2020年10月  課題:消毒

消毒する側からされる側に

                             
 消毒とは一般に薬剤による殺菌の意味で使われる。しかし、広辞苑で見ると「病原菌を殺し感染を防止すること。焼却・煮沸・日光・蒸気・薬物などによる」とあり、薬剤以外での殺菌・滅菌も消毒の中に含まれる。

 大学時代の学生実験に微生物実験があった。扱うのは病原菌ではなく、酵母や麹菌など有用な微生物。これらの微生物に他の雑菌が汚染しないようにすることが実験のポイントとなる。そのために用いる器具はまず消毒した。フラスコ、試験管、シャーレ、ピペットなどの殺菌には高熱を利用した。フラスコや試験管は口に綿を詰め、シャーレやピペットは新聞紙に包み170~180度で1時間乾熱器で加熱。綿の栓は微生物も呼吸をするので、密閉にしないためだ。高圧釜で2気圧の蒸気で消毒すれば、温度も121度と低く、時間も短いので特に成分の分解を避けたい培養培地の殺菌に用いた。

 微生物の扱いは無菌ボックスで行う。一辺が50センチほどの箱で、前面が上に開けるガラス窓になっている。ボックス内に消毒液を噴霧して、滅菌状態にしてから、前の窓を少し持ち上げ、そこから手を入れて、培地に微生物を植えたりといった操作を行う。手は界面活性剤の一種、逆性石けんで洗っておく。

 こうして微生物を扱う基本操作を学んだが、雑菌が混入して実験が失敗したという記憶はない。

 サラリーマン生活の大半は研究所で過ごしたが、化学分野の研究だったから、微生物を扱うことはなかった。私が行った第二の消毒は土壌消毒だった。

 長年、200平方メートルほどの菜園をやっていた。土壌中の細菌や害虫を殺すために行った消毒手段は三つ。一つは消石灰の散布。播種や植え付けの1週間ほど前に消石灰を撒いてよく土にすき込む。消石灰のアルカリ性が殺菌殺虫作用を示し、土壌の酸性を中和し、石灰自身がよい肥料となる。

 二つ目はバーナーで土壌表面を焼くこと。これは主に雑草を退治するために行ったが、土の表面の害虫や病原菌にも効果がある。

 そして三つ目は特に冬場の天地返し。表面の土と下の土を入れ替えるのだ。下の土には雑草の種や、害虫の卵、病原菌が上の土より少ない。その上冬の寒気はこうしたものを減らす効果がある。もっとも、この天地返しは重労働だからたまにしか行わなかった。

 2年前に直腸にがんが見つかった。今度は私が消毒を受ける側になった。診察のたびに血液検査がある。採血に際しては、必ず注射針を刺す部分をアルコール綿で拭く。拭く前に「アルコールは大丈夫ですか」と聞かれるが、この言葉を何回耳にしたことだろう。放射線と抗がん剤治療の後、昨年夏に摘出手術を受けた。手術に際しては、私の身体も入念に消毒されたと思うが、麻酔下にあったのでどのようにされたのかはわからない。

 今年になり、新型コロナウイルス対策として、マスク着用とともに手の消毒が勧められている。病院、地区センター、レストラン、スーパー。至る処の入り口に消毒液が置いてある。これらの施設に入るときも出るときも、私は手を消毒している。

 しかし、この行為には消毒しているというより、消毒されているという感じがつきまとう。

 2020-10-27 up


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