2024年6月 課題:初夏

若楓

若楓ドームの屋根の夢二館  肇  2016年6月2日 伊香保にて

 NHK俳句全国大会は年に1回開催であるが、それ以外に年に3,4カ所で地方大会が行われる。私は俳句を始めて1年後から、観光も兼ねて地方大会にも参加した。地方大会では事前投句の他に、その土地を詠んだ当日句の募集が必ずある。

 伊香保には初めて行く。当日、大会会場となる伊香保のホテルに着いたのは12時少し前。ロビーで慌ただしくカレーライスの昼食を済ませ、妻をおいて句材を求めてホテルを出た。すぐ前に竹下夢二記念館というのがあった。新緑の木々に囲まれいくつかの建物があり、その一つが洋館で、ドーム屋根がわずかに見えた。その情景をそのまま句にしたのが冒頭の句。1時の締め切りにどうやら間に合った。

 大会の選者は夏井いつき、坊城俊樹、岸本葉子、それに地元の俳人小暮陶句郎。売り出し中の夏井いつきの選を受けてみたいというのが、この大会の一番の関心事だった。残念ながら2句とも選外だった。ただ、兼題「中」の句、

春寒し中世医書の解剖図

 が岸本葉子選の佳作に入った。

 事前投句の入選句の披講が終わり、いつきと俊樹の対談になった。どんなときに俳句を作るのかという問いにいつきは「締め切りに迫られた時」と答え、俊樹も同意した。二人の対談の間に、別室で陶句郎による当日句の選句が行われ、対談終了後入選句が披講された。特選2句、秀作4句。その秀作の4句目は私の冒頭の記の句だった。ビックリしながらも「金子肇、神奈川県」と大きな声で名乗った。

 岡山県生まれの竹下夢二の記念館がこんなところにあるとは知らなかった。夢二は伊香保・榛名の風景と四季を愛し、よく訪れたとのこと。ドーム屋根の洋館は1995年に開館した。夢二の作品を多数所蔵して、順次展示している。

「ドームの屋根」などという重複する表現で、拙い句だと思ったが、俳句の本質は土地や人への挨拶にあるとも言われているから、伊香保への挨拶の一句として評価されたのだろう。後で知ったのだが選者の小暮陶句郎は陶芸家で、伊香保焼の窯を夢二館に隣接して持っている。さらに「小暮茶房」という食事処も近くにある。それで夢二館が詠まれて嬉しく思い採ってくれたのだろう。

 夢二館を包む若葉の中でも、楓は最も明るく鮮やかだった。樟若葉、椎若葉というように木の名前をつけて若葉を呼ぶが、楓は楓若葉ではなく若楓といい、平安時代から歌に詠まれてきた。俳句では若楓は独立した初夏の季語である。『徒然草』第139段で兼好法師は「卯月ばかりの若楓、すべて、万の花・紅葉にもまさりてめでたきものなり」と言っている。

 句会後、伊香保温泉の石段街へ。芭蕉、金子兜太、鈴木真砂女の句碑などが建つ365段の階段を登り伊香保神社へ。文人に愛された伊香保ではこの他、鷹羽狩行、深見けんじ、鍵和田釉子などの句碑を目にした。

 大会のあったホテルで気分よく湯につかり、翌日バスで榛名湖をめぐり帰宅。

   2024-06-26 up


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