2021年3月 課題:注射 看護師泣かせ 直腸がんの手術をしてから、あと3ヶ月すれば2年が経つ。手術後は3ヶ月ごとに検診があり、幸い再発も転移もなく経過している。検診の際には必ず血液検査を行う。 3月5日の定期検診日、横浜市にある大学病院の血液検査室に着いたのは9時10分過ぎ。診察開始は9時からだが、採血は8時から受け付けている。私の受付番号はすでに130番。採血のデスクは五つあり5人の看護師が休みなしに採血にあたっている。10分ほど待って私の番も来た。 若い女性の看護師さんが、私の左上腕にゴムの管を巻き、きつく閉める。親指を中に軽く握った私の手を、手首から肘に掛けてこすりあげる。次いで、肘の内側の採血をする場所を指で何回か軽くたたく。静脈が少し膨れ上がったのが分かる。その部分をアルコール綿で消毒し「最初チクリとします」と言って看護師は注射針を静脈に刺す。「しびれたり、気分が悪くなったら言って下さい」「はい大丈夫です」と私。やがて針とシリンダーを結ぶ透明なチューブが赤くなったが、血はそれ以上流れていかない。やはりだめだった。 看護師は注射針を引く抜き、後にバンドエイドを貼る。今度は右腕で同じ事を試みる。なんとかうまくいった。 以前から私の静脈は出にくく、健康診断の時かかり付けの町医者の看護師さんを手こずらせていた。血圧は高めだから、血の出はいいのではと思うが、静脈が細くて出にくく、針がうまく入らないのだ。 手術を受けるに当たって、心配事の一つはこのことであった。術後はしばらく点滴による栄養補給で命をつなぐことになる。もしうまく針が入らなかったらどうなるのだろう。 手術前日、点滴用の針を挿入するため、病室に若い女性看護師がやってきた。まず左手。針がはじかれてしまった。右手に試みる。これもだめだった。代わって別の若い女性看護師がやってきた。左、右と試みたがだめだった。点滴用の針は採血用の針より太いのがうまくいかない原因だろう。この看護師も引き上げ、少し年配の女性看護師を連れて来た。先ほどの二人が試みた場所は避けて、左手の少し手首に近い所で試みた。祈る気持ちで見ていると、一発で見事に入った。先ほどの看護師がいたから、口に出して褒めはしなかったが、歴然たる技量の差だった。手術に際して私の体に挿入されたいくつかの管の一番最後に抜かれたのはこの点滴用の針で、手術後2週間経っていた。 3月5日、採血が終わって、診察室に呼ばれたのは1時間半後だった。執刀も行った主治医は、手元の端末に送られてきた血液のデータを見て、問題ありませんという。36項目もある検査項目の値が1時間で医師の端末に送られてくるのだ。しかも、その項目には腫瘍マーカーとなる2種類の抗体の値まで載っている。少し前に読んだ本に、将来がんの検査は血液検査が主流となり、内視鏡検査など受診者の負担の大きいものと違って、気軽に受けられるものに変わるだろうとあったが、現実となりつつあるようだ。 「気軽に」とはいえ、採血のたびに私の腕の血管が看護師泣かせであることは変わらないだろう。 |
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