもなったそうだが、住吉鉄工の”哲学”で半額の500円でスタートした(現在は600円)。
フォッサマグナ上にある甲府盆地は自然湧出、ボーリング含め「掘れば温泉が出る」土地柄で、温泉銭湯が多いところだが、桜湯は再掘削したか「源泉温度43.6度」「pH7.9の単純温泉」「成分総計は0.850g/kg」「自噴で199リットル/分の湧出量」という泉源を得た。
「温泉」の定義では温泉水1キログラム中の溶存物質量(ガス性のものを除く)が1000ミリグラム未満で湧出温度25℃以上のものをいう。このうちpH7.5以上のものを「弱アルカリ性単純温泉」と呼ぶ。申し分のない「温泉」である。
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ここでいう「弱アルカリ性温泉」について少し蘊蓄を傾ける。pH7.0が「中性」で、これ以下の数値が酸性、これ以上がアルカリ性だが、どのくらい違いがあるのかをざっと見すると、
【pH7.5】ほぼ中性に近い”優しい湯”で地元民が毎日入るような湯。全国に多く代表的なのはここ甲府盆地や草津温泉(群馬)、別府温泉(大分)、箱根温泉(神奈川)、登別温泉(北海道)など
【pH8.5】指をこすると「すべっ」とする感じで角質を軽く落とす作用がある。代表的なところでは下呂温泉(岐阜、 嬉野温泉(佐賀)、玉造温泉(島根)、山中温泉(石川)。
【pH9.0以上】入った瞬間に「おっ、ヌルヌルする」とわかる。皮脂・角質を落とす力が強く、湯上り時かなりしっとり感があり、肌が弱い人は長湯で乾燥を感じることもある。日本でも珍しい「強アルカリ泉」で代表的なところは関西に集中するが、十津川温泉(奈良)、有馬温泉の一部(兵庫)、榊原温泉(三重)、月ヶ瀬温泉(奈良)。
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ここ桜湯の源泉温度は43・6度あり、熱いのでこれを熱交換器により、「38℃の体温浴」、pH7.9の弱アルカリ性の特性を生かした「微温浴の寝湯」「40℃の中温浴」「42℃の高温浴」と4種類に給湯している。中温風呂にはジェット機能があり圧注浴が楽しめる。気泡風呂はジャグジー機能があり気泡浴が楽しめる。
湯温が違う4種類の湯船がある(HPから) 豊富な湯量でうぐいす色の湯はざあざあと浴槽から溢れ、小さな排水溝では処理しきれないほど。3段になったサウナもあって、ガス遠赤ヒーターで90℃に設定されている。小さなテレビまでついている。凝った風情はないが結構広い露天風呂もあり、内湯とくらべてぬるめの39度ほどに調整されているので長湯する人も多い。
テレビがある3段の立派なサウナ室もある ここの温泉は癖がなく肌への刺激が少ないのが特徴で入浴で肌がすべすべ、する感触で美人の湯・美肌の湯と呼ばれる。目安として熱めの湯で10分以内、ぬるめの湯で3〜10分以内がおすすめ。露天風呂もある。
桜湯には食堂がなく、飲み物は自販機。休憩所では横になってごろ寝するも客もおり、リニューアルで地域性を残しつつ若い人好みに生まれ変わった印象。
ホームページ「桜湯」がある。【問い合わせ】
アクセス
「桜湯」 〒409-3866 山梨県中巨摩郡昭和町西条251 TEL 055-268-3088
営業時間:午前10:00〜23:30
定休日:年中無休
料 金:600円 (大人)、400円(小人)
【ルート】
・中央自動車道昭和ICから3`
・JR身延線国母駅前から徒歩2分
・駐車場100台分くらい。無料。
国母温泉 山梨県甲府市国母1-3-4
(2026年3月22日更新)
甲府盆地は掘れば温泉が出るというくらい天然温泉が豊富なところで、またそれを利用して大衆料金で利用できる「温泉銭湯」が多いこと、その数400か所ほどあることは紹介した。 その中でもこの国母(こくぼ)温泉はトップクラスに入る。理由は、甲府のど真ん中、交通渋滞の名所といわれる中心部にあり交通の便がいいこと。少し前に改装されてなかなかきれいなこと。泉質がよくて湧出量も防府で、掛け流しであること----などだ。
天然温泉なのに銭湯料金の国母温泉
2005年1月29日、NHKの「ふだん着の温泉」で紹介された。「山梨県甲府市の住宅街の一角にある国母温泉。開湯52年の温泉銭湯だ。実は、甲府市の 銭湯はそのほとんどが温泉である。また、甲府の人たちにとって温泉銭湯は単なるお風呂でなく、子育ての場でもあった。お客さんに遊んでもらったり、怒られたりと、 子どもにとって銭湯はルールやマナーを自然と身につける場だったのだ。今、銭湯を利用する子どもたちは少なくなっているが、国母温泉の主人、古屋さんは、子どもたちをふたたび温泉に呼び戻したいと2年前から月1回、小学生以下に温泉を無料で開放してきた」とナレーションにあった。
昭和23年の創業。平成に入って改築されたが、昭和の銭湯の雰囲気壊すまいと脱衣所のロッカーも、下駄箱も、脱衣籠も、なるべく残した。鍵も「板鍵」だ。
下駄箱も昔の「板鍵」だ
お湯はたっぷりの天然温泉かけ流しで、高い天井から湯気のしずくが落ちてくる。泉質は、肌にやさしいアルカリ性のナトリウム塩化物、炭酸水素塩泉。体が温まり、 筋肉痛などにも効果が期待できる。源泉は44.6℃ あるそうだが、温冷浴で長く遣っていられるように低めにしてある。浴槽は高温、中温、低温、水風呂と4種類あり、 好みの温度にゆっくり浸かれる。しかもサウナ風呂や超音波風呂、露天風呂もある。これで甲府の均一銭湯料金470円だ。
源泉の温度は高いが長湯できるように
