２０１０年４月　課題：猫 子猫 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　内田百�閧ﾉ『ノラや』という作品がある。自身の体験記だ。読んでみて仰天した。失踪した猫が今日は帰ったか、明日は帰るかと毎日待ちわび、１日仕事に手がつかない。それだけならいいが、帰ってこぬと知ると、いい歳をした百�關謳ｶが毎日｢ノラや」とおろおろ涙を流して泣く。警察に捜索願いを出し、新聞に広告を載せ、近くにある米軍のハイツ向けに英文のチラシまで作成する。少しでもそれらしい猫を見つけたという知らせがあると奥さんや門弟が飛んで行き、死んだ猫だと聞けば埋葬された猫まで掘り出して確認するという執念だ。にもかかわらずノラは帰ってこなかった。 　ノラは隣家の庭先で生まれた野良猫。生まれてすぐに百�關謳ｶの所にやってきて、育てられる。百�關謳ｶも子供の頃からネコは身近にいたが、特段好きであったわけではない。ノラに限ってのこの思い入れは、恐らく子猫からノラを育て、作家として在宅の身で、その成長を毎日見ていたからであろう。 　今の飼い猫ランがやってきたのは、私の定年退職後。私の掌のなかでほ乳瓶からミルクを飲み、やがてキラキラと目を輝かせボールを追いかけ、紐にじゃれつき、タンスや食器戸棚の後ろの隙間に潜り込み、足下に絡みつき、膝の上に上がってきて眠る。そして１日１日と大きくなっていく。１日相手をし、見ていて飽きない。ランの成長をそばで見守った経験から、子猫が１匹そばにいれば人生他には何もいらないと思うほどだ。百�關謳ｶの思い入れに共感できる。 　百�關謳ｶの不運はノラが雄猫だったこと。我が家でも雄の子猫を２回飼ったことがあるが、２匹とも生後１年で行方不明になり、帰ってこなかった。雌と違ってその気になればたくさんの子孫を残すことができる雄は、交尾相手を広く求めて、遠くまで行くのだろう。そして、何かの事故に遭い、帰ってこられなくなる。ノラも１年半で失踪する。 　幸いランは雌。家人が路上で車にひかれそうになっていたのを拾ってきたのは、やっと目が見えるようになったくらいの頃だった。少し成長すると、盛んに外に出たがった。仕方なしに少しずつ外に出してやった。最初の発情期を迎えた直後に避妊手術をしたので、妊娠の心配はなかったが、ガラス戸を開けて庭に出してやるたびにちゃんと帰ってくるかどうか心配だった。数時間も姿が見えないと、車にはねられたのではないか、誰かに捕まったのではないか、喧嘩をして怪我をしたのではないかと、百�關謳ｶなみに不安な気持ちで一杯になった。しかし、ランは必ず帰ってきた。そして、すっかり家族の一員となって今年の７月で満６才を迎える。子猫の頃のようにじゃれついたり、走り回ったりはしなくなり、１日２０時間近く寝ている。 　講師の下重暁子さんは猫という今月の課題を出すに当たって「子猫というのは春の季語です」と言った。猫の出産は今でも春が圧倒的に多いのだろう。しかし、ランは夏生まれだ。栄養状態がよくなって、猫の発情回数も以前よりも増えたのかもしれない。ランの生長を見守った限り、子猫の躍動する生命は夏生まれであろうと、まさに春そのものといえる。 　　　　　　　　　　2010-04-23 up

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