2025年10月 課題:敬老

素直に譲られて、ありがとうと返そう

 日曜日の朝、小田急町田駅から一つ先の相模大野の句会場に向かう。小田原行きの急行に乗った。時間は9時すこし過ぎだったが座席は全部埋まっていていた。これから小田原箱根方面に向かうのだろ、ドアの横の座席に大きなキャリーバッグを前に置いた外国人の女性が2人いた。ヨーロッパ系の女性で、どう見ても60歳以上に見えた。私を見ると、ドアに近い方の女性が腰を浮かし、キャリーバッグをずらして私に坐れと身振りで示した。びくりした。「No,thank you, next station」と、とっさに出た変な英語で断った。すぐに相模大野に着いた。降りる際に再度「Thak you」と言って降りた。彼女も笑みを浮かべた。

 この先長い距離を大きなキャリーバグを引いて行く中年の外国人女性が、席を譲りたいと思うほど自分はしょぼくれて見えるのかなと思った。 

 しかし、私は杖をついているわけでもないし、乗り込んですぐに空席を探すような素振りも見せなかった。80代半ばを過ぎたとはいえ、普通の老人であり、そう見えたはずだ。

 そんな私に席を譲ろうとしたのは、そういう習慣が日頃から身についているということだ。大きな荷物を抱え、降車駅はまだずいぶん先であるのにもかかわらず発揮された敬老精神に、驚き、心を打たれた。今にして思えばせめて何処の国から来たかを聞いておくべきだった。しかし、電車が町田駅を離れると、時を移さず「間もなく相模大野駅です」と車内放送があるほど駅間が短く、驚きが収まらないうちに降りることになってしまった。

 70代の前半頃まで、電車で席を譲られると「いえ、結構です」と言って断ったこともあった。まだ年寄りではないという見栄があったのだ。素直に受けられるようになったのは80歳前後からだ。通勤時間帯で、かなり混んでいるときでも時々席を譲られ、正直助かる。降りる際、譲ってくれた人がまだいた場合は「ありがとう」と声かけて降りる。

 公的な老人優遇策として後期高齢者医療制度と敬老パスの恩恵に浴してる。

 6年前にがんの手術で1ヶ月近く入院したが、1日5250円の差額ベッド代を含み、22万円の入院・治療費で、驚いた。自己負担率1割、そのうえ高額医療費限度額があって、それを超える分は負担しなくてよいという制度のおかげだ。後期高齢者が払う保険料の5倍以上の税金、4倍以上の現役世代の健康保険からの拠出金が後期高齢者医療を支えている。驚くべき優遇処置だ。

 敬老パスもありがたい。横浜市の場合、市営のバスと地下鉄、市内を走る民間バスが無料だ。私の敬老パス代は年間8,000円だが、4ヶ月で回収できる。

 この10月から、後期高齢者医療の自己負担率はアップされる。敬老パスも、自治体によっては廃止されたところもある。増え続ける後期高齢者を考えると、やむを得ない。

 夭折という言葉を怖れれながらもどこかで憧れていた私が、高齢者として手厚く保護されているのが不思議に思われる。

 後期高齢者制度は確かにありがたい。しかし見知らぬ人から電車の席を譲られる方が、ありがたさが身に沁みる。素直に受けて、「ありがとう」と返そう。

 2025-10-22 up


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