2021年4月 課題:挫折 奨励会の厚い壁 「ふたりっ子」というNHKの朝の連続ドラマがあった。1996年秋から翌年春まで放映された、大阪が舞台のドラマ。双子の姉妹の妹の方、香子が将棋指しになるというのがメインストーリーで、毎回欠かさず見た。離婚してまで将棋に打ち込んだ香子は、そのかつての夫とのタイトル戦を争い、タイトルを獲得する。そして、ドラマの最後は、2005年の名人戦で、香子が羽生名人に挑戦するシーン。七番勝負の最終局、本物の羽生名人に対して、香子が一手さしたところで盤面が写されドラマは終わる。その盤面では羽生の王様は行き場がなく、女性棋士の名人誕生が暗示されていた。 ドラマから四半世紀近い今、「ふたりっ子」の暗示した女性名人は夢のまた夢。正式の「棋士」さえも誕生していない。 将棋の棋士と呼ばれるのは、奨励会という養成機関をくぐり抜けた者の呼び名。「女流棋士」は女性だけの対局をする「棋士」とは別の集団なのだ。奨励会の三段リーグを勝ち抜いた者のみが棋士になれる。三段リーグには棋士の卵が30人以上ひしめき、1リーグ18局のリーグ戦が年2回行われ、上位2名が晴れて四段の棋士になれる。三段リーグの下には六級から二段までのリーグ戦があり、まずこれを勝ち抜いていく必要がある。ここで問題となるのが、三段リーグにいられるのは26才までと言う規定があること。この規定のために、今まで涙をのんで棋士をあきらめた人は数知れない。 今年の4月三段リーグで棋士を目指していた西山朋佳が、26才の誕生日を前にして奨励会を退会し、女流棋戦のみに専念することになった。奨励会員だった西山は原則として女流棋戦へは参加できないが、棋戦によっては参加できるものがあり、西山は女流タイトルのうち三冠を持ち、残る四冠をもつ里見香奈と並ぶ女流の双璧である。女流棋士でも西山や里見などは、男性の棋戦に参加できるものがある。そうした対局において、西山は男性の高段者とほぼ五分の成績を残しており、初の女性棋士誕生の期待が大きかった。26才の誕生日までにあと一回は三段リーグに留まることが出来、さらにそこで次点を取ればプロ棋士になれる道はあったのだが、「葛藤しながら対局を続けていた。現状を鑑みて、周りとも相談して決めた」と無念の思いのにじむ退会理由を語った。 天才藤井聡太は一期で三段リーグを突破した。その三段リーグでの最終局が西山との対戦だった。藤井が負けていれば、史上最年少のプロ棋士誕生はなかった。それまで藤井には2勝していた西山だったが、この対局には敗れてしまった。以後の藤井の活躍ぶりは、将棋ブームを巻き起こした。 かつて「出雲の稲妻」と呼ばれ圧倒的強さを誇っていた里見も棋士を目指していたが、やはり26才までに三段リーグを抜けられず3年前に奨励会を退会した。囲碁では女流棋士というのはない。男性と同等に戦っている。その差は勝負の持つ厳しさの差だろうと思う。囲碁は陣地の大きさを争うゲーム、一方将棋は相手の王様を討ち取るスピードを争うゲーム。将棋は肉を切らせて骨を切ったり、最後の一手で逆転したり、とにかく厳しい。それが女性には向いていないのだろうと思う。 奨励会は退会したけれど、どうしても棋士になりたい人のためには、別途試験によるルートがあり、今までにそのルートで3名の男性棋士が誕生している。 西山と里見のチャレンジを心待ちにしている。
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