2014年05月        課題:「居酒屋」

伊勢路の居酒屋

 居酒屋が昔の居酒屋でないことは知っていた。それにしても、これは料亭ではないか。入口の広い間口で靴を脱ぎ、和服の若い仲居さんに案内されて、掘り炬燵の個室に案内される。廊下の両側には個室が並んでいる。全体が黒を基調とした落ち着いた雰囲気で、他の客の声は聞こえない。

 先頃、四日市の先の東海道日永追分から伊勢街道を津まで歩いて、津の駅前のビジネスホテルに宿泊した。ホテルのフロントで、適当な食事処はないかと聞いたら、うなぎ屋など、いくつかの店を地図で示してくれた。最後に、居酒屋だったらこのホテルの地下にあると教えてくれた。30キロも歩いた後で、出歩くのもおっくうで、ホテルの地下に行った。同じような店が3軒並んでいた。いずれも、料亭、それも少ししゃれた料亭のように見える。しかしフロントマンは確かに「居酒屋」といった。「和風創作料理」「食彩空間」といった文字が看板にある。店前のメニュー書きを見たら、いずれの店も似たような感じで、どこも松阪牛コースというのを売り物にしていた。一人で入るのは気後れするような店だったが、よく歩いた褒美に松阪牛を奮発したいと思い、思い切って入った一軒が上に述べた店だ。

 松阪牛コースというのは2時間飲み放題で5000円。それを注文した。ところが、コースメニューには前もって予約が必要だという。居酒屋の料理が予約制!仕方なしに松阪牛の網焼きを注文した。薄切りの松阪牛が6片。これは美味かった。竹で編んだ網の上には、フライドポテト、エノキダケ、ナス、ミニトマト、シシトウなど軽く炙った野菜の付け合わせが上品に盛りつけられていた。生ビールを2杯飲んですっかりいい気持ちになる。店を出るとき見たら、看板には店名の前に「酒房」とあった。やはり居酒屋を標榜しているのだ。

 居酒屋といえば、表面がささくれ立ったような木のテーブルを、背もたれもない丸椅子に座ったおじさん達が囲み、上役の悪口を言い、天下国家を論じ、店内はたばこの煙に厨房からの焼き鳥の匂いが混じり、高度成長を支えた男たちの熱気がムンムンしている、といったのが私のイメージであった。飲み物は今と変わらないが、料理は焼き鳥、もつ煮込み、肉じゃがといったところ。

 こんなイメージが変わってきたのは、私がサラリーマンを卒業する頃から。私の町の駅前にも、大手チェーン店の居酒屋が進出してきた。俳句仲間と時々利用している。すべて個室で中にはカラオケ付きもある。小さな子供を連れた若い母親達が、カラオケ付きの個室を使っているのを見たこともある。

 先日、伊勢街道の残りを伊勢神宮まで歩いた。松阪駅前のビジネスホテルに泊った。すぐ隣りに私の地元と同じ居酒屋のチェーン店があったので、そこで夕食とした。連休前の金曜日で7時過ぎに行ったら満席だった。20分後にやっと入れた。個室ではなく、右隣のテーブルでは若い女性4人。左隣では男が2人、鍋をつついていた。寿司をつまみビールを飲んでいると、赤ん坊を抱いた家族連れが、個室へ案内されていった。寿司はネタの生きがよくまあまあであった。料金にはゴールデンウイーク特別料金10%が加算されていた。

          2014−05−22 up


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