2017年12月  課題:「毛皮」


 
フェイクファー

 フェイクファーという言葉を初めて耳にしたのは、もう15年以上前だろうか。華々しくデビューした宇多田ヒカルの歌の中に出てきた言葉だ。歌の題名も、歌詞も覚えていないが、この言葉だけが強く印象に残った。「まがい物の毛皮」。多分、化学繊維で作った人工の毛皮だろう。今回調べてみたら、「In My Room」という題の歌で、「フェイクファーまとって、どうして本当の愛さがしてるの?」という文脈で使われている。この歌はメロディーも歌詞もなじみにくい。まがい物の毛皮をまとって自分を飾っていたのでは本当の愛など見つからないというのが、言わんとするところのようだ。フェイクファーはこの歌ではあまりいい意味では使われていない。

 毛皮と言っても、私にはまったく縁のないものだ。わずかにあるとすれば、かつて海外出張に出かけていた頃、土産として、妻へミンクの襟巻きを買って来たことくらいだ。その襟巻を妻がしているところを見たのは一度あるかどうか。どこかにしまい込まれて、四半世紀も日の目を見ていないのではないか。我が家だけでなく、世の中、あまり毛皮を見かけなくなった。

 12月上旬のある日の2時頃、銀座での忘年会の帰り、4丁目交差点服部時計店の前に立って、道行く人々を観察してみた。10分ほどの間に、毛の長い毛皮のコートを身につけた人は一人も見なかった。衿や袖口、フードの縁に毛皮のついたのをしている人は思ったより多かった。ミンクとか狐とか動物をそのまま首に巻いた人は見かけなかった。

 途中、渋谷で下車してデパートで私のカーディガンを買った。ついでに毛皮製品の売り場へも行ってみた。ふんわりとしたハーフコートなどがあった。ミンクと表示のある2、3のコートの値札を見たら50万円前後だった。女店員が寄ってきたので男性用の毛皮はないのかと聞いてみた。男性用の毛皮の製品はないとのことだった。もともと男には縁の薄いものなのだ。

 袖口やフードの縁に毛皮を使用している人は結構いると妻に話したら、本物ではなくてフェイクファーが多いのではないかという。動物資源の保護、動物愛護の観点から、毛皮の使用をやめようという運動が欧米で始まってから久しい。この運動は確実に浸透したようだ。その間に、極細の繊維や先端の割れた繊維の開発など、技術の進歩があり、肌触りや保温性が毛皮と遜色のない繊維素材が出来るようになった。

 ネットで調べていたら、あるデパートが2017年のコートのトレンドキーワードの一つとして「エコファー」を挙げていた。エコファーとは、合繊で作ったファー風素材、つまりフェイクファーの言い換えだ。「まがい物」から「環境に優しい」へのイメージアップ。宇多田ヒカルの歌詞を「フェイクファー」から「エコファー」に置き換えたら、成りたたなくなる。一方で、天然の毛皮は再生可能な資源だが、再生不可能な石油資源に頼るエコファーは環境に優しいとは言えないという見方もある。

 パソコンに向かっていると、飼い猫のランがやって来た。膝に乗せて撫でる。白、黒、茶の三色模様のふっくらとした冬毛。血の通ったオーセンティクファー。
 
    2017-12-21 up


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