2005年8月 課題 「雷」

稲の夫

                              
 空を裂いて地に落ちる光のすじ。古代の人々は稲はそれと交わることで孕み、実を生むと信じたので、稲の夫「稲夫」と名付けた。昔は夫もツマと読んでいた。稲妻の語源である。

「稲の夫」。素晴らしい発想だ。

 むくむくとわき上がる入道雲。その中ではあたかも火にかけられたやかんの水のように、暖められ地表から上る空気と、上空から下降する空気が激しい対流を起こしている。対流による摩擦のために、プラスとマイナスの電荷が生じる。それを中和するために放電が起きるのが雷である。従って地表が暖められる7月、8月に雷は集中する。稲の出穂は夏の終わり、ちょうど雷の最盛期の後である。男が女のところに通う結婚形態の時代には、雷光に稲という妻のもとを訪れる男のイメージを重ねたのだろう。

 雷が多い年は豊作だと言われてきた。男が足繁く通うほど孕む確率は高くなるというわけか。科学的には、雷放電により空気中の窒素が酸素と結合し、植物の栄養分となる硝酸態窒素が生成するからだと説明さる。雷が多発する夏は、日照と高温に恵まれた夏であり、特に熱帯起源の稲には好条件であることも一因だ。さらに、雷に伴う雷雨は夏の乾いた大地に願ってもない恵となる。こうしてみると古代人が雷と稲作の間に強い結びつきを見たのがうなずける。

 稲作だけではない。雷現象は地球上に生命を生み出す原動力だったかも知れないのだ。今から50年以上前、シカゴ大学のユーリーとミラーは、原始地球の大気成分と考えられていた、メタン、水素、アンモニアの混成ガスに水蒸気を加え、密封下に花火放電を行った。その結果、グリシン、アラニン、アスパラギン酸、バリンというアミノ酸が生成することを見出した。画期的な実験であった。生命を構成する基本物質はタンパク質であり、これらアミノ酸はタンパク質を作り上げる部品なのだ。アミノ酸がたくさん結合し、タンパク質となり、さらにDNA分子と結びついて自己複製能力を獲得して、最初の生命が発生するまでには気の遠くなるような道のりがあるが、生命を構成する基本素材を雷現象が提供したとする考えは今でも有力な説である。

 プランターでの稲を作る試みも、今年で3年目。前二作は、庭で育てたので、庭木に日照をさえぎられてきわめて不作であった。今年は、菜園の片隅にプランターをおき、十分な日照の下に育てることにした。インターネット経由で赤米、緑米、黒米、香り米の4種の古代米の籾を入手して5月下旬に播種した。菜園は家から自転車で10分余りの高台にある。そこまで水を運ぶのが大変な作業だが、32×57センチのプランター4個に各8株ずつ植えた苗は、前二作とは見違えるほど立派で、分蘖も申し分なく、8月14日現在赤米と黒米は1メートル、緑米と香り米は80センチほどの立派でたくましい稲に生長した。

 私の稲が「稲夫」と交わり、孕む時期も近い。出穂期には水を切らせないので、一日おきに6〜9本のペットボトル(2リットル)に入れた水を、自転車の荷台に積み込み、菜園への坂道をこいでいる。

補足
 エッセイ教室の翌日、8月24日に黒米と香り米が出穂した。2日前にはまったく出ていなかった。稲の出穂は突然である。そのことも稲妻が出穂に関係していると考えた一因であろう。


  2005−08−24 香り米の出穂
                          
(2005-08-24 up)

エッセイ目次へ