2023年11月 課題:オレオレ詐欺


オレオレ詐欺

 受話器を取って「はい金子です」と名乗ると「あ、お父さん」と、息子によく似た声だった。

「そうだ、どうした」と聞き返す。


「今喫茶店にいるんだけど、上司と会う約束で待っていたら、お腹の具合が悪く、トイレに行っている間に、テーブルの下に置いたものがなくなっていた」。

 保険会社に勤める息子だから、顧客から預かった現金を持っていたのかもしれないと、一瞬思った。しかし、同時にこれはオレオレ詐欺だと気付いた。「そうか、それは困ったことになったねえ」と言って電話を切った。後で思ったのだが、もう少し電話の相手をして話に乗った振りをすればよかった。

 8年前の12月のことだ。当時はオレオレ詐欺の最も多い時期であった。私の周りには電話がかかってきたという家が多く、自治会でも注意を呼びかけたが、私の所にはかかってこなかった。詐欺犯は金のありそうな家を狙って電話をかけているのではないか。だとするとうちは金がないと見られているのではなかいかなどと、冗談半分に思ったりしているところにやっと我が家にも電話があったのだ。

 コロナウイルスの影響で減少していた特殊詐欺(オレオレ詐欺、キャッシュカード詐欺盗など)の被害件数と金額は、昨年は増加した。警察庁のデータでは昨年の特殊詐欺被害金額は370億円、うちオレオレ詐欺は129億円、件数は4287件で、ともに前年より大幅に増加している。オレオレ詐欺についてみれば、一件あたりの被害金額が平均で約300万円になる。

 オレオレ詐欺被害のニュースを聞いて、一番驚くのは数百万円という被害金額の大きさだ。世の中には金持ちの年寄りが多いなといつも思った。最近ではATMからの振り込みは1回につき100万円が限度だから、300万円ともなると、現金をいわゆる受け子に渡すのだろう。そんな多額の現金をすぐさま用意できることにも驚く。それにしても、300万という数字は、私の年金よりもずっと多い。それを一日に稼げるのだから、やめられないのだろう。

 ネットで面白い記事を見つけた。経済の世代格差をとりあげたもので、特殊詐欺、特にオレオレ詐欺は裕福な高齢者への若者からの報復かではないかと問題を提起している。著者はノンフィクション作家の石井光太。石井氏が示すデータではオレオレ詐欺の被害者の79%が70才以上。一方逮捕された加害者は十代と二十代で70%を占める。

 これを見ると確かに高齢者から若者が金を奪っている構図が歴然とする。石井氏はその背景にバブルの時代を駆け抜けて資産をつくることができた高齢者と、失われた20年〔1990年代頭から2010年代頭〕のなかで生まれ育ってきた若い世代との断絶を見る。バブル崩壊後も、企業はすでにいる社員の雇用を優先して守り、新規採用を減らして非正規雇用に重きをおいた。その結果若い人は収入も低く、スキルも身につけられなかった。

 孫のいない私には今の若い人の現状はよく分からないが、私たちの世代が恵まれていたことは実感する。

 オレオレ詐欺ではなくて、別の方法で若い世代を支援する方法はないだろうか。


    2023-11-23 up


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