2002年7月  課題  「負け」
 
見えざる手 

 田園都市線青葉台駅から南西方向に伸び、私の住む横浜市緑区霧が丘の町内を通り、東名横浜インター近くで国道16号と交差する道路が環状4号線だ。霧が丘地区が開通したのは15年ほど前。今では色々な店が並ぶが、片側2車線の幹線道路だから、大型店舗が多い。
 
 近年、この通りの店舗の入れ替わりが激しい。スーパーがビデオのレンタルショップに変わったり、日用雑貨の大型店が同じ日用雑貨専門店で低価格を売り物とする新興のチェーン店に取って代わられたり。靴屋の後にドラッグストアが入り、ガソリンスタンドが和食レストランになり、回転寿司店がフレンチスタイルのレストランに変わったりと言ったぐあいだ。右肩上がりの成長時代だったら、業績が多少振るわなくても、店じまいを急ぐことなかっただろうに、経済全体のパイが大きくならない今時の不況下にあっては、少しの業績不振でも店舗の閉鎖に結びつくのだろう。こうして、市場競争での敗者は消えて、その後を新しい挑戦者が埋めていく。

 青葉台駅前の一等地でも今年の春に大きな入れ替わりがあった。

 2月に銀行の支店の後に大型ブックストアが開店した。田園都市線沿線最大級45万冊を所蔵するという。銀行の支店は合併により、すぐ近くの別の支店に統合されたのだ。

 環状4号線をはさんでこの本屋の向かいは東急スクエアだ。ここも以前は東急デパートであったのが、閉店し、テナントビルとして再出発している。驚いたのは、ここにやはり大型チェーン書店が3月に開店したのだ。こちらは40万冊の所蔵を標榜している。身近に売り場面積の広い書店が出来るのは、本の好きな私にとってはとてもありがたく、よく利用している。

 5月に、回転寿司の後に出来たフレンチスタイルのレストラン「ミモザの丘」で妻と昼食を食べた。驚いたことに1時半頃にもかかわらず30人ほどの客がいて、しかも、男性客は私の他は1人だけだった。各テーブルの上には黄色いミモザのドライフラワーが飾ってあり、黄色主体に統一された室内も上品な雰囲気だった。味も上品で、値段も手頃だから、近所の奥さん方や、近くにあるテニスクラブに来る人が利用し、はやるかもしれないと思った。以前回転寿司でテイクアウトをしたら、子供達にまずいからもうやめろと言われて、それ以来一度も利用しなかったと妻は言う。

 大型書店も、このレストランも、あるいは新興の日用雑貨店も、私にとっては歓迎すべきことだ。

  市場の自由競争を通して敗者は舞台から去り、勝者は残る。そのことで社会全体の利益は増進すると言うのが資本主義の根本にある考え方だ。アダム・スミスはこうした市場による社会の調和を「見えざる手に導かれて」と表現した。

 青葉台駅前の2店の本屋だが、40万冊以上の本屋が隣接するのは社会全体の効率から見てマイナスだ。やがて、見えざる手が働いて、いずれかが消えることでこの非効率も解消されるだろう。

 
補足
 6月のエッセイ教室はちょうどワールドカップの決勝トーナメントで、教室が始まる直前に、日本がトルコに0−1で負けた日であった。下重先生は、教室に入って来るなり「負けましたね」と言った。そして出された課題が「負け」であった。

追記
 2009年春過ぎ、青葉台駅前の本屋のうち1店は閉店した。やはり2店の並立は困難であったのだ。私は両店とも利用したが、どちらかと言えば残った方、東急スクエア内の本屋を利用する方が多かった。本の配置等が見やすく、買いやすかった。


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