八ヶ岳一帯は天気予報のエアポケットのようなところで、長野県中部の予報にも山梨県西部の予報にも該当しません。NHKも民放もこの現実を永年放置して きました。登山、農業、観光のためにも、「八ヶ岳の東」の予報が必要です。知り合いの気象情報会社がこのニーズに こたえてくれて実現したページです。「野辺山」(川上村まで含む)にしぼった天気予報は今のところ他にありません。

八ケ岳高原(野辺山周辺と赤岳・横岳・硫黄岳含む)の天気予報(24時間・週間)

気象情報システム鰍フご好意で提供されています。

「24時間予報」は1日3回更新されます。「1週間予報」は長野市のものです。冬季はかなり相違します。
特に日本海 側が「雪」の時は野辺山では山梨県西部か東京を参考にした方がいいでしょう。

気温は野辺山駅周辺(標高1300b)が基準です。
下記の「高度と気温の関係」を参考に、知りたい地点の気温に修正してください。
目安として八ケ岳高原ロッジで3〜4℃、横岳登山口付近で4〜5℃、赤岳山頂で10℃ほど低くなります。


八ヶ岳の現在の降雨(降雪)状況がわかります

ここクリックで国土交通省リアルタイム雨量へ

国土交通省が各地の現在降雨量を出すようになりました(2003年7月)。その中から、我が山小舎がある赤岳・横岳周辺、野辺山周辺の観測点を掲出しました。
上の「八ヶ岳リアルタイム雨量」のボタンをクリックすると佐久地域の画面が出ます。 「野辺山」など雨量を知りたいポイントをクリックすると、現在の時間ごとの降雨量(降雪量)がグラフとともに出ます。それ以前の積算雨量などもわかります。

メモ
「高度・風速と気温の関係」
 気象学では気温は高度と風速の関係で変化します。高度100メートル上がるごとに気温は0.6℃下がります。さらに 風速1メートルごとに体感温度は1℃下がります。下に書いた2006年赤岳山頂近くで遭難したパーティーの場合、計算上マイナス37℃で凍死したことに なります。

長野県では県庁所在地の長野市の気温が県下の標準気温とされがちですが、こうした盆地のところと、野辺山のようなすでに高度1300メートルもあるところ をひとつの予報でくくるのは無理があります。八ケ岳をはさんで東西の天気も変わります。八ケ岳のような場所では、発表される数字から自分である程度の気温の計 算をすることが大事です。



八ケ岳の天候について

以下の文章は「変わりやすい八ケ岳の気象なのに予報の上では捨て置かれている」と怒りに任せて書いたものだ。こう訴えてしばらくたっ て、東京の気象情報システム(株)の高津敏社長が「わかりました。野辺山周辺に特化した天気予報を出します。こちらのコンピューターとリンクさせてください」と 2006年7月1日から上記のように提供していただくことになった。

◇ ◇ ◇
暮らしてみてわかったことだが、八ケ岳周辺は天気予報や観測網の上で特異な場所だといえる。エアーポケットといってもよい。テレビや新聞で四六時中、天気予報が流されているが「八ケ岳」が登場することはない。つい最近まで民間が勝手に天気予報を出すことは出来なかった。それが解禁されて、レジャー関係などで「ディズニーランド」などピンポイントの予報も許されるようになったが、このあたりにそうしたことに金を出す大型施設がないから、捨て置かれている。夏の登山シーズンだけNHKローカルに「夏沢峠」の予報が登場する。我々がいる横岳の隣、硫黄岳直下の場所で、このホームページで紹介した「本沢温泉」のすぐ上にあたる。ないよりはましだが、東京からは知ることができない。

通年で出される一番近くの予報といえば軽井沢だ。数十キロ離れている。そこを参考にすればいいではないかと思うかもしれない。NHKも民放も情報の出所は気象庁で一緒だから一蓮托生でいうのだが「八ケ岳から見ると、軽井沢の天気などまるで参考にならない」のだ。軽井沢にいる知人は毎年こぼしているが、春先に布団を脱水装置で乾かすと一升瓶で10本分くらいの水がすぐ取れるという。家の根太もすぐ腐る。当たり前で、この地は群馬県側から這い登ってきた雲が、碓氷峠を越えてから浅間山あたりの高度で冷やされるから霧が発生する。

軽井沢でゴルフをするとわかるが、ひどい霧でキャディーが「お客さんこっちの方向に打ってください」とティーグラウンドに目印のクラブを置いてくれる時が多い。午前中はまず霧中のゴルフを覚悟せねばならない。そのとき八ケ岳は快晴なのだ。軽井沢は夏場に湿気で肌寒く感じるのを、涼しいと錯覚している場所にすぎない。八ケ岳からみて気象的に軽井沢が参考になることなどあまりなくて、冬場向こうが大雪なら(そんなことほとんどないが)こちらは小雪が舞うかな、という程度だ。

