2026年6月 課題:虹
虹の足もとと二重虹
福岡市から田川に向かうバスが、飯塚の手前、八木山峠のトンネルを抜けてしばらく行ったとき、左手に虹が見えた。ちょうど山と山の窪地になったところに虹がかかっていて、虹の端が道路脇の稲を刈り取った後の田圃から立ち上がっているのが見えた。バス道路から見下ろす形になったためもあろうが、この虹はほぼ地表から立ち上がっているのだ。田圃まで下りて行けば虹の中に立つことが出来そうに思えた。しかし、虹が見えたのはほんのわずかで、バスがその窪地脇を通り過ぎるともう見えなくなっていた。
この一月前も福岡からの帰り、新幹線で虹を見た。小郡を過ぎた辺りで左手に大きく虹が見えた。新幹線がかなり走って車窓の風景は移り変わっても左手の虹は消えず、かなり長い間新幹線についてきた。虹というものはかなり広い範囲から見えるものだなあと感心していた矢先、今回は極めて局地的な虹に会ったのだ。天空高くかかった虹はよく見えても、普通、その地上に近い端はぼけており、今回のように地面から立ち上る虹、「虹の足もと」は初めて見た。
もう一つ虹であまり見られないのが二重虹だ。
虹二重二重のまぶた妻も持つ 有馬朗人
朗人の第一句集「母国」にあり、初出は1957年、朗人27歳の句だ。
朗人の代表句
光堂より一筋の雪解水 1985年 朗人55歳
この句のように、知的な叙情、あるいは乾いた叙情といわれる朗人作品とは、二重虹の句はかなり違う。若き妻への思いがあふれる。
朗人の妻、有馬ひろこも俳人である。朗人と同じ山口青邨に師事し、結社天為に加わり、後に朗人主宰のもとで副主宰を務めた。
わが夫は赤門の騎士五月祭 有馬ひろこ
新婚時代の句。五月際は俳句ではメーデーの傍題季語だが、この句では東大本郷の学園祭の五月祭のことであろう。朗人は東大で原子力物理の研究にいそしんでいる頃だ。
並べて見ると若い二人の相聞歌だ。
私が天為に入会したのは2012年。ひろこ副主宰は地元での句会も持ち、『天為』へも投句していた。それからしばらくして、句会も『天為』への投句も途絶えた。天為本部の例会にはひろこ副主宰は出てこなかったので、私は会ったことはない。
2020年朗人主宰が亡くなった。3年後の11月にひろこ副主宰も亡くなった。
『天為』には二人の忌を修する句が今でも投句される。私も二重虹を踏まえた句を作りたいと思っていた。しかし、目にしたことのない二重虹の句を作るのは気が引けた。
昨年11月、たまたまテレビに二重虹の映像が出た。テレビを見て句を作るのは構わないとの朗人の教えをすぐ実行した。
ひろこ忌や二重になりししぐれ虹 肇
『天為』では大屋達治さんから特選を頂いた。
2026-06-17 up