2012年4月    課題:原発

脱原発へ

 池田隆さんは高校時代からの私の親友だ。6歳の時長崎で被爆した。大学卒業後は発電用蒸気タービンの設計を生涯の仕事とした技術者で、その分野では日本のトップ。当然原発と深く関わってきた。1982年頃、彼が関わった福島第1原発3号機のタービンに数十ミリの亀裂が見つかった。高速で回る巨大なタービンの遠心力で亀裂が広がると最後はタービンが破壊され、隣接の原子炉に甚大な被害を及ぼしかねない。池田さんは、亀裂部分を取り換える応急処置を施しながら、同種のタービンをすべて新らしい設計に基づくものに取り換えていった。その体験から、人間の予知能力、管理能力を超えた巨大なシステムである原発から人類は撤退して行くべきではないかという思いに至った。

 昨年1月、原子力委員会のパブリックコメント募集には「被爆体験をきっかけに人生をかけて原子力技術に取組んできた技術者の経験的直感として、人間が核エネルギーを間違いもなく完全に制御し、防御できるとは如何しても考えられない」と送った。
 2ヶ月後、福島第一原発で彼の心配は現実となった。

 原発に関する彼の考え方の詳細を知ったのは3年ほど前だ。専門家の見解だから極めて説得力があり、なにより人間は自然のすべてを知り、あらゆる場合を想定することなどできないという、人間に対する謙虚な見方に共感を覚え、私はそのまま彼の考えを受け入れた。

 脱原発への道には色々な困難が待ち受ける。コスト、供給量そして二酸化炭素の排出。

 原発はウラン燃料を一旦入れてしまえば、長時間使える。確かに燃料費は格段に安い。しかし、今後安全基準の厳格化に対応した設備投資や使用済み核燃料の処理経費などを考えると、アップは避けられない。石油、石炭、天然ガスなどの化石燃料使用の発電でも十分対抗できるだろう。

 日本での原子力による発電量は、全発電量の30%を超えていた。しかし、驚いたことに、54基の原発のうち今稼働中のものは1基に過ぎないのに、私達の日常生活は特に不便もない。生産現場ではある程度の影響が出ているようだが、そのために生産が大幅に落ち込んだという話は聞いていない。既存火力発電所の能力アップと各方面での節電の賜だろう。今年の夏の電力最需要期を乗り切ることができれば、原発はなくても電力はまかなえるという実証になる。そのためには一段の節電が求められる。関西電力大飯原発の再稼働に反対している大阪の橋下市長も、反対するからには、市民に対し、夏の冷房温度は30度にしようといった、具体的な節電呼びかけを行うべきだろう。

 二酸化炭素排出の問題も難問だ。太陽光、地熱、風力、バイオマスが化石燃料にとって換わるのは21世紀の後半であるとされている。今までは原発があったから、これら技術の開発が先送りされてきた。原発を廃止すると決め、それにつぎ込んだ膨大な開発資金や人をこうした未来技術に向ければ、もっと早い時期に実現できるだろう。また、省エネ技術と資源再利用技術の進展は二酸化炭素削減に大きく貢献する。こうした技術の将来に対して私は楽観的だ。

 私が一日のほとんどを過ごす書斎と寝室にエアコンはない。昨年、屋根に太陽熱利用の温水パネルを設置し、最近、家の電灯の一部をLED電球に替えた。これらの初期投資は高いが、脱原発への私のささやかな貢献のつもりである。

参考:池田隆さんのことが被爆者の原子力技術者として朝日新聞長崎版に紹介されました。是非ご覧下さい。
   また、池田隆さんの著書「ピースボート地球一周の航海記」もご覧下さい。
   エネルギー問題を考える上では小宮山弘著「地球持続の技術」も参考になります。

   
2012-04-21 up


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