2016年9月  課題:「組織」


STAP騒動
    
 2014年の大きな話題はSTAP細胞をめぐる研究不正の問題だった。

 どのような細胞にもなり得るという多能性を持ったiPS細胞の作出で、山中教授がノーベル賞をもらったのは2012年。例えば、皮膚の組織から採った細胞から、iPS細胞経由で、心筋細胞や、網膜細胞を作り出せる。再生医療への応用が期待される画期的な研究であった。ただ、iPS細胞の作出には特殊な遺伝子を加えるという操作が必要である。
 一方、STAP細胞は遺伝子の添加を必要としない。体細胞(マウスのリンパ球)を弱酸性液で処理するという極めて簡単な操作で、多能性を持った細胞になるという。応用面でも大きな期待がもたれたが、生物学的にも今までの常識を覆すものとして、『ネイチャー』誌に掲載され世界的な注目を集めた。

 華々しくマスコミ発表が行われた直後から、STAP論文への疑問がネットで指摘された。多能性の証明となる実験結果の画像の一つは人為的な加工がなされ、もう一つは別の論文からコピーしたものではないかというのだ。かつて研究を仕事とし、学会誌へいくつかの論文を書いたこともある私は、特にこの指摘に興味を持った。直感として、この論文はインチキであると思った。

 理研も放置できず、内部の調査委員会を設置した。4月1日、調査委員会の記者会見があり、私はパソコンにかじりついて一部始終を視聴した。委員会の結論は、指摘された画像を改ざんと捏造と断定した。しかし、STAP細胞の存在そのものの否定までには至らなかった。この発表の直後、友人がメールで私の考えを聞いてきた。友人は小保方さんがかわいそうだという。私は彼女は研究者として未熟なのではなく、研究者として失格だ、直感としてSTAP細胞は存在しない、むしろSTAP細胞と称される物の正体が何であるかに興味がある、と返信した。

 4月8日、小保方氏は記者会見で、「STAP細胞はありまーす」と高らかに言い放った。若い女性研究者としてさっそうと登場してきた彼女の人気は高かった。5月初め、私は高校の同期生と会食する機会があった。理系の国立大学の名誉教授、大手製薬会社で新薬開発に携わった人を含む私以外の5人が皆、小保方氏に同情し、STAP細胞はあるのではないかと言った。

 小保方氏自身による再現実験を経て、STAP細胞は生成しておらず、ES細胞という既存の多能性細胞が混入していたことを理研が認めたのは12月であった。ES細胞の混入経緯については明らかにされなかった。

 研究という仕事は組織に縛られることが少なく個人がその能力を自由に発揮できる。自分で出した結果は良いにせよ悪いにせよ必ず評価される。私が研究職を選んだのもそのためだ。実験結果は第三者が再現して初めて正しいとされる。だから不正は必ず露見する。データを改ざんすることなど、私には考えられない。それが研究者というものだ。

 理研が設置した外部識者による委員会は、理研の研究管理のあり方、研究組織のあり方と、小保方氏のデータを鵜呑みにした上司を厳しく批判した。私は上司に同情を禁じ得ない。研究者はお互いの信頼関係で結ばれている。それを裏切った小保方氏を私は許せない。

参考:
 外部識者による提言書は44,000字ほどのボリュームだが、その中に「組織」という文字は68回出てきた。
 今回の不正の遠因としてiPS細胞を凌駕したいという理研の焦りがあるとした。提言書は理研トップの人事刷新、STAP不正の現場であったCDBの解体出直しを求めた。
 2015年4月、一人の理事を残し野依理事長以下の理事は交代した。CDBは2014年11月、研究室の編成と組織の再編を行い、存続した。

  2016-09-27 up



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