落として琥珀色をしたモール泉を掛け流ししている泉質は甲府盆地ほぼ同じだが、やや緑がかった薄茶色のナトリウム塩化物・炭酸水素塩泉。分析表には「pH=8.10。Na^+=315.0mg/kg (85.10mval%)、Fe^2+=0.1Cl^-=359.6 (60.68)、NO_3^-=4.9、HCO_3^-=390.8 (38.30)、陽イオン計=369.0 (16.10mval)、陰イオン計=759.0 (16.71mval) 非解離・溶存ガス成分不明」とある。
【問い合わせ】
入浴効果は神経痛 筋肉痛 関節痛 五十肩 運動麻痺、関節のこわばり 打ち身 くじき 慢性消化器疾患 痔疾 冷え性 疲労回復 病後回復 健康増進、切り傷 火傷 慢性皮膚病 虚弱児 慢性婦人病など多彩。
飲用効果の方は、慢性消化器病 慢性便秘 糖尿病 痛風 肝臓病 。
「国母温泉」 〒400-0043 山梨県甲府市国母1-3-4 TEL 055-224-6804
甲府の中心部にある
営業時間:午前10時〜午後10時
定休日:水曜日
料 金:470円 (中学生以上)、中人(小学生)170円、小人(小学生未満)70円。
【ルート】
・中央道甲府昭和ICから約5分
・国道20号の国母立体から国母通りへ入り、甲府市街地方面へ1.5kmほど。国母通り沿い。
・駐車場10台くらい。無料。
喜久乃湯温泉 甲府市朝日5丁目14-6
(2024年4月更新)
甲府には本当の温泉を使っている銭湯が多いが、ここもその一つで源泉の湯を使用している。昭和元年創業で、太宰治が二人目の妻とした女性が甲府の女性で、その実家近くに昭和14年ごろに居を構えた。そこから近くだった喜久乃湯温泉に新婚時代に足しげくこの温泉に通ったことで有名で地元の馴染客以外にも県外からもファンがやってくる歴史ある正統派“銭湯”といったところ。
喜久乃湯温泉 今でも下駄箱や松竹錠の木製ロッカー、籐製脱衣篭など昭和の香りが今に残るレトロなところだが、サウナ、ジェット・超音波・水風呂といった今風の施設もある。たっぷりな源泉の湯(一部加温、循環)が楽しめる。
脱衣所の上部に取り付けられた地元の寿司屋、仕出し屋、病院、バイク屋などの看板は、昭和40年代ごろののもので、なかなか雰囲気がある。
温度が違う4種類の湯船がある 脱衣所はレトロな雰囲気 温度が違う4つの湯船があり、入って一番奥の湯船は源泉で28℃。手前の円形の湯船は、先代が利用客たちのコミュニケーションを取りやすくするために円形にしたもので少しぬるめの38℃〜39℃の浴槽になっている。泉質は、カルシウム、ナトリウム―硫酸塩泉で、さらりとした肌触り。カランやシャワーも温泉なので、温泉成分をたっぷり浴びられる。番台でお客さんを迎える女将(平賀理恵子)さんは肌ツヤがとても良く若々しいのが泉質の良さを証明している。
2階には48畳の大広間もあり、大広間使用料一人900円で、温泉は何回でも入れることができ、食べ物や飲み物を持 ち込み可能。ホームページ「喜久乃湯温泉」がある。
【問い合わせ】
「喜久乃湯温泉」 〒400-0025. 甲府市朝日5丁目14-6 TEL 055-252-6123
営業時間 午前10:00〜21:30
定休日 水曜日・毎月第三木曜日
入浴料金 (山梨県の銭湯 共通入浴料金)
大人 470円:12歳以上(中学生以上)
中人 170円:6歳以上12歳未満(小学生)
小人 70円:6歳未満(未就学児)
2階の大広間の利用料金は(一日中有効。風呂入り放題)
大人:900円
中人:600円
小人:300円
*駐車場は16台分あり無料。
鷲の湯(湯村温泉の銭湯) 山梨県甲府市湯村3-10-12
( 2026年3月更新)
湯村温泉は甲府の奥座敷として有名になりすぎて、本来の温泉、つまり湯の良さが二の次になっているきらいが ある。その湯村温泉に外湯があることはあまり知られていない。
温泉街に入って突き当たりに見える「鷲(わし)の湯 」は昔、湯村温泉にあった3つの外湯のうち、現在ひとつだけ残って いるものだ。写真のように背景に埋没しそうなくらいだが、湯村温泉の元湯といっていいもので、どこにも負けないいい湯である。 のれんには「鷲温泉」とあるが、この場所は、古くからの源泉「鷲の湯」があったところで地元でもそう呼ばれている。
午後3時から9時までの6時間だけ営業する。番台におばさんがいて、入浴料金 は380円。
リニューアルした「鷲の湯」 上記のように安く(甲府市の公衆浴場料金)、泉質がよくおすすめの湯だったが、2025年8月、隣にある旅館明治・外湯「鷲の湯」としてリニューアルオープンした。写真にあるように近ごろ都会ではやりの大型入浴施設風である。時代の流れで仕方ないとはいえ「入浴料は大人=1,000円、子ども=500円」になった。これはこのホームページのコンセプトとしている料金「ワンコイン」前後と合わないので、削除することとします。ただ、衆知方ふくめ当分の間掲載を続けます。
由来が湯村温泉旅館協同組合のホームページにある。昔このあたりは、起伏した丘や沼地で、一面に萱が生い茂っていた。あるとき一羽の 鷲が飛んできて、日に二、三度萱草の中に姿を隠し、やがてどこかへ飛び去った。七日ばかり続いて、鷲は姿を見せなく なったので、人々が不思議に思って、あたりをのぞくと、白い湯気が立ち上るところがあった。そこを掘り返すと、熱い湯が 湧き出した。人々が湯小屋を建てて入浴してみると、湯の温度もちょうどよい湯加減で、諸病に効くことがわかった。 病気の 鷲が湯気につかり、全快して来なくなったことで、温泉のあり場所を教えてもらったわけで、鷲は山の神様であろうと、ここに
