2018年6月  課題:「カラオケ」
 

カラオケは好きではない

 歌は大好きだが、カラオケが好きではない。理由はいくつかある。私はリズム感に乏しい上に、歌謡曲のほとんどを自己流の勝手な拍子で覚え込んでしまう。だから、歌詞が字幕に出て、曲に合わせてその字幕の文字の色が変わって行くテレビなどついていなかった昔のカラオケでは、いつも曲に合わせることが出来なかった。尻込みする私に、カラオケは出だしと終わりがピタリと伴奏に合えばそれで良いのだと周囲は勧めたが、それすら私には苦手だった。伴奏が終わっても私は歌い終わっていない。

 テレビ画面に歌詞が出て、それを追えばいいようになって、何とか曲に合わせられるようになったが、そうすると今度は、字幕を追うことばかりに一心になって、歌っていても楽しくない。

 カラオケに素面で行ったことはない。職場の飲み会、あるいは接待の二次会でスナックなどに行き、そこでカラオケになることがほとんどだった。もともと酒席は好きだし、付き合いも良い方なので、二次会にも誘われると断ることはなかった。若い人はみなカラオケ好きでうまかった。同年配の人は私のように歌いたがらない人もいたが、年季の入った歌い方で表情豊かに得意げに歌うのは、おじさんが多かった。二次会でくだけた気分で、もう少し話したいと思っていると、カラオケが始まり話が出来なくなる。これも、カラオケが好きでない理由。さらに、皆、私よりはるかにうまく歌うとは言っても、しょせんは素人。そんな歌を延々と聴かされるのも愉快ではない。

 私は出来たらマイクを持ちたくないのだが、断ってばかりいるともったいぶっていると思われるので、渋々1曲だけを歌う。「君といつまでも」とか、「赤いハンカチ」など数曲が持ち歌だった。下手なのに歌い終わると拍手をしてくれる。気の毒に。

 25年ほど前、当時共同研究をしていたアメリカのベンチャー企業の研究者たちをカラオケに連れて行ったことがある。歓迎の立食パーティの後、会社がよく利用するスナックへ行った。カラオケになった。キムさんという韓国系アメリカ人が、「ムーンリバー」を歌った。外国語の歌はまだカラオケには極めて少なかったが、この歌はあった。キムさんが歌い上げた「ムーンリバー」は、アンディ・ウイリアムズを思わせる甘い声で、私は驚き、感嘆した。当時すでにカラオケはアメリカにもあって、キムさんは時々行っていたという。皆に褒められ、キムさんも喜んだ。この時ばかりは、カラオケも悪くないと思った。

 定年後はカラオケを付き合う機会がすっかり減ってしまった。ところが2年前にまたカラオケが復活した。地元の句会メンバーで、暑気払いと忘年会を居酒屋でやっている。この居酒屋の個室にはカラオケが設置されている。新しく句会に入った男性が、カラオケをやろうと言い出し、私以外の男性も待っていたかのように直ぐ同調し、以後会の後半はカラオケになるのが恒例になった。

 私も仕方なく1曲は付き合う。「赤いハンカチ」か「湯島の白梅」で。


   2018-06-20 up

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