2009年8月   課題:砂

風紋の出来る砂浜
                          
 小さな透明な容器に入った一握りの砂を見る。透明な石英、すこし褐色を帯びた長石、黒く光る雲母。花崗岩を構成する三つの岩石が明瞭に識別できる。これ以外の成分を含んでいない。砂は豊橋市西七根町の海岸から採ってきたものだ。

 渥美半島の先端伊良湖岬から、浜名湖まで続く約50キロメートルの海岸を表浜海岸という。太平洋に面し陸側にわずかに湾曲して続く白砂の海岸である。表浜の渥美半島部は太平洋の荒波に削られた、標高60メートルほどの海蝕崖が砂浜に向かって落ち、その下に続く砂浜は少なくとも50メートル以上の幅がある。30キロに渡って続く海岸崖とその上の丘陵は一面照葉樹林で、1年を通して暗緑色に覆われている。

 豊橋市の中心からまっすぐ南に行った表浜に面した西七根は私の両親の故郷で、私はそこに疎開し、戦後も3年あまりをそこで過ごした。
 人々は農作業のかたわら浜で地引き網漁も行った。戦争中、沿岸漁業が途絶えていたため戦後再開された地引き網にはたくさんの魚がかかった。イワシ、アジ、サバ、イナダ、イサキ、イシモチ。ある時、あまりの大漁にイシモチの入った網袋が波打ち際で動かなくなった。そのうちに網袋が破れて、イシモチがどっと流れ出した。皆で浅瀬でもがく桜色のイシモチをつかみ取りした。私も竹かごに一杯、イシモチを放り込み、そのまま家に持ち帰った。
 真夏の砂浜は熱く焼けていてわら草履なしでは歩けなかった。

 私は10歳で東京に出てきた。江ノ島、鎌倉、逗子、保田など、関東の有名な海水浴場に行ったが、砂浜の美しさで表浜に勝るものはなかった。いずれも砂が灰色で、輝きがないのだ。後で知ったのだが、表浜の砂は花崗岩の風化したものであるのに、関東の砂浜は水成岩や火山岩が主体なのだ。表浜の砂は花崗岩でできた木曽山系から、天竜川が運んできたものだ。

 数年前、法事の折に西七根の浜に行った。真冬の午後だった。浜に降りてみると、見事な風紋が出来ていた。海岸にほぼ直角に、ほとんど等間隔の緩やかな波形の風紋が切れ目なく続いていた。細い軽やかな砂が西からの季節風にあおられて出来たのだ。子供の頃には気付かなかった表浜の美しさだった。いつものように浜には人影がなく、風紋の上に足跡は見あたらず、所々に小さな石と貝殻が半分砂に埋もれているのみであった。

 波打ち際に立って振り返ると、西は伊良湖岬の丘まで、東は浜松方面へと消えて行く表浜を一望できる。崖側に設置された浸食防止のコンクリートブロックと、沖に埋められた砂の流失を防ぐブロックのありかを示す鉄塔以外には、浜には人のにおいを感じさせるものは目に入らなかった。

 これほど細かい白砂が50キロも続く海岸を私は知らない。私が訪れた各地の海岸、カンヌも、ニースも、アンダルシアやポルトガルの海岸も、エーゲ海の海辺も、表浜の雄大な美しさにはとても及ばない。

 私は浜の砂を掬って、小さな巻き貝の殻に入れて持ち帰った。


表浜海岸西七根町
 風紋
 下左 伊良湖岬方向 下右 浜名湖方向

       2009-08-20 up
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