2018年5月    課題:「スマホ・ケータイ」
 

ついに仲間入りした

 通勤通学の電車の中で、座席に座った人のほとんどがケータイを一心に見つめている。胸の前に斜めに立てたケータイに、私は王朝の貴族が手にしていた笏(しゃく)連想する。その王朝貴族の末席を私もついに汚すことになった。

 原因はひとりの天才棋士、藤井聡太四段(当時)の出現。一昨年の秋に史上最年少、15歳でプロ棋士デビュー。それだけでもすごいが、初戦より29連勝という従来の連勝記録を塗り替える快挙を成し遂げた。

 藤井四段の将棋は初戦の対加藤一二三九段戦よりほとんど全局が、ネットでライブ中継された。タイトル戦でもない藤井の将棋がライブ中継されることはまったく異例だった。私が驚いたのは、新しく設立されたあるネットサイトが主催した非公式戦だった。デビューしたばかりの藤井四段が気鋭の若手とベテラントップ棋士を揃えた7人の棋士と対局する企画だった。私の予想では3勝できればすごいなと思っていた。結果は6勝1敗で、敗れた中には羽生善治三冠(当時)や佐藤康光元名人もいたのだ。私はすっかり藤井に魅入られてしまった。藤井の対局はライブで見られるものはすべて見た。

 最近は名人戦などの棋戦もネットでライブ中継されるので、少ないときでも週に2日は中継される。一局の将棋は午前中から始まり、終わるのは夜だ。見る方も一日がかりだが、将棋は私の一生を通しての趣味だから、ほとんど見る。実は、このエッセイを書きながらも、将棋叡王戦の中継画面をもう一つのモニターで見ている。将棋の中継がある日は、大体こんな調子で、将棋のモニターを見ながら、パソコンで別のこと、例えば俳句の整理とか、あるいはコンピュータ相手の将棋をやっている。

 中継がある日と外出が重なることがある。パソコンでは見られないが、どうしても見たい。羽生の永世七冠がかかった竜王戦、6人によるプレーオフという大激戦になった名人挑戦者決定リーグの対局、藤井聡太が勝ったかどうか、いずれもライブで見たい。そうだ、こういう時にスマホを使うのだと気がついた。使い慣れないスマホに将棋のライブ中継のサイトだけは見られるようにした。かくして私も電車の中でケータイを構える王朝貴族の仲間入りをした。

 私が最初にケータイをもったのは20年ほど前のことだろう。使うこともなかったので、3ヶ月ほどでやめてしまった。2度目にケータイを持ったのは、東日本大震災の直後だ。あの日、我が家は停電で固定電話は使えなかった。出かけていて帰宅できなくなった妻や娘と私は連絡が取れなかった。そのことがあって、娘が私にケータイを買ってくれた。スマートホンだった。持ってはみたものの、使い方は面倒だし、普段から電話をする必要を見出さない私だから、ほとんど家においたままだった。7年間で、ケータイから電話したことは20回程度か。かかってきたのも同程度だろう。

 今でもケータイから電話することは稀である。メールを打ったことは一度もない。パソコンのキーボードから打つ方がずっと楽で早い。

 将棋のライブ中継とカメラ、これが私のスマホの使い方だ。


   2018-05-16 up

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