2007年11月 : 課題 「映画」

「恋に落ちたシェークスピア」と「菊次郎の夏」 
   
 もうかなり前のこと、福岡県の中間市にある映画施設に行った。一つおいて隣の田川市に週末をはさんで出張していて、雨の日曜に久しぶりに映画を見ようと思い立ったのだ。驚いたことに1フロアに16もの映画館があった。お目当ては「恋に落ちたシェークスピア」。その年のアカデミー賞最優秀作品賞、主演女優賞、助演女優賞等を受賞した作品だ。
 
 面白い映画だった。『ロメオとジュリエット』の製作過程と、シェークスピアと大富豪の令嬢との恋をからめたもの。至る所にシェークスピアの名文句と思われるものがちりばめられている。テンポも良い。ベッドシーンも、派手な立ち回りシーンもある。主演女優賞を取ったパルトローはきれいだが、取り立ててうまい演技のようには思えなかった。それよりも、結ばれなかった二人の恋を陰ながら支援したエリザベス女王役のジュディー・デンチの存在感は圧倒的だ。助演女優賞受賞だが、出演場面はわずか10分とのことだ。

 字幕を読むのに追われていて耳で聞く方には集中しなかった。もう一度見て台詞を原語で味わえたら良いだろう。いくつか耳に残った中では「Here's to love」という台詞。劇中劇の最後の場面で、ロミオ役を演じたシェークスピア(ジョセフ・ファインズ)がそう言って掲げた毒薬を仰ぎジュリエットの後を追う。「愛のために」。何とキザで、決まっていて、そしてしびれる台詞だろう。「Here's to…」は乾杯の音頭の一つで、私も外国人相手のパーティで使ったことがある。この言い方はシェークスピアの時代からあったのか。

 普段映画をほとんど見ない私がわざわざ来たのだから、もう一本見ることにした。北野武の「菊次郎の夏」というのがあったのでそれにした。初めて見る武作品で、監督、主演、製作とも武。

 物語は東京の浅草辺りに住む祖母と二人暮らしの小学生の男の子を、近所に住む武が豊橋に住むその母親の元へ連れていく話。カンヌ映画祭出品作品であったが、残念ながら賞は取れなかった。浅草寺や、あるいは夏の縁日などいかにも日本というシーンが随所に出てくるが、こうしたものがなければ日本映画が海外で受けないわけではなかろう。

 台詞の極端に少ない映画だ。武が言う台詞はほとんどが「何だ、バカヤロー」といった類の罵声ばかり。こうした汚い日本語の連発には嫌悪を覚える。

 主人公や、子供の心情は台詞ではなく映像で表現する。訪ねた子供の母親がもう他の男と再婚していて、幸せそうに夫と子供を送り出すのを陰から見つめるシーン、あるいは老人ホームの武の母親を遠くから眺めて会うこともなく去るシーン。こうした場面は言葉はなくても胸に迫る。

 映像の持つ情報量は圧倒的だ。例えば上のようなシーンを言葉で表すとすれば、周囲の風景、状況、人物の動き、表情などを描写するわけだが、いかに細かく書いても、ワンカットの映像にはとうてい及ばない。しかし、映像文化全盛の時代にあっても、言葉による表現が、言葉がかき立てる想像力が、十分魅力を持っていることを「恋に落ちたシェークスピア」は示している。

 二つの作品、軍配を揚げるとすれば「恋に落ちたシェークスピア」だ。

                              2007-11-22 up

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