2016年6月  課題:「大相撲」


日馬富士と稀勢の里

 日馬富士が好きだ。スピード感あふれる攻撃的な取り口と多彩な技。強靱な精神力。古くは私を熱くした栃錦・若乃花に遡り、千代の富士から最近では朝青龍に連なる私の好きな軽量力士の系列だ。

 千秋楽結びの一番で大熱戦の末、日馬富士が白鵬を横転させ、自らも土俵に倒れ込んだ相撲に、全身が震えた記憶がある。調べてみたら、4年前の9月場所であった。枡席で観戦していた野田首相は「本当に久しぶりに死力を尽くした鳥肌の立つような相撲を見ることができた」と、総理大臣杯を渡す際、その健闘を讃えた。前場所から続く全勝優勝で、場所後第70代横綱に推挙された。

 横綱昇進に際しての口上は「全身全霊相撲道に精進します」であった。また、日馬富士が勝利力士インタビューでいつも口にするのは「お客さんに喜んでもらう相撲を取りたい」である。4年前のあの相撲は、まさに全身全霊をつくし、見る者を感動させた大一番であった。

 2場所連続全勝優勝による横綱昇進は2代目貴乃花以来、18年振りの快挙であった。その前後の成績はパッとしないものであった。軽量で、体重という安定した武器を持たない日馬富士には安定した好成績を続けるのが難しいのかも知れない。しかし、2場所全勝優勝で見せたここという時の集中力、精神力は彼の大きな魅力だ。白鵬という大横綱がいながらも7回の優勝は立派だ。

 対照的なのが稀勢の里。恵まれた体を持ち、18歳で新入幕を果たし、日本人力士のホープとして期待されながら、まだ一度も優勝していない。日馬富士より2歳下だが、入幕は日馬富士と同期。対戦成績も23勝34敗と分が悪い。立合、下から突き刺さるように立つ日馬富士に、のど輪を攻められ一気に土俵を割ることが何回もあった。立合の甘さ、腰高という稀勢の里の欠点が対日馬富士戦ではもろにでる。勝負に対する気迫も叶わない。相撲は心技体というが、確かにこの順に大切だという見本をこの二人に見る。

 技能派力士好きの私には、稀勢の里のような力士は好きなタイプではない。日本人力士というだけで、甘やかされているところも気に入らない。大関昇進の際も、直近3場所で33勝というラインを満たさなかった。千秋楽にこれに勝てば33勝という肝心な所で負けてしまった。にもかかわらず相撲協会は大関に昇進させてしまった。もし、あの時大関昇進をもう一場所見送って、33勝という試練を課し、稀勢の里がそれを乗り越えたなら、今とは違った稀勢の里が見られたのではなかろうか。ちなみに、日馬富士の大関昇進の直近3場所は35勝という堂々たるものだった。

 7月場所の最大の関心事は稀勢の里の綱取りという。優勝経験もない力士の綱取りとはおかしなことだ。全勝優勝でもすれば考えてもよかろうが、内規にもない同点準優勝あるいは準優勝での横綱昇進はやめて欲しい。それよりも私が見たいのは、「全身全霊」「お客さんを喜ばす」日馬富士の気っ風のよい攻め相撲と4年前の9月場所の再来である。

  2016-06-23 up

 日馬富士優勝   2016−07−24 up

 大相撲名古屋場所は日馬富士が13勝2敗で8回目の優勝を飾った。稀勢の里は12勝3敗で又しても優勝はならなかった。
 13日目、2敗どうしでトップに並んだ日馬富士と稀勢の里が対戦した。結果は日馬富士の圧勝だった。低く立って右の前褌をとり稀勢の里の得意の左差しを殺した。苦し紛れに稀勢の里が左で上手を取りに来たところを一気に寄って出て、向こう正面へ寄り倒した。土俵下で稀勢の里は頭から一回転した。ぞくぞくするような日馬富士の完璧な相撲だった。稀勢の里とは相撲の質がまるで違う。




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