八ケ岳というのは10以上の連山ではあるが、地勢的には富士山と同じく一種の独立峰といえる。風の向きや気圧の通り具合で気象が微妙に変化する場所だ。私のような素人でも、ここに独自の気象予報が必要だと思う。しかるにそうしたものは皆無だ。八ケ岳がこうした「忘れられた存在」になった理由は、はっきりしている。縦割り行政のせいだ。

八ヶ岳周辺
八ヶ岳の山々。我が山墅がある場所を図示したが、
このあたりは横岳の東、長野県の南牧村になる。

数えたことはないが、周辺に10以上の市町村が区域を接している。本来こういうことは行政が陳情なり要望なりすると早いのだが、市町村にそうした発想はない。私がいるのは「八ケ岳の東」、野辺山だが、長野県の県庁所在地である長野市、山梨県の県庁所在地である甲府市からこの地を見るとわかるが、いずれからも「はずれ」に位置している。気象庁は役所で県庁所在地からしか物を見ない。こうして長年にわたり捨て置かれた。

長野県は予報区が北部、中部、南部に分かれている。このあたりは「中部」に分類されているが、同じ中部といっても真ん中に八ヶ岳があるのだから、西から変わる気象は山の向こう側の茅野市などとは当然変わってくる。気温だってぜんぜん違う。一方、山梨県は予報区が東部、中部、西部に分かれている。ここから一番近い清里は今では北杜市に編入されているが、このあたりは予報区では山梨西部に入っている。長野、山梨のいずれの天気予報にも「八ケ岳」とか「野辺山」とかいう名前はない。

我が山小舎があるところでは冬場マイナス20℃近くまで下がる。身震いしつつ、今朝は北海道北部あたりの冷え込みだな、と思っても、放送で出てくるのは佐久市や軽井沢で「今朝はマイナス8℃と冷え込みました」などとやっている。まるで実感がない。


八ヶ岳関係の予報がどのくらい当たらないか。いい例が2006年だ。この年は昭和38年の「38豪雪」以来、数十年ぶりの大雪で「平成18年豪雪」と命名された。長野県の県境にある新潟県津南町は4メートル16センチの記録的積雪だった。このあたり秋山郷といい、風光明媚だが雪が多く、毎年、長野側からの交通は途絶するが、この年は新潟側からも行けなくなった。このニュースが頭にあるから、人と話していて八ケ岳の話になると「さぞかし大変だったでしょうね」といわれた。あにはからんや、八ケ岳は「記録的少雪」で3月中旬でも高度1760メートルの我が山小舎まで路面がむき出しだった。昨年は除雪の雪の壁がそそり立って、我が家の犬たちは壁を超えられなかったほどなのに。

シベリア寒気団
新潟が大雪になるシベリア寒気団の張り出し。
でも八ケ岳では少しの雪だ。
すこし天気図が読めると当たり前のことなのだ。冬場の西高東低型の気圧配置でシベリアのマイナス30度前後の寒気団がやってきたとする。右の衛星写真がそうだが、写っている筋状の雲は、たっぷり日本海の水分を含んでいる。信越国境の高い山脈(脊梁山脈という)に阻まれて一気に雪となって吐き出す。津南町などの大雪の原因だ。まだ余力があって山を越えたものが浅間山を白くして軽井沢に少し雪を降らせる。さらに40キロほど離れた八ケ岳まではまず届かない。


シベリア寒気団はこの方角から
やってくるが、八ケ岳では西からの
低気圧と前線の影響の方が大。
八ケ岳に降る雪はシベリア寒気団などより太平洋沿岸沿いにやってくる低気圧と前線の影響によるものだ。左の天気図のような時が要注意だ。中国、朝鮮半島、さらには日本の中国地方沿いに西から東に移動する低気圧とこれに伴う前線が八ケ岳など高度のある山脈で雪を降らせることになる。関西、関東はむしろ雨というときが多い。だから八ケ岳の大雪は3月の方が要注意なのである。開拓碑の前の吹き溜まりに4WDが3台もはまっていたのも、千住真理子のヴァイオリン演奏会があった音楽堂まで我が山小舎から1キロほどなのに50センチの積雪で阻まれたのも2月、3月のことなのだ。「長野県中部」の天気予報の中に放り込まれて、長年捨て置かれているが、そろそろこの変わりやすいエアポケットに「八ケ岳」という天気予報区が必要ではないか。

