2008年5月 課題:爪

愛しきものたち―ネコと野菜


                            
 ここ1年余り、私の毎日は顔へのチクリとした痛みから始まる。飼い猫のランが私のベッドに上がってきて、起きろと、私の顔をなで、爪先が当たるのだ。冬は5時前後、春から夏にかけては3時半から4時の間だ。いずれの時期も外はまだ暗い。起き出して階下に行き、ランに首輪を着け、固形キャッツフードをラーメン用スプーンに2杯、餌皿に盛ってやる。寝室に戻り、窓を10センチほど開けてまた寝る。ランはすぐにやってきて、窓から出ていく。7時に私が起き出すときには、外から戻ってきたランは家のどこかで寝ている。どうやら朝の世話係に指名されてしまったようだ。まんざらでもない私は、寝室のドアをいつでも半開きにして、ランが入ってこられるようにしている。

 この夏で4歳になるランは、子猫の頃は特に、飼い主に爪を立て、かみつく癖があった。家人の腕には爪痕と噛み傷が絶えなかった。ランに引っかかれ、噛まれる度に、その力の強さに驚き、鋭い爪と歯が百獣の王ライオンを初めネコ科動物の2大武器であることが納得できた。

 ネコたちは爪なしでは狩りも出来なければ、木にも登れない。ネコの手は爪のためにある。ヒトにとって爪はどんな役に立っているのだろうか。ネットの事典ウィキペディアの爪の項には「爪が指先を保護するおかげで、手足の動作において指先に力を加えたり、うまく歩いたりする事が出来る」とあった。しかし、実感としては、爪がなくても歩けるし、手も自由に使える気がする。爪がなくて困ることといえば、耳の掃除、鼻毛を抜くとき、かゆいところを掻くときなど、とるに足らぬことしか思い浮かばなかった。そんな矢先、菜園では爪をフルに使ってする作業があることに気が付いた。

 まず絹さやの収穫。前年の秋に播く絹さやは、菜園での春野菜収穫の一番手となる。今年も4月の下旬から採れ始めた。垂れ下がった緑色のさやは、凛と背筋が通っていて、私の大好きな野菜の一つだ。問題はこの背中の筋。子供のころ、母の手伝いで絹さやの筋取りをよくやった。ガクの方から先端に向かって剥いていくとスーと取れる。それを思い出して、収穫の際に筋も取ってしまうようにしている。ガクの手前のお腹の部分を、筋を残すようにして、人差し指の腹と親指の爪で切る。そして手前に引いてくると、背中の筋が茎に残ったままさやが採れる。うまくいくと、ちょっとした快感だが、うまく除けるのは、筋がしっかりしている大きなさやで、まだ若いさやは筋ごと採れてしまうことが多い。しかし、若いさやは筋も柔らかいので、食するときに、筋を取る必要がない。かくして我が家の絹さやは、筋取り作業なしで食べられる。

 絹さやが終わる頃にはイチゴが赤く色づく。イチゴの場合はガクのうしろでやはり人差し指の腹と親指の爪で切り取って収穫する。同じ頃、トマトの脇芽が伸びてくる。これも同じように摘んでしまう。スイカやメロンは脇から伸びる子ヅルあるいは孫ヅルに実をつけさせる。そのために親ヅルの先端を摘むが、この際も爪先で切って摘む。これも五月上旬の作業だ。

 ゴールデンウイークをはさんで私の親指の爪も結構いそがしい。

                  2008-05-21 up

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