【問い合わせ】
「鷲の湯」 〒400-0073 山梨県甲府市湯村3-10-12 TEL 055-253-8427
湯村温泉旅館協同組合(TEL 055-252-2261)でも教えてくれる。
営業時間 15:00−21:00 。休館日 月曜日。
【ルート】
・クルマだと中央自動車道の甲府昭和ICで降りて、アルプス通り(富士見通り)を北上する。ぶつかるところが県道6号線というより 「山の手通り」の方が通じるが、ここを左折。すぐに湯村温泉街の入り口の信号があるので右折。鷲の湯は温泉街の通りの奥、 前の駐車場には2台ほど置ける。
・甲府駅からだと湯村温泉行きの路線バスがある。
湯村温泉 ホテル吉野 甲府市湯村3丁目11-14
(2026年4月13日更新)
湯村温泉は、1200年前に弘法大師が開湯したと言い伝えられる古湯で、弱アルカリ性(pH8.24)の肌あたりが柔らかい名湯として知られる。そこにある外湯「鷲の湯」は長年わずか380円で日帰り入浴できたのだが、2025年大型入浴施設としてリニューアルしたら入浴料1000円になった。「ワンコイン」を標榜しているこのコーナーに合わなくなった。
「湯村温泉 ホテル吉野」 旅館ホテルの何軒かは日帰り入浴客を受け入れていたが、そこも1000円前後になったので、もはや全滅かと思ったが、この旅館だけ敢然として「ワンコイン」(500円)を貫き通している。
湯村温泉は、昭和30年代には約40軒もの旅館で賑わったものだがバブルがはじけて衰退に向かった。しかし近年は元の温泉の良さを生かそうと温泉街の再開発が進行中だ。武田信玄公ゆかりの地であることから、2021年に「信玄の湯 湯村温泉」と温泉地名を変更した。湯村温泉は兵庫県にもあり、そちらは「山陰湯村温泉」とも呼ばれる。 ここの泉質は「ナトリウム―塩化物・硫酸塩温泉」。pH8.24の弱アルカリ性で、源泉温度は40.9度。やや低いものの、どこの旅館でも加水も加温も消毒処理も無く、一切無加工の源泉100%かけ流しで提供できる。
広々とした湯船からは掛け流しの源泉があふれ出ている 「ホテル吉野」は、湯村温泉の中心部にある老舗旅館。館内には先代こだわりのアンティーク家具や調度品が置かれていて、レトロな雰囲気十分。浴室は、大きな浴槽が一つあるだけのシンプルなもの。シャワーも設置されている。
約41度の源泉をそのまま流しているが途中で少し冷めて、湯船の中は体温よりの若干高めの38度前後。だから自然と長湯になる。入っていると肌に小さい泡(あわ)がまつわりつく。源泉には保温・保湿効果が期待できる食塩や芒硝成分を含有しているため、ぬるめのお湯にもかかわらずポカポカと体の芯まで温もり、しっかり肌も潤う。
信玄の湯 湯村温泉「ホテル吉野」
所在地:山梨県甲府市湯村3丁目11-14
電話番号:055-253-2878
日帰り入浴時間:9:00〜20:00時
入浴料金:500円
塩部温泉 山梨県甲府市塩部3-9-10
塩部というのはこのあたりの地名。正確には「塩部温泉ホテル自然館」というが「塩部温泉」で通じる。 こじんまりした旅館の内湯、といった趣。宿の惹句に「80年の歴史がある自噴温泉」とある。 住宅街の狭い道路沿いにあり、玄関が引っ込んでいるので気をつけていないと見逃すほど。 旅館が日帰り入浴も受け入れているといったところで、地元の人が銭湯代わりに使っている。脱衣場には ”マイ風呂桶セット”がいくつもあった。
商売気のないところで、フロントで呼べど叫べど犬が吠えるばかりで 応答なし。女湯に人の気配があるので、家内に聞いてもらうと「切符かお金を置いとけばいいのよ」とのこと。 入浴料500円だ。
小さな浴室に湯船が2つ、5〜6人が入られる奥の大きい方の湯船には無色透明の湯がかけ流しになっているが、ぬるい。 こちらが源泉のようだ。真冬だったので、たまらずもうひとつの小さいが加熱したやや熱い方に入る。浴槽には茶色 の湯の花も浮かび、飲むこともできる。外へ出てから、これは風邪を引いたかと思ったがしばらくするとぽかぽかと 体が火照(ほて)りだした。
分析表に、源泉は35.2℃。湧出量が毎分124.5リットル。ph8.26のアルカリ性単純泉で、慢性関節リュウマチ、神経 炎、外傷性障害の後治療、疲労回復などに効果があるとあった。
【問い合わせ】
〒400-0026 山梨県甲府市塩部3-9-10
п@ 055-253-4055 fax: 055-252-0299
日帰り入浴の営業時間:午前9時〜午後7時。旅館なので年中無休。料金:大人500円、子供300円。
【ルート】
位置としては中央本線・甲府駅から2キロ、湯村温泉に行く途中になる。クルマだと甲府昭和ICから15分ほど。 駐車場は玄関左手に数台分。
黄金温泉
おうごんおんせん山梨県甲府市上小河原町1244−1
( 2024年9月2日更新)ここは、正式には「黄金温泉健康センター」という名で、源泉掛け流しで後味さっぱりのいい湯だった(写真右)。2024年7月久しぶりに再訪した。上記の住所をナビに打ち込んで出かけたのだが、跡形もなく消えて跡地には小さな民家が何軒か建っていた。事情を聞こうにも夏の暑い日で人通りもない。
30分も付近をうろついていたらやっと高齢の人と出会った。「経営難で2013年7月に廃業して、更地になった。入浴なら、川向うに同じ人が経営しているビジネスホテルで入れます」とのこと。
