2021年7月  課題カーテン
  几帳、御簾、そして猫   

 春三月花の盛りの頃、源氏の住む壮大な邸宅、六条院で若い上達部達による蹴鞠が催された。源氏は太政大臣の地位を譲り、政務から離れたが准太上天皇の地位を贈られ、生涯の絶頂にある。

 六条院は南面を除いて源氏の館の東西と北にもそれぞれ渡殿で繋がれた館があり、最愛の伴侶紫の上、明石の君、花散里、そして新しく正妻として迎えた三宮が住んでいる。これらの建物はいずれも寝殿造といわれるもの。壁がなく、外から順に蔀、御簾、几帳で外部と遮断されている。蔀は格子戸の一種で、昼間は上に釣り上げる。御簾はすだれ。几帳はT字型の木組に布を垂らした今で言うカーテン。必要な場所に移動できる。几帳の奥に住まう、高貴な女性が、契りを交わした男以外に自分の姿をみられることは、あってはならないこととされる。


 帝位を退き朱雀院となった源氏の兄には溺愛する皇女三宮がいた。自分の亡き後、三宮を後見する立派な婿を探していた。源氏の息子夕霧など、何人かの人物が候補に挙がった。太政大臣は息子の柏木を売り込む。しかし、結局、地位、財力からして、源氏に三宮を託することにした。源氏も兄の願いを聞き入れて三宮を迎え入れた。皇女であるから、源氏が関係した女性の中ではもっとも位が高く、三宮が源氏の正妻となる。このとき源氏は四〇才であった。

 蹴鞠の輪から離れて、夕霧は桜の小枝を折り、寝殿の階段の中程に腰を下ろしている。桜が雪のように散る。そこへ親友の柏木もやってくる。二人の向かいには三宮の住居がある。御簾の下からは女房達の衣装の裾が覗いている。

 突然、子猫が飛び出してくる。もう一匹の猫に追われたのだ。子猫はまだ人慣れしないせいか、紐が付けてある。その紐が御簾に絡み、御簾の端が持ち上がり中が見える。片寄せてあった几帳の隙間に女性が立っているのを夕霧も柏木も目にする。可憐な姿はお付きの女房ではなく三宮だと二人は直感する。夕霧はまずいことになったと思ったが、自ら御簾を直しに行くのははしたない。咳払いをして三宮に知らせ、三宮は奥へと消える。

 父太政大臣の売り込みもあったが、柏木自身も三宮との結婚を強く望んでいた。垣間見た三宮の姿に、柏木の恋心は一段と燃え上がる。そして、三宮の侍女の手引きで寝所に侵入する。しかし、柏木から三宮への手紙が源氏の目にとまり、この密通は源氏の知るところとなる。ある宴席で源氏は柏木に無理に酒を勧め、たっぷりと皮肉を浴びせる。そのショックがもとで柏木は病に伏す。

 三宮は男児を出産する。源氏にはこれは自分の子ではなく柏木の子であるとわかる。柏木の病は重くなるばかりで、やがて亡くなる。次いで、紫の上も亡くなり、最後に源氏自身も物語から消える。物語の後半「宇治十帖」と呼ばれる部分は、三宮の生んだ薫が主人公となる。

 源氏の晩年を襲った妻の密通という事件は、実は若き源氏と藤壺との密通の裏返しである。藤壺は源氏の父桐壺帝の中宮であり、藤壺が生んだ男児は朱雀帝の後を継いで帝位につく。時の帝、冷泉帝であるが、実は源氏の子である。

 晩年の源氏に、妻の不貞という苦悩を持ってきて、源氏の生涯を描くことで物語はぐっと深みを増す。しかも、そのきっかけとして一匹の猫を持ってくる。

『源氏物語』は読めば読むほど面白い。

参考:源氏物語を読む
    源氏物語(五)
    源氏物語(六)
    朧月夜
    猫の古典文学誌

2021-07-14up


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