2010年2月  課題 : 指

私だけの魔球

「ヒエー」と、キャッチボールの相手から悲鳴が聞こえてきた。私の投げた軟式野球のボールが手元で大きく落ちたのだ。事前に今度は落ちる球を投げると伝えてあったので相手はどうにかキャッチすることはできたが、あまりの落差に悲鳴をあげたのだ。就職した年、実習先の工場の屋上での昼休みのことだった。親指と、人差し指と中指をそろえた間にボールを挟む普通の握り方で、投げるときに、親指と人差し指・中指をほぼ垂直に立て、指の間から抜くようにボールをリリースする自己流フォークボールだ。

 フォークボールが現れたのは昭和20年代の後半。中日ドラゴンズの杉下茂投手が用いたのが最初だ。ドロップが曲がりながら落ちてくるのに、フォークは真っ直ぐに落ちるのが特徴だった。杉下の全盛時代は私の中学から高校生の頃だ。当時の私はもう野球はほとんどやらなかった。それでも、フォークを自分も投げてみたいと思ったのは、ボールの回転によって球筋が変わるという現象に対する子供の頃からの好奇心と興味がまだ残っていたからだ。

 フォークの投げ方を聞いて驚いた。人差し指と中指の間にボールを挟むようにして投げるというのだ。私の短い指では、人差し指と中指の間にボールを挟むことなどできなかった。それで、親指と、人差し指と中指をそろえた間にボールを挟んで抜くように投げ下ろしたらいいのではないかと思いついた。リリースの瞬間に親指と人差し指・中指の両方でボールを切るようにし、進行方向への回転(トップスピン)をかける。やってみたら予想通りに大きく落ちた。かくして完成した自己流フォークであったが、たまにやる草野球で、私が投手を務めるなどということはなかったので、実戦で試したことはなく、秘めた魔球となった。

 フォークボールの後も、シンカー、チェンジアップ、パームボール、カットボールなどという新しい変化球が登場している。私のような投げ方をするプロの投手は現れないかと待っていたが、誰も現れなかった。

 スライダーはカーブと似た球種だが、カーブのように落ちながら曲がるのではなく、打者の手元で鋭く横滑り(スライド)するのが特徴だ。ところが、10年ほど前から、落ちるスライダーという言い方をよく耳にする。テレビで見ていると、確かに打者の手元で鋭く落ちる。スライダーは普通に握り、投げるとき中指でボールの腹を切るようにこすり回転を与える。多分、横滑りのスライダーも落ちるスライダーも指の使い方は同じで、与える回転の向きが違うだけだから、同じ呼び名になったのだろうと思っていた。改めてウエブの変化球の解説サイトを調べたら、その通りであった。驚いたことに、サイトに載っていた落ちるスライダーの投げ方の写真は、私の魔球の投げ方にきわめて近いものであった。本来フォークは球にスピンを与えないのが基本であるから、トップスピンをかける私の投げ方は、その点でも落ちるスライダーに近い。

 ひょっとすると、私は落ちるスライダーをプロの投手の30年も前に考えついていたのかもしれない、と一人悦に入った。


参考
 変化球の投げ方のサイト:http://henkakyuu.web.fc2.com/
             http://www.junkballspirits.com/junkball/15nagekata/

 参考書:『変化球の大研究』、姫野龍太郎、岩波アクティブ新書

蛇足
 スライダーを日本で最初に投げたのは巨人の藤本英雄投手。藤本は日本初の完全試合も達成した。まだテレビがあまり普及していなかったので、藤本のピッチングに関する記憶はない。スライダーで印象に残っているのは、西鉄ライオンズの稲尾だ。オールスター戦で野村とバッテリーを組み、バッタバッタと三振を取った。決め球が大きく横滑りするスライダーだった。

           2010-02-17 up

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