2005年10月 課題 「階段」

青春18きっぷの旅

 青春18きっぷというのがある。夏、年末、春の休みという期間限定であるが、JRの普通列車に1日乗り放題のチケットが5枚綴りで、11,500円だ。学生が休みに利用するのにいいのだろう。18才を半世紀近く過ぎた昨年夏、この切符でまだ乗ったことのない線路に乗って見ることを思いついた。

 自宅のある横浜線十日市場から出て、茅ヶ崎―橋本―八王子―高崎―大宮―川越―八王子―十日市場というルートが手始めだった。初めて乗る相模線と八高線の車窓風景を楽しむのが目的であったが、寒川と川越では途中下車し、寒川神社と江戸時代の面影を残す川越の町を散策する余裕もあった。次は中央線・小海線経由で軽井沢に行った。下重暁子さんの詩の朗読と森みどりさんのチェレスタ演奏の夕べを聴くためだ。途中野辺山と小諸で降りて、鉄道最高地点と懐古園をそれぞれ訪れた。夜は長野市川中島の妹の家に泊まった。次の日、川中島から松本に出て、中央線で名古屋に行き、東海道の普通列車を乗り継いで帰宅した。松本から名古屋までの中央線は初めて乗る路線だった。さすがにこれだけの距離を鈍行で行くと、途中下車している余裕はなく、川中島から十日市場までJRの構内から一歩も出なかった。乗り換えは9回であった。

 次が水郡線に乗り茨城県の袋田の滝。最後が銚子と犬吠埼。いずれも初めて行くところ。11,500円でこれだけの大旅行が出来た。

 今年の夏も青春18きっぷを買った。

 まず南房総に行った。鴨川のシーワールドで、シャチのショウなどを見て、内房線の金谷で降りる。ロープウエイで鋸山に登った。東西に屏風のように伸びている鋸山は信仰の山で、ロープウエイとは反対の南側には1500羅漢や、日本一大きい大仏がある。せっかくだから見ていくことにした。あちこちの崖の窪みに無造作に置かれたおびただしい羅漢様を通り過ぎ、大仏のところまで下りて行く。大きな大仏であった。そこから見上げる稜線ははるか上であった。ロープウエイ駅までは長い階段をひたすら登って戻った。深い照葉樹林の中とはいえ、吹き出す汗で、ズボンの膝から腿にかけてびっしょりと濡れた。

 2回目は身延山久遠寺。列車に乗るのが主目的の旅などつき合えないと言っていた妻も、身延山には行ってみたいと、初めてついてきた。

 ここもきつい階段があった。三門から本堂に一直線に杉の古木の中を登る石段だ。その名も「菩提梯」といい、1段上がる毎に悟りに近づくという。石段は287段、高さ104メートル。登り口には「心臓の悪い方、体調の悪い方、高齢の方は別の道をお登り下さい」と、注意書きがある。
青春18きっぷで旅をする者がそそり立つ急勾配や、こんな注意書きを前にひるんではいられない。真っ直ぐに登り始める。石段の蹴上げは普通の階段の少なくとも1.5倍はあり、確かにきつい。途中踊り場で数回足やすめをして登り切った。
 最後は、旧東海道歩きで、三島から田子の浦まで歩いた際の、行きと帰りの乗車券に使った。これも妻と一緒だったので、5回分の切符も終わった。

「青春18きっぷ」は「熟年万歳きっぷ」でもある。




  2005年の青春18きっぷ            (2005-10-19 up)

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