2009年6月 課題:会議

コレスタ科学委員会


 コレスタ(CORESTA)というのはたばこの研究に関する国際的な情報交換機関である。私は40代の中頃、コレスタの科学委員というのを2期4年努めた。たばこの研究は、1ミリに満たない小さな種子からたばこ植物を育て、収穫し、各種処理工程を経てシガレットや葉巻やパイプたばことし、それが煙となって人びとに喫煙されるまでの広い範囲を包含する。コレスタには農学、植物病理、工学、煙の4つの専門部会が設置されている。その部会毎に4人が選挙で、1名が推薦で選出され、20名で科学委員会が構成される。メンバー構成は欧米主体だが、地域バランスも配慮され、アジア、アフリカ、南米、東欧からも各1人が常に入っていた。私もそうした配慮から煙部会の科学委員になれた。

 科学委員会は、委員の所属組織がホスト役となって、各地で回り持ちで開かれる。私が初めて出席したのは1983年、ケープタウンでの会合だった。高級ホテルの一室でテーブルをロの字に並べて、2日間に渡って行われた。翌年ウイーンで開催される大会の具体的日程、会誌発行の合理化、独自データベースの創設、専門部会の区分け再検討などが論議された。私他数人をのぞけば、委員はお互いに顔見知りで、そうした常連が積極的に発言する。各専門部門間の立場の違い、あるいは国や地域ごとの事情の差などを背景に、色々な意見が飛び交う。それを事務的とも思える見事さで整理し、論議を要約し、進行させていったのは委員長のA氏。氏は農学の専門家で、著作もある。白いものが混じる立派な長い頬髭と、細身長身でピンと伸びた背筋にきちっとスーツをまとった姿には典型的英国紳士の威厳があった。ある時、議論がもつれて、あちこちで私語が飛び交った。A氏は脇にあった木槌でテーブルを2回たたき「One thing at a time, please!」と言った。直訳すれば「一時には一つのことを」になろうか。こうした場合の慣用的な言い方なのかも知れないが、「Be quiet!」(静かに)などよりもずっと洗練された言い方だと感心した。

 会議の公用語は英仏二カ国語。ほとんどは英語だったが、時々フランス語が混じった。その度に事務局長のフランスのF氏が英語に通訳した。英語からフランス語への通訳はなかった。何かの際に、フランス語での発言が飛び交ったことがあった。メンバーの多くがフランス語を解するようだった。A委員長は時間の節約のためにフランス語から英語への通訳をやめたいが、困る人はいるかと言った。私一人だけだとまずいなと名乗るのをためらっていると、アメリカのS氏が「It's Greek to me」(私にはちんぷんかんぷんだ)と言って手を挙げた。救われた気持ちで私も手を挙げた。私たち2人のために通訳が再開された。

 私は結局質問に答えた以外は何も発言せず、論議の聞き取りに専念した。その後5回の科学委員会でもそれは変わらなかった。言葉の壁、欧米の仲良しグループの壁を破っていく度胸も押し出しも私にはなかった。

 だが、民営化しグローバル企業を目指す日本たばこ産業(JT)の後輩たちは違う。後輩の科学委員は、専門部会長として堂々と部会を取り仕切る。さらにJTは米国のライバル企業の海外部門を傘下におさめた。後輩たちは、ジュネーブにある海外部門の本社と毎週テレビ会議を行うという。隔世の感だ。

補足

 
コレスタ(CORESTA)は Centre de Cooperation pour les Recherches Scientifiques Relatives au Tabac「たばこにこに関する科学的研究協力センター」の略称。
 組織名にも見られるようにもともとフランスを中心にして作られた。そのため英仏2カ国語が公用語であった。会誌等も英仏2カ国語で発行されていたが、費用がかさむ等の理由で、現在は英語のみが公用語となっている。

                      2009-06-17 up

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