2014年03月        課題:「雪害」

恵みの雪?

 2月8日、昨夜半からの雪が終日降り続いた。私の住む横浜は16センチの積雪で20年ぶり、東京は27センチで45年ぶりの大雪となった。

 翌日メールを開いたら、「雪中お見舞い申し上げます」のメールが届いていた。「雪中見舞い」という言葉も初めて、当然もらったのも初めて。差出人は関根さん。関根さんは鶴岡在住で、毎月東京青山のNHK文化センターの下重暁子のエッセイ教室に通ってくる女性。雪国に住むから雪中見舞いという風習があるのだろう。関東が雪国かと思えるほどの大雪で驚きました、停電とか交通機関の乱れといった被害が早く回復しますようにと、関根さんの人柄そのままの心遣いに満ちたメールだった。お礼の言葉を添えて、こちらには被害がなかったことを返事した。

 2月14日、またしても関東地方が大雪に見舞われた。横浜の積雪は28センチで、しかも前回よりも湿って重い雪だった。各地で農作物への被害が報告され、道路の不通もあって、野菜が値上がりした。

 菜園の様子を見たいと思ったが、雪が残るアップダウンの多い道を、自転車で10分以上も行くのは危ないので放置しておいた。たまたま、久しぶりに翻訳の依頼があり期日も迫っていたので、大雪を幸に家に籠もりパソコンに向かった。パソコンのディスプレイに三つのウインドウを開き、そこに電子ファイルで送られてきた原文、ウエブ上のフリーの英和辞典、翻訳文を呼び出して翻訳していく。原文は娘の会社関連の土木関係の技術論文で、「見掛けテンドン自由長」、「弾性係数値」、「限界クリープ変位」といった私の専門外のなじみの薄い術語が頻出する手強い翻訳だ。終日籠もり、キーボードを叩き、マウスを繰ること延べ10日間、どうやらめどが付いた頃、2度目の大雪も消えていた。

 3週間ぶりに菜園に行った。雪はもうすっかり消えて、水を含んだ黒い地肌が日に輝いていた。ハクサイ4株と、それぞれこの冬最後の収穫となるダイコン、コマツナ、それにブロッコリーの脇芽を収穫する。大雪の影響はまったくない。雪の下にすっぽりと埋まっていたはずの、それぞれ5センチほどキヌサヤ、ソラマメ、大麦にはこの大雪は恵みの雪のようであった。降雪前は乾燥のため萎れていたのに、いずれも緑の色を濃くしてシャンとしていた。ゆるくなった地面を固め、分蘖を促す意味で麦を踏む。寒さに曝された野菜は甘みが増すというのは確かだ。寒さがストレスとなり、細胞内の糖分が増す。この日収穫したハクサイの漬け物は、甘味が一段と増していた。

 報道された農作物の被害の大半はハウスの損壊によるものだ。露地の野菜はこれくらいの雪など問題としない。真冬にトマトやキュウリが食べたいという人間の欲望が、雪の被害を大きくしている。人間の欲望が大きくなればなるほど、またそれを満たすための技術が高度になればなるほど、自然災害の規模は大きくなるようだ。

 2月末に難物の翻訳を仕上げた。3万字近い分量の翻訳だった。大雪に背中を押されなかったら、期日に完成していたかどうか。

 関根さんからの雪中見舞いには少し申し訳ないが、キヌサヤ達にとっても、私にとっても今年の大雪はむしろ恵みの雪であった。

    2014−03−19 up


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