2022年2月  課題:コンビニ

棚戦争

 理系人間との常として私も、良いものを作りさえすれば、ものは売れると思っていた。まして、私が大学を出て入ったところが国有の独占企業、専売公社であったからなおさらだ。しっかりとした商品を作ればそれでいい。

 しかし、たばこの独占はいつまでも続けることはできなかった。日米の貿易摩擦が問題となり、外国たばこにかけられていた高率の関税が撤廃され、外国たばこが日本市場に参入してきた。そして、国営企業の民営化の流れの中で、 1985年には専売公社も日本たばこ産業(JT)として発足した。

 民営化されたことで、たばこ以外の事業もできることになった。たばこを材料としてバイオの研究では日本でも高い水準を誇っていたので、時の経営陣はアグリビジネス、医薬、食品を新規事業として取り組むことを意志決定をした。私はその食品事業の研究開発を担うことになった。

 良いものさえ作れば売れるなどとはとんでもないことを知った。

 当時急速に市場を拡大しつつあった、飲料分野に参入した。ブランド名は「ハーフタイム」。飲料業界の主力商品は缶コーヒーだったからそこに目をつけた。食品の香り成分を損なうことなく抽出する他社にはない独特の優れた技術があったから、それを利用し香り高い缶コーヒーを作った。

 自信の商品だったが、壁は厚かった。商品の認知度の向上、ブランドイメージの確立、販売ルートの開拓、自販機の設置。大量に消費される商品の商品力というのはその品質の良さだけではなく、こうしたものの総合の上に成り立っているのだと痛感した。

 飲料の二大売り場は自販機とコンビニ。たばこの経験から自販機の設置から入った。しかし、一等地はすでに他社の自販機で占められていて、なかなか設置することができなかった。かつて街道歩きをして、田圃のまん中のようなところに自販機があり、見るとハーフタイムのものだった。一日一缶も売れないのではないかと思った。

 驚いたのはコンビニの力だ。当時のコンビニは、いち早くPOS(販売時点情報管理システム)が導入されていた。商品が売れるごとにコンピュータに記録されるシステム。例えば何時頃どんな商品が売れるかがすぐに分かる。そして売れ行きの悪いものは棚から外される。コンビニに置いてもらうこと、そしてある程度の数が売れること。棚を確保するために、メーカーはバイヤーと呼ばれるコンビニの仕入れ担当者に頭が上がらなかった。

 ハーフタイムもコンビニの棚を確保するところまではいった。ずっと続いて欲しいと思い、わざわざコンビニでハーフタイムの缶コーヒーを買った。しかし、長続きはしなかったようで、いつの間にか消えたように記憶している。

 次いで「華茶果茶」というペットボトル入りの茶系飲料を作った。名前の由来はジャスミンとライチの香りを特徴とする製品だから。コンビニに置いてもらった。早速近くのコンビニで購入した。レジのおばさんが「このお茶うまいのよね」と店内にも聞こえるように言った。多分上からか売れるたびにそう言えと言われているのだろう。そうした努力もかなわず「華茶果茶」もほどなく棚から消え、商品自体も数年で消えた。

 JTが飲料事業に見切りをつけて、同業大手に売却したのは2015年だった。


   2022-02-15 up

   

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