2019年1月  課題:「教会」 

ある結婚式


「H家の皆様方、私がOです。M子さんを守り、どんなことがあっても幸せにして見せますからご安心下さい」

 Oさんは披露宴の最後に当たり、大声で、力強くこう宣言した。Oさんは私が第二の職場として勤務した、福岡県のかつては炭鉱で栄えた田川市にあるたばこフィルター会社の社員。最初はやや固かったOさんの表情もキャンドルサービスの頃からは崩れっぱなしで、彼が得意とするチェッカーズの「涙のリクエスト」の歌と踊りが飛び出てくるのではないかというほどで、明るい彼の性格丸出しの楽しい披露宴だった。

 笑顔の素敵な美しい花嫁。花嫁の美しさがなんと言ってもこの日の話題を独占。控え室にやってきた新郎新婦を見て、契約社員の若い女性が「Oさんにはもったいないくらいきれいなお嫁さんね」と面と向かって言った。Oさんもその契約社員をファーストネームで呼び捨てにして、何か楽しそうに答えていた。

 会場の北九州市の大谷会館は旧八幡製鉄の社員クラブで、昭和22年建設の、室内の梁もアーチ型になった天井の高い、レトロ調の建物。いくつもの披露宴の案内が入り口に出ていたから、相当な広さだ。

 結婚式はキリスト教に則って行われた。式場はホールに簡単な壇を設け、真ん中に赤い絨毯のバージンロードを敷いて、チャペルに見立てたもの。全員で賛美歌を歌い、牧師の説教があり、指輪の交換と型どおりに進行した。賛美歌は皆がよく声を出して歌った。式が終わると牧師も、オルガン演奏などで手伝っていた女性3人も、すぐに車で帰っていった。

 披露宴に移り社長が主賓で挨拶。私が乾杯の音頭。Oさんの上役のひとりが私の隣で「男も40近くなると結婚話もろくなものはないのが普通なのに、よくあんな良いのが見つかったものだ」と盛んに言う。一升瓶を手にしたOさんの学友がテーブルを回って「越乃寒梅」を勧める。そのうちカラオケが始まり、ド演歌が流れる。賛美歌の後のド演歌という不思議な取り合わせ。

 終わって出口で新婦が手作りのクッキーを一人一人に渡す。家庭的な人だ。

 帰りはマイクロバスで会社関係者は田川に帰る。みんなすっかりできあがっていて、バスが動き出すとすぐに、賛美歌312番を歌い出す。「慈しみ深き、友なるイエスは・・・」教会の結婚式が初めてという人がほとんどで、珍しかったのだ。皆大声で歌った。教会での式の余韻は賛美歌だけでは終わらなかった。職場では姉御肌のEさんが日頃口うるさい上司に向かって「わが社の説教師、部長、説教しなさいよ」と強要し、部長は式次第を取り出し「愛は寛容であり、愛は情け深い。・・・」と読み出す。ついで賛美歌430番を歌おうとしたが、こちらの方はメロディーが余りなじみがなく、結局歌えなかった。

 翌月曜日、Oさんの結婚式の話題はまだ続いていた。新婚初夜は新郎の自宅泊まりとのこと。これなどもいかにも田舎らしい。

 Oさんは牧師の前で花嫁にキスをしたが、あれがまさかファーストキスではないでしょうねとEさんが言う。「まさか」と私は答えた。

 Oさんからの今年の年賀状には「5回目の年男です」とあった。
 
  2019-01-17 up

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