そこで数十メートル離れた「ビジネスホテル黄金」に行ったのだが、呼べど叫べどだれ一人出てこない。カウンターの上には今夜予約の人のだろうか3人分の浴衣と部屋の鍵が置いてあった。
「ビジネスホテル黄金」 そんなわけで入浴もできずに退散した次第。つまり、表題の「黄金温泉」はもはや存在せず、「ビジネスホテル黄金」の内湯として入浴施設があるということである。
知りたかったのは、以前の豊富な源泉を50メートルほど離れたビジネスホテルまで移したものかどうかだった。以前、分析表に「泉温46℃。 深度900メートルから毎分300リットル自噴。 pH 7.4 。成分総計 1,446mg/kg。ナトリウム-炭酸水素塩・塩化 物温泉(低張性中性高温泉)」とあった。湯量が多いいい温泉だった。周囲を見渡すと旧「黄金温泉」から出ている配管もない。川を挟んでいるので配管は川を渡らねばならないがその形跡もない。新しく掘ったのだろうか、それとも井戸水を沸かしているのだろうか…疑問はいろいろあるが、聞く人もいないのでは話にならない。
ネットには黄金温泉の自噴型の流れ落ちる源泉や、御影石づくりの立派な湯船の写真が出ているが、みな廃業前の「黄金温泉」のもので、現在の「ビジネスホテル黄金」の内湯のものではないので、行ってみないことには現状はわからない。建物も、内装も、フロントもみなだいぶ「くたびれた」姿で不安ばかりである。
そんなわけで今しばらくはこの場に掲出しておくことにする。源泉も消えているなら、この項は削除する。
【問い合わせ】
黄金温泉 〒400-0044 山梨県甲府市上小河原町1244−1
TEL 055-241-8115
営業時間:午前10時〜夜中12時。定休日 木曜日(午後5時から営業)
大人500円 中人350円 小人250円。備品の類なし。
【ルート】
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・身延線 甲斐住吉駅から徒歩10分のところ。
・国道20号線を韮崎の方に向かい、中小河原立体交差の途中から、左側に「ビジネスホテル黄金」の看板が見える。立体交差の途中に左下に下りる道がある。ビジネスホテルの駐車場、4,5台ほど。
草津温泉(甲府) 山梨県甲府市上石田1−10−12
(2024年6月19日更新)
有名な群馬の草津温泉と同名で、誰しもその「落差」に驚くが、甲府に多い”温泉銭湯”の中でもサイトの亭主のイチ推しである。
草津温泉
温泉ファンの間では名湯の誉れが高く一度は訪れる価値がある。甲府の”温泉銭湯”は加温しているところが多いのだが、ここは源泉温が47・7℃もある本物の温泉である。戦前から銭湯として営業していたが、オイルショック(1973)のとき、ご主人が一大決心して地下800bまでボーリングしてみたところ高温で毎分200リットルもの温泉が湧出したため、温泉浴場としての営業を開始した。以前訪れた時にはアパート風のモルタルづくりの2階が雀荘の古びた建物(写真右上)だったが、2020年ごろ前の国道の付け替え工事が始まったのを機に、平屋建てのライトグリーンの新しい湯屋へ全面リニューアルした。
玄関玄関入ってすぐ前にある番台で明るく元気なおばちゃんに料金を支払い、下駄箱のカギと引き換えにロッカーキーを受け取り中へと入ると松竹錠を貸してくれる。松竹錠といってもピンと来ない時代だが傘箱や下足箱について いる木札や金属札を差し込む錠前のことだ。よく鋳型で松竹の絵が描かれていた(他に桜錠やカナリア錠がある) ことからきた。脱衣場は木の棚でできている。
番台 写真で説明すると、入り口近くの主浴槽の泉温は39〜41℃。やや黄緑がかった透明な湯で、ヌルスベした柔らかな肌触り。湯口にコップがり、飲むとかすかに塩分を感じる温泉だった。奥の浴槽右側が源泉で湧出時より少し低いといっても37℃もあって、熱くてとても長湯はできない。左が地下水をかけ流している「水風呂」(22〜24℃)である。どの浴槽も無加水、無加温の源泉かけ流しで、温度は熱交換と湯量で調節しているという。
草津温泉の三種の浴槽 浴場内は広く明るく開放的で、湯舟の両側に15〜16人分の洗い場が並んでいて、さらにドアの向こうに露天風呂があるが小さくて入る気にならなかった。
泉質は「ラドン含有の含芒硝重曹食塩泉」(緩和低張性温泉)とあるが、こちらには意味不明。源泉はこの建物の 下にあるそうだ。少しヌルっとした感じの湯で、やや黄色の透明に近い湯は甲府盆地の多くの温泉に見られるもの。無味無臭で飲用可。脱衣場の張り紙に「当温泉は循環をせず、湧出する温泉をそのまま 掛け流しているので、安心して御入浴下さい」とある。
草津温泉の由来が
効能 :リューマチ、運動器障害、火傷、女性慢性炎症など。 【問い合わせ】
「草津温泉」 〒400-0041 甲府市上石田1−10−12 TEL 055-222-4216
営業時間 午前6時〜午後10時
料 金 (山梨県の銭湯 共通入浴料金)
大人(中学生以上)430円 中人170円(小学生)
小児(未就学児)70円
定休日 なし (元旦のみ休む)
【ルート】
・JR中央線甲府駅から車で10分、中央道昭和ICより10分ほど。荒川橋の南西になる。
・「アルプス通り」を北方向に向かい「交番南」信号を右折、500メートルほど行った左手。
むかし鉄道があったようで、このあたりでは「上石田廃軌道」とよばれている県道沿い。
駐車場は角地のあちこちに分散して10数台分はある。
湯王温泉
ゆおうおんせん山梨県甲府市住吉5-10-18
