2009年10月 課題: 空
甲州街道歩き

 昨年、日本橋から下諏訪までの旧甲州街道200キロを一人で踏破した。すべて日帰りで、前回の終点まで中央線を利用して行きそこから歩き継いだので、10日間を要した。私の最寄りの駅、横浜線の十日市場からは八王子まで35分で行け、そこから甲州街道の終点下諏訪まででも、普通列車で3時間で行けるから、利用したのはすべて鈍行列車だった。そのかわり朝は4時起き、あるいは5時起きであった。

 甲州街道は、東海道や中山道と比べて、当時の面影を残す宿場町もほとんどなく、街道にまつわる歴史のエピソードも乏しい。甲州街道歩きの魅力は何かと言えば、それは移りゆく甲斐の山々の風景だ。富士山を初めとして、北岳から荒川・赤石へと続く南アルプスの主峰、鳳凰三山から甲斐駒ヶ岳への稜線、八ヶ岳、奥秩父、大菩薩、そして中央線沿線の低い山々。

 列車が笹子トンネルを抜けて甲府盆地に入ると、とたんに空の色が違う、明るく抜けるような青空になるというのが私が山梨県に対して長年抱いているイメージだった。今回の歩きも、毎日その青空を満喫した。気ままな一人旅、天気予報を眺めながら、当日の好天が間違いない日しか歩かなかったから、これは当然である。ただ、空の青さ、明るさは笹子トンネルのこちら側、私の住む横浜や、あるいは東京の空も山梨と比べて遜色ないと思った。

 富士山は至る所に顔を出す。家を出て、駅に向かう階段を上がったところから振り返ると、丹沢山塊の上に富士山が姿を現す。甲州街道の最初の難所、小仏峠から木々の間を通して見える富士もいい。山梨に入ってからは、扇山の中腹を通る甲州街道からどっしりとした富士が見える。最後に見えるのは長野県の富士見で、後ろから見送ってくれる。一番の眺めは、街道から少しはずれた大月の岩殿山からの富士。真冬だったので、輝く青空の下、山頂付近から東にかけて雪煙が舞い上がっている、すばらしい富士山を目にすることが出来た。

 笹子峠を越え、勝沼・石和からは日本第2の高峰北岳から、荒川岳、赤石岳へと続く南アルプスの山並みが目を楽しませる。石和では咲き始めた一面の桃畑の上に連なる南アルプスの白い峰といううっとりする風景に出会えた。

 甲府を過ぎると主役は鳳凰三山と甲斐駒ヶ岳へと移る。
 中央線日野春駅からタクシーで、北杜市武川の大武川橋に降り立ったのは11月下旬の朝8時半であった。橋を渡ったところからの眺めは、街道歩き随一の絶景といってもよかった。左手には鳳凰三山から甲斐駒へ続く稜線が、澄んだ冷たい朝の空気の中に、まるで屏風のように前景の枯れ上がった水田と人家を包んで連なる。前夜の雪で山々は薄く化粧をしている。朝の日を浴びて甲斐駒の山容が一段と厳しい。振り向くと逆光の富士山が大きい。

 富士山をのぞけば、私は若い頃にこれらの山々の頂を踏んだ。一緒に登った仲間の多くは今では音信不通だ。亡くなった人もいる。歩きながら昔の山仲間のことが次々と心に去来した。甲州街道歩きは、歴史の感慨にふけるのではなく、青春の山行の思い出にふける、センチメンタルジャーニーであった。

写真
岩殿山からの富士山と武川からの甲斐駒(右端)と鳳凰三山(左端が観音岳、その右地蔵岳で、薬師岳は画面に入っていない)

                  2009-10-14 up

   


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