2013年1月    課題:七草

大根礼賛


                                           
 いつものように菜園の収穫物を満載した自転車を漕いで、十日市場駅前を家に向かっている時だった。年配の婦人に呼び止められた。大根の葉を欲しいという。荷台にある葉つき大根を目にしたのだ。病気の子供に食べさせたいが、近くのスーパーでは売っていなかったと言いつつ財布を取り出した。押しとどめて、丸ごと大根を1本あげた。今どき大根の葉で病気を治すとは信じられない話だったが、どんな病気で、どのように食べるのかは聞かなかった。

 大根が病気を治すという話では、50年以上も前に大学で生理学の教授から聞いた忘れがたい講義がある。肺壊疽を大根で治した患者の話だった。大根には細胞の透過性昂進を抑えるビタミンPが含まれ、それが炎症や細胞壊死に効果があるという。その患者は大根畑1枚を食べ尽くして肺壊疽を治したという。

 大根の効用は昔から信じられていたようだ。『徒然草』の第68段は極めて面白い。筑紫地方の治安維持の責任者である男は、万病に効くというので、長年、毎朝大根を2本焼いて食べていた。ある時、家人のいないのを狙って賊徒が襲ってきて館を囲んだ。すると、館内に見知らぬ武士が2人現れ、命を惜しまず戦い、賊を撃退してしまった。男は日頃見慣れぬ方々だがどなたか、と聞いた。すると2人は、毎朝食べていただいている大根だと答えた。兼好はこの段を「深く信を致しぬれば、か々る徳もありけるにこそ」と結ぶ。

 私の家では正月の七草粥などという行事はない。七草に何が含まれるのかも正確には知らなかった。今回のテーマで、すずしろとして大根が七草の一つであるのを確認した。ただし、大根の葉の方が主に用いられるようだ。七草粥には厄除けの他に薬効も期待されているとのこと。

 大根の効用はどこから来るのだろうか。大学の講義の話を思い出し、肺壊疽、大根、透過性、ビタミンPなどのキーワードをネットで追った。ビタミンPと言われていたものは、ヘスペリジンというポリフェノールの一種で、今はビタミンではないとされる。ヘスペリジンには毛細血管を強化し血流をよくする作用があり、血管の透過性を抑える作用もあるとされる。大根にも含まれているから、かつて講義で聴いた話も納得がいった。この物質は柑橘類の果皮に多く含まれ、そこから取り出され健康食品として広く市販されている。

 大根の葉には根よりもビタミン類の含量が多く、栄養価も高い。青汁の原料としても使われる。ケールを主とし、それに青野菜を混ぜた青汁で肺壊疽が治ってきたという記事もネットにはあった。駅前で大根をあげたあの婦人は多分青汁にしたのだろう。

 大根は体にいいことは間違いない。兼好法師の言うように深く信じて食べれば、万病に効くかも知れない。その上美味しいし、食べ過ぎの害もない。私も大好きだ。今年も太く逞しい大根が菜園でたくさん出来た。

 正月用のなます作りと、じっくりと炊き上げるぶり大根は私の担当。腕の見せ所だ。

 飴色に大根炊き上げ手酌酒       肇

    2013-01-16 up


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