2016年7月  課題:「扇風機」


風のゆらぎ

 扇風機さげて嫁いで来し妻よ     轡口進

 角川版『俳句歳時記』載っていた扇風機の例句。扇風機は夏の季語。作者を調べてみたがネットには載っていなかった。扇風機が嫁入り道具の一つであった時代。ひょっとするとテレビも洗濯機も、電気冷蔵庫もなく、扇風機が大切な家電であった昭和も20年代の頃のことかもしれない。その頃私の家にもラジオと扇風機だけはあった。エアコンの普及により今では扇風機そのものがない家庭も多いだろう。昭和の香り漂う懐かしい句だ。

 エフ分の一ほど揺らぎ風光る      中野博夫

 角川版歳時記には、「扇風機は1890年代に国産のものが作られた」とある。以後扇風機は色々進化してきた。首振り、タイマー付き、風の強弱リズムなどを経て、ほぼ100年後の1980年代後半に「1/fゆらぎ扇風機」が花々しく登場した。

 人は同じ状態が継続することも、ランダムに繰り返される現象も快適と思わない。また、規則正しいリズムによって繰り返される現象も必ずしも快適とは思わない。リズムにある種の揺らぎがある方が人に快感を与えるといわれる。そうした揺らぎを「1/fゆらぎ」という。例えば、人の心拍数、電車の揺れ、小川のせせらぎなどがそのような揺らぎを持っていて、人はやすらぎを感じるという。

 扇風機への消費者の要望は、機械的な機能や、デザインから、風の質へと変わっていき、より自然な風が求められた。そこで開発されたのが、「1/fゆらぎ扇風機」であった。当時の流行語となった「ファジー(曖昧さ)家電」と共にブームとなった。

 上掲の句は『天為』の今月号に載った句。今は聞かれることもなくなった「1/fゆらぎ」も死んではいなかった。作者は理系の人。「光る」と形容される風にはきっと「1/fゆらぎ」があるのだろう。

 私は扇風機が嫌いだ。いたずらに体温を奪って体によくない。皮膚に当たる風の感触が嫌いだ。ましてそれが人工的な一定の強さの風では耐えられない。リビングには古い扇風機があり、家族が使っている。「1/fゆらぎ」扇風機を開発したメーカーの製品であったからひょっとすると、と思ったが、その機能はついていなかった。ネットでそのメーカーの最新商品を調べたら、今でも「1/fゆらぎ」機能を強調した製品群があり、製品としても生きていた。

 私が1日のほとんどを過ごす、書斎と寝室にはクーラーもない。寝室は2階だから、開け放して寝る。

 昼も夜も、「1/fゆらぎ」をもつとされる自然な風の中で私は夏を乗り切る。

補足
  「1/f ゆらぎ」の「f」は周波数(frequency)の略。具体的なイメージとして理解するのは難しい。
 詳しい説明はたとえば以下を参照されたい。

  https://ja.wikipedia.org/wiki/1/fゆらぎ

  2016-07-20 up


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