2006年4月  課題 「別れ」

最後の別れ

                            
 最近葬儀のやり方がかなり変わってきた。斎場で行うことが多いからだろう。

 先日、神戸の斎場で行われた同期入社のSさんの告別式に参列した。

 まず、別のテーブルで、氏名、住所、電話、故人との関係をカードの書き込み、それを受付に提出する。従来のように受付で列を作って記帳することがないので、スムーズである。受付で香典を出す。受付の横の控えの人がその場で香典の外袋をあけ、中の袋を明かりにかざして中身が入っているかどうかを確認した。それから、すぐに会葬お礼とお返しの入った紙袋を渡された。以前は香典のお返しは49日の法要が終わった後で、別途送ったものだが、最近では葬儀の時に渡してしまうのが一般だ。その場合でも、引換券を渡して、焼香後会場を出るときに渡されるのだが、ここでは入るときに渡された。

 会場に入る。お寺や自宅の場合は、一般参列者は外で立ったまま出棺まで待たねばならないが、こうした斎場だと、一般参列者もよほど多くなければ椅子に座ることができてありがたい。親族の方も畳の上に正座するのではないから楽であろう。通常喪主はじめ、親族は祭壇の両側に向き合うように座るのだが、Sさんの場合は親族も一般参列者と同じように祭壇正面に向かって座っていた。

 読経に続き、焼香が始まる。進行係が喪主の名前を呼び上げ、未亡人がまず焼香する。以後、子供、孫、親戚と次々名前が呼び上げられ焼香をする。その後、故人ゆかりの団体の名前が呼び上げられ、その代表者が焼香した。有名人の告別式などではあるのかもしれないが、初めての体験であった。故人の生前の活躍ぶりや交友を偲ぶ上ではいい方法であると思った。最初に私たちの同期会が呼ばれたので、私が代表として焼香した。団体が終わると一般焼香。

 焼香が終わると、故人との最後の別れ。一般参列者でお別れをしたい方はその場にお残りくださいという進行係の声。一緒に参列した同期入社のYさんが、遺族としてあまり見られたくない場合もあるからどうしようかという。やっぱり最後だからお別れしていこうと私は答えた。

 最後の別れといえば、昔はごく親しい親族に限られていた。花を供え、柩のふたを閉じ、釘を打つ。しめやかな読経の中に、すすり泣きと釘を打つ「トントン」という音とが外で待つ会葬者に漏れてきて、ジーンときたものだ。

 そうした遺族の愁嘆の場であり、神聖な場でもあるところに他人が入っていくべきではないという考えと、死者の顔を見ることの気味悪さ、苦悶の表情を見ることの辛さなどから、斎場で一般参列者が多数最後の別れをするようになっても、私はいつも躊躇していた。

 数年前、ある葬儀の時、ためらっている私に「お別れに行きましょう」と声をかけて、当然のごとくお別れの場に進んでいった知人を見て、これはもう逝く者への礼になっているのだと感じた。私もその知人の後についてお別れをした。以来、面識のあった故人には、この人はもう亡くなったのだと自分に言い聞かせる意味からも、最後のお別れをしている。 

 S未亡人は桜の花の小枝を手にして棺に進み、お別れをした。私たちも祭壇に飾ってあった花を棺に入れ、Sさんに手を合わせた。


                               (06-04-29 up)
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