2011年10月 課題: 地図

2万5千分の1の地図

 初めて地図を見たのはいつの頃か。記憶にはないが、多分小学生の頃だ。それは、自分の住む地域、国、そして世界というものを意識し、考える第一歩となったであろう。日本の国土はこういう形をしている、世界の姿はこういう形をしている。濃い褐色で表された高い山があり、青く描かれた広い海があり、小さな○で示された都市があり、○と○の間には白黒の縞の細い線で表される鉄道が走る。私は夢中になり、世界の国々、都市、山脈、大河、島、半島、湖の名前を覚えていった。

 地図好きは今も変わらない。国土地理院発行の2万5千分の1の地形図というのがある。縦37センチ、横45センチの図面にはほぼ10キロ四方の地域が収まり、全国を4300枚余りでカバーする最も詳細な国土地図だ。数年前から旧街道歩きを始めたが、出かける前にガイドブックに示されたルートをこの地図に写し取って持参する。いつの間にか160枚も集めてしまった。

 この地形図は、地上を忠実に記号化する。山、川、道路から始まり、鉄道、建物、神社、お寺、田、畑、森林と植生、あるいは送電線、そして標高までが等高線として表示される。全面を記号が埋め尽くし、最小限度の固有地名が記されるが、余計な説明は一切ない。それがいい。黒い四角で示される人家の密集具合から過疎と過密を読み取り、等高線の重なりから急峻な山を想像する。

 街道歩きにはリュックの他に、この地図を入れたバッグを肩にかけて行く。地図はその日歩くルートが見やすいように、適当に折りたたんでバッグに入れる。分岐点など要所要所で、取り出しては道を確認する。1日に25キロほど歩くから、1泊2日の歩きには5枚は必要だ。縮尺率が低く、地図上の4センチが1キロである。特に見るべき所もない道では早足で歩き、1時間に5キロ進む。これは20万分の1の地図では2.5センチに過ぎないが、2万5千の地図では20センチに相当し、よく歩いたという実感がわく。
 
 ガイドブックに示された旧街道を地図に赤いサインペンでなぞる作業は、街道歩きの大きな楽しみ。旅の机上演習であり、ルートを頭の中にたたき込みながらこれから行く先への思いをふくらませる。街道沿いに並ぶ数十軒の人家はきっと鄙びた家並を作っているだろう、この名刹までは街道から横に500メートルほどの距離だから寄り道しても大丈夫だ、ちょうど昼頃になるからここらの田の端でにぎりめしの昼食にしよう、この山道はきつそうだ、この野道は人通りもなさそうだからいざとなったら道端で小用は足せる・・・。

 昨年、中山道を日本橋から草津まで踏破した。2万5千の地図で57枚分。私が踏んだ中山道はこの57枚の地図1枚1枚に、赤い1本の線として印されている。赤い線は「上松」のように木曽川沿いに上からほぼ真下へ縦断するもの、「武並」のように東美濃の低い山中を右から左に横断するもの、あるいは「東松山」のように右上をわずかに斜めに横切るものと、地図により様々だ。

 これからも2万5千分の1の地図に、赤い線を引いていきたい。それは国土への私の愛の証であり、私が生きた証である。

      2011-10-19 up

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