(2024年7月10日更新)ビジネスホテル「ホテル湯王温泉」が内風呂を「湯王温泉」として一般に開放している。 甲府盆地に多い”温泉銭湯”で、甲府市から銭湯の扱いを受けているから料金は430円だ。ホテルのフロントが番台を兼ねていて、ここで支払ってから反対側の浴室に入るという構図。
湯王温泉はこのビジネスホテルの内湯 脱衣所には常連さんのマイセットがずらり並んでいる。タイル張りの浴室はけっこう広い。手前からまず6人くらいが入れる加熱した湯船。隣に10人くらいが浸かることのできる適温のジャグジー湯船。奥には源泉を入れている湯船、枕代わりのパイプが並んだ寝湯と4つの湯船がある。大浴場の源泉掛け流しの湯がイオウと鉄の匂い香る素晴らしい温泉だ。
湯王温泉の浴室。4つの湯船がある。 源泉は34.9℃の単純温泉。やや低いので加熱している。毎分400リットル、30秒間にドラム缶1本の湯が出る。 「掛け流しで、濾過はしていません」と書いてあった。お湯は茶褐色でやや淡緑黄色を帯びていてほぼ透明、 青のり状のこまかな湯の花がある。温い浴槽の湯口が源泉になっていて、飲めるようになっている。
神経痛 筋肉痛 関節痛 こわばりなど 効能は「外傷性障害の療法。骨及び関節等の運動器障害。疲労回。・神経炎・神経痛・五十肩・運動麻痺・うちみ・ 慢性関節リュウマチ」などとか。さらに成分表に興味のある方は「単純温泉(Na・Ca-HCO3・Cl型) 34.9℃、pH=7.4、 成分総計=575.0mg/kg、Na^+=64.90mg/kg (61.74mval%)、Ca^2+=18.02 (20.33)、Cl^-=44.14 (27.50)、HCO_3^-= 190.2 (72.34)、陽イオン計=102.4 (4.571mval)、陰イオン計=243.5 (4.513mval) メタけい酸=110.0、遊離炭酸=119.7 <S42.3.23分析」というのが張り出されていた。
【問い合わせ】
ホテル湯王温泉 〒400-0851 山梨県甲府市住吉5-10-18
TEL 055-235-2885
営業時間:6時〜22時
定休日:無休
料 金:430円(石鹸などの備品なし)
【ルート】
国道20号線(甲州街道)の「下小河原立体」から北へ県道113号(甲府精進湖線)を少し走った左側でわかり やすいところ。かなり広いホテルの駐車場がある。
甲府市南部市民センター 山梨県甲府市下今井町15
(2024年7月10日更新)甲府盆地は掘れば温泉が出るところで、ここも名前の通り、市民センター・公民館に併設されたれっきとした温泉。加熱なしの源泉掛け流し。その上甲府に多いが、安い”温泉銭湯”ときている。しかも、宣伝していないので常時すいている。利用者は近所の市民がほとんど。
南部市民センター。温泉はこちらではなく裏手。 すぐそばに南アルプスを望む豪壮な正面入り口から入ろうとしたら「温泉は建物の裏手に」と。ぐるっと裏手に回って入ると、券売機で430円の入浴券を買い、なんのために必要かわからないが受付で名前と連絡先を記入してから浴室へ。
温泉へは裏手のこんな入口から入る 浴室はタイル張りで広くて明るくてきれい。数人ずつ入れる大浴槽と小浴槽、外に出たところに岩組みの露天風呂がある。お湯は、濃い紅茶色で透明、茶色の浮遊物がすこし。明るい窓際の光で浴槽は、濃いウーロン茶色に見える。
浴槽はこの2つのみ。どう違うのかわからなかった。 効能:神経痛 筋肉痛 関節痛 五十肩 運動麻痺 うちみ こわばりなど。泉質はナトリウム・塩化物・炭酸水素塩泉でPh8。地下1200メートル掘削して48℃の湯が毎分200リットルも湧出するという。それだけあれば、源泉掛け流しに出来そうだが、循環式だという。当然、塩素も入れられることになる。係りの人が示してくれたが源泉は敷地の北西端にあり、いったん30メートルほど離れたところにある貯湯タンクに入れるのでちょうどいいくらいに温度が下がるのだという。普段は循環式で時々源泉を流し込むとい う方式のようだ。
【問い合わせ】
〒400-0842 山梨県甲府市下今井町15
TEL 055-241-0083
入浴料金 430円。 小・中学生170円
営業時間:午前10:00〜午後4:30(発券は20分前に締め切り。入浴したい夕方には閉まってしまうのでご用心)。 月曜休み。備品はものの見事になにも無し。【ルート】
中央道は甲府市の中心部を避けてぐんと南に迂回しているため「甲府南」ICが近い。そこから3キロ。 県道113号甲府精進湖線「落合町」信号を南西方向に入り、看板があるところを右折した先に広い駐車場と 体育館の様な建物が現れる。
石和温泉(銭湯) 山梨県笛吹市石和町
(2024年9月2日更新)石和温泉がある石和町は町村合併で笛吹市という市になった。このあたりの目印だった「石和警察署」が「笛吹警察署」 になったりしたが、以前どおり石和町の名前は残る。その石和温泉にある「石和温泉」という名前の温泉銭湯だ。石和温泉に公衆浴場はないといわれるが、 ここと笛吹川の対岸の2か所にあり、地元の人だけが利用している。
「石和温泉」は狭い路地の奥にある。 名前もややこしいが道順もややこしい。ここへの道を 聞いた相手が大きなホテルの関係者で「うちに入っていきな。このあたり皆同じだよ」といってくれた。 タダなら考えるがそうではあるまいから、断固「石和温泉」を目指す。道順は後述する。
最初にことわっておいた方がいいだろう。他と違って「午後4時半から営業」である。八ケ岳の行き返りに立ち寄るのだが、2024年7月再訪した時は真昼間だったので当然閉まっていた。取材も何もあったものではないので、地元のネット広報誌「The Peach City」が2022年6月に経営者夫婦にインタビューした記事を拝借することにする。
