グレースを偲ぶ

グレースが死んだ。よりによって「グー」が。朝方、元気すぎるほど跳ね回っていた「グッちゃん」が昼に は骸(むくろ)になっていたなんて信じられようか。

こんなにたくさんのエピソードと、思い出を残して逝ってしまった。それぞれの1シーンがみんな涙の種 だ。他の犬に吠える、家族の下着や靴下をダメにする、いきなり飛びつく・・・困ったクセは最後まで直らなかったが、そんなことは どうでもいいから、戻ってきてほしい。道の真ん中で引き綱をくわえて踏ん張り、みんなが見ているとなおのこと放さなかった、困った やつだったが、そんなことどうでもいいから、帰ってきてほしい。今だって、夜明けごろ、いつものようにドア口を見てしまう。 ちょこんと座って、散歩のときを待っているような気がする。

2001年3月31日。どうしてお花見などに行ったのだろう。どこにいてもこの結果になったと、人はいうが、行かなかったらグレースは死なずにすんだのだろうか。そんなことばかり 考えてしまう。早朝だったが、出発前の散歩では、いつものように引き綱くわえて困らせてくれた。お仕置きをしてやろうかとさえ考えたほど元気だった。

サクラの開花は例年より1週間以上早かった。山梨・身延山のしだれ桜はこの週末満開だという。あわてて出かけることにしたのだ。ママと犬2頭で出発したが、 いつもの中央道ではなく、東名で静岡・清水に行き、ここから北上することにした。途中から降り出した雨は雪になった。ラジオでは東京も雪だという。 桜が満開になったあと雪が降るのは、25年ぶりだと知った。身延山・久遠寺では、満開のしだれ桜に雪が積もるという珍しい写真を撮った。

山門まで降りてきたら、グレースが突然吐いた。初めクルマに酔ったと思ったが、やがてキャンと泣き声をあげたので容易ならざることと知った。土地の人に獣医を聞いたが、 30キロ先の増穂町まで行かないとないという。もどかしい思いの数十分、やっとさがしあてた動物病院に着いた。若い獣医はレントゲンをとって、胃の捻転だという。この影がガスでふくれた場所です、 と指で示すが、私たちにはわからなかった。動脈を巻き込んでいることがあるので手術しなければ命にかかわるという。念のためティアラが世話になった川崎市の獣医にも電話をいれて相談した。動かさない 方がいいとのこと。東京まで帰る時間はないことはわかった。

手術の承諾書を書いた。少し前にも同じ症状の手術をしたばかりで、1週間ほど入院して次の週末に迎えに来てもらえばいいでしょうというニュアンスだった。手術が始まった。 昼どきだったので二人で食事にでかけた。はじめての町で、自分たちが地図上のどのへんにいるのかも知らなかった。

来週引取りに来るまで寂しがるだろうなと思いながら戻ってきた。いきなり「亡くなりました」といわれた。手術が終わって、縫合中に突然血圧が下がって・・・と説明されたが、聞こえなかった。 茫然自失を通り越していた。まだ温かい「グッちゃん」を撫でても涙も出なかった。どうして八ヶ岳の山小舎に入ったのかもわからなかった。八ヶ岳でのびのび暮らした子だから、 そこに連れかえると判断したのだろうが、夫婦二人でただ呆けたように時間を過ごした。夜が長かった。ママは翌朝になってはじめて声をあげて泣いた。

まわりの景色のいたるところにグレースがいた。雪の吹き溜まりに首を突っ込んでいるところ。大きな丸太をくわえて走っている姿。水かきが下手で、手足を上下にバタバタさせて、まるでおぼれているかのように泳ぐ ので、みんな大笑いしている夏の日のせせらぎの小径。松ぼっくりの解体に奮闘する秋の日溜り。山鳩を追いかける無駄な努力。冬の林の中を、走馬灯のようにグレースの一年八か月が駆け巡る。

グレースが来たときからの一部始終を紹介したこのホームページで「天真爛漫」と書いたが、その通りの一生だった。いたずらで困らしたが、ほんとはみんなそれを喜んでいたんだ。グレースの元気と溌剌さをもらっていたんだから。 出会いは別れの始めというが、つらいものだ。酷なものだ。これがいやだから生き物を飼わないという人がいる。その通りだ。相手がひたすら人間を信じてついてきた生き物だけに、裏切ったような思いがまつわりついて離れない。

一週間後山小舎に行った。門柱の高さだった今年の大雪もかなり溶けていた。落木にまじって、グレースが運んで、雪の中に忘れてきた丸太やボールや布切れが雪面に浮き出ていた。こみ上げる思い出でかすんで見えなくなった。

私の革靴の片方の飾りリボンは欠けている。「グッちゃん」がかじり取ったあとだ。このちぐはぐな靴とあいつが穴をあけた靴下を履いて会社に行こう。グレースがそばにいるような気がするから。

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