2015年5年  課題:「芽吹き」


山笑う

山笑ふ奈良井の宿の朱の社

 俳句を始めて半年ほどして作った句だ。句会では師から、きれいな句で、「山笑ふ」と朱の社がよく合っているとのコメントをいただいた。奈良井は中山道木曽路の宿場町。重要伝統的構造物群保存地区に指定され、江戸時代の町並みが再現されていて、タイムスリップしたような気になる宿場だ。中山道歩きで、行ったのは3月下旬。木曽の山々は小さな芽をたたえ、山全体がほんのりと明るかった。宿場には小さな神社があり朱の鳥居と朱の社があった。

「山笑う」。春の季語である。初めてこの季語を聞いたとき驚いた。山が笑う!日本語の奥深さ、日本人の季節と自然に対するすばらしい感性だと思った。最初に手にした歳時記には詳しい由来は説明されていなかったが、別の歳時記をひもといてみたら、中国の宋の時代の山水画家、郭熙
(かくき)の言った言葉「春山淡冶(たんや)にして 笑うが如く」に由来するとのこと。「淡」は色が薄いこと、「治」は艶めいていること。木々がいっせいに芽吹く春先の山にピッタリの形容だ。

 俳句の季語となったのは江戸時代の享保年間。したがって芭蕉の句にはない。蕪村句集を調べてみたが、蕪村も使っていなかった。

『ザ・俳句歳時記』には

故郷やどちらを見ても山笑ふ   子規

 という句以下、40もの例句が掲載されている。人気がある季語だ。俳句の季語には現実離れした言葉がかなりある。例えば「亀鳴く」もその一つで春の季語。私はこの季語で作句したことはない。しかし、「山笑う」はわかりやすく、明るいから大好きで、俳句を始めた頃からよく使う。

山笑ふ坂祝といふ美濃の町

 坂祝(さかほぎ)というのは木曽川の右岸にある岐阜県の町。このあたりの木曽川は明治の地質学者、志賀重昴により日本ラインと命名された景勝の地だ。中山道は美濃太田宿から木曽川沿いに坂祝町を通り、鵜沼宿へと通じている。歩いたのは8月の初め。木曽川両岸の山は濃い緑であった。季語で言えば「山滴る」である。しかし、あえて「山笑う」をもってきたのは、「坂祝」というめでたい名前の土地に対する挨拶句としては「山笑う」がふさわしいと思ったからだ。俳句には許されるフィクションだ。坂祝では「難読町村名坂祝町」という大きな看板を見かけた。町が難読地名をセールスポイントにしている。

山笑ふ象鳴き坂に膝笑ふ

 象鳴き坂は東海道の脇道で浜名湖の北を通る姫街道にある山中の坂道。かつて、将軍吉宗に献上するためにオランダ船で長崎に連れて来られた象は、姫街道を江戸へと向かった。急な上り坂に象も鳴いたというのが地名の由来。私が歩いたのは3月の初め。象とは逆に坂を下った。「山笑う」には少し早かったが、この句は山と膝、笑うと鳴くの取り合わせが狙い。


補足
 郭熙の『臥遊録』には以下のようにある:

 春山淡治(たんや)にして笑うが如く
 夏山蒼翠(そうすい)として滴るが如し
 秋山明浄(めいじょう)にして粧うが如く
 冬山惨淡(さんたん)として睡るが如し

 「山笑う」「山滴る」「山粧う」「山眠る」はいずれも季語となっている。



        中山道奈良井宿




       木曽川日本ライン 坂祝町




        姫街道 象鳴き坂




   2015-05-20 up


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