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笛吹市には、『石和温泉』という名の銭湯があります。開湯は、昭和30年代の温泉採掘ブームよりも一足先。「地域で4番目にできた」という『石和温泉』は、浴場に富士山が描かれた、まさに誰もが描くような「銭湯」
定番の富士山のタイル画がある浴室 経営者は「番頭 樋泉一位(といずみ かずのり)」と名乗るご仁。父の後を継ぎ、約40年前より『石和温泉』を営む。昭和の時代にはこの銭湯に長蛇の列ができたという。
「ここがいつ始まったのか、定かではないのですよ。私の父が、友人から『築9年の銭湯を買ってくれないか?』と持ちかけられ、営業を開始したそうです。その頃は戦後まもない復興期で、村に一軒以上の映画館があった時代です。このあたりも興行的な施設が多く、その一つが『石和温泉』でした。
経営者の樋泉一位・美津子夫妻 今ではこのあたり一帯に旅館・ホテルが林立する”本家”の石和温泉の開湯は、昭和30年代。温泉が出るといううわさが地元に広まると、「うちでも掘ってみよう」と乱掘状態になりました。しかし『石和温泉』はそんな時代より少し前に、石和エリアで4番目に開業した温泉でした。
「公衆浴場ですからね。当時の利用者は地元の方がほとんどでした。でもここ2、3年でしょうか。特に週末は県外から来られる方が随分増えました。みなさんインターネットで検索してきてくださるようです」
「お湯はとてもつるつるとした感触ですよ。お客様が『ボディソープで身体を洗っても、お湯のつるつるとした感触が落ちない』とおっしゃられたことがあるくらい(笑)お肌がすべすべになりますよ」と奥様の美津子(みつこ)さんが教えてくれます。
「昔、『石和温泉』は全国紙で紹介をしていただいたことがあるんですよ」と、樋泉さん。その理由を尋ねると、銭湯にバッティングセンターを併設していたそう!さらに、そのマシーンは、それまで日本のどこにもない特注のバッティングマシーンでした。
「ただお風呂に入って帰るよりも、お風呂に入って、少し座ってもらうとか、何かをしてもらう仕組みを作れば売り上げも上がると考えました。そこで思いついたのが、バッティングマシーンでした」。もともと野球が大好きだったという樋泉さん。屋上にバッティングマシーンを3機置いた。
「このマシーンが日本でここにしかない特注品でした。普通、マシーンは上投げですよね? 僕はそれをソフトボールの投げ方にしたのです」
マシーンを製作するために制作会社を探し、大阪や京都まで何度も出張したそう。何度も試作を繰り返しやっと完成した。バッティングコーナーがあることでお客さんは急増し、いつも長い列ができていた。バッティングセンターのある公衆浴場として、新聞にも取り上げられたが、機械の老朽化と合わせて、設置から約3年でクローズ。
現在、『石和温泉』は、食堂を併設。それは、「お風呂上がりにくつろいでいってほしい」という想いから始まりました。名物はラーメン。スープ作りには10年の時を費やしました。
自慢のラーメン 「現在食堂は息子が担当してくれています。本当に美味しいものを出したくて、料理学校に通い、そして日本料理屋で修行をした息子です。メニューは季節に合わせて変えています。料理も好評いただいていると思いますよ」
張り出されたメニューを見ると『エレベーター』と書かれた札が。どんなものか尋ねて見ると……「厚揚げです。厚揚げは湯に入れると最初は沈み、次第に火が通ると浮き上がってくるんです。その様子をみて『エレベーターのようだ』と思い名付けました。薬味ネギをたっぷりかけてお召し上がりいただきます。美味しいですよ」
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ここは入口を入ったら、いきなり食堂である。食堂の椅子から立ち上がったおじさんに銭湯の代金もラーメンの代金も直接手渡す。円を払う。食堂のテーブル の横からいきなり男湯と女湯の入り口になっている。
浴室はタイル張りのきれいなもので、適温の浴槽、ぬるめの電気風呂付きジェット、そして掛け流しの源泉の 水風呂の3つに仕切られている。湯船はどれも3人も入ればいっぱいになってしまう小さなもの。洗い場は10 人分ほど。
「石和温泉」の湯は無色透明の単純泉。昭和37年に掘削され、石和でも4番目に古い独自源泉とのこと。 「泉温44℃、湧出量毎分848リットル、Ph8.2」とあるが源泉は冷たくてとても44℃はない。他の浴槽は加温の 循環式。
石和(いさわ)温泉は本来いい温泉地なのだが、熱海のような歓楽型の温泉郷を目指したのが裏目に出ていま 斜陽だ。団体客が激減しストリップ小屋や芸者が姿を消したおかげで本来の温泉地に戻りつつある。どこも同 じような泉質だからこの温泉銭湯でも十分ということになる。
【問い合わせ】
「石和温泉」 〒406-0031 山梨県笛吹市(旧:東八代郡)石和町市部1091−2
TEL 055-262-3441
営業時間:15時〜23時 (日曜日は13時〜)。=2024年7月再訪時は午後4時半からの営業、となっていた=
定休日:月曜日と第4火曜日
料 金:大人430円、中人170円、小人70円(シャンプー、ボディーソープあり)
【ルート】
JR中央線石和温泉駅から歩いて10分ほどの住宅地の中にある。石和温泉街の中を通る 旧甲州街道(20号)の小林公園の信号を北に入る。コンビニの「ローソン」のところに、クルマ1台 やっとの細い道を20メートルほど行った左側。駐車場(空き地)がある。
