2016年2月  課題:「寒波」


冴える・冴え返る


 冴返る停電の午後膝に猫

 俳句を作り始めて半年後、東日本大震災が起きた。福島原発事故の影響で私の地区は計画停電が施行された。その際の詠んだ句である。我が家の暖房は灯油のファンヒーターとガスストーブであるが、今どきのこれらの暖房器具は電気がないと動かない。3月半ば過ぎたとは言え、寒さがぶり返した日の午後も遅くなると、冷え冷えとしてくる。猫を膝に抱き、お互いに暖め合った。

「冴え返る」は春の季語。「暖かくなりかけたところにまた寒さが戻ってくることをいう」と歳時記には説明されている。

 俳句を始めるまでは「冴え返る」とは「冴えに冴える」という意味しか考えられなかった。寒が戻るというのは俳句独特の使い方。日本語の豊かさを感じさせる。今の時期の句会では「冴え返る」の句がたくさん詠まれ、人気のある季語だ。

 広辞苑で「冴え」を引くと、澄み切ること、技などのあざやかさ、とあるが、寒さというのは載っていない。動詞「冴える」を引くと、@冷えるA光・音・色などが澄むB目や頭の働きが鋭くなる、また、腕前などがあざやかである、とあった。「冷える」が第一義としてあり、「霜冴ゆ」という用例が源氏物語から引いてあった。「冴え返る」は動詞の「冴える」の方からきている。なお、「冴える」の文語表現は「冴ゆ」で、これは冬の季語である。
 
「冴える」の字義が@からAへ、さらにBへ広がっていったのはよくわかる。温暖な春や夏に比べて、晩秋から冬にかけての寒冷な季節は、空気が乾燥し、光や音、色がずっと澄む。人々の神経は張りつめ五感は研ぎ澄まされ、その結果は人の技のすばらしさへとつながって行く。

 広辞苑ではAの意味は平安末期の『千載和歌集』から「月冴ゆ」という用例が引いてあり、古くから使われていた。しかし、Bの使い方は、近世、それもかなり新しい使い方ではなかろうか。

 Bの例に近い言い方として、最近「クール」という言葉を耳にする。例えば「クールジャパン」。『リーダーズ英和辞典』では[cool] @涼しい、少し寒い、冷たいA冷静な・・・Dりっぱな、素晴らしい、かっこいい、流行の とある。「冴える」と[cool]がよい対応をなしている。英語語圏でも、日本でも寒冷であることが、かっこよさに結びついていくところが面白い。

 私は寒冷な季節が好きだ。特に晩秋から初冬が好きだ。身が引き締まり、精神も引き締まる。知的作業にも、肉体労働にも最も適した季節だと思う。

 近代科学が中国や日本、あるいはインドには誕生せず、西ヨーロッパに誕生したのには色々理由があるだろう。私は、その理由のひとつとして、ヨーロッパのあの寒冷な気候と、長い冬の夜があると常々思っている。寒冷な気候は人々の精神を引き締め、勤勉を促し、長い夜は人々を深い思索の世界へと誘う。そうした中からガリレオが生まれ、ニュートンが生まれた。


 2016-02-17 up


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