2020年11月  課題:口紅

紅ー奥の細道と源氏物語より
                             

 松尾芭蕉が奥の細道で平泉を経て出羽の尾花沢に着いたのは7月上旬。一面に紅花が咲いていたであろう。紅花から採れる紅は、古くから染色や、化粧に用いられていた。尾花沢は紅花の一大産地であった。

 眉掃を俤にして紅粉(べに)の花

 眉掃は白粉をつけたあとで、眉を払うもの。先の方に花を付ける紅花は形がそれと似ており、紅花を見ると眉掃が目の前に浮かんでくるという句で、奥の細道に載っている。芭蕉はここでもう一句紅花を詠んでいる。

 行末は誰が肌ふれん紅の花

 奥の細道には取り入れられないが、色っぽい句だ。眉掃からさらにイメージが進んだのだろう。山本健吉は、この句は眉掃の句と連句の俤付けの関係にあると指摘し、源氏物語などの情景を匂わせているのではないかという(山本健吉『奥の細道』)。

 紅花は先端にある花を摘むので、末摘花とも呼ばれる。末摘花は光源氏が関係した多くの女性の一人で、長く垂れたその鼻の先端が赤いという容貌を持つ。芭蕉のこの句の背景には末摘花もあったかもしれない。

 源氏物語の女性たちは口紅を使ったのだろうか。

 一昨年から源氏物語を原文で読むことに挑戦している。読むにあたってたまたま見つけた池田亀鑑著『平安朝の生活と文学』が大変参考になった。平安貴族の衣食住から、京や内裏の平面図、当時の結婚生活、宮廷の行事まで、懇切に解説されている。本書によれば、平安時代にはすでに顔に塗るものと唇に塗る紅とが使われていたという。

 池田亀鑑は源氏物語の常夏の巻に紅の記述を指摘する。

「紅といふもの、いとあからかにかいつけて、髪けづりつくろひ給へる」。

内大臣(源氏の生涯にわたる友人でよきライバル)の落胤だと名乗り出た女が、女御との対面に向かう際の記述だ。女にとっては晴舞台、精一杯のおめかしをしたのだろう。田舎育の女を教育するため、内大臣が自分の娘の弘徽殿の女御のもとに出仕させたのだ。

この紅は頬にさした紅だろうという。

 池田亀鑑によれば、口紅の使用の記述は源氏物語にはないようだ。

 平安期に作られた源氏物語絵巻を見れば口紅の使用がわかるのではないかと思った。

 想いを寄せる落葉の宮のところから来た手紙を読んでいる夕霧(源氏の息子)と、それを後からぞき見する妻の雲居雁の場面の絵がある。両者とも顔が正面から描かれていて唇が鮮やかな紅色である。口紅だとすれば、男も付けていたことになる。しかし、唇は鮮やかな紅で表すというのが当時の絵画技法であれば、口紅だとは断定できない。

 ネットで光源氏の化粧を検索して見た。4カ所、源氏の化粧が述べられているという。そのいずれの場面もこれから女のもとに出かけるための化粧。しかし、化粧の具体的な記述はない。

 結局口紅使用の確固たる証拠は見つけられなかったが、光源氏の化粧には唇を紅で染めることも含まれていたと考えた方が面白い。


2020-11-18 up


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