石笛の湯 山梨県笛吹市石和町八田490-31
(2026年3月29日更新)この場所がある石和温泉と近くを流れる笛吹川からとったネーミングだろう、「石笛の湯」(いしぶえのゆ)と読む。 ”ワンコインで源泉掛け流し”にこだわるユニークな経営で知られるサッシなどを手掛ける住吉鉄工(甲府市住吉4)が「湯めみの丘」(甲斐市下今井)と「桜湯」(昭和町西条)=いずれもこのHPの「温泉めぐり」で紹介済み=に次いで3つ目の直営温泉として2025年9月にオープンさせた。
石笛の湯 石和温泉はぶどう畑から湧き出た源泉が1961年に発見されたところから始まった比較的新しい温泉地だが、今では旅館・ホテルが30軒から50軒ほど立ち並ぶ県下最大の温泉郷である。しかし団体客相手に傾注したためバーやストリップ劇場が増えて準風俗地化したところにバブルがはじけて一気にさびれた。
例えば芸者の数だが、最盛期(昭和59年=1984年頃)には600人強を数えたが、現在では「ほぼ壊滅的に減少」し、”数名規模”にまで細った。これではならじと、温泉、という原点回帰の動きが出てきて現在ようやく持ち直しているところだ。
「石笛の湯」はその石和温泉郷のエリアの中心に位置し、「アルカリ性単純温泉の源泉かけ流し」にこだわった設計が特徴。他の2つの系列施設と同様に超高温、高温、中温(ジェット、寝湯)、気泡風呂、露天風呂の全てが源泉かけ流しになっているほか、サウナ、水風呂、休憩室を完備。消毒剤による殺菌を行わず、清掃時のみ最低限の消毒を行うなど、天然資源への配慮を徹底している。
昨年度の「湯めみの丘」「桜湯」の総入場者数は年間延べ約50万人を突破した。今回の新施設「石笛の湯」の統計はまだだが、3つで集客実績「100万人」も夢ではない。
「石笛の湯」は自家源泉で、掘削自噴(ポンプがいらない)で源泉は約60.3℃もある。湧出量も毎分148リットルもあると公式分析書で確認でき非常に贅沢な条件がそろっている。全湯船「掛け流し」ができるわけだ。源泉が高温なので下げる必要があるが、他のところのように加水するのではなく、熱交換方式で徐々に下げて各湯槽に配っている。
湯船はこんなに広く、掛け流し 浴場は男女別に、それぞれ内湯・露天風呂・サウナを備えるコンパクトながら充実のレイアウト。内湯は、超高温(45度)、高温(42度)、中温(40度)、 ジェットと寝湯と温度帯が異なる浴槽が横に並んでいて、全て「源泉かけ流し」。泉質は甲府盆地ほぼ同じの「アルカリ性単純温泉」で、「pH8.5」と他よりアルカリ度が高く「美人の湯」と呼ばれる湯だ。
洗い場のカランは横一列にズラッと並んでいて少々混み合っても洗い場の待ち行列ができる心配もなさそう。洗い場にはリンスインシャンプーとボディシャンプーの2種類が置いてあり、シャワーやカランのお湯も節水型ではなく、ひねればいつまでも出し続ける「掛け流し」だ。
ドライサウナはベンチ3段で20人ほど座れそうな広さ。32インチくらいのテレビが窓側に設置されている。露天風呂も、同時に20人くらい同時に入っても大丈夫そうなくらい広い。しかもここも「掛け流し」なのである。この”温泉銭湯”、とにかく湯が新鮮なのがありがたい。 【問い合わせ】
露天風呂もプールかと思うくらい広い
「石笛の湯」 〒406-0023 山梨県笛吹市石和町八田490ー31
TEL 055-268-3088
営業時間:10時〜23時
定休日:年中無休
料 金:大人500円、子ども300円
【ルート】
・JR中央本線 石和温泉駅南口より徒歩12分。
・温泉街を東西に走るメイン道路「さくら温泉通り」を少し南側に入ったところ。
・数十台分の無料駐車場がある。
山梨県最古の温泉としてこの項をアップしてだいぶたった2024年6月19日に再訪してこの項を更新したばかりだったが、岩下温泉は4か月後の10月末に全館閉館となった。そういえば再訪した時に受付に誰もおらず、帰り際に料金を置いていこうとしたとき奥の方から高齢の男性が出てきた覚えがある。残念だが仕方ない。当分この項はそのまま掲載することにする。
岩下温泉
いわしたおんせん山梨県山梨市上岩下1053
(2024年6月19日更新)山梨県の石和温泉の北に1300年前からという県内で最も古い霊湯がある。胃腸病、皮膚病、神経痛に効くそうで遠くからやってくる人が多い。 ただ、源泉は28℃の”水風呂”で、風呂場にはこれと39℃ほどに加温した浴槽がある。泉源が建物内にあるので、どちらも加水はなく、源泉掛け流し。
こちらはホテル館、温泉入浴の旧館はその先 狭い道を行くと窓から「岩下温泉」の看板がかかった旅館がある。こちらに入りかけるが、ここはホテル形式の新館で日帰り客はだめ。入れるのはもっと奥の旧館の方で「立ち寄りの湯」の看板がかかっている方。明治時代の古色蒼然とした建物のなかに温泉がある。この旧館は国の登録有形文化財に指定されている。
岩下温泉旧館 岩下温泉のはじまりは、旧館から。 もともと地域の人たちの共同浴場として病を治す温泉として親しまれてきた。 明治8年、先代の宮本近吉が温泉の権利を譲り受け、温泉旅館としたもの。湯治の湯なので今でも岩下温泉には湯権現様が祀られ、走湯神社とともに地域の人たちに守られている。
旧館に入って左手の廊下を進むと男女別の浴室があり、加熱された温泉が注がれる浴槽と冷たい源泉が注がれる浴槽があるが、ともに3人も入れば満員。廊下の奥に半地下になった混浴の源泉浴槽がある。こちらはもう少し広い。源泉の温度は28.2℃。体温より低い微温泉でしばらくは寒いが、しばらく浸かっているとちょうど良く感じる、やわらかいお湯だ。
