2017年9月  課題:「時計」


 
チェスクロック

 9月4日(月)から10日(日)までの1週間で、6日間も将棋の中継をテレビもしくはパソコンで見た。藤井聡太四段という、中学生のプロ棋士の登場により、将棋界が人々の注目を集め、最近では頻繁にネットで対局がライブ中継される。持ち時間の短い将棋もあるが、タイトル戦ともなると、朝の10時から始まり、終わるのは夜の10時を過ぎることもある。その間、私はパソコンの前にへばりつき、ライブ中継を見ながら、もう一つのモニターで将棋ソフトと対戦する。将棋浸り日々である。

 指す方は15年以上続くかつての職場仲間との将棋の会。現在メンバーは5人で、月1回川崎駅前の将棋クラブに集まって対局する。同じ相手と2局指すので、1日で各人8局指さねばならぬ。私以外は全員80代だが、将棋が唯一の趣味で、意気込みがすごく、遊びとはいえ真剣そのものだ。長い対局になると、1局1時間を超す。対局は昼前から始まるが、そんな将棋を8局も指していたら、終わるのが夜までかかってしまう。それで、5,6年前からクラブにあるチェスクロックを使い、1人の持ち時間を30分に制限することにした。

 チェスクロックは、チェスの対局の際、競技者の消費時間を計るためのもの。100年以上前にイギリスで考案された。今ではチェスのみならず囲碁・将棋でも使われている。置時計が2つペアになっていて、各の時計の上にはボタンがある。対局者は1手指し終わる度に、自分の側のボタンを押す。すると、今まで動いていた自分の時計は止まり、代わって相手の時計が動き出す。こうして、お互いに指し手に要した時間が計測される。対局者の持ち時間があらかじめ決められていて、チェスクロックには、残りの時間がどのくらいかが表示される。

 プロの対局では、記録係がチェスクロックのボタンを押すが、私たちは対局者自身が1手指すごとに押さねばならない。最初、これに慣れるまでが大変だった。1手指して、押すのを忘れると、どんどん自分の持ち時間が減って行く。局面が緊迫してくると、盤面に集中してつい押し忘れる。

 時計はデジタル表示で、30分00秒から、秒単位で数字が減って行く。プロの場合は、時間が切れても、その後は1手1分もしくは30秒以内に指せば、何手でも続けられる。最終盤の勝負所を、1分将棋で秒を読まれながら何十手も指し続ける棋士の姿は、ライブ中継の最大の見所と言ってもいい。「57,58,59」と記録係が秒を読む中で、「59」でパッと指すプロ棋士の姿はよく見るが、「60」と言われて、時間切れで勝負が付くことはまずない。

 私たちの場合は時計の表示がゼロになったら、ピーと音がして、その時点で負け。普通、双方10分程度の時間を残して、1局を終えるが、手数が100手を超えるような熱戦では、持ち時間30分ではきつい。終盤は相手が指したら間髪を入れず指し、間髪を入れずボタンを押す。そんな緊張をしばらく続けていると、ピーと音がして、時間切れが知らされる。あと2分もあれば勝てたのにと思ったところで、どうしようもない。こんな風に優勢な局を時間切れで負けたことも、逆に負けと観念した将棋を勝ったことも何回かある。

 時間を刻まれるということは人にとって残酷なことだ。チェスクロックはその時間を刻む時計という非情な道具の典型である。

    2017-09-20 up


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