2021年5月  課題:明るい
 
屈せず

 風光る不屈四年の照ノ富士   肇

 大相撲の春場所の千秋楽、ネット中継される画面にかじりついていた。すでに11勝して場所後の大関昇進を確実にしていた照ノ富士ではあるが、優勝して昇進に花を添えて欲しいと思た。相手は大関貴景勝。照ノ富士の苦手とする押し相撲で、対戦成績も分が悪い。負けると同率決戦になる。膝に今でも問題を抱え、大きなサポーターをしている照ノ富士は、優勝決定戦にもつれると不利だ。是非本割りで勝って欲しいと思った。

  照ノ富士はまわしを取ることが出来ず、土俵際に押し込まれたが、こらえて相手が引いたところにつけ込んで、押し出しで勝った。瞬間、私は「やった!」と大声を上げてしまった。3度目の優勝だ。ネットニュースの見出しには「史上最大のカムバックV」とあった。

  15年の5月場所で優勝し、大関に昇進した照ノ富士を見たとき、次の横綱はこの力士だと思った。23才という若さ、恵まれた体力、豪快で力強い取り口、ものに動じないふてぶてしい面構え。だがその2場所後、膝に怪我を負った。以後途中休場とカド番の繰り返しながらも、2年余り大関に留まっていた。

 今でも印象に残っているのは、17年3月場所。久しぶりに調子の良かった照ノ富士は千秋楽まで、星一つ差でトップを走っていた。千秋楽に新横綱稀勢の里に敗れ、同点決勝となり、そこでも稀勢の里に敗れた。稀勢の里は前日の日馬富士戦での負傷を押しての出場だった。よもや照ノ富士が敗れることはないと思ってみていたが、二番とも土俵際に追い詰めながら逆転されて土俵に落ちた。負傷の相手との取り組みはやりにくい面もあっただろうが、やはり慢心があったのだ。この時の無理がたたって、稀勢の里はその後はまともに土俵に上がることが出来ず、引退に追い込まれた。照ノ富士もこの場所を頂点として下降して行く。半年後の9月場所で大関を陥落する。

 以後、膝の故障の悪化に糖尿病なども加わり凋落は早かった。19年3月には序二段まで陥落した。幕内、十両、幕下、三段目、序二段、序の口とある大相撲の階層の下から二番目だ。幕内力士から見れば序二段など人間のうちにも入らないというのが相撲の社会だ。

 師匠の伊勢ヶ濱親方には何度も引退を申し出たが、親方はまず体を治すことが先だといって引退を認めなかった。三度の膝の手術、好きな酒を断っての糖尿病の克服、そしてリハビリを重ねての序二段からの復帰だった。元大関が序二段で相撲を取るなどかつてないことだった。入門して2,3三年の若手相手に午前中の早いうちに、観客もほとんどないなかで土俵に上がる。

 復帰後は一気だった。一度も負け越すことなく、2年で大関まで戻った。今の強さを支えているのは、怪我と病気を克服したという精神的な自信だろう。加えて、相撲が以前より上手くなった。相手の動きに素早く対応できる力が向上した。立ち合い踏み込んで右を差し左で前まわしを取るという形が完成したら、おそらく白鵬の全盛時代にも匹敵する強さだろう。

 横綱照ノ富士の誕生を心待ちにしている。

補足:
 教室で下重暁子さんはまったく同感だと言った。以前取材で行った両国のバーで、たまたま照ノ富士を見たが、場所中でも飲んでいて、若くて生意気な感じがした。今は人間的にも成長し、落ち着きが出てきたと下重さんは言った。

  2021-05-19up

追加:2021-05-23
 夏場所、12勝3敗、同率決戦で貴景勝を破り4度目の優勝
 2021ー07-18
 名古屋場所 千秋楽結びの全勝対決で休場明けの白鵬に敗れて14勝1敗の準優勝。場所後横綱へ。


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