奥が加温した湯船。手前が28℃の源泉 【問い合わせ】(2024年6月19日更新)【ルート】
「岩下温泉旅館」(ホームページがある) 〒405-0034 山梨県山梨市上岩下1053
TEL:0553-22-2050 / FAX : 0553-22-2067 ・月曜休館 ※月曜が祝日の場合は、火曜が休館日 ・営業時間 5月〜11月 平日15:00〜20:00/土・日・祝日9:30〜20:00 6月〜10月 全日9:30〜20:00 ・ご入浴料金/大人500円、小人400円
・JR中央線春日居町駅から歩いて15分ほど。
・クルマなら甲府市街北部の、雁坂道または青梅街道と呼ばれている国道140号線から山側に入る。何しろ道が狭くクルマ一台やっと通れる幅しかない。両側は田んぼだ。
・駐車場はホテル側の坂の上に数台分がある。
ほったらかし温泉 山梨県山梨市矢坪大沢三1669-23 ネットによくある「温泉放浪記」で近ごろ評判のところで、名前もそういうところで知った。 2002年5月中旬出かけた。湯がぬるいのが気になったが、家内ともども◎をつけた。料金は500円。
理由は2つある。温泉だからまず湯がよくなければならない。お湯は深度1300メートルまでボーリングして、 花崗岩の割れ目から湧出するアルカリ泉で無色透明無味無臭。源泉は32℃のぬるめで、さらりとした湯。 これを加温して循環させながら流している(湯は毎日新しくする)。出かけたのはすこし寒い日で、一刻も早く湯船につかりたい気持だったが上がってからも、 湯冷めすることはなかった。
もう一つ、最大の理由がその展望のよさ。甲府盆地をしっかり這い上がった山の上にある。中央道からも見えて、いままでなんだろうと 思っていたのだが、この一帯はフルーツ公園になっていて、一番上のフジヤホテルが盆地のいたるところから見えるのだが、この温泉はさらに 上の高度700メートルにある。よくまあコンなてっぺんに温泉を掘ったものだと思うくらいだから、眺望がすばらしい。眼下の甲府盆地をはさんで湯船の正面に富士山が見える。
夜も営業していて、一宮・御坂方面の夜景が風呂の下に展開する。函館などが百万ドルならまあ50万ドルくらいか。 内湯があるが、ここは全部露天風呂といっていい作りで、どこからでも展望がきく。 上段が木造風呂。2つに仕切られていて、熱めの「あつ湯」(といってもそれほどではない)と「ぬる湯」。その下が岩風呂で、打たせ湯が1本ある。 山の上を裸であちらこちら動き回る感じで、野性的でもある。天気がよければ太陽の下での日光浴ができる温泉だ。
2003年末、増築して「あっちの湯」と「こっちの湯」に分かれた。二つ並んでいるのだが、古くからあるほうが「こっちの湯」。展望は新しい「あっちの湯」の方がいいようだ。 500円でどちらか片方にしか入れない。
【問い合わせ】
「ほったらかし温泉」 〒405-0036 山梨県山梨市矢坪大沢三1669-23
TEL 0553-23-2001
風呂は男女別に露天風呂各3、男女別に内風呂が各1 ある。営業時間 は午前11:00〜午後10:00 年中無休 。 券売機でチケットを買い、受付のおじさんに渡し、靴を脱ぐともう風呂に直結している。【ルート】
・先に紹介した岩下温泉から4キロほど北東にある。140号をそのまま走り、フルーツ公園入り口の信号を山のほうに上がって行く。
・中央自動車道勝沼ICからだと、国道411号線を北へ行き、山梨市駅を通り過ぎ、国道140号線を横切って、フルーツ公園に向かう。 フルーツ公園の駐車場への道を通り抜けさらに山を上る。ホテルの先の細い道を上がって突き当り。勝沼ICより約15km。
専用駐車場があり、数十台停められる。無料。
宏池荘
こうちそう山梨県塩山市上於曽1959 塩山温泉はJR塩山駅近くにあり、数軒の旅館がある。古い沿革があるようだが、すぐ近くに”大手の”石和温泉があるせいか、 目立たない。その中の一軒が宏池荘(こうちそう)だが、紹介する温泉はさらにその裏手にあり、知る人でないとまず分かるまい。
写真のように、とても温泉には 見えない。事実、近在の人には公衆浴場として使われている。日帰り入浴の受付は旅館の裏手にあたり、宿の人が片手間に 応対しているから時に人がいなかったりする。写真の白い ズボンの女性が出てくるところが入り口で、ここで旅館の人に300円手渡して入った右手が風呂。風呂場の前に長椅子が あるだけで休憩室などはない。
浴室はタイル張りの清潔なもの。窓の外には小さいながらも庭がしつらえてある。ここの源泉は無色透明で30度ほどしかない。 小さな湯船には源泉が、大きな湯船には加熱した湯が循環している。アルカリ泉 で古くから 胃腸病、皮膚病、神経痛、 リューマチ に効く温泉として親しまれてきたそうで、早朝6時から午後8時まで営業している。なぜだか分からないが早朝は400円と100円高くなる。
【問い合わせ】
「宏池荘」 〒404-0042 山梨県塩山市上於曽1959 TEL 0553-33-2033
【ルート】
・中央自動車道勝沼ICからだと15分 ほど。勝沼・甲府方面から柳沢峠に抜ける道(411号=青梅街道)を少し入ったところ にあたる。専用駐車場に数台停められる。
・JR中央本線塩山駅から歩いても15分。
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