2006年7月 課題 「サンダル」

サンダルと地下足袋と自転車と


                          
 定年後サンダルのお世話になることが多い。スーパー、百円ショップ、銀行、郵便局、かかりつけの医院。ちょっとした用足しはすべて自転車に乗っていくが、真冬を除き突っかけタイプのサンダル履きだ。サンダルのあの開放感は若い頃から大好きだ。

 春から秋にかけてのシーズンは菜園での農作業が忙しい。自転車で10分余りの菜園の往復もサンダル履きに自転車だ。荷台には地下足袋を入れる。200平方メートルほどの菜園に着くつと、直ちにサンダルのままで菜園を見回る。今時なら、ブロッコリーやニンジンは発芽したか、スイカの玉は順調に大きくなっているか、キュウリはヘチマのように大きくなってはいないか、カボチャのうどん粉病は、トマトやナスは、シシトウやピーマンは…。愛しい野菜の顔を見たくて地下足袋に履き替える時間が惜しい。

 一渡り見回して、今日の作業の大体を頭に入れてから、地下足袋に履き替える。親指と他の指が別れた、布製、ゴム底、こはぜで留める伝統的な地下足袋だ。5つあるこはぜをかけひもにはめ、くるぶしまですっぽりと包むと、いっぱし百姓になった気分で、気が引き締まる。サンダルの開放感とは対照的だが、土が中に入ってくることがない。薄く柔らかなゴム底を通して足裏に伝わる土の感触が快い。

 家を出るときから地下足袋で行けばよさそうなものだが、サンダル履きにする。菜園への途中、JR横浜線の十日市場駅を通る。人通りの多い駅前を自転車とはいえ地下足袋姿で通るのは、オフィスにサンダル履きで行くほどではないが、同種の違和感がある。それに、地下足袋の薄い底を通して伝わるペダルの感触や、あるいは舗装道路の感触はむしろ不快で、底が厚く、クッションの効いたサンダルにはとてもかなわない。

 先日、初物のカボチャを初め、2キロを超すダイコン2本、キュウリなど10キロ近い収穫物を積み込んで、サンダルに履き替え菜園を後にしようとした時、自転車の後輪の空気が抜けていた。仕方なしに自転車を押して帰った。高台にある菜園から坂を下り、さらにそれ以上の標高差を上って家まで30分余り。歩いてみて、サンダルとはこんなに歩き難いものだったのかと気がついた。特に急な坂を自転車を押して上がるとき、突っかけタイプで踵の後ろの支えがないサンダルは力が入り難く、靴との歴然たる差を実感した。毎日のように履いているのに今までそれを感じなかったのは、サンダルがもっぱらペダルを踏むためにあったからだ。

 自転車は中国製で、5年前に9800円(税抜き)で購入した。幸いパンクではなくて、空気注入口の破損であった。自転車屋はタイヤが傷んでいるから替えた方がいいと言う。3年前パンクした際に5000円も出して交換したものだ。税込みで1万円ちょっとの自転車に、またしてもタイヤ1輪で5000円出すくらいなら、新しい自転車を買った方がいいと思い、交換は拒んだ。

 先頃、家人が新しいサンダルを買ってきてくれた。中国製で1000円だ。春に買い替えた地下足袋も1000円しなかった。こちらは「MADE IN PHILLIPPINES」である。定年後の私を支える必需品はいずれも安価な外国製品だ。

                                2006-07-19 up

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