2013年2月 課題:蛇 蛇と注連縄と案山子と 新藁の匂ふ大蛇となりにけり 1月20日、NHKホールで行われた平成24年度のNHK俳句全国大会で、課題句「新」の部で大賞を得た句である。作者は茨城の草間亨さん、75才。一読、私には意味がつかめなかった。作者の解説で、五穀豊穣を祈って、蛇に見立てた大きな注連縄を皆で綯いあげたときの光景であると知った。 神聖な注連縄を蛇に見立てる。意外であった。それで、ネットで調べているうちに吉野裕子著『蛇』に行き着いた。副題は「日本の蛇信仰」。 衝撃の本だった。最初の方にハブの交尾写真があった。それはまさに注連縄であった。ハブは縄状に絡み合ったまま20時間以上にわたって交尾を続けるという。吉野氏は注連縄は蛇の交尾の造形であると推測する。 氏によれば古代日本人は蛇を神として信仰してきた。縄文土器には蛇をいただいた女神像がある。 蛇信仰は何に由来するか。一つは形状が男根のシンボルであり、性への憧れ、生殖への願いが込められた。さらに、蛇の持つ強靱な生命力。そして、数回の脱皮を繰り返す蛇に自身の生長と新生を重ね合わせた。 磔刑の如くに見ゆる案山子かな 同じNHK俳句全国大会自由詠の部で入選した私の句である。驚いたことに、案山子も蛇だと吉野氏は説く。頭の蓑笠は蛇の頭部であり、一本足は蛇の胴体。言われてみるとそうだ。古代人は田を守る神として蛇に模した造形を崇めた。そして「案山子」という名前は蛇の古代語「カカ」から来た。 「カカ」からはさらに驚愕の推論が展開される。「鏡」は「カガメ」、つまり「蛇の目」が転化したもの。古代人は、神鏡を丸く光る蛇の目に重ね、神聖なものとして崇めた。古代の神鏡は、実用よりも呪物であり、権威の象徴として豪族たちは大陸からもたらされる鏡を競って求めた。 皇室の三種の神器のうち、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)は八岐大蛇(やまたのおろち)の尾から出てきたもので、蛇の精そのものである。八咫鏡(やたのかがみ)もまた、このように蛇の目の象徴である。 日本神話によれば、イザナミ神の死の穢れに触れたイザナギ神が、身につけていたものを次々に脱ぎ捨て、禊ぎのために水に浸かる。そして左目を洗うと天照大神が生まれる。吉野氏は、ここには蛇の脱皮が表徴されており、目は蛇の目であり、またイザナギの「ナギ」は蛇の古語であるとし、天照大神と蛇との密接な関連を指摘する。蛇は日本の祖霊であったという。 豊橋の母の実家には、敷地内に小さな池があった。時々ヤマカガシが首をもたげて泳いでいた。疎開していた子供の頃、遊び仲間とヤマカガシを捕まえた。悪童の一人が尻尾を持って、頭を地面に叩きつけた。地面に横たわる蛇の胴体の一部が膨らんでいた。竹を尻尾から頭の方に転がして胴体をしごき、膨らみを前へ移動させた。蛇の口からは小さな青蛙が吐き出され、ピクピクと動いた。 蛇に関する私の最も強烈な記憶だが、吉野氏の本を読んで、大それたことをしたものだと、ちょっぴり背筋が寒くなった。 補足 NHK俳句全国大会には、毎年4万5000句ほどが投句される。予備選考でその中から9000句ほどが選ばれる。入選というのはこの予備選考に入った句である。それを金子兜太など著名な十数人の俳人がそれぞれ選んで、佳作、優秀作、特選と選ぶ。特選は各選者ごとに自由題で2句、題詠で1句である。さらに特選の中から,数句が大会大賞を得る。入選から特選までにはまだ3段階の壁がある。 2013-02-20up |
エッセイ目次へ |