◇ ◇ ◇

2006年、八ケ岳・阿弥陀岳で3件4人が死亡
阿弥陀岳
2006年、4人が遭難した阿弥陀岳。手前に稜線が
写っている赤岳から撮影したもので途中の山は中岳。

そろそろ「八ケ岳」という天気予報区が必要だ、と上述のように書き、『Mt.8ブログ』にも「気象庁は怠慢だ。このまま捨て置くなら大手町に殴り込みをかける」と憤懣をぶつけて10日ほどのち、八ケ岳・阿弥陀岳で3人が遭難死した。阿弥陀岳というのは我々がいる横岳の稜線からは見えないが、朝夕眺めている最高峰、赤岳のすぐそばの山で登山者に好まれる山だ。少し前の2月6日にも専修大学生3人が同じところで遭難騒ぎを起こしたばかりだった。八ケ岳が危険になる時の天気図を上で紹介したが、2件ともその通りの気象図だった。このとき気象庁の天気予報では「海も山も荒れ模様」と流しただけだ。

山頂付近は氷点下19度だったそうだが、この程度の気温ならここで過ごしている人間にとってはよくあることだ。しかし、風速17メートル前後だったという。風速1メートルで体感温度は1度下がる。単純計算では3人は「氷点下37度」で凍死したことになる。それぞれベテランだったようだが、この寒さでは誰だってひとたまりもない。天気の急変を告げる予報があったら・・・と悔やまれる。

2006年は日本海側は記録的豪雪で、気象庁が「平成18年豪雪」と命名したぐらいだが、八ケ岳ではむしろ少雪と言った方がいいくらいだった。それでも阿弥陀岳では3件4人が遭難死した。1件は岩稜を登攀中に転落、ロープが絡まっての死亡だが、八ケ岳に特化した気象予報がいかに必要か痛切に感じた。

◆ベテラン登山家3人凍死◆
長野県の八ケ岳連峰阿弥陀岳(2805メートル)を下山中だった3人のパーティーが「凍傷などで動けなくなった」と、所属する東京都内の山岳会などを通して19日夜、茅野署に救助要請があった。長野県警の捜索隊が20日、ヘリコプターで捜索したところ、山頂近くの稜線で3人が倒れているのを発見、収容先で3人の死亡を確認した。死因は凍死だった。

同署によると、東京都江東区大島1丁目、会社員長倉久敏さん(57)、横浜市神奈川区松見町4丁目、会社員竹内雅雄さん(47)、東京都板橋区板橋1丁目、パート従業員茂木みどりさん(45)で、いずれも「東京アルコウ会」のメンバー。山頂から約100メートル下の稜線で簡易テントが発見され、その周りで3人が倒れていた。

3人は18日朝、同会の代表らと計5人で東京を出発し、二手に分かれて阿弥陀岳に入山。頂上付近で野営し、19日に下山する計画だった。19日午後7時前、すでに下山していた代表のもとに、3人から携帯電話で、凍傷や吹雪のため山頂から約100メートル下の登山道で動けなくなったという連絡があった。その後、3人とは連絡が取れなくなっていた。

同会は1921年に田山花袋や菊池寛らが設立し、現在の会員は約60人。遭難した3人はいずれも登山歴20年以上で、リーダー役の竹内さんはヒマラヤやアルプスの登山経験もある。防寒具やザイルなどの冬山登山の装備、食料は万全だったというが、現場付近は20日朝でも、風速17〜18メートルの突風が吹き荒れ、ヘリによる救出作業は難航した。

長野地方気象台や八ケ岳の赤岳(2899メートル)山頂付近の山小屋では同日未明、最低気温氷点下19度を記録していた。長野県内は19日昼ごろ、発達した低気圧の影響で冬型の気圧配置が強まり、天候が急に悪化した。八ケ岳一帯は風が強く、吹雪だった。多い所では今も約1メートルの雪が積もっているという。(2006年3月21日 各紙から)

◆専修大山岳部員3人を救助◆
長野県の八ケ岳連峰阿弥陀岳から下山できずにいた専修大学山岳部の部員3人が2月9日昼過ぎ、ヘリコプターで県警の捜索隊に無事に救助された。3人は6日、日帰りの予定でふもとの山小屋から阿弥陀岳に登頂。下山途中に悪天候で道に迷って動けなくなり、山頂から数百メートルの谷でビバークしていた。(2006年2月10日 各紙から)

◆アイスクライミングの女性、宙吊り死◆
3月25日午前11時半ごろ、八ケ岳連峰・阿弥陀岳の氷壁を登っていた千葉県習志野市秋津、会社員、河口美紀子さん(50)が滑落し、肩に掛けていたロープが首に絡まり宙吊りになった。一緒にいた男性らが河口さんを下ろし、携帯電話で110番通報、県警ヘリコプターが搬送したが、河口さんは間もなく死亡が確認された。

茅野署によると、川口さんらは4人で入山、阿弥陀岳北西稜にある摩利支天(まりしてん)沢をアイスクライミング中だった。2人ずつ組になり高さ15メートルほどの滝を登はん中、滝中間で川口さんが足を滑らせ約1メートル転落した。その際、たすき掛けにしていたテープスリングというロープの片方が、氷壁に打ち付けたハーケンに掛かり、もう片方が首に巻きついたらしい。死因は窒息とみられる。(2006年3月26日 各紙から)


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