2023年10月 課題:おはぎ

 ぼたもち寺から萩寺へ

 子供の頃、おはぎという言葉を知らなかった。ともに豊橋市の田舎に育った両親も使っていなかった。ぼたもちのことをいい、特に小豆あんを付けたものをいうと知ったのはかなり後だ。私にとってぼたもちとは黄粉をつけたものだった。

 ぼたもちをネットで調べていたら、鎌倉のぼたもち寺というのがヒットした。ぼたもち寺というのは別称で、日蓮宗常栄寺が正式名。

 1271年、幕府に捕らえられ龍ノ口の刑場に引かれていく日蓮に、この地で一人の尼僧が最後の供養にと胡麻ぼたもちを捧げた。その後、日蓮は処刑を免れたことから「御首継ぎに胡麻の餅」として有名になった。寺は1606年、徳川家の重臣の娘で日蓮宗に帰依した尼が開いた。毎年、日蓮法難の9月12日には龍ノ口の日蓮像に胡麻の餅が供えられる。

 ぼたもち寺は比企谷にある。鎌倉駅の東側の海岸寄りにあるこの方面は行ったことがないので行ってみることにした。ぼたもち寺の前に、同じ日蓮宗の妙本寺に寄る。大きな寺で旗を掲げたガイドに案内されて何組もの宗徒が団体で参拝していた。この地で北条氏に亡ぼされが比企一族の墓もあった。

 妙本寺から小道をぼたもち寺に向ったが、気付かずに一旦通り過ぎてしまった。ひっそりとした寺で、人の気配がなかった。本堂の左右の壁に、馬上の日蓮にひざまずいてぼたもちを差し出す尼が描かれている。手帳に参拝記念のスタンプを押そうとしたが、スタンプ台が乾いていてインクがつかなかった。

 ぼたもち寺の先に八雲神社がある。社殿の横から祇園山に登る急な石段の山道が続く。息を切らして登ること10分で祇園山の山頂。眼下に鎌倉の街、由比が浜からその先に左から伊豆の山々、箱根、丹沢と続き、丹沢山塊の上には富士山が。

 樹林の尾根道を北に向かう。祇園山ハイキングコースだが、木の根が張り出したりして予想したより歩きにくい道だ。コースの終点は「腹切りやぐら」。鎌倉幕府滅亡に際し,北条高時以下の北条一族が自害したとされるところ。出発点が北条に亡ぼされた比企一族のいた比企谷で、終点がその北条が亡んだ場所という歴史の無常を感じさせるハイキングコースだ。

 やぐらというのは厓に掘られた横穴で、鎌倉には多数ある。腹切りやぐらの手前には「霊処浄域につき参拝以外の立入禁止」の札が立ち、立ち入り禁止のロープが張られていた。ロープの先のやぐらは樹木に遮られて見えなかった。

 一般道路に出て少し行くと萩寺と呼ばれる宝戒寺。北条氏九代の霊を慰めるため、後醍醐天皇の命により、執権館跡に足利尊氏が建立した。境内の萩が有名で、萩寺の別称がある。参道から本堂にかけて背丈を超すほどの萩が茂る。白萩がほとんどを占める。10月の初めのことで株もとには花びらが散らばっていたが、散り残る花もまだ多かった。

 宝戒寺からさらに頼朝や義時、大江広元の墓、三浦一族のやぐらなどをまわる。比企、北条、そして頼朝、義時,広元、三浦と、昨年のNHK大河ドラマゆかりの人物を巡る秋晴れの一日となった。

 帰路、萩寺の近くにぽつんと小さな和菓子屋があった。家への土産におはぎをと思って店に入ったが、お彼岸が過ぎた今はありませんとのこと。駅近くの小町通りの「吉兆庵」という大きな和菓子屋でも同じことを言われた。


 2023-10-20 up


エッセイ目次へ