2007年4月 課題:「日差し」 冬晴れの朝 横浜市の北西、東名横浜インターのすぐ近くにある若葉台団地は、人口15000人を越える大団地だ。起伏のある土地に数十の中・高層の住宅が建ち並び、コミュニティセンターや運動施設、大手スーパーなどの商店街もそろっている。大きな薬局があって、処方薬をそこで調合してもらうために私は自転車で10分ほどのこの大団地まで足を運んだことがある。 ある冬の朝、調剤が終わるまで時間つぶしに団地の端にあるグランドに行ってみた。窪地に作られた大きなグランドで、左手にはホームベースがあり野球が出来るようになっている。グランドを囲んでホームから一塁側を通ってセンター方面は緩い傾斜の芝生の斜面になっていて、あたかも球場のスタンドのようだ。レフト側は開けていてい、その先に大きな池があり、さらにその先には三保の貯水場へ向かう水道橋が横切っている。 平日の10時前だというのに、グランドではかなりの人数の年配男女がゲートボールのスティックのようなものでボールを打っていた。遠くに小さな旗を立て旗の下のスポットにボールを入れる。一種のゴルフ遊びのようだ。広いグランドを一杯に使って、数パーティが興じていた。その数総勢30人ほど。入居開始から四半世紀経つこの団地も老齢化の波が押し寄せているようだ。 私は一塁側スタンドとライト寄りの一番高いところにあるコンクリートのフェンスにもたれて、グランドを見下ろしていた。左手の斜面、ちょうど一塁ベースの後ろのスタンドに当たる芝生の斜面に、多数の鳩が日差しをいっぱいに浴びて群れていた。私の周囲には誰もいない。ボールを打つカーンという高い音が響いてくる。空には雲ひとつなく、柔らかな冬の太陽がまばゆい。風もなく、澄み切った大気は凛として微動だにしない。冬晴れのこうした日に遭遇すると、私は神の存在を信じたい気持ちになる。この平穏と静謐と明澄をもたらすことが出来るのは神をおいてない、この世界は神が創ったものだと。 突然、鳩の群が飛び上がり、低空で私の方に向かってきた。目の高さくらいを私の方に一直線に向かってくる。私が襲われたのかと一瞬思った。鳩は私のすぐ後ろのコンクリート地面に舞い降りた。一部は私のもたれているフェンスの左右、わずか数十センチの所にとまった。やはり私が目標だったようだ。 私はスーパーのレジ袋をバッグ代わりに使うことがよくある。その時もレジ袋を手にしていた。これが鳩たちの目標であったと気がつくのに時間はかからなかった。おそらく、団地の住人が鳩に餌を与える際に、レジ袋から取り出して与えているのだろう。左右のフェンスの上にとまった鳩はそれぞれ10羽ほど。私の後ろ側に降り立った鳩たちは100羽をゆうに越えただろう。私は鳩に囲まれた。皆が私の方を見つめる。目が物欲しげだ。近いものは私の足下だ。袋の中には鳩に与えるものは何もなかった。かすかな恐怖を覚えて、私はフェンスから離れ、鳩の群れを押し分けるようにもと来た方へゆっくりと戻り始めた。驚いたことに、10羽ほどが後をよちよちとついてくる。しばらく歩いてやっと彼らもあきらめたが、それでも立ち去る私を見つめていた。 教室で: 「鳥は怖い」「ヒッチコックの映画を思い出す」などのコメントがあった。 折しも4月13日のヤフーニュースに以下のような記事が載っていた: ティラノとニワトリは「血族」=6800万年前の骨から証拠−米研究班 【ワシントン12日時事】米ノースカロライナ州立大学などの研究チームは、6800万年前の恐竜ティラノザウルスの骨からタンパク質を抽出して分析した結果、遺伝的にティラノザウルスがニワトリの「血族」に当たる証拠を得たと明らかにした。研究論文は13日付の米科学誌サイエンスに掲載される。ロイター通信などが伝えた。 鳥類と恐竜が進化上、近い関係にあるとの仮説は唱えられてきたが、分子レベルで確認されたのは初めて。鳥が恐竜から進化したとの説を補強する材料になるとみられている。 4月13日12時1分配信 時事通信 2007年 2007-04-18 up |
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